俺達が管理世界に来てから2週間程度が経った。その間、俺達が何をしていたかというと、もちろん闇の書の修復作業の準備である。
当然ながら、闇の書にアクセスするためにリンカーコアの蒐集が必要となるわけで、俺と和也や守護騎士達はそのリンカーコアの収集を手伝っていた。しかし、あまり気分の良いものではない。
なぜかというと……
「次、1028番っ!!」
目の前にいる人物の声で一人の男性が歩いてくる。その男性の手には拘束具が着けられていた。
そう、ここは時空管理局にある刑務所だ。そして、俺達は受刑者からリンカーコアを蒐集していた。
「……では蒐集します」
シャマルが顔を顰めながら目の前にいる男性からリンカーコアを蒐集する。俺達が彼らから蒐集する事になったのは様々な要因があった。
一つは管理局が人員不足であるということ。リンカーコアの蒐集によって、一時的にではあるが管理局員が活動できなくなるのを嫌がった管理局は受刑者のリンカーコアを蒐集することを許可した。さらに蒐集した受刑者を減刑することで刑務所にいる時間を短くする事で、コストを減らすという意味もある。あくまでも副次的なものであるが……。
それともう一つは管理局側からの嫌がらせである。今回の事件で主導権を握る事ができなかった事、そして過去の闇の書事件のこともあり、はやてや守護騎士、修復をしようとしている聖王教会の人間に対して受刑者を蒐集させる事ではやてや守護騎士に君達も同罪だと精神を攻撃しているのだ。
そんな思惑が管理局にあることはわかっているものの、俺達にはどうする事もできない。管理外世界でリンカーコアを持つ生命体から収集するよりも遥かに効率がいいからだ。
「……」
リンカーコアが蒐集されるのを皆、無言で見つめる。喜んでリンカーコアを蒐集させる受刑者もいれば、それを嫌がる受刑者もいる。そんな彼らを見るのが少し苦痛だ。
十数名の受刑者からの蒐集が終わり、俺達は刑務所の外に出た。皆、外に出て大きく息を吸い込んだりしている。
はやてはここには来ていない。まだ幼い彼女には刺激が強いだろうし、まだこういうのは見せたくないという周囲からの配慮があった。
「残りページはどうなってる?」
「あと数十ページぐらいです」
和也の質問にシャマルが答える。わずか二週間程度でよくここまで蒐集できたとも思ったが、こういう蒐集の仕方をしていれば、ある意味妥当とも思える。
「そうか、それならもうすぐだな」
「そちらの準備は?」
和也にシグナムが質問する。やはり、不安は残っているのだろう。
「準備はできている、あとは実行だけだな」
準備はもうできていた。あとは蒐集する量を調整して実行に移すだけである。
「予定通りなら三日後だな」
明日、また蒐集し、そして一日休んで実行。これが今後の予定だ。守護騎士達も計画実行が目の前に控えて不安、緊張、そして喜びの表情が見える。そうもうすぐはやての体は治り、闇の書は修復され、あの平穏な生活に戻ることができる。彼女達はそんな期待を抱いていた。
そして、当日。
俺達はとある無人世界に集まっていた。ここにいるのは俺、和也、八神家の面々だけではなく、聖王教会からカリム、シャッハ、その他高ランク数名。管理局からはアースラ組とその他アルカンシェル搭載の航行船二隻、さらには協力者になのは、そしてフェイトもいた。既に彼女達からもリンカーコアを蒐集させてもらっている。
そして……
「良かったのかね、私がここに来ても……」
彼…ギル・グレアムだ。彼の使い魔である猫姉妹もこの場に来ていた。グレアムの視線は八神はやてに向かっている。その視線にはやてが気づき、彼女はグレアムへと近寄った。もちろん、守護騎士を伴って……。
「はやて、彼がギル・グレアム提督だ。君に支援をしてくださってた人だよ」
「あなたがグレアム叔父さん……」
はやては自分の目の前にいるグレアムを見つめる。見つめられたグレアムはそれが辛いのか目を逸らし、少し辛そうにしていた。俺にはその表情に後悔が見えるような気がする。。
「ありがとうございますっ」
そんなグレアムにはやては感謝の言葉を述べた。周囲で警戒していた聖王教会の人間や管理局の人間はその事に呆気に取られている。
「な、なぜお礼を…?」
グレアムの口からそんな言葉が漏れた。彼にとっては不可解な事だろう。自分が行った事は本来彼女に怨まれてもおかしくない事なのだから……。
「グレアム叔父さんのお陰で私は今まで生きてこれました。だから、本当にありがとうございます」
はやてはそう言ってもう一度頭を下げる。
「私は両親が死んでからずっと一人やった。でもグレアム叔父さんが後見人してくれたお陰で、お金には困らんかったし、それにちゃんと私の事を知ってくれてる人がいるってことを感じられたんです」
――ああ、なるほど
はやての言葉に納得する。両親を失い孤独であったはやてにとって、一度も会った事はないとはいえ後見人であり、ちゃんとお金に困らないようにしてくれたグレアムは身内として感じられる人だったのだろう。騙されていたとはいえ親戚であると言われていたことも彼女の精神的な支えになっていたのかもしれない。
それにはやてはグレアムが何をしようとしていたかを知っている。それでも彼女はグレアムにお礼を言ったのだ。
それは彼女がグレアムの行動を許すという事に他ならない。
「わ、私は……」
グレアムは何かを言おうとするが言葉が出てこない。おそらく様々な感情が彼の中に渦巻いているのだろう。
「私は、君を殺そうとした人間だ。お礼を言われるような人間じゃない……」
「私はまだ生きてます。それに貴方に助けられてます。まだ、貴方が悩んでいるなら……」
――この子を救うのに協力してあげてください。
はやてはそう言って、グレアムを真っ直ぐ見つめた。
「この子を救うのに協力してください。そして、闇の書の悲劇の連鎖を終わりにしましょう」
はやての言葉にグレアムはしばし俯く。
「これが私の贖罪か……」
「お父様……」
グレアムの言葉に傍にいた猫姉妹の片割れが反応する。
「わかった、私にできる事であれば何でも協力しよう」
「はい、じゃあ和也君、あとはお願いや」
「了解、じゃあ皆さん。指定の位置についてください」
はやての言葉に和也は反応すると皆に指示を与える。俺と和也は機材の前へクロノやなのは、フェイト、そして聖王教会からの派遣組は戦闘準備に移る。そして大気圏外からはアースラ達がアルカンシェルの発射準備を行う。
「はやて、手順の確認をするよ」
「うん」
俺と和也ははやてにもう一度手順の確認を行う。
「まず、はやてが守護騎士達を蒐集して闇の書を起動させる」
「そのあと、はやても闇の書に取り込まれる。このとき精神を強く保たないと闇の書に飲まれるから気をつけてね」
和也の説明に俺が引き継いで説明する。ここでちゃんと注意すべき点を確認しておくことを忘れない。
「管制人格に接触したらその子のことを理解してあげて、そしてその子に名前をあげるんだ」
「うん、わかった」
「あとは守護騎士プログラムを闇の書本体から切り離して彼女達を復元させる。そこからはこっちの仕事だ」
はやてに説明が終わると彼女は緊張した表情を見せる。俺達も準備はしてきたが、こればかりは彼女に任せるしかない。はやても自分の重要性がわかっているから緊張しているのだ。
――こんなときに気のきいた言葉でも言えれば良いんだけどな……
はやての緊張を解くことができない自分に少しの悔しさを感じる。そんな時だった……
「はやてちゃんっ」
「はやてっ」
はやてに二人の少女が声を掛ける。なのはとフェイトだ。
「なのはちゃん、フェイトちゃん」
はやては二人の顔を見て、安心した表情を浮かべる。二人よりはやてとの付き合いは長いはずなのに安心させてあげられないのは友人としてちょっとどうなのだろうか?
「はやてちゃん、大丈夫?」
「うん、大丈夫や、なのはちゃん。フェイトちゃんも心配ありがとうな」
「ううん、友達だもん、気にしないで」
三人は言葉を交わし、少しだけ和やかな雰囲気になる。
「はやてちゃん、絶対大丈夫だよ、だって拓斗君がいるもん」
「そうだね、拓斗がいるから大丈夫だよ」
「え? いや、俺?」
はやてを安心させるためかなのはとフェイトが言った言葉に反応してしまう。冗談なのか本気なのかの区別がつかない。
「うん、拓斗がいるから大丈夫だよ」
「その信用、どこからくるんだか……」
フェイトの言葉に俺は少し呆れてしまう。信用してくれるのは嬉しいが、俺個人で何かができるというわけではなく、できたというわけでもない。全部、周りの力を借りてのものだ。
「アハハ、そうやな。拓斗君、信用しとるで~」
「って、はやてもかよっ」
はやてもフェイト達にノってそんな事を言ってくる。でも、緊張がほぐれているようで何よりだ。まぁ、俺は余計なプレッシャーを背負い込むはめになったのだが……。
「和也さんもよろしくお願いします」
「了解、完璧にやってあげるから、安心しなよ」
そして、いよいよ作業が開始される。
「薙原執務官、結界の展開を完了しました」
「わかった、はやて……」
「……うん」
和也が声を掛けるとはやては闇の書を手に取り、その上に自分の片手を置く。
「シグナム」
「はい、主はやて」
「シャマル」
「はい、はやてちゃん」
「ヴィータ」
「うん」
「ザフィーラ」
「……」
「始めるよ……」
はやてがそう呟くと彼女の周囲にいた守護騎士達が闇の書に蒐集される。そしてはやても闇の書の中へと取り込まれた。
「ここは……」
私の意識が戻ったとき、そこはいつもの見慣れた風景やった。私の家、ずっと一人ぼっちで辛かったけど、シグナム達四人が来てからは楽しかった。四人が来てから私の生活は一変したのだ。
無愛想やけど真面目で、しっかりしているシグナム
口が悪いけど、根は優しくて、まるで妹みたいなヴィータ
ちょっとドジで料理も苦手やけど、お姉ちゃんみたいなシャマル
犬にもなれて、既に我が家のペットのザフィーラ
目の前には四人が笑っていて、いつの間にか私の足も歩けるようになっとる。そこで私は気づいた。これは夢なんやって。本当の私の足はまだ治ってないし、さっきまで別のところにいた。だから、これは夢なのや。
――それに……
確かにこの夢は私の望んだ光景やった。自分の足で歩けるようになって、家族と一緒に過ごせて、学校に行って、友達と遊んで……
――でも、足りへんよ
そう、まだ一つ、ここに足りないものがある。
「見つけた……」
目の前の夢に惑わされずにもっと深くに潜り込んでいくとそこには銀色の髪の綺麗なお姉さんがいた。その瞬間、ようわからんけど私は彼女が管制人格やって理解できたんや。
「随分、またせても~たな」
「いえ、主。こうしてお目にかかれただけでも光栄です」
私の言葉に彼女は丁寧に返してくる。その表情には嬉しさと辛さが滲んでいるようにも見えた。今までの闇の書、いや夜天の書はは蒐集されなければ主が侵食されて死んでしまい、蒐集しても主は飲み込まれて死んでしまった。一番、つながりの深い彼女はこれまでほとんど主と会話したりする事はなかっただろう。
「ううん、これからもずっと一緒やよ」
「無理です。自動防御プログラムが止まりません。外で魔導師達が、戦っていますが……」
「大丈夫、私の友達は最高やから」
頭に浮かぶのはさっきまで一緒にいた皆の姿。
なのはちゃん
フェイトちゃん
和也さん
そして、拓斗君
「あなたは私にいろんなものをくれた」
彼女がいなければ、私はずっと一人孤独やったと思う。家族も友達もできへんかったかもしれへん。確かに彼女はいろんな不幸を起こしてきたかもしれへん。でも、彼女は私に友達を、家族を与えてくれた。
「だから、今度は私が返す番や」
私は今の彼女の主として、彼女に幸せを与えよう。
「私が名前をあげる。強く支える者、幸運の追い風、祝福のエール……リインフォース」
「新名称、リインフォースを認識。管理者権限の使用が可能になります」
「管理者権限発動」
「防衛プログラムの進行に、割り込みを掛けました。 数分程度ですが、暴走開始の遅延が出来ます」
私は管理者権限を発動させる。すると目の前にいる彼女が状況を報告してくれる。
「うん、それだけやったら十分や。 リンカーコア送還、守護騎士システム修復」
「了解しました」
彼女は私の指示に従ってくれる。今、外ではシグナム達が召喚されている。
「行こうか、リインフォース」
「はい、我が主」
そして、私達は皆の待つ外へ出る。夜天の書の主として、もう二度と不幸な事態を起こさないために、そして私とこの子が幸せになるために……。