転生生活で大事なこと…なんだそれは?   作:綺羅 夢居

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66話目 穴埋め

 

 海鳴市にある、とある喫茶店。俺はそこで一人の女性と会っていた。

 

「久しぶりね、拓斗くん」

 

「久しぶり、さくら……」

 

 俺はさくらと挨拶を交わす。さくらはいつもとは違い、カジュアルな服装でファー付モッズコートにショートパンツ姿で足も大胆に出している。

 

「どうしたの?」

 

「いや、似合ってるなって……」

 

「あ、うん、ありがとう……」

 

 俺の言葉にさくらは少し恥ずかしがりながらも嬉しそうな表情を見せる。

 

「でも、こうやって外で会うのはなんか変な気分だな」

 

 さくらとはいつも月村邸で会うため、外でこうして会うことは全く無い。外に出かける事はあっても、大抵月村家の誰かが一緒になる。それになにより、今の俺の格好だ。

 

「今日はちょっとね……でも、ちゃんとその格好で来てくれて嬉しいな」

 

 さくらはいつもより遥かに大きい姿である俺を見つめ微笑む。そう、今の俺は大人モードで元の大学生の姿だ。

 

「指定してきたのはそっちだけどね……」

 

 さくらの言葉に俺は苦笑いで返す。突然、さくらからメールが来たと思ったら、その内容はこの姿でこの場所に来て欲しいというものだった。とりあえず俺はさくらの言葉に従い、ここに来たのだがさくらの突然の行動に驚いている。

 

「たまにはこういうのもいいかな~と思って……ホラッ、デートっぽいでしょ?」

 

「まぁ、ね」

 

 俺はさくらの言葉を否定せず、大きくなった自分の手の平を見つめる。子どもの姿に慣れすぎたのか、目線の位置や自分の身体に違和感を感じる。

 

 ――あっちの姿に慣れたってことなのかな?

 

 元の姿の方が違和感を感じる事に俺は感傷を抱く。もう二年ほど、この世界にいるのだ。子どもの状態が主であるため、そちらに慣れてしまい、元の姿に違和感を感じるのは仕方無い事だろう。

 

「じゃあ、行きましょうか?」

 

 コーヒーを飲み終えたさくらはそう言って立ち上がる。

 

「? 何処に?」

 

「決まってるでしょ、デートよ」

 

 さくらはそう言って俺を立ち上がらせると会計を済ませ、俺を連れて店から出る。

 

「さあ、あまり時間がないんだから急ぐわよ」

 

 俺がこの状態を維持できる時間がそれほど長くない事を知っているため、さくらは俺の手を引くとすぐさま歩き始める。そのまま、俺とさくらのデートは始まった。

 

 俺の大人状態の維持時間を考慮してか、さくらはショッピングをメインに街を出歩く。自分の服や小物を俺に選ばせたり、逆に俺の服や小物を選んだり、そんな普通のデートだ。

 ただ、そんなデートが俺は凄く心地よかった。元の姿で行動する。それだけの事で昔と同じようになれた気がして、隣にさくらという美人な女性がいる事もあり、純粋にデートを楽しむ事ができた。

 

「ふぅ、今日は楽しかったね」

 

 海鳴臨海公園で海を見ながら、さくらは俺に聞いてくる。

 

「ああ、楽しかったよ」

 

 久しぶりに楽しむ事ができた。今までは元の世界に帰ることに精一杯で、あの事件以降は少しだけ憂鬱な状態が続いていた。

 

「これが今日の目的?」

 

「うん……」

 

 俺の言葉にさくらは頷く。さくらの目的、それは俺の気分を切り替えさせることだ。最近、落ち込み気味の俺を見て、忍がさくらに頼んだのか、それとも忍から聞いてさくらが個人的に動いたのか、大方、そんなものだろう。

 

「忍から聞いたわ……」

 

「そっか……」

 

 お互いが黙る。先に口を開いたのは俺のほうだった。

 

「でも、どうしようもないからさ」

 

 十数年後もこの世界にいる。その事実が俺の心を折った。もし、ヴィヴィオが俺の事を知らなかったら、まだ足掻く事ができていたかもしれない。

 でも、十数年も耐えることは不可能だと思い、俺は諦めてしまった。

 これが言い訳であることはわかっている。これが諦める理由にはならないことを知っている。だから求めてしまった。諦める理由を……。

 忍が約束を持ちかけてきた時には、もうなんとなく気づいていた。多分、無理だろうって。だから、それを体の良い理由としてしまったのだ。

 

「拓斗くん……」

 

 さくらが俺に抱きついてくる。

 

「代わりにはならないかもしれないけど……」

 

 そう言って強く、俺を抱きしめる。さくらからほのかに香る香水の匂いが俺の鼻をくすぐった。

 

「元の世界の代わりにはならないかもしれないけど、その分、私を使ってくれていいから」

 

 さくらは俺に抱きついたまま、真っ直ぐ俺の目を見つめる。

 

「拓斗くんが失った分を、私を使って埋めてください」

 

 さくらはそう言って、俺の唇に自分の唇を重ねた。

 

 

 

 

「それで、どうだったの?」

 

 忍は私を見て、ニヤつきながら聞いてくる。我が姪ながら、その性格は誰に似たのやら……。

 

「どうもしないわよ。ちょっと、話しただけだし……」

 

 私は自分のした行動を思い出し恥ずかしくなるが、それを表に出さないように忍に答える。

 

 ――もう一回デートしたいな~

 

 頭の中は今日の拓斗くんとのデートの事で一杯だった。今まで男性と付き合った事が一度もなく、デートすらまともに経験のない私だ。付き合わせてしまったとはいえ、拓斗くんには楽しんでもらったと思う。もちろん、私も初めてのデートを物凄く楽しんだ。

 

「へぇ~、キスまでしておいて、話しただけねぇ~」

 

「えっ、ちょ、ちょっと、どうして!?」

 

 忍が私が拓斗くんにキスしたことを知っている事に驚き、動揺してしまう。

 

「もちろん、見てたから♪」

 

 楽しそうにこちらを見つめる忍をジト目で睨む。まさか、忍にからかわれる日が来るとは。

 

「まぁ、それはいいわ。拓斗も気分転換できたみたいだし、ありがとね」

 

 忍の言葉に私は違和感を抱く。忍が拓斗くんの事を大事に思っているのは知っているが、これではあまりにも距離が近すぎる。

 

「ねぇ、さくら。拓斗はこの世界で幸せになれるかな?」

 

「どうしたの? 急にそんな事を聞いて……」

 

 忍の急な質問に私は戸惑う。

 

「今までの全てを失うってどんな気持ちなのかな?」

 

 そう言った忍の体は震えていた。そうか、この子は自分が拓斗くんと交わした約束のことを後悔しているのだ。自分が、拓斗くんに今までの全てを捨てさせる決断をさせた。それが拓斗くんを苦しませた事が苦しいのだ。

 しかし、拓斗くんの事はどうすることもできなかっただろう。元の世界に帰ることができないのは私達のせいではない。忍との約束が無くても、拓斗くんは決断を迫られる事になっただろう。

 忍もそれはわかっているだろうが、この場合自分が拓斗くんを苦しませたという事実が重要だ。

 

『でも、どうしようもないからさ』

 

 そう言った、拓斗くんの表情を思い出す。あの時の拓斗くんはこちらが苦しくなりそうなほど、寂しそうな表情を浮かべていた。それを考えれば、忍の気持ちは痛いほど理解できる。

 

「多分、本当に辛い人には辛いんでしょうね」

 

 今までの生活を、家族を、友人を、恋人を大切に思っているなら、それを失うことは本当に辛い事のはずだ。でも、大切に思っていなければ割り切る事はできる。

 

 ――遊……

 

 私は自分の異母兄の事を思い出す。アレは確かに身内ではあったが、死んだとき、特に何も感じる事はなかった。それ以上に忍たちの事が大切だったからだ。

 

「そう簡単に割り切れるものでもないでしょう。でも……」

 

 私は落ち込んでいる忍に言う。この子は落ち込むときは本当に落ち込むから、はっきり言ってあげないといけない。

 

「彼はもう前に進んでいるわ」

 

 拓斗くんにキスしたときの事を思い出す。拓斗くんはもう前に進もうとしていた。

 

『失った分を、か。そうだね、せめてその分くらいは、いや、それ以上に幸せにならないとな……』

 

 そう言った拓斗くんの顔はまだ少し憂いを帯びていたけど、前に進もうとしている決意が見えた。

 

「クスッ、拓斗くんが失った分を、私を使って埋めてください……だっけ?」

 

 忍はからかう様に私があの時に言った言葉を言ってくる。アレを見ていたなら、当然、これを聞かれていてもおかしくはない。

 

「元気はでたようね」

 

「うん、ありがと」

 

 忍は私にお礼を言う。その表情はいつもの忍だった。

 

 

 

 

「えっと、ア、アリシア・テスタロッサです。よろしくお願いします」

 

 アリシアが忍とさくらに挨拶をする。今日はアリシアが自分の後見人となるさくらに挨拶をしに来る日であった。自分の後見人になる人ということで少し緊張しているように見える。

 

「初めまして、アリシアちゃん。私は綺堂さくら。あなたの後見人です」

 

「私は月村忍よ。よろしくね」

 

 忍とさくらがアリシアに挨拶をする。アリシアの後ろにはリンディさんとクロノ、そしてフェイトの姿を見える。

 

「アリシアさんの後見人となっていただいたこと、お礼を申し上げます」

 

「いえ、そちらの事情は把握しております。姉妹揃って安全に暮らせるに越した事はありませんわ」

 

 リンディさんの言葉にさくらが返す。アリシアは事情が事情であるため、リンディさんが保護するわけにはいかない。

 

「お母さんの事もあって色々大変だとは思うけど、困った事があったらなんでも言ってね」

 

「は、はい、わかりました」

 

 さくらの言葉にアリシアは返事をする。リンディさんはこちらに住居を用意しているが、リンディさん自身が管理局員であるため、家を空けることも多い。それはクロノも同じだ。だから基本、アルフとフェイト、そしてアリシアが海鳴で暮らすことになるのだが、子ども達だけでは不安も大きい。そこで彼女らが任務で海鳴を離れているとき限定であるが、フェイト達を月村邸で預かる事になった。

 これは和也が言い始めたことで、フェイトが海鳴に来てからというもの、基本的にアースラの任務はあまり無く、あっても短期で終わるものであった。その任務にはフェイトが同行する事が多かったため、あまり問題視されなかったのだが、今後は長期の任務が増える可能性があるので、一応小学生であるフェイトは学業を優先すべきだということ。

 それにフェイトとは違い、アリシアは管理局員ではないため、基本海鳴で学校に通う事になる。リンディさんやクロノ、フェイト、アルフが任務に行ってしまうと一人になってしまうため、それだと余計に不安になる。

 

「基本的にはこちらで一緒に暮らしますが、私たちも任務がありますので……」

 

「はい、わかりました。その時はこちらで預からせていただきます。じゃあ拓斗……」

 

「うん、それじゃあ、アリシア、フェイト、アルフ、クロノはこっちへ」

 

 ここから先は大人のお話になるので、子どもである俺達は退散する。クロノは残ってもいい気がするが、いても心労が溜まるだけだろう。

 

「アリシア、フェイト、お母さんの事は……」

 

「うん、でも、あの時、会うことはできたから……」

 

 フェイトとアリシアは悲し気な表情を浮かべているが、あまり引きずった様子ではない。

 

「拓斗の方こそ大丈夫なのか?」

 

 クロノが俺に質問してくる。アリシア以外は事情を知っているため、俺が精神的に追い込まれていたことを理解している。まぁ、事件が終わったときにはそれなりに持ち直していたが、やはり心配を掛けてしまったようだ。

 

「ああ、すっかり大丈夫ってわけじゃないけど、それなりにね。それより、迷惑を掛けてすまなかった」

 

「ううん、大丈夫ならいいよ。困ったときは頼ってね」

 

「フェイトの言うとおりだ。君は一人で抱え込みすぎる。もう少し、周りを頼るといい」

 

「そうするよ、幸いな事に友人に恵まれているみたいだしね」

 

 本当に俺は友人に恵まれている。フェイトもクロノも本当に困ったときには俺を助けてくれるだろう。まったく、こんな俺にはできすぎた友人だ。

 

「そうだ、アリシア」

 

「なに? タクト?」

 

「アリシアはこれから色々教えなきゃならないことがあるけど、いいかな?」

 

「う、うん」

 

 俺の言葉にアリシアは戸惑いながらも頷く。確かリンディさんやクロノ、アリシアには既に和也から簡単な説明があった筈だけど……。

 

「和也の言っていたことか?」

 

「ああ」

 

 クロノの言葉に俺は頷く。クロノも事の重要性が認識しているのだろう。既にリンディさんとクロノには俺達のノートパソコンに関する情報は話してある。最低限、管理局側にも知っている人間がいないと隠蔽するのに困るからだ。

 リンディさんとクロノはその話を聞いたとき驚いたものの、すぐにその有益性と危険性は把握したのか、隠蔽に協力してくれる事になった。

 その代りに、必要なときに情報提供することとなった。一応その情報元となるのは無限書庫という事になるのでユーノにはこれで迷惑を掛ける事になるだろう。まぁ、その分ユーノには手当てがつくようだが……。

 

 俺はともかくとして和也とアリシアはかなり危険な立場にある。和也は管理局員という管理局に最も近い立場ゆえにその利用にはリスクを伴う。アリシアは死亡しているという事実ゆえにそれぞれ危険があるのだ。

 

「まぁ、今日は親睦会ってことで」

 

 廊下を歩き、たどり着いた部屋の扉を開ける。そこには既に俺達の到着を待っていたすずか達がいた。

 

「フェイトちゃん、アリシアちゃん、クロノ君いらっしゃい。アリシアちゃん、初めまして月村すずかです」

 

 すずかは三人に挨拶すると、初対面のアリシアに自己紹介をする。

 

「あたしはアリサ・バニングスよ。よろしくね、アリシア」

 

「アリシア・テスタロッサです。よろしくね、アリサ、すずか」

 

 アリサの自己紹介に続き、アリシアも二人に名乗る。

 

「よう、なのは、ユーノ、それにはやて達も」

 

「あ、拓斗君っ」

 

「拓斗、久しぶり」

 

 俺は部屋の中にいたなのはとユーノ、はやてと守護騎士に挨拶をする。今日はアリシアの歓迎会としてパーティを開く事となった。

 

「じゃあ、アリシア、何か一言」

 

「え、えと、こんな素敵なパーティを開いてくれてありがとう、これからよろしくお願いしますっ、

 

 か、乾杯っ!」

 

「「「「「「「かんぱーいっ」」」」」」」

 

 アリシアの音頭でパーティが始まる。こうしてアリシアは俺達と親睦を深めるのだった。


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