なのはがフェイトと邂逅してから数日が経過したが、俺はまだフェイトと遭遇してはいなかった。この数日間で発見されたジュエルシードは二つ、一つは俺達が発見しすぐさま封印し、もう一つはバニングス家の使用人が発見してくれたのだが、こちらはフェイトに回収されてしまった。
——管理局が来るまでに一度くらいは見ておきたいって気はするんだけど…
アニメを見ていた人間として現実でのフェイトの容姿などが気になるところではあるが、理由はそれだけではなく、彼女の持っているジュエルシードを奪っておきたいのだ。
ジュエルシードを回収し始めてから何度も元の世界に帰るためのシミュレーションを繰り返してきたが、全くといっていいほど手がかりがつかめない。どうすれば元の世界への道が開かれるのか、どうすれば元の生活へと戻れるのか、それが全くわかっていなかった。
——本当どうするべきかな?
ジュエルシードを集めてぶっつけ本番の一回勝負で賭けてみるのか、それとも今回は見送って他の手がかりを探すべきなのか俺は迷っていた。もともと成功確率の少ないプランだ。試してみて自分が死ぬような事態は避けたいのが本音だった。
「拓斗君?」
「えっ、あ、すずか?」
「せっかくの温泉旅行なのに拓斗君、ずっと考え事してる」
すずかは少しつまらなそうな顔でそう言ってきた。
今、俺達は休日を利用して温泉旅行へと来ていた。というのもここ最近はずっとジュエルシードの探索ばかりしていたので、少しぐらい息抜きしようという忍の提案であった。俺も、少し息抜きがしたかったのと温泉旅行先にジュエルシードがあることを知っていたので賛成し、今回の旅行へと参加している。高町家の面々ももともとこの時期に家族旅行に行くつもりだったようで賛成し、月村家、高町家そしてアリサ、ユーノ、俺がこの温泉旅行に参加していた。
「ゴメンね、すずか」
「拓斗、最近ずっと働きづめでしょ、大丈夫なの?」
俺のことを心配してか、アリサが声をかけてきてくれる。今、俺は士郎さんの運転する車に乗り込んでいた。後部座席に子供四人とユーノが座っており、左から俺、すずか、なのは、アリサの並びになっている。
「大丈夫だよ、鮫島さん達のお陰で負担は大分少ないし、そんなに疲れてるわけじゃないから」
実際、それほど疲れているわけではない。いつジュエルシードが発動するかわからないとはいえ、ずっと警戒しているわけでないし、休むときはしっかりと休んでいる。
「なのはちゃんもだけど、あまり無理はしないでね。もちろんユーノ君も」
すずかが心配そうな顔で俺達に向かってそう言ってくれる。
「なのははともかく、俺は大丈夫だよ。ペース配分くらいは考えているさ」
「それだと私が何も考えてないみたいなの」
俺の言葉になのはは少し不満げな表情を見せる。どうやら自覚がないようだ。
「違うところがあるのか? いつも目の前のことに全力だろ?」
「そうよね、なのはってば頑張りすぎなところがあるし」
「二人とも酷いよ、そこがなのはちゃんのいいところなんだから」
「すずかちゃん、結局否定はしてくれなかったの……」
俺達の言葉になのはは少し落ち込んだ表情を見せる。
「でも拓斗君がいてくれて助かってるよ。魔法関係は僕達じゃわからないことがあるからね。なのはだけだと一人だけでずっと頑張っていそうだし」
運転していた士郎さんが俺にそう言ってくれる。今までの会話を聞いていて、少し言いたくなったんだろう。
「お父さんまでっ!?」
なのはは士郎さんにも同意されて、さらにショックを受けている。
「無理はさせないようにしますよ。なのはもそれだけ心配されてるってことだから気にするなよ」
「うん、わかったの」
その後も皆で談笑しながら目的地である温泉旅館へと到着した。
車から降りると旅館でチェックインを済ませる。その後、荷物を部屋まで運んで、自由行動になった。
「私達は先に温泉に入るわ」
チェックインが終わると忍はそう言って美由希達をつれて温泉へと向かう。
「俺達は少し散歩してくることにするよ」
士郎さんと桃子さんは散歩に行くようだ。
「俺達はどうする?」
「私達は先に温泉に入るわよ」
「じゃあ、そうしよっか」
俺が三人に聞くと三人は先に温泉に入るつもりらしいので、俺も先に温泉へと入ることにした。
着替えなどを持って温泉へと四人で向かう。そして、脱衣所の前まで来るとユーノは俺の肩へと飛び移った。
「あっ、ユーノ君っ」
「ユーノは男の子だからこっちだってさ」
俺の言葉に同意したようにユーノが頷く。実際、淫獣などといわれているが温泉や銭湯など子供ならどっちでも入っていいのでそこまで気にすることはない気がする。それにユーノは今はフェレットの姿だしね。まぁ俺の場合、精神が大人なので女湯に入る気などさらさら起きないが……。子供の身体を利用して女湯に入ろうとする奴がいてもおかしくはなさそうだ。
「じゃあ、また後で」
俺はユーノを連れて男湯へと入る。脱衣所で服を脱いで、湯へと向かうとそこには恭也さんがいて、俺が入ってきたことを見て、声をかけてきてくれた。
「拓斗君も先に温泉か?」
「はい、せっかくの温泉旅行なんで」
自分の体を洗い流しお湯へとつかる。湯の温度が心地よく、疲労が少しずつ溶けていくようだ。
「んん〜〜、気持ちいいですね」
「そうだな、やはり温泉はいい」
湯の中で体を伸ばしたり、ほぐしたりする。ふと恭也の方を見ると、彼の引き締まった身体が目に映る。
「鍛えてるんですね」
「ああ、ずっと剣ばかり振るってきたからな。一時期、やめていたときもあったがそれでもまた剣を振るっている」
恭也の表情は少し寂しげだ。今、彼は何を考えているのだろうか。自分の知っている情報から色々頭の中で推測がされていくが、それはあくまで推測で彼自身の心中を察することはできない。
「でもずっと続けていて恋人のことを守れるんですから、それは良いことだと思いますよ」
「そうだな。剣ばかりの人生だったが、そのお陰で大事な人を守ることができる。拓斗君はそんな人はいるのかな?」
「皆…ですね。皆が大事で大切な存在です」
恭也の言葉に俺はそう答える。しかし、頭の中では色々なことを考えていた。確かに皆、大切な存在だ。友人であり、お世話になっている人たちであり、親しい仲である。ただ特別な人というわけではない。そもそも俺はこの世界の人間ではなく、今も元の世界へと帰ろうとしている。そんな人間が大事な人を作ってしまえば、帰るのに迷いが生じてしまう。
「そうだな、皆大切な存在だ」
恭也は少し笑みを浮かべる。それは俺の子供ながらの回答になのかはわからないが、その表情は少し楽しげだ。
『拓斗』
『どうしたんだ、ユーノ?』
ユーノが念話を入れてくる。ここで話したりしないのは俺達以外の客もいるからだろう。
『こんなときに言うのもどうかと思うんだけど、もし向こうでジュエルシードが発動したらどうするの?』
『ああ、向こうで発動したら、すぐに転移魔法を使って俺が向かう予定だよ』
もしもの時のことは考えてある。まぁ今回に限ってはそんなことはないと思ってはいるが、俺というイレギュラーの存在がどういう影響を与えているかはわからないので少し不安ではある。
——でもよく考えていれば、俺がいるのにこの温泉旅行とかも原作と同じように行われているんだよな〜
俺の存在でかなり原作からは離れていると思ったのだが、大きなイベント関係は変わらず起こっている。まぁ一人程度ではそれほど変わるものでもないんだろう。
——まぁ、温泉来てまで考えることでもないか
せっかくの温泉旅行で色々考えるのもどうかと思いながら、温泉をゆっくりと楽しむ。
「そろそろ、俺は出るが拓斗君はどうする?」
「俺もそうします」
恭也と一緒に湯船から上がり、浴衣へと着替える。ユーノは温泉から出るときに犬のように身体を震わせ、水を飛ばしていた。途中、着替え終わった俺がユーノ君をタオルで拭いてあげ、ブラシで毛並みを整える。こうしていると本当にユーノがペットにしか感じられないので、彼が人間の姿に戻ったときどういう付き合い方をすればいいんだろうと思ってしまう。
男湯から出ると恭也は忍さんと共にどこかへといってしまった。俺は一度部屋へ戻ろうと廊下を歩いているとすずか達の姿が見える。どうやら男の俺より彼女達の方が早く上がっていたらしい。彼女達の前にはオレンジ色の髪の浴衣姿の女性がいて、彼女はなのはに向かって何かを話している。
——あれはアルフ?
この場面で思い当たるキャラのことを思い出して、彼女の正体にアタリをつける。
「なにしてるんだ?」
「あっ拓斗君、このお姉さんが」
俺が声をかけるとすずかが少し困ったように返してくる。やはり、なのはがアルフに絡まれていたようだ。
「彼女達に何か用ですか?」
「ん? あっ、私の勘違いみたいだわ、ゴメンね、知ってる子によく似てたからさ」
「そうですか」
「ゴメンね〜、それにしても可愛いフェレットだね。撫で撫で」
アルフはなのは達に頭を下げた後、俺の肩にいるユーノを撫でる。そして、俺達から離れていこうとしたその時だった。
『今のところは挨拶だけね。忠告しとくよ。子供はいい子にしてお家で遊んでな。お痛が過ぎるとガブッといくよ』
念話が頭の中に響く。向こうは俺が魔道師かどうか気づいているかはわからないが、気づいているという前提で考えていったほうが良さそうだ。
「拓斗君……」
「なのは大丈夫?」
なのはが不安そうな顔で俺の浴衣の袖をつかむ。
「なんなのよ、あの女」
「まぁ過ぎたことなんだから忘れて、向こうで遊ぼう」
アルフに怒るアリサを宥めて、俺達は卓球場で遊ぶことにした。
夕方になり食事が終わると、俺は忍達に魔導師にこの温泉で遭遇したことを伝える。
「それでどうして言わなかったの?」
「いや、ほら、せっかくの温泉だし、別にいいかなと思って」
「しかし、その魔導師は大丈夫なのか?」
士郎さんが聞いてくる。まぁ同じ旅館に敵対している魔導師がいるかもしれないので心配して当然だろう。
「お互いにジュエルシードを集めている以上は回収時に戦闘することにはなるでしょうね。ただ、向こうも無駄な戦闘は避けたいでしょうから、回収時以外でいきなり戦闘の可能性は少ないでしょうね」
「そう、でもその魔導師がいるってことはこの辺りにもジュエルシードがあるのか?」
「可能性はかなり高いですね」
とりあえずジュエルシードがあるかもしれないということだけ伝えておく。
「ならこれからジュエルシードを探すことにしよう」
「すみません、せっかくの温泉旅行なのに……」
「いいさ、困ったときは助けるものだろう」
士郎さんはそう言って笑顔を向けてくれる。なんというかこの人はカッコよすぎる。
「それでその魔導師と遭遇したときはどうすればいいんだ?」
「話を聞きたんでできれば拘束しておきたいです、ッ!!」
フェイトと遭遇したときのことは皆に伝えていると、ジュエルシードの反応を感じた。
「ジュエルシードッ、なのは!!」
「うんっ」
「俺達は先に向かいます」
「おっ、おいっ!?」
ジュエルシードの反応を感じて、すぐさまバリアジャケットを展開すると士郎さん達を置いてその場所へと向かう。
「あそこだ」
ジュエルシードの反応があった場所へと向かうと、そこには金色の髪の少女と先ほど会ったオレンジ色の髪の女性がいる。
——あれがフェイト・テスタロッサ……
手元に斧のようにも見えるデバイスを持った金色の髪の少女、こうして俺は彼女と出会うことになった。