忍達のところへと戻った俺達を待っていたのは、満足げに笑っている忍と少し疲れた表情を見せているリンディさんの姿であった。
「あっ、拓斗おかえり〜」
「そっちも終わったみたいだな」
「ええ、非常に有意義な話し合いだったわよ」
忍の満面の笑みに思わずリンディさんに同情してしまう。一体、どれほどの対価を支払うことになったのやら。
「それで内容の方は?」
「コレよ」
忍が要求したものの内容が気になったので聞いてみると、忍が紙に書かれたリストを見せてくれる。拇印などが押されていることから正式な書面であることがわかる。
リストに書かれていた内容は大体は予想したとおりであった。管理局の保有する技術、物資などの流通。それに伴う権利など許可。ノエルやファリン達の情報封鎖とデータ、ログの削除。ユーノに対するデバイスの保障。俺やなのはへの管理局への勧誘などの過度な干渉の不許可。そして今回の事件に関する全ての情報の提供及び行動の許可。などなど相当な数の項目が設けられていた。
「うわぁ」
あまりの項目の多さに思わず顔が引きつってしまう。特に下の方に書かれてあった管理局で使用されているデバイスや情報端末、研究用の機材などの提供などは間違いなく忍が付け加えていった項目であろう。技術や物資の流通許可と初期設備投資までここで済ませるつもりのようだ。
「まぁ、とりあえずはこんなところよ。これ以降も私達がジュエルシードを回収したり、回収に貢献したりすれば、さらに絞り取れるから頑張ってね」
忍はさらにむしりとるつもりのようだ。奥では忍の言葉を聞いてリンディさんがさらに絶望した表情を見せている。
「じゃあ、条件もまとまったし、今回はお暇しましょうか」
「そうだな、士郎さん達にも説明しておかないといけないし、微妙に疲れた」
管理局と接触したことは恭也やなのはが伝えるんだろうが、忍がした交渉の内容などは忍から伝える必要がある。それに俺も疲労を感じていた。今日はすずかの暴走と管理局との接触、さらには和也との出会いなど色々ありすぎたので精神的に疲れた。
まぁ、おそらく残っているのが海の中に沈んであるジュエルシードだけなので、後はそれにさえ気をつけていればいいので少しは楽になっている。
「では皆さんをお送りします。クロノ、こちらは終わった、皆さんお帰りになるみたいなので転送ポートに案内を」
和也の態度が先ほどまでと変わる。どうやら公私で態度が全く違う人間のようだ。さっきまでの態度を知っている身としては違和感しか感じないが、これも働いていく上では必要な技能なのだろう。
「それではリンディさん、失礼しますね」
部屋を出る前に忍が一言リンディさんに挨拶する。俺とノエルもリンディさんに一礼してから部屋を出ようとする。
「ええ、それではまた」
部屋を出ようとする俺達にリンディさんは笑顔で見送ってくれる。明らかに表情は引きつっているが、そこを責めるのは酷だろう。
「あっ、拓斗君」
「なのは、すずか、どうだったそっちは?」
和也の案内で転送ポートまで歩いているとなのはやすずか達と合流する。
「うん、楽しかったよ。色々なものが見れたし…ねっ、なのはちゃん」
「うんっ、ここって凄いね。見たこともないような機械もあったし、料理も少し違ってたけど、美味しかったよ」
「食堂にも行ってたんだ」
どうやら艦内は随分と楽しめたようだ。異世界の料理は確かに気にはなるが、それは次の機会まで待つことにしよう。
「転送場所はどうしようか?」
「海鳴公園がいいかな」
「うん、あっ、私とクロノ君が会った場所でお願いします」
俺の言葉になのはが付け加えるように言う。土地勘のないクロノのために場所をわかりやすく伝えたのだ。
「わかった。じゃあ、気をつけて」
「うん、クロノ君、ありがとう」
「ありがとうクロノ君」
なのはとすずかがクロノにお礼を言う。それに続いて恭也達もお礼を言っていた。なのはやすずかにお礼を言われ、クロノは少し顔が赤くなっていたが女に免疫がないのか、それとも年下趣味なだけなのか。まぁ、前者なんだろうけど…。
「クロノ、顔が赤くなってるよ。照れてるのか?」
「そんなことはないっ」
そんなクロノの様子を見てからかっている和也とそれに向きになって反論するクロノ、クロノの身長の低さも相俟ってか二人は兄弟のように見える。
「っと、拓斗もまた今度。次はもっとゆっくり話せるといいな」
「ああ、またな」
和也と挨拶を交わし、俺達は転送される。すると辺りは既に暗くなりかけていった。
「まずは恭也の家ね。士郎さん達に今日のことを話さないといけないし」
「ああ、そうだな」
忍の言葉に恭也が頷く。そして俺達は高町家へと向かった。
「それにしてもこの子達凄いね。白い子の方、なのはちゃんも黒い子の方も単純な魔力だけならクロノ君を上回っちゃってるね」
「魔法は魔力値だけが全てじゃない。状況に合わせた応用力と的確に使用できる判断力だろ?」
俺の目の前ではエイミィが先ほどのジュエルシードを封印しているときの映像データを流していた。
「エイミィ、拓斗の戦闘映像出してくれ」
「OK、わかったよ和也君」
俺はエイミィに頼んで拓斗の戦闘映像を出してもらう。俺が来たときには既にジュエルシードの封印が終わっていたから、俺はアイツの戦闘を見てはいない。それに同じ転生者ということで知っておきたいと気持ちも強かった。俺と同じ自由に戦闘スタイルを選べる彼の戦い方も気になる。
「これだね、じゃあ流すよ」
エイミィが出した映像ではまず始めに女の子が戦っていた。どうやら、月村すずかが戦っている姿のようだ。
「うわぁ、この子も無茶するね」
「しかし、魔力資質もなしに魔法を使っている? このデバイスは一体…」
魔力資質もない女の子が戦っていることに二人は驚いている。まぁ当然だろう。管理世界では魔力資質のない人間が魔法を使うことはありえないからだ。
画面の中では月村すずかが劣勢に立たされていた。そして彼女が助けを求めたときに拓斗が現れる。そして、拓斗は銃型のデバイスを暴走体に向け、魔法を放つとあっさりとジュエルシードを封印した。
「予想外だなこりゃ」
思わず感想が漏れる。まさかここまでのレベルだとは思っていなかった。暴走体に向け、魔法を変えつつ連続で発射、そしてその全てを着弾させている。この映像だけでは実力の全てはわからないが、少なくとも発動速度と魔法の切り替えの早さは驚くべきものだ。
「この子も相当凄いね。クロノ君達でも危ないんじゃない?」
「これだけだとわからないが、さっきの二人より苦戦するかもしれないな」
「まぁ経験差もあるし、相性もあるからわからないが、流石に負けたくはないな」
拓斗はこちらに来てから一年と言っていたから、俺の方が遥かに長い時間こちらにいて管理局にいる分戦闘経験も豊富だ。それに年下に負けたくないと言う意地もある。
「二人とも信頼してるよ、それよりこの人達なんだけど」
そう言ってエイミィが出したのはメイド服姿の二人の女性。月村の姉妹に仕えているメイドさん達だった。
「生体反応はないけど人間みたいに動いているし、魔法も使っているんだよね」
「ああ、エイミィ、その二人とさっきの女の子のデータは消しておいてね」
映像を見てエイミィが言葉を漏らしていると、俺達の後ろから声がかけられる。声をかけてきたのはリンディだった。
「母さ、いえ、艦長」
「さっきの交渉でね。その二人とさっきの女の子が使っていたデバイスに関するデータは完全に消しておいて欲しいって要求されちゃったの」
リンディは疲れたように溜息を漏らす。この様子を見ると本当に月村忍との交渉は疲れたみたいだな。
「よろしいんですか?」
「仕方ないわよ、この件に関しては遅れた私達が悪いんだし。確かに予想より条件は悪いわ、だけど、彼らのお陰で現地の被害が抑えられた。これも事実なのよ」
リンディはきちんと契約を守るつもりのようだ。これに俺は胸を撫で下ろす。リンディの立場上、契約を破るという可能性もあったのだが、そうするとあいつ等を敵に回すことになる。それだけは勘弁して欲しかった。
「わかりましたデータは消しておきますね。緘口令はどうしますか?」
「武装隊にはもう言ってあるわ。まぁ、彼らも彼女達のことには気づいてないでしょうけどね」
俺も初めて見たが、あの二人のメイドは全く人間にしか見えなかった。彼女達に接触した武装隊の連中が気づかないのも無理はない。
エイミィがコンソールを叩き、データを消していく。武装隊のデバイスにもデータは残っているだろうし、確認のために俺もノートパソコンを使って、データを念入りに消しておくとしよう。
「はぁ、私は手続きのための書類を作るために艦長室で仕事してるわ。後は任せるわね」
「頑張ってください」
リンディが艦長室へと歩いていくのを見ながら、エールを送る。この船の責任者は彼女なので、この手の書類作成は彼女の仕事で、俺達が手伝えることは少ない。後でいくらかは書類が回ってくることになるだろうが……。
「まぁ、頑張りますかね」
俺以外の転生者と出会えたこと、その相手がまともな人間であったことを嬉しく思いながら伸びをする。これからのことを思うと少し楽しくなった。
「なるほど管理局と接触したのか」
「ええ、会った感じでは責任者はまともそうな人間でしたね」
俺達は今、高町家で今日あった事を話していた。士郎さん達は俺達の話を聞くと少しほっとした表情を浮かべる。
「何はともあれ無事で良かったよ。忍ちゃんも女の子なんだからあまり無茶はしないでくれよ」
「わかってます。でも、まぁ今回は仕方なかったですしね」
忍は苦笑いで士郎さんの言葉に返す。今回は中身が二十歳を超えている俺以外、全員未成年だ。俺も見た目が子供であることから、子供ばかりで交渉を行ったことが士郎さんには心配だったのだろう。
「今日は皆、家で食事をするといいわ。なんなら泊まっていってもいいし」
「すずかちゃん達、泊まってよ。私もそっちの方が嬉しいし」
桃子さんの言葉になのはは追従するように俺達に言ってくる。その表情は本当に楽しみといった感じだ。
「じゃあ、お言葉に甘えます。ノエル、桃子さんの料理を手伝ってあげて」
「かしこまりました、お嬢様」
ノエルが頭を下げて桃子さんと共にキッチンへと向かう。俺達はこうして高町家に泊まることになった。
「すずか、ちょっといい」
士郎さん達との話しが終わると忍はすずかを連れて、部屋の外に出る。俺は気になったので彼女達に隠れてついていった。
「すずか、どうしてあんな無茶をしたの?」
忍はすずかに質問する。すずかが忍の作ったデバイスを持ってジュエルシードを封印しようとした理由が知りたいのだろう。すずかはしばらく俯いていたが、ゆっくりと呟くように口を開いた。
「………から」
「なに?」
「拓斗君の力になりたかったから…」
すずかの言葉は隠れていた俺にもはっきりと聞こえた。
「私もなのはちゃんみたいに拓斗君の力になりたかったの」
すずかは今にも泣き出しそうな表情でそう言った。それを聞いた忍はすずかを抱きしめる。
「そう、理由はわかったわ。でもね、すずか。あんまり無茶はしないで、貴女は私の大事な妹なんだから」
「ごめんなさい、お姉ちゃん」
忍の胸の中ですずかは泣く。俺はその二人の姿を見て、邪魔をするのは悪いかなと思い離れようとする。
「拓斗、見てるんでしょ」
「え?」
離れようとした俺に忍が声をかけてきた。彼女達のいる場所からは俺の姿は見えないはずだが、どうやって俺の存在に気づいたのだろうか?
「こっちに来なさい」
忍の言葉に逆らえず、俺は二人の前に出る。忍は真っ直ぐに、すずかは戸惑った様子で俺を見つめてきた。
「拓斗はすずかに言うことはないの? さっきの話し、聞いてたんでしょ?」
忍の言葉を聞いて、俺は二人へと近づく。さっきのすずかの言葉を聞いて思わなかったことがないわけではない。それだけすずかが俺のことを想ってくれたのは純粋に嬉しかった。
「すずか」
「な、なに?」
「すずかは俺の力になりたいって言ってたけど、もう十分に俺はすずかに助けられてるよ」
「え?」
俺の言葉にすずかは戸惑った表情を浮かべる。
「この世界に来たときにすずかに助けてもらったし、こっちでの生活でもすずか達がいるから寂しい思いをしてないし、楽しく過ごしているんだ。すずか達には本当に感謝してるよ」
本当にすずか達には感謝している。衣食住に困ってはいないし、皆がいて俺はこの世界で楽しく毎日を過ごしている。まだ、元の世界に帰りたいという気持ちが残っているが、この世界で生きることに満足している自分も確かに存在していた。
「魔法なんて使える必要なんてないよ。俺はすずかが傍にいてくれて嬉しいよ」
俺はすずかに近づき、彼女の頭を撫でる。指に絡まる彼女の髪が気持ちいい。
「うん…ありがとう、ゴメンね」
すずかが俺に感謝と謝罪を言ってくる。あの誘拐事件が終わって、俺が目覚めたときも同じようなことがあったなと思いつつ、俺はすずかの頭を撫で続けた。
「愛されてるわね、拓斗」
忍がすずかに聞こえないように俺の耳元で囁くが、俺は聞こえないフリをした。
「そういえば拓斗君が家に泊まるのって初めてだね」
すずかを慰めた後、少し遅めの夕食を取り、お風呂から上がると俺はなのはの部屋に来ていた。どうやら、俺はこの部屋で過ごすことになるらしい。当然ながら、すずかもなのはの部屋で寝る。
「そうだな、士郎さんに剣を習うために道場にお邪魔したり、ご飯を食べたりすることはあるけど、泊まったのは初めてだ」
高町家にお邪魔する機会は多いがこうして泊まるのは初めてだった。まぁ、特に珍しいことではないんだけど。逆になのはやアリサが月村邸で泊まることは何度かあった。
「今日はたくさんお話ししようね」
「うんっ」
すずかとなのはが楽しそうにそんなことを言っていたので、夜は長くなりそうだと思っていたのだが…
「すぅ、すぅ」
「ん、ぅ」
二人は一時間もせずに眠りについていた。これには拍子抜けしたが二人ともジュエルシードの暴走体と戦ったんだし、管理局との接触もあったので少し疲れていたのかもしれない。ただ、問題があるとすれば…
——動けないんだけど
二人が俺の腕に抱きついているため、俺が動くことができないことだろうか。右を見ればすずかの顔が、左を見ればなのはの顔が見える。なのはは自分のベッドがあるにもかかわらず、床に敷いてある俺たちの布団へと潜り込んでいた。
『ユーノ、助けてくれないか』
『無理、僕も眠いんだから、起こさないでよ』
ユーノに助けを求めるが冷たくあしらわれる。いや、確かに疲れているし眠いのはわかるが、ちょっとぐらい助けてくれてもいいんじゃないか? そんなことを考えつつ、俺に抱きついている二人の寝顔を観察する。
二人とも穏やかな表情で眠っていた。それを見てか、俺も眠気を感じる。
「ふぁ〜、俺も寝るか」
二人を起こさないように小さな声で呟くと俺は腕に感じる二人のぬくもりを感じながら、眠りについた。この日は、この世界に来てから一番気持ちよく眠れた。家族や友達に会えない寂しさも、元の世界に帰りたいと言う気持ちもこの夜だけは忘れていた。