聖王教会との交渉、そして管理局の闇の書への対策会議が終わり、少しだけ余裕の出てきた俺達であったが、その一方で忙しく動き回っている人もいた……和也だ。
『八神はやての件だけど、まず聖王教会の人間がそっちに行って顔会わせすることになった』
和也は俺に淡々と決まった予定を話してくる。その顔には疲労が見て取れた。
和也は闇の書の発見や会議の時にグレアム提督に対して批判ともとれる発言をしたものあって、闇の書事件に対する管理局側の担当者という責任を負わされていた。それに対して本人は動きやすくなっていいと言っていたが、それ以上に大変だろうと感じてしまう。
グレアム提督という管理局でもかなりの権力、そして功績もある人物への反発、それは下の立場である和也が公の場でしてはならないことであるし、これによって彼の立場が悪くなるのは予想できる。
そして、彼のなった闇の書事件の担当者。これほど大きな事件は本来もっと上の人間がやるべきものであるが、それを管理局は和也に任せた。これによって、グレアム派閥の人間からはやっかみを受けるだろうし、和也のような若造に任せて大丈夫かという意見もあるだろう。
「それって、何時ぐらい?」
そんな和也の表情を見ながらも俺は話を進める。和也のことは心配であるが、ちゃんと事件を解決することが第一で、解決すれば和也の状況も変わるのは予想がつくからだ。
『今週末だな、聖王教会からは四人が出向く予定だ』
「四人? それに聖王教会からは?」
和也の言葉に疑問を持つ、四人というのは少し多い気もするし、聖王教会からはということは他からも誰か行くという風に聞こえる。
『ああ、聖王教会もまだ情報を信頼しきれてないということだろう。もしかしたら守護騎士達が襲ってくるかもしれない、そのための護衛といった感じだ。
それと俺も行くし、管理局からもアースラ…リンディさん達が行くことになってる』
「?」
アースラが来る事情がよく理解できないが、とりあえずアースラと聖王教会が来ることだけは理解できた。
『一応、管理局側も警戒しているってことだ。ついでにアースラを出すことで管理局も協力しているというアピールもあるけどな』
俺が事情を理解できていないのを察したのか和也が説明してくれる。
『あとはフェイトがそれについてくることになったから』
「へぇ~」
『へぇ~って、お前はもう少し何か反応はないのかよ…』
和也は呆れたように俺を見てくる。そもそも和也が余りにもあっさり言ったことで大げさな反応はし辛いし、フェイトのことは特に驚きでもなかった。前に来れるかもと言ってからそれなりの時間が経っているのだ、それほどおかしなことではない。まぁ、どうしてこの時期かという疑問もあるにはあるが…。
『フェイトはそっちに行けると知って、物凄く嬉しそうな表情をしてたのに薄情な奴だな』
「いや会えるのは嬉しいけど」
フェイトに会えるのは嬉しいが、子どもみたいに喜ぶにはもともと大学生だった身としては少し無理があった。
『じゃあ用件はそれだけだから、とりあえずは八神はやてに伝えておいてくれ』
和也はそう言って通信を切る。あくびをしていたことから、これからすぐにでも寝るつもりだろう。俺はすぐに携帯を手に取るとまずははやてに聖王教会の訪問の件について伝える。そしてなのは達にフェイトのことについてメールを送った。
はやては聖王教会の人間がわざわざこちらに来ることに緊張しているようではあったが、まだ時間はあるので、実際に訪問するときには余裕も出てくるだろう。
なのは達はフェイトが来ることを素直に喜んでいた。久しぶりではあるし、今までビデオメールだけだったので、直接会いたいという気持ちも強くなっているのだろう。
しかし、まだ伝えなくてはいけない人達もいる。当然ながら月村家の面々だ。まず、俺は忍に伝えるために忍の部屋へと向かった。
「忍、入るよ」
「拓斗? いいわよ」
忍の部屋をノックすると返事が返ってきたので忍の部屋に入る。忍はデスクの上にある端末を操作していた。
「どうしたの拓斗?」
「ああ、さっき和也から連絡が入って、聖王教会と管理局の奴らが来るってさ」
俺は忍に必要なことだけ伝える。
「そうなんだ、聖王教会からはカリムちゃんかしら?」
忍は少し考えたそぶりを見せるとこちらに来る人物の予想をする。今回の交渉で聖王教会から出てきた人物がカリム・グラシアである以上、忍の予想は的外れではないだろうと思う。
「さぁ、聖王教会から誰が来るかは知らないけど、管理局からはアースラ…リンディさん達と和也、それとフェイトが来るみたいだ」
「フェイトちゃんが?」
忍が俺の口から出てきた人物の名前に反応する。
「そう、じゃあこっちに来れるようになったんだ…」
「まぁ、それでも管理局への奉仕期間があるみたいだけどね」
フェイトが嘱託試験に合格したこともあり、公判はスムーズに進んだ。結局、フェイトは一定期間管理局への無償奉仕が義務付けられてしまったが、それもかなり短い期間らしく、実質ほとんどお咎めなしという形に近いらしい。
「でも、こっちに来れるってことはそれほど酷くはないんでしょ?」
忍はフェイトの行動の自由度から公判の結果を把握したらしい。このあたり、流石というべきだろうか。
「そうじゃなければ、こっちにも来れないだろうしね」
結局、フェイトは無罪とはならなかった。俺と和也の行動はかなり大きな影響を与えたと思ったが、結果としてはプレシアの生存ぐらいしか変わってない。
――過程が違っても、結果に大きな違いはないか…
この結果に俺は少し不安になる。確かに俺達の存在はリリカルなのはという物語に大きな影響を与えた。しかし、結果はほとんど変わっていない。もしかしたら、闇の書事件も結果は何も変えられないんじゃないか、リィンフォースを助けることはできないのではないか、そんな不安が頭をよぎる。
「拓斗?」
忍の俺を呼ぶ声で顔を上げる。どうも事態を悪いほうへ考えすぎてしまう。それに考え込んで、そちらにばかり気を取られてしまうのは俺の悪い癖だ。
「ゴメン、ちょっとね」
「ちょっとというには暗かったけど?」
忍はそう言って、俺の頬に手で押さえ自分の方に向かせると真っ直ぐに俺の目を見てくる。こうして女性から真っ直ぐ見つめられると普通なら恥ずかしいという気持ちが先にくるのだろうが、身長差や気分の問題か、全くそんなことにはならない。
「ちゃんと言って、じゃないと何もできないわよ」
忍はそう言って笑顔をくれる。彼女には本当に敵わない。俺の気持ちを察して言葉をくれる。何もできないなんて言っているけど、俺は彼女達にかなり救われている。
「さんきゅ、忍…」
「お礼はいいから、何を考えていたのか教えなさい」
忍にお礼を言うと、忍は俺の頬に添えた手に力をいれ、少し凄んでくる。どうやらアレでは納得してくれないらしい。仕方ないので、素直に考えていたことを話す。
「なるほどね、そんなことを考えてたんだ」
忍は俺の話を聞いて少し呆れ顔になる。
「大丈夫よ、拓斗が思っているよりずっと変わっているはずだから…」
「そう…なのかな?」
忍の言葉に俺は戸惑いながらも言葉を返す。
「拓斗がいるのは私達にとって間違いなく良い事よ。それは絶対言い切れる」
忍のその言い切った言葉に俺の感じた不安が少しずつ晴れていく。
「闇の書のことも、絶対何とかなるわよ。だから、そんなに不安になることはないわよ」
「ありがとう忍」
忍の言葉に勇気付けられる。ただの報告だけのはずがこうして忍に勇気付けられてしまった。
「じゃあ、すずかにも伝えてくる」
「そう、じゃあね~」
俺は忍の部屋を後にする。部屋を出るときに忍が笑みを浮かべていたが、間違いなく俺とすずかのことを面白がっている。
忍が俺とすずかをくっつけたがっているのは知っている。忍には恭也がいるように、すずかの隣に俺がいて欲しいのだろう。その事に不満はない。
人には人の事情がある。俺がもとの世界に帰りたいと思っているように、忍もそう思っているだけだ。これが害意や敵意なら話は別だが…。
忍の部屋を出たその足ですずかの部屋へと向かう。
「すずか、いる?」
「拓斗君? うん、いるよ」
すずかの部屋の前ですずかに声を掛けると部屋の扉が開き、中からすずかが顔を出す。
「入ってもいい?」
「うん、どうぞ」
すずかの許可を貰い、部屋の中に入る。すずかの部屋は女の子らしくぬいぐるみなど置いてあるが、目立つのは本棚だ。趣味が読書のためかかなり大きな本棚が置いてあった。
「どうしたの拓斗君?」
すずかは自分のベッドに腰掛け、俺は部屋にある椅子に腰掛け向かい合う。すずかは薄桃色のパジャマを着ていて、素直に可愛らしい。
「さっき和也から連絡があって、今週末にフェイトがこっちに来るらしいよ」
俺はすずかにフェイトのことを伝える。
「本当っ!」
「ああ、今週末ぐらいに来るってさ」
フェイトが来ると聞いてすずかは嬉しそうな表情を浮かべる。これだけでなのはやアリサ、フェイトがどんな反応しているかが理解できる。まぁ、直接的な交流の少ないすずかがこうなのだから、なのはやフェイトはこれ以上に喜んでいるのではないだろうか。
「そっか、どれくらいこっちにいられるのかな?」
「そのあたりはまだわかってないけど、もしかしたら聖祥に通うようになるかもね」
原作通りであれば聖祥に通うことになるはずだが、プレシアが生存していることでそれが変わる可能性もある。
プレシアの体の状態はかなり悪い。その事を考えるとフェイトは母親の傍にいたいと思っている可能性も高い。
――フェイトは優しいからね
あれほどの虐待を受けながらフェイトはプレシアのことを母親と言っていた。それだけ母親のことを思っている。
「そうなったらいいな。でもフェイトちゃん、勉強とか大丈夫なのかな?」
「いやいや、そうなるかもってだけでまだ決まったわけじゃないからね」
すずかはフェイトがもう聖祥に入るものと考えて色々考えている。その様子に苦笑いを浮かべながらもフェイトが来るのであれば、どうせなら楽しんで欲しいと考える。
あの甘いリンディさんのことだから、間違いなく俺達にフェイトを会わせてくる筈だし、自由行動も許すだろう。
「それとはやてのことだけど…」
「はやてちゃん?」
「ああ、足の治療というか闇の書のことで今週末にその担当の人が来るんだ」
「じゃあ、はやてちゃんの足ももうすぐ治るんだっ」
すずかは俺の話しを聞いて嬉しそうな表情を浮かべる。すずかの言うようにはやての足はもうすぐ治る。聖王教会が来るとはいえ、あくまで闇の書の主の性格や守護騎士の危険性を見るからで何の問題もなければそのまま管理世界に行き治療が始まることだろう。まぁ、正直本人達に何の問題もないのは交流を深めてわかっているので、妨害や横槍を気をつけるだけなのだが…。
「余裕があるようなら皆で遊べればいいけど」
「うん、はやてちゃんのことも皆に紹介したいし、フェイトちゃんが来るなら皆で会いたいよね」
俺の言葉にすずかは同意を示す。せっかく皆が揃う機会なのだ。どうせならこの機会にはやてをなのは達に紹介したい。
週末を楽しみにしながら夜は更け、一日が過ぎていった。