慌しくも実りの多かった闇の欠片事件から数日が過ぎ、俺は管理局へと来ていた。
「とりあえず、こんなところかな」
俺はコーヒーを飲みながら目の前にいる男――薙原和也に今回起きた事件の顛末について話す。ゲームではBOAにて闇の欠片事件、GODでは砕け得ぬ闇事件とされていたが、今回の事件は結局一回で終わってしまったため、GODと同じく砕け得ぬ闇事件という名称が付けられた。
「なるほどね……多少の違いはあるものの、概ね俺達の知っている知識通りというわけだ」
和也は目の前に表示された今回の事件のデータに目を通しながら、簡潔に結論を述べる。しかしながら、その表情は険しい。
「とは言ってもアリシアの登場。こればっかりは事件自体が知識通りとはいえ、状況としてはあんまり良いとは言えないな」
和也は自分の心情を吐露する。たった一人の存在が和也をここまで悩ませる。それほどまでにアリシアの事はデリケートな問題であった。
アリシアは本来であればもう既に亡くなっている。それが生き返ったというだけでもかなりの大騒ぎになることが目に見えているのに、魔力を持って復活、さらに俺達と同じようにケースを保有しているとなると、どこまで問題になるのやら…。
「まぁ、アリシアの情報とかはこっちで何とかする予定だけど、生活に関しては出来れば地球側でどうにかして欲しい」
「なんとか出来ない事はないと思うけど、そうなるととりあえず忍に連絡かな」
和也の言葉に俺はアリシアの今後について考える。流石にアリシアをミッドに残す事はできない。これがただの一般人なら孤児院に入れるなりしたのだろうが、アリシアが俺達側の人間で、あのケースを持ってるとなるとなるべくミッドから離れたところに置いておきたい。
ケースの情報収集能力などが表に出るとかなりの問題が出る事はわかりきっているし、もし情報がどこからか漏れた場合、ミッドだとこちらのフォローが回らない可能性が出てくる。
それにフェイトは現在地球で暮らしているので、アリシアも地球で暮らす事を望むだろう。
「あのケースとかの使い方とか、他にも色々教える必要がある。その辺は拓斗に任せるけど…」
和也はそう言って申し訳なさそうに俺を見る。むしろ和也にはこれまで迷惑を掛けっぱなしのうえ、今回の件でも直接関係無いのに動いてくれているので、これぐらいのことはしないとこちらが申し訳ない。
「流石にこれ以上和也に負担を掛けるわけにもいかないし、これぐらいはさせてくれよ」
もともと今回の事件では全く働いてないので、少しでも出来る事があるのであればやっておきたい。
「そうか、なら任せる。ただでさえ今回の事件には色々あって、こっちの仕事も増えまくってるんだ」
「アリシアの事とか以外でか?」
和也の言葉に俺は疑問を抱く。和也は仕事が増えたといっていた。アリシアの事ですることが増えたと言うなら、仕事という表現は和也は使わないだろう。となると正式的に管理局員としての仕事が増えたということになる。それも今回の事件に無関係である筈の和也の仕事がだ。
「ああ。そもそも拓斗は管理局の問題ってどこまで理解してる?」
「まぁ、人材不足とか海と陸の対立とか?」
和也のいきなりの質問に俺はすぐに頭に思い浮かぶものを答える。管理局自体が大きい組織なので問題は沢山あるだろうが、そんな事言い出したらキリが無い。
「間違ってはいないね。今回の事件に関わっているのは人材不足の方だな」
「人材不足ねぇ…」
それが今回の事件に関わるほどというと興味はある。
「管理局って内情はともかく、これでも結構バランスが取れている組織ではあるんだ」
「それは理解できるけど」
和也の説明に俺はとりあえず納得する。管理局の実情はともかく、その存在は現状無くてはならないものであるのは事実だ。そんな組織に問題があるのであれば、ここまで必要とされず対抗する存在も出てくることは考えられるし、問題が大きくなればなるほどそれは表立って出てくる。
「海と陸の関係もそうなんだけど、もともと問題として大きいのは人材不足だね」
多数の次元世界を管理する管理局において、人という戦力は最も重要なファクターである。当たり前の事であるが人がいなければどうする事も出来ないからだ。特に多数の次元世界を行き来する海の場合、凶悪な次元犯罪者であったり、危険なロストロギアの回収任務などが発生するため優秀な人材を多数必要とする。
とはいえ優秀な人材がいくらもいる筈が無く、海は優秀な人材を陸から引き抜いたり、大きな予算を得る事でその人材の補填をしている。
しかしながら陸も管理世界の治安維持を担っている以上、優秀な人材は必要であるわけで、予算を多く持っている本局と地上本部の対立しているというのは少し事情に詳しければ誰でも知っている話だ。
「その穴埋めとして質量兵器の投入とかが言われているわけだけど、管理局が何故質量兵器を投入しないか……拓斗は知ってる?」
「旧暦時代にあった戦争がどうとかだっけ? 詳しい事は知らないけど……」
俺は自分の記憶を頼りにうろ覚えながら和也に聞き返す。
「大体そんな感じで正しいよ。それで質量兵器は管理局の設立後に根絶、開発や所持も禁止された。理由は簡単、ボタン一つで次元世界を一つ破壊できるような兵器が生まれたから…」
要するに原爆とかに近いイメージでいいだろう。知識を持っていれば誰でも扱える事ができ、知識が無ければ危険な事この上ないようなものだ。だからと言って根絶はどうかと思うが……それも時代として必要だったのだろう。
「それで比較的クリーンで安全な力、魔法が使われるようになったと」
俺は和也の言葉に繋げるように言う。ミッドチルダを見ればわかるように基本的に管理世界の殆どが魔法文化である。一部違う管理世界もあるが、それも時間の問題だろう。
「そう、管理局の手によって質量兵器が根絶され、所持すら禁止された。それを行った管理局が質量兵器を保有するとは……ってね」
「なるほどね」
自分たちでそれを違法としておきながら、都合が悪くなればさらにそれを覆す。それは法の番人たる管理局として許されない事であるわけだ。
司法をつかさどる存在がころころと意見を変えていれば批判が大きくなってしまい、信用も失ってしまう。
「それに質量兵器っていうのも考え物で、管理の難しさだったり、費用を考えるとどうしても踏み切れないっていうのが本音だね」
それは理解できる。質量兵器というのは知識さえあれば誰でも扱えるものだ。それ故に管理世界で生産して、それが反管理局組織やテロ組織などに回っては目も当てられないし、生産施設が狙われる可能性もある。
だからこそ質量兵器の投入に管理局は踏み切る事ができない。
「それがお前の仕事とどういう関係があるんだ?」
俺は和也に直球に質問をぶつける。質量兵器と管理局の関係はわかったので無駄な話ではないが、単純に今聞きたいのは和也の仕事が増えた理由だ。
「まぁ、焦るな。質量兵器による局員の戦力向上による人材不足の補填が無理ってのは今の話しでわかったと思うけど、ならどこで人材不足を解消するかだけど……」
質量兵器の投入による非戦力の戦力化や既存戦力の戦力向上は不可能。戦力の機械化……これは殆ど質量兵器と同じ意味を持つから違うとして、後は…
「普通に管理局員の質の向上ぐらいしかないだろ……」
管理局の魔導師の質向上ぐらいしか考えられる事はない。となるとデバイスの高性能化だろうが……。それは技術開発関係の仕事なので、執務官である和也とは結びつきにくい。
――いや、そうでもないのか……
一つだけ思い当たることがあり、先ほどの考えを否定する。確かに和也は技術者ではないが、闇の書事件において、リインフォース達のサルベージの際、技術開発関係でも能力があることを示している。
――って、まさか!?
俺はあることに気づく。人材不足、そして今回の事件、和也、この三つを繋げるものが一つだけあった。
「マテリアル達による戦力補填……?」
必死に動揺を隠しながら俺は和也に問いかける。そんな俺に対して和也は溜息を吐きながら答える。
「正確に言うとプログラム体による戦力補填が正しいかな」
和也の言葉に俺は驚きを隠せない。確かに今回の事件で闇の欠片……偽者たちがある程度の能力を保有していたが、それを戦力に考える事には動揺を隠せない。
「これは闇の書事件の時から出ていた話ではあるんだが…」
そう言って動揺している俺に和也は説明する。
「守護騎士達はプログラム体だろ? もし彼女達をコピーする事が出来たらと考えた連中がいたんだよ」
確かに発想は間違いではない。実際今回の事件の場合、偽者まで飛び出てきたわけだ。いくら弱体化しているとはいえ、元は高ランクの魔導師、その実力は決して悪いものではなく、戦力として十分数えられるものだ。
「今回の事件であの子達の偽者が多数出現してしまったのは知られている」
「それって、マテリアル達の事もか?」
「一応ね。とは言っても適切に処理されているし、アリシアについてはもう手は打たれている」
俺はどこまで情報が出回っているのか心配になったが、和也の言葉を聞くに上手くリンディさん達が誤魔化したようだ。まぁ、記憶や記録の改竄もあったからこそだともいえるが……。
「事件としてはとあるロストロギアによって、多数の偽者が出現。その原因たるロストロギアを管理局員および現地協力者が協力して破壊ってことになってる」
「アミタ達が封鎖した記憶の通りってわけだ」
管理局員が知っている事件の情報とアミタ達が封鎖した記憶との誤差を聞き安心する。これによって事件の全てを知っているのは俺と現地にいなかった和也、忍の二人だけだ。
「話を戻して、今回のロストロギアみたいなものを作って優秀な人材の偽者を使えば戦力も増えるだろうっていう意見が出たんで、今はその処理をしているところだ」
「処理というと?」
「決まってるだろ」
俺の質問に対して和也は獰猛な笑みを浮かべながら答える。
「そんな事ほざいた馬鹿を処理するんだよ」
「……ほどほどにね」
和也がそういったことに協力しないのはわかっていたが、ここまでやる気を見せられると恐ろしいものがある。確かに守護騎士やマテリアル達はプログラム体であるが、感情が存在し、見た目も人と変わらない。
実際、管理局からこういう意見がでたということはそれだけ管理局の人材不足が深刻であるということも考えるべきだろう。そして、はやて達が狙われる可能性も有り得る。
現在、プログラム体である守護騎士を持っているのははやてぐらいだ。ユニゾンデバイス他にもいるだろうが、狙われるならはやての方が可能性が高いだろう。ユニゾンデバイスが狙われるなら、当に他の奴らが狙われているだろうし。
今後の事を考えると頭が痛くなるが、これもこの世界で生きていくなら仕方ない事だろう。
そんな事を考えながらカップを手に取り、コーヒーを飲む。
「マズッ」
飲んだコーヒーは既に冷めていて美味しくなかった。