転生生活で大事なこと…なんだそれは?   作:綺羅 夢居

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55話目 目の前にあるのは

 

 

「すぅ…ん」

 

「はぁ……」

 

 俺は自分よりも一回り小さい少女を抱きしめながら溜息を吐いた。正直、頭の中は混乱していて現状をよく理解できていない。

 ヴィヴィオとアインハルトの二人を探すために俺が反応のあった場所へと向かうと、そこには今、俺の腕の中にいる少女の姿があった。そしてこの少女の姿を見たとき、俺は戸惑った。なぜなら、そこには見慣れた友達と瓜二つの顔があったからだ。

 

「アリシア・テスタロッサ……か」

 

 この子が意識を失う直前、運良く名前を聞く事ができた。アリシア・テスタロッサ……フェイトのオリジナルであり、もう既に死んでいる存在だ。

 彼女に会ったとき、俺はまたフェイトの偽者が現れたのか…と失望しそうになった。せっかく違う反応が出たのに目的の人物じゃなかったからだ。しかし、近づいてみるとどうも今までと様子が違った。今まで現れたフェイトの偽者は昔の感情がないときのフェイトだった。だが、目の前にいた少女は本物のフェイトよりも感情が豊かそうに見え、そのうえ身長も俺が知っているフェイトよりも一回り小さい。

 その事に驚いていると少女は俺に近づいてきた。そして俺の体温を確かめるように強く抱きしめると泣き始める。まるで人に会えたことに安堵しているように……。

 そして俺が名前を聞くと途切れそうになっている意識の中自分の名前を教えてくれた。アリシア・テスタロッサ……と。

 

「確かにあの時見たのと変わらない……よな?」

 

 俺は混乱する頭の中にある記憶を確かめる。PT事件のとき、俺は彼女とともに虚数空間へと落下していった。その時の彼女はこのぐらいの身長だったと思う。

 

「とりあえずどうするべきか……ッ!?」

 

 アリシアのこともあり、どう行動するかを考えながら辺りを見ていると視界の中にとある物が映る。それはとても見慣れているものだ。

 

「ケース……だと、どうしてここに?」

 

 あまりにもここにあるには不釣合いなものに大きなショックを受ける。それはアリシアのことで混乱している頭にトドメを差すには十分すぎるものであった。

 

 ――どうしてアレがここにある? いや、そもそもどうして彼女がここにいる? アレと彼女は関係があるのか? もしかしたら……

 

 頭の中が今起きていることを必死で処理しようと思考するも、その思考によって余計に混乱する。そんな自分を落ち着かせたのは腕の中にいる少女の声だった。

 

「ん、おかあさん……」

 

「あっ……」

 

 アリシアの言葉で我に返ると落ち着くために深く深呼吸する。考えたい事は色々あるが、まずは目の前のことを処理していかなくてはならない。

 とはいえ、すぐには落ち着けない。すぐに思考に入ろうとする頭を空にしようと思うがなかなか上手くいかない俺は腕の中にいるアリシアを見る。

 腕の中で眠るアリシアを見ると、その頬に涙の後が見える。

 

「ふぅ……」

 

 俺は息を一つ吐くとアリシアの髪を撫でた。サラサラとした髪質、すずかもフェイトもそうだったが髪質が良く、指に触れるその感触が心地よい。さらには腕の中のアリシアの体温も感じて、それが少しずつ俺に平静さを取り戻す。

 

「うん……よしっ」

 

 手を開いたり閉じたりして状態を確かめる。なんとか多少は落ち着けたようだ。

 

 ――さてと、どうするべきか……

 

 俺の目的はあくまでヴィヴィオ達との接触にあるわけだが、この状態では動く事ができない。まずはアリシアをどこかに連れて行かなくてはならないが……。

 

 ――どっちがいいかな?

 

 月村邸、アースラ、どちらかしかないのだが彼女の場合、その立場が問題になる。プレシア・テスタロッサの娘であり、フェイトのオリジナル。さらには死者。

 こうなってくると管理局に連れて行くのは少々危険な気がする。少なくとも死者がなぜ生き返ったのかというのは間違いなく実験対象だ。

 その上フェイトと会わせるのも少し危険な気がする。自身のオリジナルである事をフェイトがどう思うか、それが心配だ。そして今の状況だとプレシアが出てくる可能性が高い。

 プレシアはアリシアに執着していた。もしプレシアとアリシア、そしてフェイトの三人が一度に会うことになったとすると……

 

 ……フェイトが壊れるかもしれない。

 フェイトは優しい子だ。自分の現状を受け入れているし、酷い仕打ちを受けてもまだ母親を思いやる気持ちがある。

 でももし、そんな彼女の目の前にアリシアが現れたら? あまつさえプレシアとアリシアの再会を見てしまったら? 彼女はどうなるのだろうか、少なからずショックは受けるであろう。

 

「まぁ、この子が本物なら…だけど」

 

 俺はそう呟く。もしかしたらこの子が偽者である可能性もある。それにあまり悠長にしている時間もない。

 

「ん? あれっ? 私…」

 

 腕の中で声が聞こえる。どうやらアリシアが目を覚ましたようだ。出会って意識を失ってから十分も経過していないが、単にゆっくり眠れる環境じゃなかったのだろう。

 

「大丈夫?」

 

「う、うん」

 

 アリシアは戸惑いながらも俺の言葉に反応を返してくれる。俺は腕に抱いていた彼女の身体を離し、ベンチに座らせる。とりあえず彼女をどこか落ち着けるところに連れて行くために、月村邸に連絡を入れようとしたその時だった。俺のデバイスへと通信が入る。

 

『拓斗君ッ!! もうっ、どうして通信を拒否してたのっ!!』

 

「あれ? なのは?」

 

 通信を繋げるとそこにはなのはの顔が映っていた。なのはは物凄く怒った表情でこちらを睨んでくる。

 

『あれ? なのは? じゃないのっ!!』

 

「ああ、ゴメン。ちょっとこっちも色々あって…」

 

 俺はアリシアの顔をチラッと見る。通信を拒否していたのは別に彼女のせいというわけではなく単に邪魔をされたくなかっただけだが、なんとなくだ。

 

『あれ? フェイトちゃん? でもフェイトちゃんはここに……』

 

「あ…」

 

 なのはの近くにはフェイトがいるのか、なのはは俺の隣にいるアリシアとフェイトを見比べている。俺も不注意だったがアリシアのことがなのはに気づかれてしまった。

 

「とりあえずアースラに行くから、事情はそこで」

 

『えっ、ちょ、ちょっと拓斗く』

 

 なのはとの通信を切る。通信越しに事情を説明するのは面倒だし、どうせ説明しなければならなくなるのでやむを得ず俺は、アースラに行く事を選択した。

 

「ねぇ、アリシア」

 

「うん?」

 

 俺がアリシアの名前を呼ぶとアリシアは返事を返してくれる。もしかしたら聞き間違いかもと思ったがそんな事はなかったようだ。

 

「今から管理局の船に行くけど、いいかな?」

 

「うん、わかった」

 

 アリシアは俺の言葉に頷く。まぁ、どうする事もできないこの状況では他にできる事はないわけだが…。

 俺はアリシアのケースを拾おうとするが重すぎて持てない。そういえばコレ、持ち主以外には重く感じるとかいう微妙な防犯装置がついているんだった。

 

「ゴメン、アリシア。コレを持ってくれるかな?」

 

「? いいよ」

 

 アリシアは俺がケースを持てない事を不思議がっていたが俺の言葉に従いケースを持ってくれる。そして、俺はケースを持ったアリシアと共にアースラへと転移した。

 

 

 

 

 

 アースラの会議室。そこは今、見事に静まり返っていた。

 

「も、もう一度言ってもらえるかしら?」

 

 周囲の沈黙を破るようにリンディさんが口を開く。その質問が向けられたのはこの場において最年少の少女、アリシア・テスタロッサだった。

 

「私の名前はアリシア・テスタロッサだよ」

 

 アリシアはもう一度皆に聞こえるように自分の名前を伝える。その言葉にまた周囲は静まり返る。当然だ。アリシア・テスタロッサ……その名前は少なくともここにいるメンバーにとって重要な意味を持つ。

 

「アリ…シア」

 

 特にこの少女にとっては…。

 

「フェイト……」

 

 近くにいたアルフがフェイトを心配そうな表情で見つめる。アルフだけではないこの場にいるアリシアを除いた全員が心配そうな表情でフェイトのことを見ていた。

 

 ――やっぱりこうなるよなぁ……

 

 俺は誰にも見つからないように溜息を吐く。二人を会わせればこういう対応に困るような状態になることはわかっていた。これが平時であれば落ち着いてゆっくり二人を話し合わせたり、アリシアに事情を説明したりすることもできたのだが、今はそういうわけにはいかない。

 

「リンディさん、まずは現状を…」

 

「え、ええ」

 

 俺はこの場の空気をぶった切ってリンディさんに話を進めるように促す。正直、二人のことはどうにかしたいのは事実だが当人達しか解決できない問題であるのも事実だ。必要ならフォローしてあげればいいぐらいに考えておいたほうがいいだろう。

 

「現状だけど……」

 

 リンディさんの説明が始まる。今、起こっているのはアミタとキリエの登場、マテリアル達の出現と偽者たちの登場だけらしい。まだユーリやヴィヴィオ達、ついでにトーマ達は現れていないようだ。

 

「今はこのアミタとキリエと呼ばれていた二人から事情を聞かせてもらう必要がある。それと偽者たちが被害を出さないように倒す事。マテリアルと言っていた三人組の確保だな」

 

「それについてなんだけど、拓斗君? あなた何か知らないかしら?」

 

 クロノが俺達の行動の指針を説明するとリンディさんが俺に問いかけてくる。

 

「どうして俺に?」

 

「あなた、今回の事件が始まってから通信を拒否して独自に動いていたでしょう?」

 

 だったら何か知っていると思って…とリンディは俺に言ってくる。まぁ、通信拒否して動いてたのは事実だし、今回の事件についても知っているのは事実なのだが…。

 

 ――そりゃ、あんな風に動けば怪しまれるわな

 

 目的のためには仕方なかったとはいえ、自分の浅慮な行動を反省する。正確にいうと管理局には所属していないため命令を聞く必要はないわけだが、このように捜査協力、情報提供を頼まれると断るわけにはいかない。

 

「少しだけしか知らないけど…」

 

 俺は慎重に言葉を選んでそう言った。暗に自分はあまり事情を知ってませんよとこの場に認識させるためだ。リンディさんは俺が未来の知識を持っていることは知っている。ただ、先の闇の書事件のグレアムのことなどもあり、あまり無理にこちらの知識を得ようとはしてこない。

 

「まずはあなたの行動からね」

 

「通信を拒否したのは行動を邪魔されたくなかったからだ。目的はとある人探し…」

 

 なんか尋問を受けているような気分になるが、俺は通信を拒否したわけと独自行動の理由を言う。

 

「人? それは今回の事件と関係あるのか?」

 

 クロノが俺の言葉にそう質問してくる。

 

「殆ど皆無と言っていい」

 

「それは今の状況ですべき事なの?」

 

 クロノの質問に答えると今度はリンディさんから質問される。

 

「少なくとも、俺にとっては重要なことなんだっ…」

 

 ヴィヴィオ達から俺についての情報を得る事、それは今回の事件においてかなりの優先順位を誇る。もちろん、なのは達の命であったり、海鳴市の崩壊であったりであればそちらを優先せざるを得ないがそれ以外であればまずこちらが先にくる。

 

「できればそれも手伝って欲しい。多分、どこかで接触する筈だから」

 

 俺はそう言って頭を下げる。正直、できれば自分だけで解決したかったが上手く接触できるかどうかもわからないので、やはり人数の多い方がいいだろう。

 

「私はいいよ」

 

「私も」

 

「私もや」

 

「なのは、フェイト、はやて…」

 

 俺がなのは達の名前を呼ぶとなのは達は笑顔をくれる。

 

「拓斗君は大事な友達だもん」

 

「それにお世話になってるし」

 

「私も助けてもらったしな」

 

「ありがとう」

 

 俺は手伝ってくれるという三人にお礼を言う。それに続いて八神家の面々やユーノ、リンディさんやクロノも返答をくれる。皆、手伝ってくれるようだ。そんな皆に俺はもう一度頭を下げてお礼を言った。

 

「俺が探している人達の容姿だけど…」

 

 俺はヴィヴィオとアインハルトの容姿を説明する。二人とも魔導師で目立つ格好をしている事からかなりわかりやすいだろう。

 

「できれば俺の名前を出して、その反応を見て欲しい」

 

「えっ? どうして?」

 

 俺の言葉になのはが疑問の声を上げる。

 

「相手が俺のことを知らない可能性があるから、お願い」

 

「? うん、わかった」

 

 俺の言葉になのははどこか腑に落ちない表情を浮かべたが了承してくれる。今回の目的はほとんどこれに集約されていると言っても過言ではない。ヴィヴィオ達が俺のことを知っているかどうか、俺が知りたいのはただそれだけだ。

 

「拓斗君…?」

 

「何? なのは?」

 

 なのはが俺の名前を呼んできたのでそれに反応する。

 

「なんか、ちょっと浮かない表情してたから…」

 

「あ、ああ。ゴメン、大丈夫だよ」

 

 俺はなのはの言葉に少し取り繕いながら返す。事実、少し俺の心は落ち込んでいた。

 マテリアル達が現れた以上、ヴィヴィオ達がこの世界に現れるのは殆ど確定と言っても構わないだろう。ただ、今になって俺は二人に会うことが怖くなってきている。

 もし、未来でも俺が存在していれば……そう思うと感情が揺れる。アリシアのこともあり、まだ色々把握しなければならないことはあるが、少なくともヴィヴィオ達との接触は目の前だ。

 

 俺は自分の気持ちを隠しながらリンディさん達にマテリアル達の説明に入った。


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