なのはとの訓練が終わると、なのはと別れて月村邸に戻り夕食を取る。その後はお風呂に入り、入浴後のマッサージをノエルかファリンから受ける。
「拓斗さん、どうでしょうか?」
「うん、気持ちいいよ、ノエル」
ノエルの手が俺のふくらはぎをほぐす。自分でも良くやるが、ノエルやファリンのマッサージの効果はまったく違う。彼女達のマッサージを受けると翌朝、起きたときにかなり疲労が抜けているのだ。
ノエルの手がうつぶせになった俺のふくらはぎ揉み、少しずつ太ももの方へと移っていく。始めは足の先、指から始まる彼女達のマッサージはかなり丁寧にそして入念に行われる。
始めは彼女達に悪いと思っていたが、一度受けてみるとあまりにも次の日の調子が違っていたため、やめられなくなっていた。
「それでは太ももに移りますね」
ノエルの指が太ももの筋肉をほぐす。ノエルの指の感触が肌に直接当たるため、少しくすぐったい。
——ホント、普通の人間にしか思えないな
太ももから感じる彼女の指の感触や今まで触れたときの感触を思い出し、そんなことを考えてしまう。ノエルやファリンは自動人形と言って、普通の人間とは違い、機械的な存在だ。しかし、彼女達の肌の感触は普通の人間となんら変わらず、こうやってマッサージされているときの力加減もそれこそプロのように繊細だ。
それに彼女達も感情を見せる。ファリンは表情豊かにノエルもあまり表情を変えることは少ないが、笑ったり楽しそうにしているところは見る。
——スバルやギンガ、ナンバーズのような戦闘機人も似たようなもんなのかな?
まだ会った事がないためわからないが、この感じだと彼女達、戦闘機人もノエル達とそう変わらない存在なのだろう。
——まぁ、どういう存在であれ、人間にしか見えなくて、それが美人だったり可愛い女の子だったら、気にする奴も少ないだろうけど…。
ノエルやファリンを見ている限り、彼女達がどういう存在であれ、彼女達を受け入れる人間は多そうだ。むしろそれがいいという人間もいそうだけど…。
これで人間に見えなかったり、それほど容姿が優れてなかったりしていればまた考え物であるが、彼女達は容姿が優れていて、かつ性格も良い。何の文句の付け所もないくらいの存在だ。まぁファリンのドジッ子は微妙なところだけど。
ノエルの指が腰を指圧する。少し体重をかけられたそれは少し痛いながらも気持ちよく、思考が停止してしまう。
——本気でノエルとファリンみたいなメイドさんが欲しいな。
頭の中でそんなことを考える。俺は月村家の人間ではないし、夜の一族ではないが、現在ここに住んでいる人間で俺には付き人、つまりはメイドさんがいない。
忍にはノエル、すずかにはファリン。それぞれ主従が存在しているため、たまにその関係が羨ましくなる。まぁノエル達の場合、純粋にお世話というだけではなく護衛や、発情期の時の発散のお手伝いという役割などがあるので、忍やすずかに必要な存在なのだ。月村家は夜の一族の中でもかなりの名家だ。そのため、二人は狙われる機会も多く、必然的に護衛が必要になる。
それに納得するも、まぁ俺も男の子なのでメイドさんであったりに憧れはある。それがノエル達のようなメイドさんならなおさらだ。
「それでは腕の方に移りますね。起き上がってください」
ノエルの言葉に従い、起き上がると椅子に腰掛ける。するとノエルは俺の腕を取り、揉み解す。先ほどまでのマッサージとは違い、ノエルの身体がさらに近いところに感じる。
「これでおしまいですね」
「ありがとうノエル。大分楽になったよ」
最後に肩を揉んでもらい、離れるノエルに御礼を言う。腕をぐるぐると回してみるが、明らかにマッサージ前よりも軽い。
「あまり無理はなさらないようにしてください。それでは失礼します」
ノエルはそう言って、俺の部屋から出て行く。しかし、これで終わりではない。まだ、俺には行わなければならないことがあった。
「拓斗〜、お邪魔するわよ」
「あの、拓斗君。お邪魔します」
ノエルが出て行ったのを見計らってか、忍とすずかが部屋に入ってくる。
「じゃあ、今日は回路の話しね」
そう言って忍は用意してあったホワイトボードに色々書き込んでいく。忍が俺の部屋に来たのは、俺に機械技術について教えるためだ。正直、技術関係にあまり詳しくないので忍に教えてもらうことにしたのだ。すずかは俺と忍が夜、勉強しているのを見て、一緒に勉強することになった。今は俺の隣で忍が持ってきた参考書を一緒に見つつ、忍の説明を聞きながらノートに色々書き込んでいる。
この勉強会は始めたばかりのため、あまり高度な知識を学んでいるわけではないのですずかも理解できている。というより流石忍の妹というべきか、始めからそこそこの知識を持っており、さらには予習復習欠かしていないため、俺よりもすずかの方が知識が豊富だったりする。たまに教えてもらうときがあるのでそのたびに少しへこんでいる。
途中、ファリンがお茶を持ってきてくれるので、少し休憩を挟みながら、勉強は続く。基本的に機械関係の勉強が多いのだが、日によっては経営であったり経済であったりの勉強もする。
「じゃあ、今日はここまでね」
そう言って、忍が出て行き、部屋の中には俺とすずかが残る。余ったお茶やお菓子などを消費しながら他愛ない雑談を交わす。基本的にいつも一緒にいるため、話す内容は訓練のことであったり、将来のことだ。
「そういえば、薙原さんも拓斗君と同じ世界の出身なんだよね?」
「ああ、そうだよ」
「拓斗君は元の世界に帰ろうって思わなかったの?」
すずかがそんなことを聞いてくる。やはり気になることらしい。
「まぁ、俺達の出身地は特殊だからね。帰ろうと思ってもそう簡単に帰れないんだよ」
「なら、帰ることができたら拓斗君は帰っちゃうの?」
すずかは寂しそうな表情で聞いてくる。彼女が俺という存在に少し依存しているのはうすうす感じていた。
「どうだろ、帰る方法は見つかってないし、もし帰ったとしてもまたこの世界に戻ってこれるかわからないから。まぁ、見つかってから考えるよ」
俺の言葉にすずかは少しホッとした表情を見せる。少なくとも今すぐ帰ることがないとわかったので安心しているようだ。
しかし、同時に俺は不安になる。もし、そのときが訪れたとき、俺は本当にどちらを選択することになるのだろうか?
今はまだ、帰りたいという気持ちが強いが、あの時さくらに流されていたらどうだっただろう。もし、あのままさくらをシテしまった場合、俺はこの世界に残ることを選ばざるおえなくなったかもしれない。自分と関係を持った女性を置いて、元の世界に帰ることができるのか? そう考えると、あの時大人モードが解けたことは喜ばしかったのかもしれない。
——これからはその辺もちゃんと考えないとな
あの時は流されてしまった。しかし、今度からはそれも許されない。
——我慢、できるかな?
俺は自分の欲望に負けてしまわないか心配になった。
「拓斗君は元の世界に帰ろうって思わなかったの?」
私は拓斗君に質問する。これは時空管理局の人が来たときから思っていたことだ。薙原さんが拓斗君と同じ世界の人だってことを聞いて、拓斗君が元の世界に帰ったりしないか、薙原さんと同じように時空管理局に入ることにならないか心配になった。
今はこうして私の家にいるけど、いつそうなるかわからなくて不安になったので、拓斗君に質問したのだ。
「まぁ、俺達の出身地は特殊だからね。帰ろうと思ってもそう簡単に帰れないんだよ」
「なら、帰ることができたら拓斗君は帰っちゃうの?」
拓斗君の言葉を聞いて、さらに不安になる。帰ることができたなら拓斗君は帰っていたのだろうか? そう考えると少し怖い。
「どうだろ、帰る方法は見つかってないし、もし帰ったとしてもまたこの世界に戻ってこれるかわからないから。まぁ、見つかってから考えるよ」
拓斗君の言葉に少し安心する。良かったまだ帰る方法は見つかってないみたい。この世界に残ると言ってくれないのは少し不満であるが、それは仕方がない。
私にとって拓斗君の存在は特別だ。多分初めて出会った時から…。拓斗君が魔法使いだって知って、普通の人とは違うってことを知って、自分と同じなんだって、この人なら受け入れてもらえるって思った。実際、あの誘拐事件で助けてもらって、その後私のことを受け入れてもらえて凄く嬉しかった。今ではもう拓斗君がいない生活なんて考えられないくらいだ。
拓斗君と一緒にいられる時間を増やしたくて、お姉ちゃんと拓斗君の勉強会にも参加した。ジュエルシードのとき、役に立てなかった分、拓斗君に教えてあげられるように一生懸命勉強した。なのはちゃんが訓練で拓斗君と一緒に過ごしているように、私はこの勉強の時間を拓斗君と一緒に過ごしていた。
今は元の世界に帰る方法が見つかっていない。だから拓斗君も私の家にいてくれる。
——でも、もし帰る方法が見つかったら? 拓斗君はどっちを選択するの?
拓斗君の言葉からはまだ決めかねているのがわかる。ということは拓斗君がこの世界に残ることを選ぶ可能性もあるということだ。
——絶対に、
拓斗君とずっと一緒にいられるにはどうすればいいか考える。ふと頭に思い浮かんだのはお姉ちゃんのことだ。
——お姉ちゃんと恭也さん、恋人同士だよね。私も拓斗君とそういう関係になれたら、拓斗君もずっと一緒にいてくれるのかな?
お姉ちゃんと恭也さんが恋人同士で一緒にいるのを良く見かける。お姉ちゃんの幸せそうな表情も、一緒にいるのが当たり前みたいなその関係も。
自分が拓斗君をそういう関係になったときのことを想像してみる。拓斗君のために料理を作って、傍にいて、抱きついて、腕を組んで、キスをして…。
「すずか?」
「えっ、ど、どうしたのっ? 拓斗君?」
「いや、なんか、様子がおかしかったから」
拓斗君と恋人関係になったときの妄想に没頭していると目の前の拓斗君が声をかけてくる。
——うう〜、変な子に思われたかな〜?
拓斗君と恋人になるに当たって、あまり印象を悪くしたくない。いや、この程度で崩れるような関係だとは思っていないけど、印象が良いにこしたことはない。
「なんでもないよ。それより拓斗君?」
「なに?」
私はすぐに笑顔に切り替えると拓斗君の名前を呼ぶ。ちゃんと拓斗君から返ってくる反応を嬉しく思いながら、私は拓斗君にこう言った。
「今日、一緒に寝ない?」
拓斗君と一緒に寝るために誘ってみる。恭也さんが家に泊まるとき、いつもお姉ちゃんのへやで寝ているのは知っている。なにをしているのか聞いたことがあったが、その時は一緒に寝ているとお姉ちゃんは言っていた。だから、私も拓斗君と一緒に寝たいのだ。これから拓斗君と一緒にいるためにはこの方法しかない
「今日、一緒に寝ない?」
すずかがそう言ってきたとき、俺は当然ながら戸惑った。なぜ、すずかがいきなりそんなことを言ってきたのか、目的がなんなのか、頭の中がパニックになる。
——いや、どうしよう?
頭の中で自問自答する。いつもであればこの後、ノーパソを開いて情報を集めたり、魔法の組み込みなど色々するのだが、それはほとんど毎日やっていることで、今しなくても支障はない。それに今日は一週間のうち忙しい日なので休みたいといえば休みたかった。
基本的に俺は魔法訓練、勉強会、ノーパソによる情報収集が日課で、士郎さん達による剣の修行や模擬戦などは週に二回程度しかやらない。今日は士郎さん達との訓練がある忙しい日だった。
「あ〜、いいよ」
色々考えたがすずかの言葉に了承する。
すずかがいきなり言ってきたことに違和感を感じるが、すずかはまだ小学生なのでなにか打算めいたものがあるようには思えず、純粋に不安になって一緒に寝たいということが考えられる。それにさくらと違って、すずか相手ならその気も起きないだろう。
「うん、それじゃあ、ここでいいよね?」
すずかはそう言って俺のベッドに倒れこむ。ベッドメイキングはノエル達が行ってくれているのでそれほど心配ないが、自分のベッドに女の子が寝るのはやっぱりすこし気になってしまう。…ほらっ、体臭とか色々とね。
「拓斗君の匂い…」
すずかの言葉に少しドキッとさせられる。それはすずかの発言に関してだ。すずかの声には少しも嫌がるそぶりもなく、むしろ少し喜んでいるようにも感じられた。
「というか枕一つしかないけど、いいの?」
「そうだね、じゃあ持ってくる」
すずかはそう言って、自分の部屋に戻る。よかった、これで枕まで一緒は少し辛い。
すずかが自分の部屋に戻っている間にカップなどを片付け、歯を磨き、就寝の準備をする。思えばかなり恵まれた状況になるのかもしれない。
——すずかと一緒に寝られて、さくらともそういう関係になりかけてる…か
でも関係を進められない。元の世界に帰ることを考えるとそれは鎖になる。すずかの場合は倫理的な問題もあるが。
——ホント、贅沢な悩みだよな
「拓斗君っ、枕持って来たよ」
すずかが枕を持って部屋に入ってくる。そして、そのままベッドに潜り込むと俺はすずかと一緒に眠りについた。