「だから助けたいんだ」
拓斗君は真っ直ぐ私を見て、そう言ってくれる。その表情は真剣で本当にそう思ってくれとるんやって伝わってきて、私はそれが嬉しくて目から涙が溢れてきた。
「はやて…」
「ゴメン、私、嬉しくて…」
車椅子で生活していた私は人の優しさも、そして冷たさも知っとった。車椅子姿のの私を見て、手を差し伸べてくれる人もおった。でもそのほとんどが小さな私が車椅子で生活しているということに対しての同情というのも、その人達を見て伝わってきた。
それでもそうやって手を差し伸べてくれる人はごく少数で、大半の人は私のことに気づいても見てみぬフリをする。自分がしなくても誰かがしてくれる、わざわざ付き合ってやる義務もない、まるでそう言わんばかりに私の存在を無視する。
そういった人達の気持ちもわからなくはない。確かに面倒なのは誰だって嫌やし、できることなら他人に押し付けたい。でも、そうであっても手を差し伸べて欲しいのが私の本音やった。
だから拓斗君の言葉は嬉しかった。自分のことを助けたいって素直に言ってくれる人なんて居らんかったから。
「はやて、早速で悪いけど闇の書を見せてもらえないか?」
「ええよ、シグナム、ゴメンやけど…」
「ええ、主はやて。闇の書をこちらに持ってくれば良いのですね」
拓斗君のお願いに私はシグナムに闇の書を持ってきてもらうようにお願いした。闇の書は私の部屋にあるから、流石に男の子である拓斗君を自分の部屋に入れるのは恥ずかしい。
「お待たせしました、主はやて」
「ありがとうシグナム。そのまま拓斗君に渡したって」
私がそう言うとシグナムは少し躊躇いながらも拓斗君に闇の書を手渡してくれる。躊躇ったのは多分、拓斗君のことを警戒してるからやろう。私は拓斗君のことを信用できるけど、シャマル以外の皆は今日が初対面やし、シャマルも直接話したのは今日が初めてや。
「これが闇の書か…」
シグナムから闇の書を受け取った拓斗君は一度闇の書に手をかざすような動作をする。そのまま、数秒が経過すると闇の書を私に返してきた。
「はやて、はやては闇の書のことを聞いてどう思った?」
拓斗君が私にそう質問してくる。私は拓斗君から返された闇の書を膝の上に置くと今日、拓斗君から話された闇の書のことについてを思い出す。
私の足が動かへん原因がこれにあるって聞いて、正直複雑やった。子供の頃から足が動かないことで苦労したし、そのせいでまともに学校にも通えんくて、友達も居らんかった。それにたまにある激痛もあって、どうして自分がこんな目に遭うんかと泣いたときもある。
両親が死んでから、一人で暮らすことになったときも生活するのに苦労した。高いところに手が届かない。お風呂やトイレにも苦労する。外を出歩くのだって難しい。そんな毎日が嫌やった。
でも…
それでも、皆が現れてから、私の生活は一変した。困ったときに手を差し伸べてくれる人がいる。一緒に暮らしている家族がいる。それだけで私は幸せを感じられた。
だから拓斗君から闇の書が起こした事件を聞いたときはショックやった。シグナム達が今までこんなことを起こしてきたということを知って複雑な気分になった。
そして、闇の書の主の結末。今までの闇の書の主が全員死んでいることを聞いて、私は怖くなった。発作のようなものも最近では感覚が短くなってきた気がするし、このままやと自分も死んでしまうんかと思って、明確に自分が死ぬことを想像してしまい本当に怖くなった。
――死にたくない。せっかく家族ができて、友達もできて、今幸せなんや。だから私は生きていたい
「闇の書のこと、聞いたときはショックやった。確かにこの子らのやったことは許されへんかもしれん、でも直せるんやろ、やったら直してほしい」
今まで闇の書の起こした事件、それは確かに問題で許されることやない。でも今の主は私や。私が主でいる限り、そんなことは起こさせへん。それに…
「拓斗君がなおしてくれるんやろ? 私の足も、闇の書も」
拓斗君は私を助けてくれるといってくれた。闇の書を直してくれる。私の足も治してくれる。だったら私は拓斗君を信じればいい。
「ああ、絶対に治すよ。だから、安心して」
拓斗君はそう言って私の頭を撫でてくれる。今日、拓斗君を見つけたときは弱々しい様子だったのに、今は別人のように頼れる存在だ。だから、私はこの人に私の未来を賭けることにした。
「じゃあ、今日は帰るね。はやて、シャワーありがとうね」
話が終わり、俺は八神邸から帰るため、はやてにお礼を言う。
「ううん、こっちこそありがとうや。色々、教えてくれて」
はやては逆に俺にお礼を言ってくる。
闇の書のことを聞いて、はやてだってショックを受けているはずなのにこうやって俺にお礼を言える彼女は本当に強いと思う。
「まだ、これからだよ。じゃあ、また連絡するから」
「うん、またな」
はやてに別れを告げ、俺は月村邸へと戻る。しかし、その前にするべきことがあった。
『お前達を狙っている奴がいるから気をつけろ』
俺はヴォルケン達に念話を送る。もしもの事態に備え、はやての近くにいる彼女達には警戒してもらう必要が遭った。
『どういうことだ?』
『既にお前達の存在に気づいている奴がいる。そいつは闇の書をはやてごと凍結封印しようとしている奴だ』
『わかった、気をつけよう』
念話で簡単な情報をヴォルケン達に伝える。その人間が管理局の人間だということは伝えない。そうすれば管理局に対し不信感が湧き、協力を難しくすると考えたからだ。それに後見人のことを言うのも躊躇われた。これがはやてに伝われば、かなりのショックを受けることになる。会った事はないとはいえ、自分のことを支援してくれた人が自分を狙っているなど、できれば聞きたくないだろう。
俺は彼女達に注意を促すと、セットアップしバリアジャケットを装着する。できれば早く帰りたいし、服も乾いてないので、こちらの方が色々楽だ。
そしてそのまま空を飛んで月村邸へと戻った。はやての家で闇の書を見せてもらったときに闇の書の画像は取った。そして、すぐに和也にそのデータを転送している。管理局の方は和也に任せるしかないので、俺の役目はひとまず終わることになる。ただ、はやてを助けると言った手前、何も動かないのはもどかしく感じる。
「お帰りなさい、拓斗君」
「ただいまファリン、忍はどこにいる?」
月村邸へ戻るとファリンが出迎えてくれた。そのファリンに俺は忍の居場所を聞く。今後の打ち合わせのためだ。
「忍お嬢様なら、先ほどお姉さまと一緒にどこかへ出かけていきましたよ」
「どこへ行ったか聞いてる?」
「いえ、慌てて用意していましたから。ただ、交渉がどうとか言ってましたけど…」
どうやら忍はどこかに出かけたらしい。交渉はおそらくそのままの意味だろうから、問題は何のために交渉に言ったかだ。
月村家の当主である忍は大学生になったばかりとはいえ、まだ忙しい身だ。月村は大きな企業を持っているし、それ以外にも夜の一族のこともある。ただ、今回はそれ関係のものとは違う可能性もある。それは闇の書が理由だ。
忍は管理局と交渉してデバイスや機械等を手に入れた。それと同時に管理局との繋がりも得た。そして今回、俺が闇の書事件に関わることを知って、彼女も色々動いているはずだ。
そして今回はタイミングが良すぎた。俺が八神邸に行ったその日に忍はどこかに交渉に行ったのだ。偶然と思うよりも闇の書のことで交渉に行ったと考えるべきだろう。問題は誰のところに行ったかだ。
慌てて出て行ったということは、緊急を要するということ。闇の書関係で急いで彼女を動かせるとすれば、俺が知る限りでは一人しかいない。
「和也…」
現在、闇の書を知っていて、俺達と繋がりが深い人物。そして俺のことを良く知っていて、忍が情報を手に入れられる人物となると彼しか考えられない。もしかしたらリンディさん達の可能性もあるが、和也であるとなんとなく確信できる。
――任せるしかないか…
今はまだ、どうすることもできない自分が悔しくて堪らなかった。
「シグナム、それでどうするんだ?」
烏丸が帰った後、ヴィータが私に聞いてくる。現在、主はやてはシャマルと共に入浴しているので、私達もこうやって話すことができる。
「どうすると言われてもな、私達は主はやての望みを叶えるだけだ」
「でもよ~、アイツ信用できるのか?」
ヴィータは烏丸のことを警戒しているらしい。そういう私も烏丸のことは警戒していた。いきなり現れ、主の足を治すと言われても、すぐに信用するわけにはいかない。しかしながら、奴は私達の知らないことを知っていた。
「奴は我々の知らない今までの闇の書の結末の情報をくれた」
私達には今までの闇の書の結末がどうなったのかという記憶が存在しない。その前に私達が消滅していたからだ。だから烏丸から貰った情報が私達の持つ唯一の情報となる。
「それに奴は主を助けると言ったのだ。主もそれを望んでいる以上、我々はそれに従うほかない」
我々が望むのは主はやての幸せだ。主が望むであればそれを全力で叶える決意はできている。
主はやては私達に平穏を与えてくれた。歴代の主達とは違い、私達を道具として扱わず、個人として見てくれたのだ。それは今まで道具として扱われていた私達にとってとても新鮮で、この生活はかけがえないものになっていた。
だから、今の生活を与えてくれた主はやてのためにも私たちは主の願いを叶える必要があるのだ。
「もし奴が敵であるというのなら、私達が主はやてを守ればいい」
私達は守護騎士だ。主を守るための存在だ。主はやての害となるのであれば、その全てから主を守り、敵を打ち倒せばいい。
「そうだな。あたしらがはやてを守ればいいんだ」
ヴィータは納得してくれる。そう、私達は主の幸せを願い、守っていけばいい。
それが私達守護騎士の役目なのだから…。
時間を少し遡って、拓斗が八神邸に来た頃、その様子を見て焦っている存在がいた。
――マズイ、奴が八神邸に入った。このままだとアレのことが気づかれる。
その存在は傍からは普通の猫にしか見えないが、人と同じほどの知能を備え、さらには普通の人間では敵わないほどの戦闘能力を保有していた。なぜなら、その存在は使い魔と呼ばれる存在だからだ。
その使い魔、リーゼアリアは焦っていた。なぜなら、自分達の計画が狂う可能性が出てきたからだ。
彼女とその妹であるリーゼロッテ、そして彼女達の主であるギル・グレアムはとあることを計画していた。それは闇の書の凍結封印だ。
闇の書の主ごと凍結し封印することで闇の書の不幸の連鎖を押さえる計画だ。
この計画が立案されたのは11年前の話だ。11年前に起こった闇の書事件、その事件で一人の男性が亡くなった。彼の名をクライド・ハラオウン。リンディ・ハラオウンの夫でクロノ・ハラオウンの父である人物だ。そして彼女の主ギル・グレアムの部下であった。
クライドはその時、自分が指揮していた艦の制御を奪われ、やむなく沈められた艦と運命を共にした。 その破壊を命じたのがグレアムである。そしてグレアムはそのことを非常に悔いており、闇の書に対する復讐を決めた。
最初は闇の書の完全破壊を目的に計画は進んでいたが、すぐに不可能であることに気づき頓挫、仕方なく計画は修正され、凍結封印を目指すことになった。そして、その計画の途中、今代の闇の書の主である八神はやてを見つけたのだ。しかし、まだ凍結封印の準備ができておらず、その準備が済むまでは計画を実行するわけにはいかなかった。
そんな時にとある事件が起きた。彼女達の目的である八神はやてのいる世界、第97管理外世界『地球』で起きたPT事件。それは彼女達を焦らせた。その事件のときに地球に落ちたロストロギア『ジュエルシード』、それはたった一つでもかなりの被害を撒き散らすものであった。幸い現地にいた民間魔導師のお陰で被害はなかったが、もし八神はやてに被害が及びそうになれば自分達が動かなければならず、それは自分達の計画の露見を意味した。
この計画を進める上で彼女達はかなりの違法を行っている。それは法と秩序の番人たる管理局の人間として許されない行為だった。
そして最近その事件の解決に一役買った民間魔導師が彼女達の目的である八神はやてと接触してしまった。その事実は彼女達を余計に焦らせた。魔導師が闇の書の主に接触する。それは闇の書のことが管理局に伝わるかも知れないということだ。それでは彼女達の計画が崩れてしまう。
――早くお父様に知らせないと
リーゼアリアは急いで自分の主に報告へと向かう。自分達の計画に狂いが生じたことを伝えるために…。しかし、彼女達は気づかない。もう既に八神はやてと接触した民間魔導師が闇の書のことに気づいていることに、そして彼の友である管理局の人間が自分達の計画を見抜いていることを。さらには彼らが自分達が凍結封印しようとしている闇の書とその主を救おうとしていることを…。
まだ彼女達は知らなかった。