「いくら任せたとはいえ、この展開は流石に厳しいぞ、オイッ」
俺は悪態をつきながらも思考を止めず、最善の行動を考える。
このような状況が始まったのは月村忍から連絡が来たからであった。
月村忍からの連絡、それは拓斗が八神はやての家に誘われ、さらには闇の書と接触したという報告であった。
もともとそれ自体は自分が拓斗にお願いしたものであるから問題はなかった。……過程と時間というものを考慮しなければの話しだが。
最初の計画であれば、拓斗が八神はやての家に向かう際、まずこちらに連絡がある筈であった。俺もそれに合わせて計画を進めるつもりであった。そうしないとお互いの足並みが揃わず、隙ができてしまうからだ。
しかし、その過程を省いて拓斗は八神邸に向かってしまった。拓斗が報告をしないということは考えにくいから不測の事態が起こったのだろう。だがこのような事態も予想していなかったわけではない。ただ、少し状況が悪くなっただけだ。
拓斗のことは心配ではあるが、それより先に俺は行わなければならないことがあった。
「月村忍のお陰で聖王教会の協力は得られた。後は此方を抑えればなんとかなるか…」
月村忍に協力してもらい、聖王教会との交渉を任せ、なんとか協力を取り付けることができた。
聖王教会は宗教的意味でも術式体系という意味でもかなりの価値があり、その権力はかなり強大で管理局でも相当な影響力と発言権を持つ。
事前に聖王教会とある程度の繋がりは得ていたとはいえ、闇の書とは関係のないところではあるし、今回のことは急だったので交渉を断られることもあり得たし、足元を見られた可能性もあった。まあ、これで聖王教会側に俺が借りを作ってしまったことには違いないが、それも夜天の書による利益で相殺できる。
それに個人的にも聖王教会との繋がりを得られた。
管理局に所属している俺は若いながらも執務官という立場になれた、言わばエリートである。それゆえにやっかみや嫉妬もあれば、権力闘争に巻き込まれるのが目に見えていた。
もちろん俺自身、権力というものには興味がある。自己顕示欲や権力欲というわけではなく、俺自身の目的に権力が必要という意味でだ。 今の管理局は様々な面で限界がきている。人材不足、資金不足、さらには強大になりすぎたため、内部の自浄機能も働かなくなっている。
それ以外にも管理世界の政治的問題、魔力保有の有無による差別問題など、直接的ではないが、管理局の存在が影響しているものは幾らでもあげられる。
とはいえ管理局がなくなってしまえば、これ以上の混乱が予想される。
――ならばどうすれば良いか?
その答えは既に出ていた。
――自分が内部から変えてやれば良い。
管理局がなくなって困るのであれば、なくさないでどうにかすれば良い。
それは至極単純なことであった。
今回のように不正をしてまで、闇の書を封印しようとするグレアムがいるなら、不正を許さず、さらには闇の書をどうにかしてやれば良い。
管理局の最高評議会が生命を弄ぶ人造魔導師の作成をしているのなら、それを止め、その原因が人材不足にあるのなら、そんなことしなくてもどうにかする方法を考えれば良い。
しかし、これは確かに単純ではあるが容易なことではない。
問題を解決するためには、そのための知識が力が必要となる。
もし、今回のように闇の書への対策を自分達が見つけられなかったら、見つけても、実行するだけの力がなければ、それは無意味となる。
もちろん、俺はそれがどれだけ無謀なことかも理解していた。いくらノートパソコンという、情報収集という面でチートと言えるものを持っていたとしても、個人でどうにかできるものではない。
「っと、今はそんなことを考えてる場合じゃないな」
横道に逸れた思考を戻し、目の前に差し迫った問題について考える。
「さて、ここでの失敗は許されないな」
――ここで失敗してしまったら、アイツらに申し訳がない。
俺のお願いで危険なことに付き合わせてしまった拓斗、管理局の人間ではなく、さらには魔導師でもない民間人にも関わらず、聖王教会との交渉を成功させた月村忍。二人のお陰でここまでもってくることができた。
ならば、本職の人間である自分が失敗するわけにはいかない。「薙原和也執務官、入ります」
俺は目の前の扉を開き、中へと入る。
――さあ、ここからが俺の戦いだ。
「お父様、このままではっ!?」
時空管理局本局のとある一室。そこでギル・グレアムとその使い魔、リーゼロッテは焦っていた。
先ほど入ったグレアムももう一人の使い魔リーゼアリアからの報告、闇の書の存在に現地の魔導師が気づいたというものであった。
これがただの民間魔導師であるならば、何の問題もなかった。しかし、その魔導師はただの民間魔導師ではなく、管理局と繋がりがある魔導師だったのだ。
自身の目的である闇の書のことが管理局に伝わる可能性、いや既にその民間魔導師は闇の書に接触していることから管理局に伝わるのは確実であるのは、彼らにとって問題であった。
自身らの不正がバレる、これはまだいい、問題は目的が達成できないことだ。
今まで闇の書に復讐するために動いてきた彼らにとって、その機会を奪われることはこれまでの行動の全てが無になることに等しい。
――それだけはなんとか避けなければ。
グレアムは焦る。自分は闇の書に復讐をするために行動してきたのだ。
闇の書の主を見つけ、彼女の両親が死んだ後も彼女が死なないように監視をつけ、経済的にも困らないように支援し、闇の書を封印するための準備が終わるまでの時間を稼いできた。
そして、漸くその準備も整ってきたのだ、それなのにここでその計画にも亀裂が入った。
「大丈夫だ。まだ計画は修正可能範囲内にある」
グレアムは焦るリーゼロッテを安心させるように告げた。そう、まだ計画は修正可能である。
何故なら自分が闇の書の担当となればいいからだ。 闇の書程のロストロギアであれば管理局も誰かを担当につけなければならない。その担当にグレアム自身がなればいいだけの話しであった。
グレアムは過去に闇の書事件に関わったことがある。自身にとって悔やむべき過去ではあるが、今回はそれが役立つ。
闇の書のことは自身が一番よく知っている。闇の書への対策も用意しているとでも言えば、誰も文句は言えないだろう。
グレアムはかなりの発言権とそれに見合う実力も持っている。提督という立場や過去の実績もある実力者だ。いくら過去の闇の書事件の失敗があるとはいえ、彼の影響力は大きい。
それ故に詰まらないやっかみもあるのだが、誰しも失敗の危険性があるロストロギアの責任者など進んでやりたがらないだろうし、失敗すれば、それを利用してグレアムの失墜を狙うような人間も多いだろう。
グレアム自身は権力にはあまり興味がないが時空管理局という大きな組織の持つ権限は強く、権力を欲しがる人間は多いのも現実であった。
「そろそろ時間だ」
これから闇の書事件の責任者を決めるための会議が開かれる。これがただのロストロギアであれば、見つけた人間が担当となるのだが、今回は見つけたのが民間人、そして管理外世界であり、さらには管理局が一度失敗している闇の書という強大な力を持つロストロギアだ。それ故にしっかりとした担当者を決める必要があった。
グレアムは席を立つと会議の開かれる会議室へと向かう。
確かに予定外の事態は起こったが、考えてみれば焦るほどではない。
だからこそ、グレアムは落ち着きを取り戻し、会議室へと歩を進めた。
闇の書の担当者を決める会議は淡々と進むかに見えた。しかし、会議が進み担当者を決める段階になるとそうもいかなくなった。
管理局に甚大な被害を与えた闇の書、その担当に進んでなりたいと思う人間は少ない。失敗すれば自身の経歴どころか生命の危機となりかねないのだ。だからこそ、進んでなろうとする人間は少なかった。…事情のある人間を除いては。
「責任者ですが、私がなりましょう」
「いえ、私が…」
責任者を決めるための話し合いが始まった瞬間。会議に集まった人間のうち二人から手が上がる。
その様子を見て、薙原和也は驚いた。
(まさか、手を上げる奴がいるとはな)
自分から進んで面倒なことに関わろうとする人間がいるとは思わなかったが、その手を上げた二人の顔を見て和也は納得する。(成る程、過去の闇の書事件の被害者ってわけか…)
二人の顔には見覚えがあった。闇の書の被害者の資料を集めている時に見つけた顔だ。この場にはあと何人かいるが積極的に関わろうとしているのはこの二人と…
「私も立候補しよう」
彼、ギル・グレアムだけであった。
(まあ、予想通りではあるな)
和也は溜め息を吐く。グレアムが立候補するのはわかっていた。そして、被害者達も立候補しようとすることを。
そして、今後の展開も…
「成る程、グレアム提督ですか…」
「彼ならば、闇の書に直接関わっていますし…」
「適任と言えますね」
周囲の人間はグレアムの立候補に肯定的な意見を示す。純粋に彼の能力を認める者達もいれば、面倒事を押し付けようと様々な思惑が入り混じっていたが、多数は肯定的な意見であった。
先に手を上げた二人もグレアムの経歴をわかっており、さらには自分達被害者の代表ということもあり、立候補を取り下げる。ただし、今回の事件に関わるつもりではあるらしく、同行しようとしていた。
(これでこの事件の主導権を握ることができた)
グレアムはホッと一息吐く。多少予定外の事態はあったが、自分が闇の書事件の主導権を握れることを確信したからだ。
しかし、そんな彼の思惑に対抗しようとするものもいた。
「発言よろしいでしょうか?」
「なんだ薙原執務官」
責任者がグレアムに決まろうとしているとき、その空気に待ったをかけたのは和也であった。
本来、和也はこの会議に関わる権限はない。この会議は提督以上にのみ参加が許されており、和也程度では参加できない筈であった。和也がこの場に参加できているのは一重に彼が闇の書の発見を報告したからにすぎない。
闇の書の発見報告は和也の方が早かった。もし、これがグレアムの方が早ければ、間違いなくグレアムが責任者となっただろうが、運は和也の方に傾いた。
「一度失敗しているグレアム提督に任せるのはどうなのでしょうか?」
和也は失敗したグレアムに任せるのはどうかと発言する。それは批判ととれる発言であった。
「口を慎みたまえ薙原執務官」
和也を諫めるように一人の提督が口を開く。しかし、それを遮る声があった。
「しかし、薙原執務官の言うことも事実ではありますね」
間に入ったのは聖王教会から派遣された人間であった。闇の書が古代ベルカに関わりがあるものである以上、この会議に関わるのも当然と言える。
「グレアム提督は一度失敗しているのは事実ですし、そうですね、対策などがあるのであればお聞かせ願いたいのですが…」
教会の人間はグレアムに質問する。
「それは…」
グレアムはここで自分の失態に気がついた。ここで確かに自分が対策を用意していることを言うことはできる。
しかし、それを言ってしまえば、自分達の不正がバレることになってしまう。この場には多くの提督がおり、自分の発言は全て証拠となる。自分の失墜を願っているものにとってはの不正は喜ばしいことだろう。
せめてここにいるのが管理局の人間だけであれば、まだ良かった。不正がバレたとしてもこの事件が終わるまで、力づくでなんとか隠すこともできただろう。しかし、この場には聖王教会の人間がいた。
「どうでしょう、この件は私達聖王教会に任せてみては…私達としては闇の書、いえ夜天の書はもともとベルカのものですし、私達も対策を練っています。
こちらとしましてもこの件は私達に任せていただきたいと、勿論、管理局のお力は必要ですがね」
聖王教会の人間はそう言って、自分達に今回の事件を任せろと管理局側に伝える。
管理局側もこれには戸惑った。今まで聖王教会がここまで積極的に関わろうとしてきたことはない。事件が終わったあと、ロストロギアを手に入れようと交渉したりはあったものの、わざわざ事件に積極的姿勢を見せることはなかった。
そしてそれだけ聖王教会が用意している対策に自信があるのであるということが理解できる。
管理局側は考えた。失敗する可能性がある管理局側より自信のある聖王教会側に任せるのが良いのではないかと。
失敗しても管理局側に責はなく、成功すれば聖王教会側に有利に働くものの、管理局側から人手を貸したとすれば、自分達も解決に役立ったと言うことはできるので損はない。
この時点で大まかな大勢は決まった。
責任を負いたくない管理局、その中には事件の解決を願う。真面目な人間も含まれた。
いくらグレアムが自分の計画を実行しようと思っても個人の影響力よりも、聖王教会という組織の影響力の方が強い。
「ではこの件は聖王教会に一任しよう。…それでよろしいか?」
会議の進行役が参加者に確認をとる。反論したい者もいるだろうが、この場で反論することはできない。策があるわけでもなければ、責任をとるだけの度胸もない。
「ではこの件は聖王教会に一任する」
こうして会議が終わった。自身の思惑通りいった者、いかなかった者、そしてそれらの思惑とは関係のない者、様々だったが、この会議ではそれぞれに影響があった。
グレアムは歯を食いしばる。自分の思惑から外れてしまったことに…。
和也は一息吐く。予定通りに事態が進んだことに…。
様々な思惑が交わり、物語は進んでいく。未来は誰にもわからない、しかし、誰もがより良い未来を目指そうとしていた。