1話目 いかにしてそこで暮らすようになったか
「知らない天井だ」
目が覚めたら、またもや知らない部屋に寝かされていた。
また同じネタに走るのかよと言われるかも知れないが事実なのだから仕方がない。
先ほどまでのことも夢だったのかと思ったが、ベッドから出した手が今まで起こったことを事実だと告げてくる。
「イミフ」
現実に起こったことの理解できなさに思わず、言葉が漏れてしまう。
「今度の部屋はまともだな…ちょっと広すぎるけど」
部屋を見渡してみると、先ほどまでいた部屋とは違い、ちゃんとしたベッドで部屋に窓があり外が見える。部屋に差し込む光からすると、とりあえず夜ではないことがわかった。
「あら、起きたんだ?」
部屋の扉が開き、そこから女性が入ってくる。長い紫色の紙のきれいな女性だ。といっても大学4年生だった俺からすれば、年下か同い年ぐらいにしか見えないけど…
「えっと、助けてくれてありがとうございます?」
「何で疑問系なのかわからないけど、お礼なら妹に言って上げて」
あなた見つけたのあの娘だしねーと女性は軽く笑いながら、こっちを見てくる。
「それで君が何者なのかお姉さんに教えてほしいな〜、ついでにコレのことも」
女性は有無を言わさない口調でこちらに問いかけてくる。笑顔なのに威圧感が半端ない。
「え、あの、何のことですか?」
とりあえずこの状況を打破するためにとぼけてみることにした。
「あなたがいきなり現れたこととか? このケースの中身とか? 後はさっきの今度の部屋はまともだとか色々聞かせてくれないかな?」
女性の顔が触れるほど近くに来る。ここに来る前ではありえない髪の色だが、女性自身が美しいためむしろ照れる。
思わず目を背けてしまうが、女性はそれがご不満のようで俺の頬を両手で押さえると自分のほうへ強引に向かせた。
「ぐすんっ、お姉さん怖い」
意地でもごまかすために表情を取り繕って、泣きまねをして何とかごまかそうとしてみる。
「目に涙がたまってないわよ〜」
「あはは〜」
ジト目で呆れた表情で言う女性にこちらも笑って済まそうとするが、雰囲気から察するにどうやらこのあたりが限界らしい。
「えっと、烏丸拓斗といいます。よろしくお願いします」
「拓斗君ね。私は月村忍よ、気軽におねーさんでいいわ」
とりあえず女性に名乗ってみると女性も名前を教えてくれる。いや、ちょっと待て、
「月村忍さん?」
「そうよ」
目の前の女性の名前を確認してみる。どうやら彼女は月村忍と言うらしい。すると、ドアが開き、メイドさんが部屋の中に入ってくる。
「失礼します。お嬢様、飲み物をお持ちしました」
「ありがとうノエル。そこのテーブルに置いてちょうだい」
「かしこまりました」
部屋に入ってきたメイドさんはノエルと言うらしい。二人の聞き覚えのある名前に少し前のことを思い出す。
「すいません」
「なに?」
「ここがどこなのか教えてくれませんか?」
過去の記憶を思い出しつつ、確認のために月村忍に質問してみる。すると彼女は簡単に教えてくれた。
「海鳴市よ」
転送先リリカルなのは 場所海鳴市
頭の中であのモニターに映し出されたことを思い出す。そして、目の前にいる二人を見た。
(いや、マジですか)
どうやら自分はアニメの世界に来てしまったらしい。
頭を抱えて否定したくなるが、目の前の現実がそれを拒否してしまう。
「とりあえず、わかっている限りを説明させてください」
頭が混乱しそうになるので、この荒唐無稽な話を二人に聞いてもらうことにした。
「え〜と、それじゃあ貴方は別世界の人間で、しかも大学生で、身体が若返って、別世界に渡ってきて、しかもこの世界がアニメの世界だというの?」
「いや、アニメだけじゃなくゲームとか諸々」
俺の説明に月村忍は頭を抱えている。そりゃそうだろ目の前にいる子供が実は大学生で別世界からやってきて、自分のいる世界がアニメで放送されてますよなんて言われれば、まず、混乱して、次に俺の頭を疑うだろう。
「恋人が高町恭也、妹が月村すずか、もう一人のメイドの名前がファリン。ここまでで訂正は?」
「ないわ。はぁ、君が私たちを狙う敵だったら話は早かったんだけどな〜」
「ああ、夜の一族の?」
「それも…って当然か〜」
月村忍は疲れたように椅子の背もたれに身体を預ける。正直、こっちだって精神的に参っている。
「それでそのアニメはどんな物語なの?」
月村忍はアニメの内容とやらが気になったようで、聞いてくる。隠しておく必要も感じないので正直に始まる時期や大体の内容、彼女たちの物語のかかわりなどを話した。
……といっても第一期のみだが。
A'sやSTSも話しても良かったが、長くなりそうだし、あまり彼女たちに関わることではないので省いた。まあ、必要になれば話していくつもりだ。
「主人公がなのはちゃんね〜」
月村忍は感慨深い表情を浮かべながら、遠い目をしている。
「とりあえず、今は時期的には何時になんの?」
もう完全にタメ口であるが、原作開始前であるなら確実に年下であるので、いくら自分が幼児化しているとはいえ、気にしないことにした。
「すずかが今小学校二年生だから、あと一年くらい?」
どうやら原作開始まで意外と時間はあるらしい。
「それでどうするの? 戸籍となければ、行く当てもないんでしょ」
「うん、切実に困ってる」
コレはしょうがない。子供の身体なので、働くこともできなければ、住む当てもない。むしろ、ここに跳ばしたやつ生活の当てとか用意しとけよと本気で思う。
「う〜ん、じゃあ、うちで暮らすといいわ。た・だ・し、変なことはしないようにね」
「自分の年齢はわきまえてるよ、つうか子供の身体でどうしろと?」
「それもそうね」
お互いに軽口をたたきながら、笑いあう。いや、冗談で言っているのはわかっているんだが、色々洒落にならないのでやめてほしい。
「とりあえずケース開けてみたいんだけどいい?」
ベッドから降りてケースに近づく、そしてケースを持ち上げると忍とノエルが驚いた表情でこちらを見た。
「そのケース物凄く重かったのに…」
どうやら彼女たちにはこのケースが重く感じたらしい。俺が他のケースを持ったときと同じだろう。
ケースを開けて、ノートパソコンと銃を取り出す。中には他にもケーブルとiPhoneのような携帯端末が合った。
とりあえず、ノートパソコンを起動してみる。すると登録画面が表示されたのでキーボードにタッチして登録を進める。といっても起動した時点で自動で登録されたのだが…。
デスクトップ画面が表示され、いくつかのアイコンが並ぶ。その中の一つ、デバイスの項目をクリックすると、デバイスをつないでくださいと画面に表示される。
おそらく銃がデバイスなので、ケーブルを使ってノートパソコンに接続するとデバイスのスペックが表示される。
出力、レスポンス、耐久値、残り容量など様々な数字が並んでいた。その中に魔法の項目があったのでそこをクリックすると、デバイスに登録されている魔法が表示される。
登録されている魔法は攻撃、防御、回復、補助の四項目に分かれており、攻撃、防御、回復に一つずつ、補助には飛行、強化、転移、念話、封印などが登録されていた。
「へえ〜、面白そうね」
ノートパソコンを操作していると忍が背中から覗き込んでくる。
「全部把握したわけじゃないからな。色々わかってくれば、手伝ってもらうよ」
忍の相手をしながらも画面に集中していると項目の中に待機形態というのがあった。それをクリックすると、ネックレス型、指輪型などの項目とデザインが映し出される。
この手の小物選びはセンスが試される。何しろ日常的に身に着けるものなのだ。あまり、奇抜なものを選びたくはない。つうか、う〇こ形状やち〇ぽなど誰が選ぶんだよ!!
俺が選んだのはシンプルな指輪型のものだ。ごつめのリングにはきれいな蒼色の宝石が埋め込まれている。
待機形態の登録が完了するとケーブルにつないであったデバイスが登録した指輪の形状へと変化する。
俺がそれを拾い上げると周りを魔法陣が取り囲む。そして、眼前にモニターが表示された。
バリアジャケットのイメージをした後、デバイスをセットアップしてください。
「セットアップ、クロックシューター」
俺の言葉とともにバリアジャケットが展開され、今まで来ていた患者服が変化する。指輪はそのまま先ほどの銃の形状に変化した。
バリアジャケットは白のYシャツに黒のジャケット、下も黒色の長ズボンだ。
「ふ〜ん、かっこいいわね」
忍が褒めてくるが、あまり嬉しくない。この年齢で変身とか正直、勘弁してほしかった。
「ノエル撮った?」
「はい、ばっちりと」
「って、今の撮影してたんですか? お二人さん?」
二人の言葉に思わず、突っ込んでしまう。まあ、この部屋にも監視カメラが仕掛けられているだろうから、抵抗しても意味ないのはわかってるんだけどね。
「これが魔法ね〜」
「変身だけとはいえ、実際使ってみるとちょっとな」
なんというか嬉しいやら楽しいやら痛々しく感じる。
「まあ、後でじっくり研究させてもらうわ」
「なら、これからよろしくお願いします」
これからお世話になる二人に頭を下げる。こうして俺の月村家での生活は始まった。
「でなんて呼べばいいんだ?」
俺は二人の呼び方を確認してみる。流石に子供の身なりで年上にタメ口というのも問題がある気がした。
「私のことはノエルとお呼びください」
「私のことは忍おねーちゃんでいいわよ」
「わかった、忍おねーちゃん」
忍がからかってきたので躊躇いなくおねーちゃんと呼んでみる。
「……ゴメン、やっぱおねーちゃんはやめて」
「わかった、とりあえず人前では忍さんで、他に人がいないときは忍って呼ぶことにするわ」
流石の忍も何の躊躇もなくおねーちゃん呼ばわりには違和感を覚えたのか訂正を求めてきた。
「じゃあ、私も拓斗って呼ぶわ。それと君がもともと大学生だってことは誰にも話さないようにね」
「そっちも信じるんだ?」
「流石にあんなもの見せられるとね〜」
否定のしようがないでしょと忍は苦笑いを浮かべる。
「後ですずかとファリンに紹介するから」
そういって忍が部屋から出た。ノエルは着替えを用意して、ベッドの上に置くと部屋から退出する。
「ホント、よくわからないよな〜」
俺は指にはめられた自分のデバイスであるクロックシューターに触れると少し疲れたのでもう一度横になった。
「よろしかったのですかお嬢様」
部屋から出たノエルが私に疑問ぶつけてくる。
「ええ、少なくとも悪意は感じなかったし、それに手元に置いてあったほうが監視も容易でしょう」
そう、私は拓斗のことをまだすべて信用したわけではない。ただ、様々な判断の上で手元においてあったほうが良いと考えただけだ。
「それに楽しいでしょう」
「楽しい……ですか?」
「ええ魔法と呼ばれる未知の技術、彼の持つ知識、それと」
私は今後のことを考える。
「これからの生活も」
彼がこの家で生活することでどんなものをもたらすか、それが良いことか悪いことかはまだ判断がつかない。ただ、今までの生活から少し変化することは確実であった。