転生生活で大事なこと…なんだそれは?   作:綺羅 夢居

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39話目 八神家

 シャーという音と共に俺の頭に温水が降り注ぐ。俺はそれを受け止めながら、今どうするべきなのかを考えていた。

 八神邸へと連れて来られた俺は雨で濡れた体を温めるためにはやてからシャワーを浴びるように言われ、シャワーを借りていた。それ自体ありがたいことではあったのだが、問題はここが八神家であるということだ。

 闇の書を確認するためにここに来ることは必須条件だったとはいえ、今回のことは唐突過ぎた。ここにはヴォルケンリッター、そしておそらくではあるがグレアムの使い魔も存在する。下手な行動は取れないし、かと言ってこのチャンスを逃すわけにはいかない。ここを逃せば、次にここに来るのはいつになるかわからず、もしかしたらその時にはヴォルケン達とも敵対しているかもしれない。

 

 ――本当、厄介なのかどうなのか…

 

 自業自得とはいえ、なのはのことがあって、ショックを受けていた状態でこの状況、急すぎる展開には正直戸惑いを隠せなかった。

 本来、八神邸に来るのはもう少し後の予定であった。来る前に和也と連絡を取って、お互いの足並みをそろえるつもりだったのだが、それは叶わなかった。

 

「拓斗く~ん、タオルと着替え、ここに置いとくよ~」

 

「うん、ありがとう」

 

 はやての声が風呂場の外から聞こえる。俺はそれに返事をすると彼女が出て行ったのを確認し、風呂場から出る。そして、タオルで体を拭くとはやての用意してくれた着替えに目を向ける。そこにあったのは大人用の衣類だ。はやての父親のものか、それともザフィーラのものかはわからないが、それに着替えると裾を捲くりサイズを合わせる。そして、はやて達の待つリビングへと向かった。

 

「はやて、シャワーありがとう」

 

「ええよ、困ったときはお互い様や」

 

 リビングに入った俺はまずはやてにお礼を言う。はやては夕食を作っていたのか、台所で調理しながら俺のお礼に返事してくれた。

 

 ――この家に一人暮らしだったんだよな…

 

 八神邸に来てから思ったことであるが、両親が死んだ後、はやてはここで一人で生活していたのだ。しかも車椅子の状態で…。掃除、洗濯、料理、家事の全てをわずか八歳の少女が一人でやっていたことになる。もしかしたらハウスキーパーなどを雇っていたのかもしれないが、それでも毎日ということはないだろう。それははやての調理の手際を見てもわかる。

 両親を亡くしてから一人でこの家で暮らしていて、家事もやらないといけなくて、それは苦労などという言葉では表せないはずだ。彼女はまだ子供で寂しかったはずだし、辛かったはずで、誰かに甘えたかったはずだ。それを感じるとなんともいえない気持ちになる。

 

「なに突っ立ったままでいるんだ、座れ」

 

「ん、ああ、ゴメン」

 

 俺がはやての方を見て、物思いに耽っていると少女が声を掛けてくる。今の俺よりも幼い容姿、それだけで彼女が誰なのか簡単に理解できる。

 鉄槌の騎士ヴィータ、見た目と口調で幼い印象が拭えないが、戦闘という面ではかなりの強者であり、俺も正直まともに戦える自信がない。

 

「烏丸拓斗、はやての友達です、よろしく」

 

 俺はとりあえず、ヴォルケンのメンバーに自己紹介することにした。少なくとも彼女達と友好関係を結ぶに越したことはない。

 こちらが名乗ると、リビングで調理をしているシャマル以外がこちらに集まってくる。

 

「ヴィータだ」

 

「私はシグナムだ、こっちはザフィーラ」

 

 桃色の髪をポニーテールにした女性と大型犬が挨拶をしてくる。烈火の将、剣の騎士シグナムと盾の守護獣ザフィーラ、ヴォルケン達のリーダーであるシグナム、そして今は犬であるが、人の形態も取れるザフィーラ。どちらも流石はヴォルケンリッターというべき風格が漂っている。まぁザフィーラは犬であるが…。

 

「皆さんははやてとはどういった関係で?」

 

「遠い親戚になる。ある…彼女が一人暮らしをしていると聞いてな。そのサポートのためにこちらに来たのだ」

 

 俺の質問にシグナムが答える。なるほどある程度の設定付けはちゃんとしているらしい。まぁ、明らかに外国人である彼女たちが周囲と波風立てないようにするためには一番の方法だろう。

 それに彼女たちが女性ということも大きいだろう。唯一の男性であるザフィーラは犬だし、周囲の人間も外国人とはいえ女性でしかも流暢に日本語が話しているので、少し警戒心が解けるのだろう。

 正直、突っ込みたいところはあるが、問題があるわけではないのでスルーしておこう。ただ、問題なのは…

 

『一つ、聞きたいことがある。お前は魔導師か?』

 

 こういうことがあるということだ。念話でシグナムから質問されたことに少なくとも動揺するそぶりは見せない。しかし、この行動が失敗だったとすぐに気づかされる。

 

『なるほど魔導師か…』

 

「ッ!!」

 

 あっさりとシグナムに自分が魔導師であることが気づかれてしまったことに動揺してしまう。なぜ、と頭の中で色々考えるが良く考えてみれば当然であった。

 

 ――念話は魔法の才能があれば聞こえる

 

 俺はそのことを失念していた。アニメでのなのはがそうだった。念話は才能さえあれば聞こえてしまう。そして、俺が魔力を持っていることは彼女達に既に知られていた。俺は魔力を隠しているわけではなかったし、これほど近ければ魔力の有無ぐらい気づく。

 つまり、念話が受信できることを彼女達はわかっているわけだ。そして、その状態で俺に魔導師かと質問する。これで俺が魔力を持っただけの一般人であれば、念話に対しての反応をしただろうが、俺は全く反応しなかった。だからこそ彼女達は俺が魔導師であることを確信してしまった。

 自分の失態に思わず舌打ちしてしまう。これでは明らかに彼女達に警戒心を持たせるだけだ。

 

『そうだ、俺は魔導師だよ』

 

 しかしこのような事態になってしまった以上、素直に認めるしかない。願わくば、この念話が猫に聞かれないように祈るだけだ。

 

「ッ!!」

 

 俺が認めたことで今度は彼女たちから敵意が見える。彼女達の役目は守護だ。自分達の主の害となるものに警戒するのは当然だった。

 

「しかし、君はこんな雨の中どうしてずぶ濡れになりながら帰っていたんだ?」

『魔導師が何のようだ?』

 

 はやてに気づかれないようにするためか表では普通の質問だが、念話では明らかに警戒の様子がわかる。いや、表情だけ見ても明らかに警戒しているのが見て取れた。

 

「あはは、ちょっと事情がありまして」

 

 どちらの質問にも返せる答えを返す。彼女達は警戒しているが、彼女達魔導師がこの世界にいるのだって普通であれば警戒されることであることを彼女達は気づいているのだろうか? まぁ気づいてはいないだろうが…。俺も人のことは言えないが、これが管理局であった場合問題となるのは彼女たちの方なのだ。

 

「ちょっと雨に打たれたくなっただけです」

『少しは冷静になったらどうだ? 少なくともこちらに敵意はないぞ』

 

「そうか、まぁそんな気分のときもあるだろうが、体調には気をつけたほうが良い」

『お前のような怪しい奴を警戒するなと? 寝言は寝て言え』

 

「そうですね、これからは気をつけます」

『それはお前たちにも言えるだろう。管理外世界に現れた魔導師、そいつらを怪しまないわけにはいかない』

 

 表面上はお互いに取り繕っているが、念話では険悪なムードが漂っている。

 

『管理外世界…お前は管理局の人間か?』

 

『正確に言うと違う。まぁ知り合いは何人かいるけどな』

 

 こんなことを言ってしまえば余計に警戒を深めるだけだろうが、どうせ彼女達も感づいていることだ。ならば隠すことに何の意味も持たない。

 

「拓斗君、夕飯どうするん? なんやったら家で食べていかへん?」

 

「いいの? じゃあお言葉に甘えようかな」

 

 はやてに夕飯に誘われ、内心で喜ぶ。今、帰ることになると無駄に相手の警戒を深めただけなので、残っておきたかった。

 携帯を取り出して、忍にはやての家で夕飯をご馳走になるとメールを打つ。個人名まで出したことで忍はこちらの状況に気がついてくれるはずだ。

 連絡するときに向こうは警戒していたようだが、はやてがいるため行動することはできないし、メールの内容を見てもこちらの意図を理解することはできないだろう。

 

 そうこうしている内にテーブルに料理が運ばれる。調理のほとんどをはやてがしたのだろうが、少なくとも並んでいる料理は小学生が作ったとは思えないほどの出来だ。

 

「むちゃくちゃ美味しそう。これ、はやてが作ったんだろう。ホント、凄いな」

 

「私だけやないよ、そっちのサラダはシャマルが作ったのやし」

 

 はやてに言われ、サラダに目を向けてみると、少しカットが雑なサラダがあった。とはいえサラダなんて野菜を切るだけだし、見たところドレッシングも市販のものだからたいした労力もないだろう。

 

「あ、烏丸拓斗です。確か図書館ではやてを迎えに来た人ですよね?」

 

「はい、シャマルといいます。よろしく拓斗君」

 

 シャマルは笑顔をこっちに向けているものの心の内が読めない。まぁ、先ほどの念話を聞いていたのであれば、間違いなく警戒はしているだろうが…。

 とはいえ、食事の最中に険悪な空気を漂わせるつもりもないらしく、夕食自体は終始和やかに進んでいった。これもはやてが気を使ってくれたり、はやての料理が美味しかったりと全部はやてのお陰なのだが…。

 

 食事を終えた俺達はまた食事前のように警戒した状態であった。正直言うと少々面倒な状態だ。そんな中、俺の携帯にメールが入る。俺はそれを確認すると覚悟を決める。

 

「はやて、はやては魔法を信じる?」

 

「えっ?」

 

「「「なっ!?」」」

 

 いきなりの俺の言葉にはやては戸惑いの言葉を上げ、ヴォルケン達は動揺する。ヴォルケン達もまさか俺がはやてを巻き込むとは思ってなかったのだろう。そのつもりであれば、あの時念話など使わずにそのまま話したはずだからだ。それに彼女達はいざとなればはやては無関係だとすることができただろう。しかし、今、俺の言葉によってはやてを巻き込んだ状況が生まれてしまった。これによって、はやてが魔法を知らないということはできなくなったのだ。

 とはいってもヴォルケン達が逃げようとも、はやては魔力を保有しているので、それを盾に話を進めることもできるので彼女たちの行動は無駄なわけだが…。

 

「うん…知っとるよ」

 

「そう、なら本題に入らせてもらうけど、はやて、自分の足を治したくないか?」

 

 俺は単刀直入にはやてに質問する。ヴォルケン達を説得するよりも彼女からいった方が遥かに早く、そして楽だ。

 

「え? 私の足、治るん…?」

 

 はやては何かに縋るような表情を浮かべる。ここで懐疑的にならないのはまだ彼女が幼いからか、それとも俺のことを信じてくれているからだろうか。

 

「治るよ。色々準備が必要だし、リハビリもしなきゃいけないけど、はやての足はちゃんと治る」

 

 俺はもう一度、はやてに彼女の足が治るということを伝える。それに対して、今まで黙っていたヴォルケン達が口を挟んできた。

 

「それは、本当なのか?」

 

「ああ、まぁ、さっきも言ったように準備が必要だし、お前達の協力も必要だろうがな」

 

 俺の言葉に初めてヴォルケン達がその険悪な雰囲気を解いた。やはり彼女達にとって最優先すべきは主であるはやての幸せなのだろう。

 

「そうだな、まずはどこから説明しようかな」

 

 そうして俺ははやてに彼女に関わるすべてのことを話すことにした。

 

「はやては闇の書という本を知ってるか?」

 

「闇の書? それって…」

 

「はやての持っているもので、彼女達の大本になるものだ」

 

 はやては闇の書についてヴォルケン達から名前ぐらいは聞かされていたのだろう。ヴォルケン達に目を向ける。そのヴォルケン達の表情は驚愕に染まっていた。

 

「貴様、なぜそのことを知っているっ?」

 

「今はそれは重要じゃないから黙ってろ。簡単に言うとその闇の書がはやての足の原因だ」

 

 俺は完結にはやてに彼女の足が不自由な理由を説明する。

 

「闇の書、正式名称は夜天の書。しかし、その本は現在、壊れていて多くの不幸を呼び起こしてきた」

 

 口で説明しても否定されるだけなので、俺は管理局から引っ張り出してきた。前回の闇の書が起こした事件の映像データを彼女達に見せる。そして、歴代の主の顛末を、闇の書がどういったものなのかを彼女達に説明していった。…そして、俺の目的が闇の書の修復にあるということも。

 

 ヴォルケン達も始めは闇の書が破損していることを認めなかった。当然ながら自分たちが壊れているなんて思いもしなかっただろうし、彼女達は歴代の主の終わりを全く知らない。だから実際データとして残っているものを見せた。最終的にはこのままだとはやてが死ぬぞという俺の一言によって強引に納得してもらった。

 

「なぁ、拓斗君。拓斗君が私の友達になってくれたんって、もしかしてこれがあったからなん?」

 

 闇の書について説明した後、はやてが質問してくる。その表情に浮かんでいるのは怯えであった。俺が闇の書を目的にはやての友達になった、そう思っているのだろう。

 

「そう、だね。それは間違いじゃない」

 

「そう、なんや」

 

 俺の言葉にはやては落ち込んだ表情を見せる。その瞳には涙が滲んでいた。

 

「はやては友達だよ。最初はこういう事情があったけど、でも大切な友達だよ」

 

 そうはやては大事な友達だ。図書館で出会って友達になったあの時から…。確かに和也に言われなければ、図書館でわざわざ彼女を探すこともなかっただろう。でもこうして出会って、親しくなった。

 

「だから助けたいんだ」

 

 はやての不幸も、本来起こるはずであったリインフォースとの別れも何とかしてあげたい。それが俺が彼女の友人としてできることだと思うから…。


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