10話目 事件終結
自動人形や氷村と対峙し、一番初めに動いたのは意外にもファリンであった。
「お嬢様っ、拓斗君」
敵の自動人形達に対して爆発魔法を使うと一度態勢を立て直すために後退する。悔しいが相手の方が数が多いため、この場でそのまま戦うのは下策であった。
「くっ、逃がすな追え!!」
氷村の言葉に自動人形達は俺達の後を追ってくる。それに対して牽制の魔力弾を何発か撃ち込むが少し勢いを落とすだけで決定的なダメージを与えられない。
「チッ、自動人形かよ」
「まさかアイツがアレまで用意していたなんて……」
俺の言葉に忍が言葉を漏らす。正直、改造前とはいえノエルと互角に戦えるような奴らを相手にするのはかなりきつい。
——相手は自動人形五体に氷村遊、こっちは忍とファリン、そして俺か
相手と自分の戦力差を考える。恭也やノエルも子の場にいるのだが、今すぐに駆けつけてくれるわけではないので除外する。
ファリンであれば自動人形相手でも互角以上に戦えるだろうが、俺と忍は正直怪しい。忍は夜の一族とはいえ、その能力は知能の方に特化していたはずだ。それでも壁を破壊したり再生能力はあるとはいえ、攻撃能力という面では魔法を使える俺に劣るだろう。
そういう俺も戦力という面では微妙だ。魔法によっていくらか強化されているとはいえ、もとが子供の身体である。身体能力はそれほど高くない上に体力という面でも不安が残る。その上、忍達のように身体が再生するわけでもない。
「拓斗、大丈夫?」
忍が声を掛けてくる。現状の不利がわかっているので俺を心配しているのだろう。先ほどまでとは違い、ここからは本当に命のやり取りとなる。
「ヤバイ……ね」
「えっ?」
俺の言葉に忍は呆けた声を上げる。それはそうだろう、心配したとはいえ怪我すらなく、追い込まれた様子を見せない俺がヤバイといったのだ。
今の俺の状態は忍に言ったようにまともな状態ではなかった。
それはこの殺されるかも知れない状況に恐怖を感じているということでもなく、体力や魔力に問題があるわけでもない……むしろ逆であった。
身体の調子が良すぎる。殺されるかも知れないにも関わらず恐怖すら感じない。むしろ、自分の感情が高ぶりすぎて抑えられない。
「た、拓斗?」
忍は俺の様子を見て戸惑った声を上げる。
「ああ、体調は問題ない。ただむちゃくちゃ高ぶってるけどね」
魔力が溢れ出す。こんな状況であるにもかかわらず、負ける気など全くしない。
カタッ
音がしたのでサーチャーを使って様子を窺う。どうやら敵が近づいているようだ。
「忍、邪魔するなよ」
ガチャン
忍にそう言うとクロックシューターに搭載したカートリッジをロードする。コレはノエル達との訓練のときにスペックが足りないと感じたのでカートリッジシステムを搭載したのだ。
「クロスファイア、シュート!!」
敵の前に出て、デバイスを向けると全力で魔法を放つ。
ズドンッ
放たれた魔力弾は自動人形を撃ちぬき、完全に破壊した。
「凄い……」
その様子を見た忍の口から感嘆の声が漏れる。訓練のときとは違い、自動人形を一発で倒せるほどの威力が出るとは思っていなかったのだろう。
俺自身、ここまでの威力が出ることに驚く。敵を一撃で倒したことにさらに感情も高ぶっていった。
——ホントにヤバイな。
興奮しすぎて冷静でいられなくなる。敵に攻撃することに躊躇いを覚えなければ、殺すことにも躊躇しない。思わず、ここに来る途中に倒した敵たちに向けてデバイスを向ける。
「——と、拓斗っ!!」
「忍?」
「何しようとしてたの?」
忍の言葉に自分が行おうとしていた行動を思い返す。
——あれ? 俺はこいつらを殺そうとしてた?
自分が躊躇いなく動けない相手にトドメを刺そうとしていたことに動揺する。無意識での行動だったせいでいつもの自分とのギャップに戸惑う。
「危ないっ!!」
ファリンが突然叫び声を上げる。その声に反応すると自動人形が二体、俺と忍へと近づいてきていた。
気づいたときには既に遅かった。敵が両腕からブレードを出し、俺達に突き刺そうとしてくる。
ズドンッ
クイックドロウで一体を撃ちぬくがもう一体には反応が間に合わない。その時だった……
銀の線が目の前を駆け抜け、自動人形の腕を切り捨てる。
「どうやら間に合ったみたいだな」
「大丈夫? 怪我はない?」
小太刀を持った男性と眼鏡をかけた少女が現れる。二人は自動人形に警戒しながら、こちらに声を掛けてくれた。
「士郎さん!! 美由希ちゃん!!」
忍が二人の名前を呼ぶ。どうやら恭也が呼んでくれた増援の二人のようだ。
「忍ちゃん、無事みたいだね」
「はい、ありがとうございます」
高町士郎と美由希が現れたことでこちらの戦力がかなり増える。既に自動人形は一体倒しているから残り四体。そのうち一体は今、片腕を切り落とされている。
「父さん!! 美由希!!」
「恭也っ!!」
「お嬢様、ご無事ですか?」
「ええ大丈夫よ、ノエル」
ここで恭也とノエルが合流してくる。どうやら、彼らのところには人形は現れず、さして苦戦もしなかったようだ。
戦力が整ったことで忍の表情にも余裕が出てくる。コレならここは大丈夫だろう。
「忍」
「どうしたの拓斗?」
「悪いけど任せてもいいか?」
みんなにこの場を任せて、すずかたちの所へ向かうために忍に声を掛ける。
「大丈夫なの?」
先ほどまでの俺の様子を知っているためか、忍は俺のことを心配してきた。正直、ここできちんと自動人形を片付けてからいくべきかと迷うがなるべく早くすずかとアリサを救出しておきたかった。
「大丈夫だ、まぁ止められても行くんだけどな」
「ちょ、ちょっと!?」
忍の静止を聞かず、ソニックムーブ使い自動人形たちの間をすり抜け、すずか達がいるであろう部屋へと急ぐ。まだ移動していなければ先ほどの部屋にいるはずだ。
私の制止を聞かず、すずか達のところへと向かった拓斗の背中を見ながら私達は自動人形と相対する。
「彼は大丈夫なのか?」
「わからない。様子もおかしかったし、だからできるだけ早く追いかけるわよ」
恭也が拓斗のことを心配するが、正直目の前にいる自動人形たちを対処しないことには先に進むことができない。
「ノエルとファリンはまだ無事なやつを相手して、全力出してもいいから、素早く片付けなさい」
「かしこまりました」
「わかりましたお嬢様」
私の言葉にノエルとファリンはすぐに反応して、少し離れたところにいるまだ損傷のない二体を片付けにいく。私達は先ほど士郎さんが腕を切り落とした一体と拓斗が吹っ飛ばしたもう一体の相手だ。拓斗が吹っ飛ばした方はたいした損傷が見られない。
「恭也、アレは自動人形よ。躊躇う必要なんてないわ」
恭也に敵のことを説明する。前に一度、戦ったことがあるとはいえ、もう一度念を押した方がいいだろう。
「わかった」
高町家の三人が自動人形二体を相手に構える。私は片腕がない方の相手だ。
手に持った銃で自動人形へと攻撃する。しかし、私自身訓練をしてないこともあり、当たらない。
「忍さん、無理に攻撃しなくてもいいから、自分の身を守って」
私と一緒に相手をしているのは美由希ちゃんだ。もう一体は恭也と士郎さんが相手をしている。
美由希ちゃんは自動人形のブレードを回避し、時には受け止めながら近づくと自動人形に斬りつける。
「固いっ!?」
しかし、思ったように刃が通らない。士郎さんは切り落としたから美由希ちゃんでも大丈夫かと思ったが、そう都合よくいかないようだ。
「でも、それならそれでっ」
——射抜
美由希ちゃんが先ほど士郎さんが切り落とした腕に向かって突きを放つ。突きは正確に切り落とした腕に向かい、自動人形の内部を貫き破壊する。
「お父さんが片腕を落としてくれなかったら危なかったかもね」
美由希ちゃんが小太刀を引き抜くと自動人形が倒れる。どうやら倒すことができたようだ。
「同じ自動人形とはいえ、やはりあの子とは違うのですね」
私は今、敵の自動人形を相対していました。相手が自動人形ということもあり、昔、お嬢様を狙ってきたあの子のことを思い出す。あの子に比べて目の前の存在はただ戦うだけの戦闘人形だ。
「お嬢様から全力でよいとの言葉をいただいておりますので、全力でいかせて貰います」
内蔵されたカートリッジを使い、出力を上げるとソニックムーブを使い一気に近づく。
「一気に貫きます」
出力の上がった右腕で思いっきり殴りつける。すると収束された魔力が殴りつけた瞬間炸裂し、相手を破壊した。
「あの子ならこれほど簡単にはいかなかったでしょうね」
破壊された自動人形を一瞥するとお嬢様達のもとへと急ぐ。まだ、戦いは終わっていない。
「うぅ〜不安です」
お嬢様に命じられ、自動人形を一人で相手にすることになったのですが、私の心は正直不安でいっぱいでした。こんな風に戦った経験がなければ、重要な場面を負かされるのも初めてだ。
「きゃっ」
相手がブレードで斬りつけてくる。それを何とか回避するが身に着けていたメイド服が少し斬られた。
相手は連続で攻撃してくるが、その全てを回避する。お姉様や拓斗さんとの訓練ほど攻撃は苛烈ではない。
「カートリッジロードッ」
自分に内蔵されたカートリッジをロードして相手を倒すための魔法を用意する。
「ディバイン、バスターッ!!」
放たれた魔法は相手を直撃し、完全に破壊した。身体は吹き飛び、手足と頭部ぐらいしか残っていない。
「うう〜、ごめんなさい」
相手の状態に罪悪感を覚えるがお嬢様を助けるためなので一応謝罪の言葉を残すとお嬢様達のところへと向かった。
俺と父さんは今自動人形と対峙していた。
「恭也、アレもロボットなのか?」
「ああ、人間じゃない。だから、思いっきり攻撃できる」
父さんが相手のことについて聞いてきたので説明すると俺達は相手に斬りかかった。
俺は自動人形と戦ったことがある。しかし、あのときの相手ほどこの敵には脅威を感じなかった。
「悪いが急いでいるんだ」
すずかちゃん達を助けに向かった少年のことを考える。今日初めて会ったのだが、彼の存在には驚かされてばかりだ。子供にしては冷静な物言い、子供らしからぬ態度、そして自分と渡りあえるほどの戦闘能力。
先ほど、向かう前は少し様子がおかしかったので心配になる。
——徹
徹を使い相手を攻撃する。これは衝撃を相手の裏側まで徹す攻撃だ。
これによって相手は体勢を崩し、さらに少し損傷を負う。
「父さんっ」
「ああっ」
——薙旋
父さんが敵に対して攻撃を連続で叩き込む。相手は父さんの攻撃によって破壊されるが、俺はさらにトドメを刺すために攻撃を放った。
——射抜
俺の攻撃は敵を貫き、完全に相手の動きを止める。小太刀を引き抜くと敵はそのまま倒れ付した。
——あの時はかなり苦戦したんだがな……
昔戦った自動人形のことを思い出す。あの時は今ほど余裕ではなかった。
——俺も少しは成長したのか
いくら相手があのときほど強くなかったとはいえ、倒せたことに自身の成長を感じる。
「恭也っ!!」
敵を倒した俺のところへ忍が駆け寄ってくる。どうやら、他も終わったようだ。
「みんな、終わったようね。拓斗を追うわよっ!!」
忍は周囲を確認するとすぐに烏丸君のところへと走り出した。俺達もそれに続く。
——無事でいてくれ
心の中は囚われたすずかちゃんたちと一足先に向かった烏丸君の心配で一杯だった。
「なんだ、君が来たのかい?」
「拓斗君っ!!」
部屋の中に入った俺に氷村が声を掛けてきて、すずかは俺の姿に声を上げる。そちらの方に目をやるとすずかはこちらを見ていて、その近くにはアリサが倒れていた。
「ああ、もう一人の少女なら少しうるさかったからね。ちょっと蹴ったら黙ったよ」
氷村の言葉に強い怒りを覚える。子供に対して暴力を振るったこと、俺の友人に暴力を振るったこと、それは許せないことであった。
「ッ、てめぇ」
「てめぇ、とは下等種である君に言われたくないね」
「下等種?」
そういえばコイツはこうやって人間のことを見下してやがったことを思い出す。
「純粋な吸血鬼である僕からすれば人間なんて寿命も短く、もろい生物だよ」
「吸血鬼……ね」
「ああっ、吸血鬼だよ。でもそれは僕だけじゃない」
「ッ!!」
氷村の言葉にすずかが息を呑むのが聞こえる。
「…て」
「君と先ほど一緒にいた月村忍」
「…めて」
「そして、そこにいる月村すずかもね」
「やめてっ!!」
「僕と同じ吸血鬼なんだよ」
「あ、ああっ」
氷村の言葉にすずかが絶望したような声を上げる。氷村は暴露したことに気持ち良さそうな表情を浮かべているため、俺の表情にすら気づいていない。
「ふ〜ん、それで?」
「えっ?」
「なに?」
俺の反応が意外だったのか二人は呆気に取られた表情を見せる。
「正直、どうでもいい」
俺はデバイスを氷村に向けると引き金を引く。呆気に取られていた氷村に魔力弾が直撃した。
「下等種風情が〜〜〜〜!!」
「うぜぇな。滅べやっ!!」
俺と氷村の戦いが始まった。
デバイスを氷村に向け魔法を放つ。手加減など全くなく、全力で殺すつもりだ。
俺は既に我慢の限界だった。今回の事件に対する怒りもここに来てからの衝動も、目の前のこいつを殺したいという欲求も抑えられないほどでだった。そして、俺はその全てをここで開放する。
カートリッジをロードして限界まで身体能力を高める。マルチタスクは今までにないほど冴え渡り、魔力が湧き上がる。
「クロスファイヤー、シュートォッ!!」
「ぐわっ!!」
魔力弾の直撃を受けて氷村が吹き飛ぶ。
「すずか、アリサをつれて逃げろっ!!」
「えっ」
「いいから早くっ」
俺の声を聞くとすずかはアリサを背負い、ゆっくりではあるが部屋から出て行く。
「下等種がぁぁぁあああ!!」
「それしか言えねぇのかよ、ゴミがっ!!」
正面から突っ込んでくる氷村に対して魔力弾を連続で放つ。魔力弾は氷村の身体に当たるが、氷村は気にせず、そのまま突っ込んできた。
「ちっ!!」
ソニックムーブを使い距離をとるが、氷村もすぐに追ってくる。こちらの攻撃は当たるが全て吸血鬼の再生能力で回復され、有効なダメージを与えられず、こちらは少しずつ魔力と精神力をすり減らしながら、攻撃と回避を行う。
上がりきったテンションで全く疲労などは感じないが、一度それを自覚すれば一気に襲ってくるだろう。このままではジリ貧であった。
根本的な身体能力が違い、スタミナも違う。いくら、魔法で補おうともその差は大きい。
「どうした息が上がっているぞぉ!!」
「クソッ!!」
ここに来て、疲労で反応が遅れ始め、ついに氷村の一撃を喰らってしまう。
「がはっ」
壁に叩きつけられ、痛みが身体を襲う。
「下等種が死ぬがいいっ!!」
氷村が俺に向かって近づいてきた瞬間、氷村の周囲が爆発した。
「ざまぁ」
痛みを我慢しながらそう吐き捨てる。爆発したのは俺の魔法によるものだ。ステルスマイン、いわゆる透明な空中機雷を魔法で作り、氷村と俺の間に仕掛けたのだ。
「くそがぁぁぁ!!」
しかし、コレだけでは威力が足りなかったようだ。すぐに身体を再生させると俺に飛び掛ってくる。
「あぁっ!!」
痛みで反応が遅れ、氷村に思い切り殴られる。
「すぐには殺さないぞ。僕を傷つけたことを後悔させてやる」
氷室はそういって俺を何度も殴り、蹴った。バリアジャケットや魔力で強化をしているため少しは軽減されているが、全く意味と感じるほどの暴力だ。
「フンッ」
氷村は俺を壁へと投げつけた。背中から壁に叩きつけられて、思わず呼吸が止まる。
「殺してやるよ」
そう言って氷村はゆっくりと俺に近づいてくる。その余裕が命取りだ。
「ストラグル、バインドッ」
いくつものリングが氷村を囲み拘束する。
「な、なんだコレは!?」
「カート、リッジ、ロード」
痛みを堪えてクロックシューターを氷村に向けるとクロックシューターに残っているカートリッジを全てロードする。
展開するのは突き詰めた殺傷性能ゆえに管理局では違法となった魔法。もしもの時のためにインストールしていたものだ。非殺傷という人を傷つけない魔法も存在すれば、いかに相手を殺すかに特化した魔法も存在する。
「滅べ、や」
クロックシューターの引き金を引く。魔法は一直線に氷村へと飛んでいき……
氷村の左半身を消滅させた。
「クソ、げん、か、い」
それを見届けると俺は気を失う。もう俺は限界であった。
「よ、くも」
氷村は拓斗の攻撃によって、消滅した左半身を再生させようとするが、なぜか上手く再生できない。
「血が、足りない」
自らを再生させるために近くにいる血液を持った奴の下へと近づくが、左半身がないためはって進むしかない。
「吸い、尽くし、て、やる」
「悪いけどさせないわよ」
拓斗の血液を吸い尽くそうとする氷村の目の前に現れたのは忍であった。
「無様ね、氷村遊」
「つきむら、し、のぶ」
「今回のことを許すつもりはないわ……死になさい」
忍がそう言うとノエルとファリンが氷村に対して魔法を放つ。この瞬間、氷村遊という存在はこの世から消滅した。
「拓斗っ!!」
忍は急いで倒れている拓斗に近寄る。拓斗の身体は傷だらけで、口からは血が滲んでいた。
「ノエル、ファリン、すぐに治療を!!」
忍が二人に命じて治療を行わせる。
こうしてこの事件は終結する。ただ一人、拓斗という重傷者を出して……