「……」
「……」
今日はいつも通りなのはと魔法練習をするはずだったのだが、なのはの表情は暗い。練習にも力が入っておらず、集中出来ていなかった。
今日は平日で学校ではいつも通り明るかったのだが、一度家に帰るために一旦別れた後、もう一度合流するとなのはの様子は変わっていた。
『ユーノ、なのははどうしたんだ?』
『わからないよ。なのはが帰ってきたときにはこうなってたから。僕は学校で何かあったんじゃないかって思ってたんだけど…』
『俺と別れたときにはいつも通りだったんだけど』
ユーノと念話でなのはの様子がおかしい理由について話す。俺と別れるまではいつもと同じで、その後ユーノが会ったときには既になのはの様子がおかしかったらしいので、おそらくはその間に何かがあったのだろう。
「なのは、どうしたんだ? 練習に集中できてないぞ」
「…うん、ゴメンね拓斗君」
俺がなのはに質問するも、なのははその暗い表情を変えず、俺に謝ってくる。俺はその姿を見て、これ以上の訓練は意味がないと思い、なのはに言って訓練を止めた。集中できてない状態で訓練しても身につかないし、なにより魔法制御に失敗して怪我する可能性もある。
「本当にどうしたんだ? 学校では普通だったろ、なにがあったんだ?」
「…」
なのはに事情を聞くために質問するが、なのはは俯いたまま、何も話そうとはしない。話せない内容なのか、ただ言いたくないだけなのか…。
「…拓斗君」
なのはが何も話してくれないので、諦めて今日は訓練を終わりにして解散しようとすると、なのはが俺の名前を呼んでくる。
「拓斗君が自分のいた世界に帰ろうとしてたのって本当なの?」
なのはは俺に何かを懇願するような表情で質問してくる。俺が嘘と言ってくれることを信じているような表情だ。
「アリサから聞いたのか?」
「…うん」
俺の質問になのはは頷く。このことを知っている人間で、俺達が別れた後、なのはに接触できる人間はすずかとアリサの二人だけだ。すずかは今まで二人に言ってなかったので、先日話したアリサがなのはに話したのだと予想できた。
「本当だよ。俺は自分のいた世界に帰るためにジュエルシードを集めていた」
「そう、なんだ」
俺が真実を話す。なのはは受け入れるように返してくれるが、その表情は悲しげだ。まぁ、俺が自分のためにジュエルシードを集めていたと聞いて裏切られたと感じているのだろう。
「嫌いになった? 誰かのためというわけじゃなく、自分のためにジュエルシードを集めてた俺に?」
俺はなのはに質問する。まぁ、これは嫌いになられても仕方ないことだ。自分のことしか考えていない。その事に嫌悪を感じてしまう人は多いだろうし、なのははそんな俺とは正反対の人間だ。
私がその話を聞いたとき、私は戸惑いを隠せなかった。
「なのは、ちょっといい?」
授業が終わり、訓練する前にユーノ君を迎えに行くために、私は家に一度帰ろうと拓斗君と別れるとアリサちゃんが話しかけてきた。
「アリサちゃん、どうしたの?」
「うん、ちょっとね」
私はアリサちゃんに連れられ人気のない場所に移動する。どうやら聞かれたくない話みたいで周りに誰もいないことを確認したアリサちゃんが話してくる。
「拓斗のことなんだけどね…」
「拓斗君?」
アリサちゃんから拓斗君のことを話されるのは珍しい。そもそもこうして二人きりで話すことが珍しいけど、三人のときでも拓斗君のことを話すときは私かすずかちゃんがまず拓斗君のことを話すので、アリサちゃんが拓斗君のことを話してくるのはめったになかった。
「なのはは拓斗が元の世界に帰ろうとしていたの知ってる?」
「え?」
私はアリサちゃんの言ったことが理解できなかった。拓斗君が元の世界に帰ろうとしている? それは何の冗談だろう。
「なに、それ? 私、なにも聞いてないよっ!?」
「まぁ、拓斗も言ってないって言ってたし、知らないわよね」
困惑して叫んでしまう私にアリサちゃんは少し不機嫌になりながらそう言う。
「あの馬鹿はね、私達に内緒で元の世界に帰ろうとしていたのよっ」
アリサちゃんは少し不機嫌そうな表情でそう言ってくる。ここでようやくアリサちゃんが言っていることが理解できた。
「すずかも最近聞いたみたいなんだけどね…」
アリサちゃんはそう言って、私に拓斗君のことを話してくれる。拓斗君が元の世界に帰ろうとしていたこと、帰るためには特殊な方法が必要で、そのためにジュエルシードを集めていたこと、そして失敗してまだこの世界に残っていること、失敗したので帰る方法が見つからず、しばらくはこの世界にいることになったこと。アリサちゃんは自分の知る限りの情報を私に教えてくれた。
「嘘…嘘だよ」
アリサちゃんにその話を聞いたとき、私は信じられなかった。そんなに大事な話なら拓斗君は私達にちゃんと話してくれる筈だし、拓斗君がそんな自分のためだけに動くような人じゃない筈だ。それにそんなにジュエルシードが大切だったなら、温泉旅行のときフェイトちゃんにジュエルシードを渡さなかった筈だ。
「本当よ、本人がそう言ってたもの」
アリサちゃんはそう言ったけどやっぱり信じられなくて、私は駆け出した。
「な、なのはっ」
アリサちゃんは私を呼び止めてくるけど、それを振り切って私は走る。体力がなくて、すぐに息が切れてしまうけどそれに構わず、家へと走った。そんなことを言うアリサちゃんが信じられなくて、これ以上話すのが嫌で、拓斗君にちゃんと話を聞こうと思って急いで家へと帰った。
家へと帰った私はユーノ君を連れて、拓斗君といつもの練習場所に向かった。拓斗君は私が来たときには到着していて、私は拓斗君にアリサちゃんが言っていたことが本当か聞こうとしたけど、拓斗君の顔を見ると質問することができなった。本当だと言われることが怖くなったからだ。
結局、練習も集中できずに拓斗君に止められる。拓斗君はそんな私を心配したみたいで、私に質問してきた。拓斗君のせいで集中できてないのに、原因である拓斗君に質問されてしまったので、私は拓斗君に覚悟を決めてアリサちゃんの言っていたことが本当か聞いてみた。嘘であってほしいと願いながら…。
「本当だよ。俺は自分のいた世界に帰るためにジュエルシードを集めていた」
拓斗君がそう言ったとき、私は膝から崩れ落ちそうになった。友達なのに、このことを拓斗君が私に言ってくれなかったことに、そして拓斗君が自分のためにジュエルシードを集めていたということに裏切られたという気持ちで一杯になった。
「嫌いになった? 誰かのためというわけじゃなく、自分のためにジュエルシードを集めてた俺に?」
拓斗君はそんな私にそう質問をしてくる。私はそれに答えを返せなかった。裏切られたという気持ちになったのは事実で、隠し事をされたことが物凄く嫌だった。拓斗君が信じられなくなってしまいそうになる自分がいた。
「拓斗君の馬鹿っ!!」
私は拓斗君に怒鳴って、近くにあったものを投げつけるとその場から駆け出した。今はこの場にいるのが嫌だった。心の中がぐちゃぐちゃして、拓斗君のことが嫌いになってしまいそうで、拓斗君の傍にはいたくなくて、少し考える時間が欲しかった。
「拓斗君の馬鹿っ!!」
なのははそう言ってユーノを俺に投げつけると、走って俺から離れていく。俺はなのはを追いかけることはできず、そのまま地面に座り込んでユーノの心配をした。
「ユーノ、大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫だよ」
フェレット姿のユーノがよろよろと起き上がる。
「ユーノはどう思った? さっきの話しを聞いて」
俺はユーノに質問した。ジュエルシード探索の当事者であった彼はなのはよりもある意味ショックを受けたはずだ。
「ジュエルシードに関しては今更だよね。もう解決しているし、そうでなくてもプレシア・テスタロッサのこととか、色々あったから…」
「怒ってないのか?」
「ショックはショックだけどね。君達が管理局相手に交渉したときの方がショックは大きかったし、本当今更だよ。それにジュエルシードのことは事故だし、被害が出る前に対処してもらったことは感謝してるから…」
あの時僕は何もできなかったしね、とユーノは冷静にそう言ってくる。その優しさが今は嬉しく、そして辛かった。
「なのはのこと、大丈夫なの?」
自分だってショックを受けているのにユーノは俺のことを心配してくれる。
「どうだろう、あの感じだと嫌われただろうし、もう今まで通りにはならないかな?」
なのはの表情を思い出す。間違いなくショックを受けていて、そして俺から走って離れていったことを考えると間違いなく嫌われただろう。
自分がそういうことをやったという自覚があるが、親しい人間から嫌われるようになるというのはショックが大きい。
「拓斗…」
ユーノが心配そうに俺の名前を呼ぶ。大丈夫だとユーノに伝えようとしたとき、頬に何かが当たった感触を感じる。
「あっ、雨」
ポツリポツリと雨が降ってくる。今日は晴れると天気予報で言っていたので傘は用意していなかった。
「ユーノ、ありがとう。また今度ね」
俺はそう言ってユーノと別れる。雨が次第に強くなり、体が濡れていくが急いで帰る気にも、どこかで雨宿りする気にもならなかった。
「あれっ拓斗君?」
ずぶ濡れになりながら歩いていると途中で声を掛けられる。そちらの方を向くと、そこにははやてがいた。彼女の周りには金色の髪の女性と、桃色の髪の女性がいる。おそらくシグナムとシャマルだろう。
「はやてか」
「はやてか、やないよ。ずぶ濡れやんっ、シグナム傘を差してあげてっ」
「はい、主はやて」
はやての言葉を聞いてかシグナムが傘を俺の頭の上に持ってきてくれる。それによって雨が防がれるが、俺の服は既にびっしょりと濡れていた。
「早く私の家にっ、このままやと風邪引いてまうっ!!」
俺ははやてにそのまま彼女の家へと連れられてしまう。断ろうと思ったが、よく考えればはやての家に行く良い機会だ。断るのはもったいない。
——こんなことばかり考えてるから、なのはにも嫌われるんだろうな
先ほど俺から離れていった少女の姿を思い出し、自嘲してしまう。はやての心配も、こちらには打算的に利用することばかり考えてしまう自分が悲しくなる。
そんな俺のことなど知らないはやては純粋に俺を心配して、自分の家へと俺を連れて行った。
私は拓斗君から走って離れていったあと、そのまま自分の家へと戻ると部屋に入り、ベッドに寝転がる。
「拓斗君、どうしてっ」
拓斗君へと感情を吐き出すようにシーツを強く握り締める。目からは涙が溢れていた。
——どうして黙ってたの? どうして言ってくれなかったの?
自分に言ってくれなかったこと、それは本当に辛かった。友達の筈なのに、ジュエルシードを集めていたことも、元いた世界に帰ろうとしていたことも教えてくれなった。その事が私の心に突き刺さる。
誰にも言えないことが一つや二つあることはわかる。でも、こんな大事なことは言って欲しかった。言ってくれると思っていた。
「なのは、どうしたの?」
私が部屋の中で泣いているとドアがノックされ、お母さんの声が聞こえる。何でもないよと言おうと思ったがそれよりも先にお母さんが部屋の中に入ってきた。
「お母さん…」
「どうしたのなのは? 目が真っ赤よ」
お母さんは私の顔を見て、心配してくれる。私は今のこの気持ちを吐き出すようにお母さんに拓斗君のことを全て話した。
「そう、拓斗君が…」
お母さんは私の話を聞くと、少し戸惑ったような表情を浮かべる。お母さんもこのことを知らなかったみたいで、話しを聞いて驚いていた。
「なのはは拓斗君のことを聞いてどう思ったの?」
「…悲しかった、苦しかった。今まで秘密にされてたのが嫌だったの」
私はお母さんに自分の感じたことを素直に話す。お母さんに話したお陰か少し落ち着いてきた。
「拓斗君にそれをちゃんと伝えた?」
「ううん」
「拓斗君にもね、きっと色々な事情があると思うの。だからちゃんと伝えて、ちゃんと聞いてきなさい」
お母さんはそう言って私の頭を撫でる。お母さんの言うように私は拓斗君からまだお話を聞いていない。拓斗君の事情も拓斗君のことも、拓斗君のことを知っているようで何も知らなかった。
「うん、ちゃんと拓斗君とお話ししてくる」
「しっかりと話してきなさいね」
お母さんはそう言って私の部屋から出て行く。拓斗君に色々思うことはある。でもちゃんと拓斗君からお話しを聞かせて貰おうと思った。