「あ〜、もう本当に厄介だな」
俺、薙原和也は自身に与えられている執務室の中で頭を抱えていた。というのも思ったより、状況が進んでないからであった。
「マジでかなりキツイぞ、これは…」
説得って言っても、
もちろん、未来の知識を持っていることを知っているリンディさん達は俺の言葉を信じてくれる可能性は高いと思うが、それでは管理局を動かすことはできない。それにリンディさん達がグレアム提督のもとへ動かないとは限らない。そうなれば焦ったグレアム提督が無茶な行動に出る可能性がある。
「それにこっちもか…」
俺は机の上に無造作に置いてある書類に目をやる。それには今回の事件のために俺が集めた情報が書かれている。その情報が俺達の状況をさらに厄介なものへと追い込んでいた。
——過激派の存在か…
闇の書の被害者はかなり多い。前回の闇の書事件だけではなく、さらに過去の闇の書事件での被害者もいる。その被害者の中にはグレアム提督とは違い、闇の書の完全破壊を望んでいる者も多い。グレアム提督は不可能と判断し、凍結封印に作戦を移行したようだが、それでは納得できない人間もいるのだ。
そんな過激派は管理局の中にも少なからず存在する。闇の書からの被害を受けたときから管理局に所属している者、闇の書に復讐するために管理局に入局した者達だ。
俺達が闇の書の修復のために動いていることが彼らに知られれば妨害される可能性があるし、そうでなくてもグレアム提督のことを知られれば、闇の書被害者の中での対立が起こる。
最悪の事態として考えられるのは過激派からの妨害を受け、管理局からの協力を得られず、被害者同士の対立で混乱が起こり、八神はやてを助けられず、闇の書が暴走し地球崩壊というシナリオだろうか。
——そんな展開にさせてたまるかっ!!
最悪の事態が頭をよぎり、強く拳を握り締めてしまう。俺達は原作より良くするために動いているのだ。自分の知っている展開より悪い展開など冗談ではない。
「拓斗に向こうを任せて、こっちが駄目とか笑えねぇよ」
地球でのことを拓斗に頼んだのだ。その俺が失敗するわけにはいかない。厳しい状況ではあるが、絶対にやり遂げなければならなかった。
ピピッ、ピピッ
「ん?」
俺が覚悟を決めて作業に取り組もうとすると電子音が鳴る。この音は誰かから通信が来た音だ。
「はい、こちら薙原」
「月村忍です。お久しぶり薙原君…」
俺に通信を入れてきたのは月村忍であった。俺はいきなり彼女が通信を入れてきたことに戸惑いを隠せない。今まで一度も彼女から通信を入れてきたことはない。拓斗と連絡を取り合うときにたまに話すことがあるくらいだ。
「君、うちの拓斗を使ってるみたいね」
彼女の言葉に俺は焦る。どうやら俺が拓斗に頼みごとをしたことが彼女にバレてしまったようだ。俺はPT事件のときの彼女とリンディさんの交渉を思い出した。あの時はこちらは完全敗北と言っていいほどに彼女に色々持っていかれてしまった。しかし、今回も同じように持っていかれるわけにはいかない。
「ああ、確かに拓斗にはちょっと頼みごとをしている。これは本人も了承済みだ」
そう、俺は拓斗本人に頼みごとしている。つまり、これは俺と拓斗との契約なのだ。拓斗は俺の頼みごとを了承し、俺は拓斗に対価を支払うことを約束している。これに彼女が割り込む隙は与えない。
「私はあの子の保護者なんだけど」
「アイツが普通じゃないことは貴女も知っているだろう」
彼女が凄んでくるがこちらも引くわけにはいかない。拓斗も俺も見た目通りの年齢ではないのだ。本人同士が納得している以上、これはちゃんとした契約だ。
「それでも見た目が子供であることには違いないでしょ。こっちの世界では未成年者契約ってあるんだけど?」
「書面があるわけではないし、違う世界の人間との契約だけどな」
違う世界とはいえ、俺だって日本で生まれて、日本で育った。そんな法律があることは承知している。しかし、今俺達のしている契約は口約束みたいなものだ。それはすなわち…
「契約無視っていうのもアリよね」
こういうこともありうるということだ。彼女と拓斗が仲が良いことは知っているし、これからやろうとしていることを知って、彼女が拓斗を止めようとすることは予想できたことだ。しかし…
「アイツがそんなことをできると思うか?」
俺は月村忍にそう質問する。短い付き合いではあるが拓斗の性格は知っているし、俺と拓斗は同じ立場の人間だ。考えることは近いだろう。
拓斗は約束は守る人間だし、なんだかんだで他人に優しい面がある。そして原作知識を持っている。そんな人間が八神はやてを見捨てるという選択肢を取れるとは思わなかった。
「ッ!!」
月村忍もそれがわかっているため、俺を強く睨んでくる。まぁ、それだけ拓斗が心配と言うことだろうが、こうも睨まれると怖い。そして、これほどの美女に思われている拓斗が少し羨ましい。
「ハァ、とりあえず情報で良いか?」
「え?」
「拓斗に渡すのと同じ情報で良いかって聞いているんだけど?」
「え、ええ」
俺の言葉に月村忍は戸惑ったが頷いた。まさか、俺が引くとは思ってなかったのだろう。とはいえ、どうせ拓斗から彼女に情報が漏れるのは確実だし、これくらいの譲歩はしても良い。
俺は集めたデータと現状の簡単な説明を彼女に送る。彼女としても管理局側の情報は欲しいだろう。
「今、送った情報の代わりといってはなんだけど、手伝って欲しい」
俺は月村忍にそう頼む。向こうだってこの件に関わりたい筈だ。そして、俺は少しでも人手が欲しい。それに月村忍は色々便利な存在だ。夜の一族である彼女の能力である心理操作や月村家の当主としての交渉能力、情報分析など俺達にできないことを補ってくれる稀有な存在だ。
「……」
月村忍は俺の言葉に色々考えている。情報は既に送ってしまったから、後は彼女がどう出るかだけだ。正直、もともと彼女はアテにしていなかったので駄目だったとしても問題はない。
「わかったわ、でもこれだけじゃ足りないから後で報酬は請求するわよ」
「働きに見合った報酬は用意させてもらうよ」
月村忍は俺に協力してくれる。報酬は請求されるが、あくまで成果に見合っただけの報酬しか支払うつもりはない。そうでなくても、今回の件は彼女にメリットが多いのだ。
管理局の内情、不正状況を知れ、その上管理局の人間に恩を売れ、繋がりを作れる。これだけでも相当なメリットだ。
「じゃあ、まずは先ほど送った情報に目を通してくれ、後でこちらから連絡する」
「わかったわ。これからよろしくね」
月村忍はそう言うと俺との通信を切る。それを見届けると溜息を吐く。月村忍を協力者として味方につけたは良いが物凄く疲れた。その上、まだやらなければならないことはたくさんある。
「ん〜、気合入れていきますか」
大きく身体を伸ばすと、思考を切り替え今やるべき内容をもう一度考え直す。問題は山積みであるが、それでも頑張っていかなければならない。そして俺は今後のために働き始めた。
「これが今の管理局の状況…」
私は先ほど薙原君から貰った情報に目を通していた。その内容は私の想定したいた状況よりも非常に厄介なものであった。
拓斗から今回の事件の元凶である闇の書のことは聞いた。それからすぐに薙原君に通信を入れたのだが、まさか向こうの状況がこれほどとは思っていなかった。
「拓斗がやろうとしていることも危ないけど、向こうも相当ヤバイわね」
二人はこれほどの問題を自分達だけで片付けようとしていたのだ。しかし、とても二人だけで何とかできるようなものには見えない。
——私もどれだけできるか…
考えが甘かったのかもしれない。少なくとも自分にできることは多いと思っていたが、これではどこまで力になれるかわからない。
「まずは八神はやてについてね」
この情報には八神はやての情報が少ない。しかし、この情報によると八神はやてにはこのギル・グレアムの監視があるらしい、そう簡単には調査させてはもらえないだろう。それで相手に感づかれては意味がない。情報を集めたいのはやまやまだが、そう簡単に動けないのも事実であった。
できそうなのはノエルとファリンという戦力を拓斗に預けることぐらいだろうか。
「ッ!!」
思わず歯軋りしてしまう。自分から関わろうとしておいてできることがここまで少ないなんて、これでは拓斗の手助けなんてすることすらできない。
今の状況で拓斗をこの世界に縛るための行動など移すことなんてできない。ただでさえ失敗すれば、この世界が崩壊しそうな問題なのだ。
「さくらやノエル達を嗾けるのは先になりそうね」
少なくともこの問題が片付くまでは無理そうだ。そんなことをして拓斗に余計なことを考えさせている余裕などないだろう。
私にできることは少ないかも知れない。しかし、それでも自分にできることを探すために私はもう一度貰った情報に目を通し始めた。
「ハァ〜」
「なによ拓斗、せっかく遊びに来てるのに」
俺の溜息にアリサは不機嫌そうな表情で文句を言ってくる。今日は先日のフェイトの件のお詫びとして、アリサと一緒に出かけていた。ちなみにすずかは先日の図書館デートと秘密の暴露でなのはは後日、どこかに出かけることになっていた。
「まぁ、ちょっと色々あってね」
先日の忍との会話を思い出す。俺は後一年で答えを出さなければならない。自分から言いだしたこととはいえ、少し早まったかなと悩んでいた。
「なによ、色々って?」
「う〜ん、まぁ色々だよ」
これはアリサに言って良いものなのかと思ってしまい、話すことを躊躇う。
「仕方ないわね、じゃあ話してくれるのを待ってるわ」
アリサは呆れた表情でそう言ってくれる。これは意外だった。性格的にもこういう風に焦らされるのは好きではないだろうし、強引に聞いてくると思ったからだ。
「なによ、その顔は?」
「ゴメンゴメン、ちょっと驚いたから」
少し苦笑いになりながらもアリサに謝る。でも意外でもないのかもしれない。無印のときにアリサは名言を残している。
——じゃあ、私はずっと怒りながら待ってるってね
アリサの名言を思い出しながら目の前の少女を見る。このセリフは原作においてアリサが自分達に内緒にしているなのはへの思いを言ったセリフだ。怒りながらもちゃんと待ってくれるあたり優しい少女だ。
「な、なに拓斗?」
「いやアリサはいい子だな〜って」
「それ、褒めてるの?」
「当たり前だろ」
俺はアリサに素直な感想を述べるが、アリサは呆れたような表情で返してくる。なんだかんだでアリサは結構付き合いやすい。もしかしたら大学の友人よりも付き合いやすいかもしれない。そして、そんなアリサだからこそ俺は聞いてみることにした。
「ねぇアリサ、もし俺がいなくなるって言ったらどうする?」
「なによいきなり?」
俺からの突然の質問にアリサは怪訝そうな表情を見せるが、俺の表情を見て真面目な質問と気づいたのか、少し戸惑った表情を見せだした。
「それが拓斗が悩んでいたこと?」
「まぁ、そうだね…」
こんなことをアリサに聞くのはどうかと思うが少し気になった。
「どうして、そんなこと聞くのよ?」
アリサの表情が唐突に曇ってくる。俺はその表情を見て、落ち着いた。良かった、やっぱり寂しがってくれるようだ。これでどうでもいいと言われたら、ショックで寝込んでいたかもしれない。わかりきった答えであるがちゃんとこういう反応をしてくれて嬉しくなる。
「ちょっと聞いてみたくなった」
「ふざけないでっ」
俺の言葉にアリサは怒りを見せる。俺は本気だが、アリサにはふざけているように聞こえてしまったようだ。
「アリサはさ、前のジュエルシードのとき、俺がどうしてジュエルシードを集めてたかわかる?」
「ジュエルシードが、危ないものだからじゃないの?」
アリサの声は震えている。アリサは聡明な子だ。もうこの話の流れで大体のことがわかった筈だ。だからこそ声が震えていて、でもこうして確認するように聞き返してくる。
「ユーノのお手伝いとか他にも色々あったけど、俺の一番の目的は元の世界に帰るためだよ」
まぁ失敗しちゃったけどね、と俺は付け加えるように言った。それを聴いた瞬間アリサは絶句する。当然だろう、親しい人間が知らない間にいなくなろうとしていたなんて驚くのが普通だ。
「俺のもともといた世界は特殊でね、簡単に帰ることができないんだ」
前にすずかに話したときと同じようにアリサにも話す。アリサは黙って俺の話を聞いていたが、やがて口を開く。
「ねぇ、拓斗は元の世界に帰りたいの?」
「…最近、ちょっとわからなくなったからね。だから、ちょっとアリサに聞いてみたんだ」
本当に自分は帰りたいのか。アリサにあんな質問している時点で引き止めて欲しいのか。頭の中がごちゃごちゃしてくる。はやてのこともあり忙しくこんなことを考えている暇ではないのに、俺はアリサに質問している。
「…私は拓斗にこの世界に残って欲しい。友達だから、いなくなるのは寂しいわよ」
「ありがとう、アリサ」
俺はアリサにお礼を言う。彼女にこう言ってもらえて嬉しい。
アリサの表情を見ると、今にも泣き出しそうな表情で俺を見てきた。
「まぁまだ帰る方法も見つかってないんだけどね、だからしばらくはいなくならないよ」
俺はそう言ってアリサの頭を撫でる。アリサにこうするのは初めてだが、すずかと同じようにさらさらとした髪の感触が心地よかった。
拓斗からその言葉を聞いたとき、私は耳を疑った。拓斗が元の世界に帰る。そんなことは思いもしなかった。
拓斗が別の世界の住民だってことは知っている。魔法のことを聞いたときに一緒に聞いたからだ。その後、友達として一緒に過ごしてきたけど、そんなことは考えもしなかった。
いや、一度だけ管理局が来たとき、考えたことがあったけど、今も変わらず一緒に過ごしていたから拓斗が元の世界に帰るつもりはないのだと思い込んでいた。
——もう会えなくなる…
拓斗は親友だ。なのはやすずかと同じ大事な親友だ。その親友と会えなくなる。そんなのは嫌だった。
「…私は拓斗にこの世界に残って欲しい。友達だから、いなくなるのは寂しいわよ」
私は拓斗に伝える。それは紛れもない私の本心であった。