転生生活で大事なこと…なんだそれは?   作:綺羅 夢居

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58話目 byebye

 

 

 

 

 夢……

 

 夢を見ていた。

 

 それはまだ、俺がこの世界に来る前の夢で…。

 

 友達と馬鹿みたいに騒いだり、家族との会話を楽しんだりしていた頃の夢だ。

 

 確かに今いる世界のように刺激があったわけでもない。

 

 今のように恵まれた立場にいたわけでもなかった。

 

 それでも……

 

 

 

「あ……」

 

 目を開くと俺はアースラの医務室のベッドで寝かされていた。目が覚めた俺は自分がどうしてここにいるのかを思い出す。

 

「確かヴィヴィオ達に会って……」

 

 ――おとーさん……。

 

「ッ!?」

 

 あの時ヴィヴィオが俺に向かって言った一言を思い返し、身体中が強張る。あの時、ヴィヴィオは間違いなく俺の方を向いて、俺のことをおとーさんと呼んでいた。

 

「帰れない……か」

 

 震える自分の身体を抱きしめると目から涙が零れ落ちてくる。予想してなかったわけじゃない。想像していなかったわけじゃない。それでも目の前に突きつけられた現実はあまりにも辛いものだった。

 

「どうして……なんで……」

 

  なんでこうなったのか、どうして自分なのか。そんなやり場のない悲しみが、苦しみが心の底から溢れ出る。声を出すたびにどんどん悲しみが積み重なるような気がしてくる。

 

 いつまでそうしていただろうか? 泣きじゃくった俺の目は真っ赤に晴れ上がり、鏡に映る自分の酷い姿にさらに気分が落ち込む。そんな時だった。扉が開き、誰かが医務室へと入ってくる。

 

「あ、拓斗、起きてたんだ?」

 

「ユーノ……」

 

 俺はユーノの姿を見て、少しだけ気持ちが落ち着くのを感じる。

 

「急に落ちたからびっくりしたよ」

 

「あ、ユーノが助けてくれたんだ。ありがとう」

 

 俺は自分を助けてくれたユーノに感謝の言葉を述べる。空を飛んでいて急に意識を失ったのだから、助けてくれなければそのまま地面に墜落していただろう。

 

「なのはも心配してたみたいだから、あとで声を掛けてあげてね」

 

「うん、そうする」

 

 ユーノの言葉にそう返すと会話が続かなくなり、医務室の中は静寂に包まれる。その空気は重く、ユーノにとってもあまり居心地の良いものではないだろう。……その原因たる俺が言う事でもないのだろうが。

 

「じゃあ、何かあったら呼んでね」

 

「あ、ああ。ゴメン、ありがとう」

 

 この空気を嫌がったのか部屋から出て行くユーノに俺はそう返すのが精一杯だった。

 

「なにやってんだよ、俺……」

 

 助けてもらったユーノに気を使わせてしまっている自分が情けない。かといって自分のことがすぐに割り切れるわけでもない。あまりに中途半端な状態だった。

 

 ボフッとベッドに倒れこむ。何もする気が起きない。もう、いっそのこと全てのことがどうでもいいとさえ思ってしまう。

 

「ああ、そういえば……」

 

 俺はここを出る前にであった少女のことを思い出す。俺はその子のことが気になり、部屋を出た。

 

 

 

 

 

「リニス――?」

 

「フェイト!」

 

 キリエさんに逃げられた私はそのままキリエさんの追跡を行っていると懐かしい人に出会う。その人は自分の師匠であり、家族でもあった大切な人…リニスだった。

 でも、ここにリニスがいる筈がない。リニスは母さんとの契約を切られ、すでにこの世にはいない筈だ。

 

 ――でも、アリシアだっていたし…

 

 目の前のリニスが本物である筈がないと思いつつ、偽者である可能性を否定する事もできない。それは先ほどアースラで既に死んだ筈のアリシアにあったからだ。

 もしかしたら目の前にいるリニスも本物で今まで生きていたのかもしれない。そういう可能性が頭の中をよぎる。

 

「私はどうしてこんなところに……?」

 

 しかし、リニスの言葉がそれを打ち砕く。今までいろんな人の偽者と戦ってきてわかっていることがある。それは偽者は今の記憶を持たないという事、だから目の前のリニスは偽者だ。アリシアも記憶が曖昧だったけど、生体反応が出ていたし、検査の結果間違いなく生きている人間だと判断された。

 でも、目の前のリニスには生体反応がない。

 

「それにどうも頭が痛くて……私は、いったい……」

 

 目の前にいるリニスは頭を抱え、苦しそうにしている。偽者とはいえもう一度リニスに会えたことを嬉しいと感じるけど、このままにしておくわけにもいかないので私は覚悟を決める。

 

「リニス、ごめんね……今、助けてあげるから」

 

「フェイト……?」

 

 リニスから名前を呼ばれそれが少し嬉しくて、でもリニスに刃に向けるのが少し苦しくて、涙が滲む。

 

「いくよ、バルディッシュ!!」

 

「Yes sir!」

 

 私の呼びかけにバルディッシュが答えてくれる。自分の相棒であるバルディッシュを作ったのもリニスだ。そんなリニスと戦う事になるのはやっぱり辛い。

 

「リニスに教えてもらったこの魔法ッ、フォトンランサー・ファランクスシフトッ!!」

 

 私は数十のスフィアを展開し、それら全てをリニスへと向ける。新しく強化されたバルディッシュのカートリッジシステムを使わず、リニスから習ったこの魔法を使うのは私の意地だったのかもしれない。

 

「撃ち砕け、ファイアーッ!!」

 

 スフィアから数百発の魔力弾が発射されリニスを襲う。リニスは何もする事ができず、雨のように降り注ぐ魔力弾をその身に受けた。もし、これが本物のリニスであったならこう上手くはいかない。

 

「ああ……フェイト……」

 

 リニスは私の名前を呼びながら他の偽者たちのように消えていく。ただ、偽者とはいえもう一度になるリニスとの別れが私を悲しませた。

 

「ごめんね……リニス……」

 

 私の口からリニスへの謝罪の言葉が漏れる。言わずにはいられなかった。

 

『フェイト! 今戦ってたよね? いったい誰と?』

 

 そんな私にアルフからの通信が入る。

 

「リニスの……偽者だよ」

 

『リニスの…?』

 

 アルフの質問に答えるとアルフは少し不思議そうな声で聞き返してくる。リニスが現れたのは予想外だったみたい。

 

「でも、大丈夫。もう眠ってもらったから」

 

『うん……』

 

 アルフにリニスのことを報告するとアルフは心配そうな声で頷いてくる。

 

「心配しないで、私は大丈夫だから」

 

 そんなアルフに返事を返すけどまだアルフは少し暗い顔だ。

 

「追跡を続けるよ。行こう、アルフ!」

 

 そんなアルフに気持ちを切り替えさせるように私は追跡を再開する。それはリニスを撃って落ち込んでいる自分にも言い聞かせただけだった。

 

 ――リニスの偽者……か。

 

 追跡を続けながら先ほど会ったリニスの偽者のことを思い出す。リニスの姿や声は自分の記憶にあるリニスと全く変わらなかった。多分、私がリンカーコアを提供したときに記憶にあるデータを使って作ったんだと思うけど、もしそうならもう一人私の知る人物で偽者が現れる可能性がある。

 

 そんな私の予想は外れることなく、すぐさま現実のものとなった。

 

「フェイト……あなたなの……?」

 

「母……さん……」

 

 目の前に現れたのは私の母さんであるプレシア・テスタロッサ。今はミッドチルダの医療施設で寝たきりの状態なので、ここにいるのは間違いなく偽者だ。

 

「どうしてあなたがここにいるの? それに、ここはどこなの?」

 

 母さんは他の偽者と同じく記憶が曖昧なようで私に質問を投げかけてくる。

 

「今の母さんは……悪い夢を見ているだけなんです……」

 

「……悪い夢? そんなもの、ずっとそうよ……」

 

 私の言葉に母さんはそう返してくる。アリシアを失ったことは母さんにとって悪夢のような事だった。

 

「母さん…」

 

 できればアリシアに会わせてあげたいがここにいるのは本物の母さんではない。

 

「ママ、フェイト!!」

 

 私が覚悟を決めて母さんを撃とうとしたその時だった。この場にいる筈のない人物の声が辺りに響き渡る。

 

「アリ…シア?」

 

 そう、私達の名前を呼んだのはアリシアだった。アリシアはゆっくりだけど空を飛び、私達に近づいてくる。

 

「アリシア、どうしてここに?」

 

「フェイトが心配で、そしたら私を助けてくれた男の子がこの子の使い方を教えてくれたんだ~」

 

 アリシアはそう言って、私に自分の持つデバイスを見せる。そのデバイスは私のバルディッシュに良く似ていて、一つ違うところがあるとしたら、コアの部分が金色じゃなくて赤であることぐらいだ。

 

「えへへ、フェイトとお揃いだね」

 

 そう嬉しそうにはにかむアリシアに私も笑顔が零れる。姉妹でお揃いのものというのは嬉しく感じる。

 

「アリシア……アリシアなのっ!!」

 

 私とアリシアの会話を聞いていた母さんがアリシアの姿を見て驚愕の声を上げる。それは当然だ。もう会うことができない自分の娘、そしてもう一度会うために全てを注ぎ込んだ相手にもう一度会うことができたのだから……。

 

 チクッと胸が痛む。自分の娘じゃないとあの時言われた事を思い出した。そう、この人にとって必要なのは私じゃなくてアリシアだった。

 

「うん、そうだよ」

 

 アリシアは母さんの言葉に微笑んで返す。そんなアリシアを見た瞬間、母さんの瞳から涙が溢れ出した。

 

「アリシア! アリシア!」

 

 母さんはアリシアの名前を何度も呼ぶ。それに答えるようにアリシアは母さんに近づくと母さんに抱きついた。

 

「うん、ただいま、ママ」

 

 アリシアの目からも涙が零れる。ただ、私の心の中は複雑だった。母さんがあんな風に喜んだところを見たことがない。母さんが泣くほど嬉しがったところを見たことがない。

 黒いもやのようなものが心を覆う。それは間違いなくアリシアに対する嫉妬だった。

 

「フェイトもこっちにおいでよ」

 

 そんな私にアリシアはそんな事を言ってくる。でも、私は二人に近づく事に躊躇した。二人には間違いなく繋がりがある。でも、私は母さんに否定され拒絶された人間だ。そんな私が今の二人に近づける筈がない。

 

「ほらフェイト……」

 

 アリシアの無邪気に誘ってくる声に私は少しだけ怒りを感じる。そんなに愛されている事を見せ付けてくるのが憎かった。

 

「ふぅ、フェイト、こっちへ来なさい」

 

 そんな私に声を掛けたのは意外にも母さんだった。否定され、拒絶もされた私に母さんが声を掛けてくるなんて思えず、私の動きは止まる。

 

「仕方ないわね」

 

 そんな私に母さんは笑みを浮かべながらアリシアを伴って私へと近づいてくる。初めて私に向けられたその笑みに私の思考は止まってしまった。

 

 アリシアと一緒に近づいてきた母さんは私の頭を撫でる。確かに感じるその感触に私の瞳からは涙が零れ落ちる。

 今までしてもらった事がなかった。でも、ずっとしてもらいたかった事だ。頭を撫でてもらえる。ただそれだけのことで私はこんなにも幸せな気持ちになれた。

 その後、母さんはアリシアと一緒に私のことを抱きしめる。目の前にいるのが偽者だという事はわかっているのに、今までしてもらった事のないスキンシップに私は抵抗する事もなく受け入れてしまう。

 

 しかし、そんな時間も長くは続かなかった。

 

「ママ!?」

 

 目の前にいる母さんは少しずつ消えていくのを見てアリシアが叫ぶ。そう目の前にいるのは本物ではなく偽者だ。

 

「アリシア、もう一度会えて嬉しかったわ。それにフェイト……ごめんなさいね」

 

 母さんはそう言いながら少しずつ消えていく。

 

「ママ! ママ!」

 

「うん、母さん。大好きだよ、バイバイ……」

 

 叫ぶアリシアの隣で私は母さんに別れを告げた。最後に頭を撫でてもらえた。抱きしめてもらえた。それだけで十分だった。

 私達の目の前から母さんの姿が消える。その表情は笑顔であった。

 

 

 

 

 後日、ちょうどこの時に母さんが死んだことを聞かされた。私がアリシアと一緒に母さんの顔を見えるとその表情は微笑んでいるようにも見えた。

 もしかしたら偽者を通じて母さんはアリシアに会うことができたのかもしれない。私の知る母さんとは違っていたけど、でも優しくされて、触れ合うことができて本当に嬉しかった。だから私はもう一度言葉を贈る。

 

「バイバイ、母さん……大好きだよ」

 

 

 


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