「ん、ふぁ〜」
「あっ、起きたんだ、おはよう」
朝、寝惚け眼をこすりつつ、布団から起き上がると隣から声をかけられる。そちらの方を振り向くとなのはがこっちを向いていた。
——そういえば、昨日はここで寝たんだっけ
「おはよう、なのは」
働かない頭で昨日のことを思い出しながら、なのはに挨拶する。そして、なのはとは逆側を見てみると、まだすずかが眠っていた。
「すずか、朝だ、起きろ」
「う、ん、拓斗、君?」
俺が声をかけるとすずかも目を覚まし、ゆっくりを起き上がった。
「すずかちゃん、おはよう」
「おはよ〜、なのはちゃん、拓斗君」
「おはよう」
すずかの挨拶に返すと俺は立ち上がり、顔を洗いに行くために洗面所へと向かう。すずかも俺と同じなのか一緒についてきた。
「あっ、おはよう、すずかちゃん、拓斗君」
「おはようございます美由希さん」
「おはようございます」
洗面所に向かう途中に美由希と遭遇する。美由希は朝の鍛錬をしていたのか、少し汗をかいていた。いつもの三つ編みと眼鏡ではなく、髪をおろし、眼鏡をかけていない姿は新鮮であった。
——こっちの方が男受け良さそうなのに
美由希の普段の姿に少しもったいない気がしながらもそれは伝えず、そのまま会話を続ける。
「朝から鍛錬ですか?」
「まあね、ランニングと剣の練習をね」
士郎さん達と同じく美由希もまた御神の剣士だ。やはり鍛錬は怠っていないのだろう。そんな美由希だが、流石御神の剣士と言うべきかかなり強い。総合的な能力ではまだ士郎さんや恭也には及ばないだろうが、たまにではあるが二人より凄いと思わせる時がある。
模擬戦の時に絶対に反応できないであろうタイミングと死角からの攻撃であったのに反応して回避したり、こちらの予測した威力やスピードを遥かに超えた攻撃を仕掛けてくることがある。
そんな美由希と俺との戦績であるが、美由希が七割方勝利で終わっている。ちなみになのははまだ勝った事はない。いくら体格差はあるとはいえ魔力で強化すれば関係ないし、ソニックムーブなどの高速移動がある分こちらが有利かと思ったのだが全く関係なかった。こちらの戦術は培った経験で読まれ、防御は徹によって無意味と化し、何度も敗北してしまった。
「じゃあ、二人ともまた後でね」
美由希と別れ、洗面所に辿り着くと顔を洗う。鏡を見てみるが寝癖などはついていないようだ。
「そういえば今日、学校なんだけどどうしようか?」
「朝、食べてから一旦家に戻るんじゃないかな」
顔を洗い、リビングへ向かいながらすずかと話しをする。残念なことに今日は平日で学生である俺達は学校に通わないといけない。
「すずかお嬢様、拓斗さん、おはようございます」
「ノエル、おはよう」
「おはよう、ノエル」
俺達がリビングへと向かう途中にノエルと会ったので挨拶をする。
「制服をお持ちいたしましたので、お着替えください」
そう言ってノエルは俺達に制服を手渡してくれる。どうやら取りに帰ってくれたようだ。
「ありがとうノエル」
「ありがとう」
ノエルにお礼を言うと俺達は制服に着替える。もちろん一緒に着替えるなんてことはしない。
そうして、いつも通り制服に着替えた俺達は桃子さんの作った朝食をいただくと、学校へと通った。
「三人で一緒に歩くのってなんだか不思議な感じだね」
「いつもはアリサもいるし、こういうことって滅多にないからな」
なのはの言葉に返す。すずかと一緒に帰ったり、訓練の関係でなのはと一緒に帰ったりすることはよくあるが、三人でというのはなかなかない。しかし、いつも一緒にいるはずの一人がいないだけで少し寂しい気分になる。
アリサは俺達のムードメーカー的存在だ。いつもアリサは明るく、元気にいてくれるため、俺達も楽しく毎日を過ごしている。
「お〜い、みんな〜、おはよう」
バス停まで歩いていると、既にバス停にはアリサが到着して俺達を待ってくれていた。
「おはよう、三人一緒ってどうしたの?」
アリサは開口一番、俺達が三人一緒に登校してきたことを訝しんだ。月村邸と高町邸はこのバス停を挟んで反対方向にあり、俺達が三人で登校する可能性などほとんどないことを彼女は知っているからだ。
「まぁ、色々あってね」
「ああ、なるほど、そっち関係ね」
周りには俺達と同じようにバスを待っている人がいるため、人目が気になり話すことができない。アリサはそんな俺の態度から大まかな理由を推測したようだ。
バスが来たので乗り込むと後ろの席へと座り、昨日起こったことをアリサに説明した。すずかの暴走行為などは伏せて、管理局のことだけを話した。
「ズルイわ」
俺達の話を聞いたアリサは少し不機嫌そうな表情でそう言った。
「何でアンタ達だけで、そのアースラって船行くのよ。私も連れて行きなさいよ」
「まぁ、昨日は突然だったし…」
「アリサちゃんいなかったから…」
アリサの言葉にすずかとなのはが少し苦笑いになりながらアリサに対して言う。アリサの反応は予想通り過ぎて、思わず苦笑いが出るレベルのようだ。
しかし、こればかりは仕方がない。いくら魔法のことを知っているとはいえ、アリサは魔導師と言うわけではないし、昨日あの場にいなかったのだ。わざわざ、彼女だけを呼ぶわけにも行かないので、我慢してもらうほかない。
「それはまだいいわ。その後、なのはの家でお泊りしたですって、それこそ私を呼んでくれたっていいじゃない」
「まぁ、それは次の機会でいいんじゃないか。どちらにしても昨日は疲れてすぐに寝ちゃったし」
「そういう問題じゃないわよ。私だけ仲間はずれみたいで嫌なの」
アリサは少し拗ねた表情を見せる。その頬は少しだけ赤くなっていた。どうやら自分の言ったことが恥ずかしいらしい。
「ゴメンね、アリサちゃん」
「アリサちゃん、ごめんなさい」
そんなアリサを見てか、なのはとすずかがアリサに謝るがその表情は少し微笑んでいる。アリサの態度を可愛らしく思っているみたいだ。
「まぁ、いいわ。それでそのアースラってどんなとこだったの?」
アリサもそんな二人の謝罪を受け入れるとアースラのことが気になるようで、なのはとすずかに色々聞いていた。俺は昨日、アースラの中を廻っていないのでアリサには説明できなかったが、なのはとすずかの話しを聞いている限り、やはりSFに近いような感じらしい。
結局、バスが学校近くに停まるまで、俺を除いた三人でその事ばかりを話していた。
学校が終わった俺達はアースラへと来ていた。昨日の続きというのもあるだろうが、管理局側としては俺達の動きを監視しておきたいようだ。
「へぇ〜、ここがアースラね」
「不思議なところだな」
一緒に来たアリサと士郎さんが感想を漏らす。今回、アースラに来たメンバーは俺、なのは、すずか、アリサ、ユーノ、保護者に士郎さん、忍、そして鮫島さんだ。
「いやはや、世界とは不思議なものですな」
鮫島さんが感想を漏らす。鮫島さんがここに来た理由であるが、アリサの付き添いと管理局の視察である。アリサのご両親も忍から話しはされているとはいえ、実際に確かめてみないことにはわからないこともあるので彼を派遣したようだ。もし、仕事がなければ直接自分の足で赴くつもりであったらしい。
管理局側も新たに色々な人を連れてくるのは好ましくないようだが、保護者であり、今回の事件の協力者である以上、断るなんてことはできないので、渋々だが了承してくれた。
「残りのジュエルシードは六個、彼らの捜索範囲を調べると地上はほとんど調べられてるから、後は海中ぐらいかな」
ブリッジに案内され、そこで管理局側のジュエルシードの探索光景を見る。サーチャーを使って、モニターに映る映像を見たり、俺達が渡したデータを見ながらジュエルシードを探索していた。
流石にこの辺りは管理局の方が優秀だろう。サーチャーで探索できるとはいえ人海戦術に頼らざるおえない俺達とは違い、管理局の方が機材が整っているし、こういった事態にも慣れているため、作業の効率が半端ない。
とはいえ、もうほとんど回収しているし、残りが海の中というのも原作知識を持っている俺達は予想がついていたため、なんというかその努力に虚しいものを感じる。
「捜索域、海上にて大型の魔力反応を感知!!」
ブリッジで探索を頑張っているのを見ていると突如警報がなり、ブリッジクルーの一人が大きな声を上げる。
「映像でます!!」
ブリッジクルーの一人がそう言うとモニターが表示され、そこに一人の少女が映し出される。
「フェイトちゃん……」
なのはの口から少女の名前が零れる。フェイトは巨大な魔方陣を展開し詠唱を呟いていた。
それはある意味予想通りの展開で、そして予想から少し外れていた。フェイトが行おうとしているのはジュエルシードの強制発動、外部から魔力によって干渉することで強引に発動させ、力技で封印しようというのだ。
それに関しては原作通りなので予測できたことだ。問題はない。ただ、問題があるとすれば時期であった。
フェイトは昨日ジュエルシードを封印して、なのはと戦い合い、その上クロノから攻撃を貰っているはずである。当然、消耗しているはずであるし、管理局が来たこともわかっているはずだ。
——予想なら、少し回復してからやると思ってたのにっ!!
思わず拳を握り締める。それは自分の予想が外れたということもあるが、それよりもまだ回復しきっていない状態であんな無茶をしようとするフェイトへの苛立ちも含まれていた。
フェイトが儀式魔法を発動させる。無数の稲妻が海面に叩きつけられ、凄まじい衝撃を生み出した。その衝撃で海面は荒れ狂い、そしてその影響を受けて、ジュエルシードが発動する。
「なんとも呆れた無茶をする子だわ」
「無謀ですね、間違いなく自滅します。あれは個人のなせる魔力の限界を超えています」
リンディさんとクロノが言葉を漏らす。
「あ、あの、早くフェイトちゃんを助けにいかないと!!」
なのはが焦った表情で声を上げた。モニターにはフェイトの様子が映し出されているが、はっきり言って相当不味い状況だ。
強制発動されたジュエルシードが竜巻を発生させ、海水を巻き上げ無数に吹き荒れる。フェイトはジュエルシードを封印するためにその間を縫うようにして飛び回っているが、暴風によって飛ばされ、巻き上げられた海水が叩きつけられ、既にボロボロの状態だ。
昨日の疲労、そして先ほどの儀式魔法の行使によって魔力不足を起こし、動きが鈍い。
「その必要はないよ、放っておけばあの子は自滅する」
「えっ!?」
「仮に何とか封印できたとしても、かなり消耗しているだろうからそこを叩けばいい」
「で、でもっ!!」
クロノの言葉になのはが反論する。誰かが困っているのを見捨てることができない彼女のことだ一刻も早く助けに行きたいのだろう。
「今のうちに捕獲の準備を」
クロノが指示を出す。俺は隠れてデバイスをセットアップすると術式を組み始める。
「私達は常に最善の選択をしなければいけないわ、残酷に見えるけどこれが現実なの」
「ぷっ」
リンディの言葉に思わず、笑いが漏れる。正直に言おう。もう我慢の限界だった。
「拓斗君?」
俺の様子を見て、なのはは戸惑ったような声を上げる。
「最善の選択ね。なのは、ユーノ、行くよ」
デバイスをセットアップしてバリアジャケットを展開すると転移魔法を起動させる。
「そもそも、そっちの命令に従う義務もないので勝手に行動させてもらいます」
俺はそう言うとなのはとユーノを連れて、フェイト達のいる海上へと転移した。
「最善の選択ね。なのは、ユーノ、行くよ」
そう言って、拓斗達が転移する。俺もそれを確認するとデバイスをセットアップして彼らの元へと向かおうとした。
「はぁ〜、まぁこうなるわな」
「薙原執務官?」
「彼らの言っているのは正しい。少なくともここで自滅を待つのは得策じゃない」
実際、クロノやリンディさんがこういう手を嫌っているのは知っている。年端もいかない女の子の自滅を待つような手段なんて好き好んで使うような人間ではない。現に捕縛の指示を与えていたときも拳を強く握り締めていたのはわかっている。
「ジュエルシードは一つでも次元震が起こりうる。そんなものを六個も放置しておくなんて危険すぎます。何かあったときのために近くにいた方がいいかと」
「わかりました、クロノも同行して」
俺の言葉にリンディさんはクロノに指示を出す。クロノもそれを聞くとデバイスをセットアップし、いつでも戦える準備を整えた。その表情は少し安心したような、それでいてやる気に満ち溢れていた。
「ホント、立場なんてあると面倒だな、クロノ」
「早く行くぞ。向こうが心配だ」
俺の言葉を無視するようにクロノが呟く。俺達、執務官という役職もリンディさんの艦長をいう立場も責任が付きまとう。そのため、どうしても自分の感情だけで行動することは許されない。立場が、階級が、それを邪魔することになる。
「和也」
「なんだ?」
「僕達はそれでもなんとかしなければならないんだ」
クロノは少し苦渋に満ちた表情でそう言う。それは先ほどフェイト・テスタロッサの救助に行きたくても行けなかったもどかしさか、それとも今まで起こったことに対する後悔か。それはクロノ本人にしかわからない。
「そうだな、俺達はそれでもなんとかしなくちゃならない。……行くぞ」
「ああ」
俺達は転移魔法を使い、拓斗達の後を追った。その胸に少しのもどかしさと決意を抱いて…。