「だからあまり使わないようにしてね」
「うん、わかった!」
忍の言葉にアリシアは元気良く返事する。アリシアが海鳴に来て以来、良く見られる光景だ。
アリシアがこの世界に来てからというもの、俺と忍によるノーパソの使い方や魔法の指導がほぼ毎日続いていた。
まだ幼いアリシアにノーパソの使い方や、その危険性を教えて理解できるのかと疑問に思ったが流石プレシアの娘、理解力が半端ではない。自分という存在の危険性やノーパソという存在のメリットとデメリットなどこちらが説明した事をすぐに理解する。
魔法の方も母親が大魔導師であるにも関わらず、自分にリンカーコアが無く魔法を使えなかったので、魔法を使えるようになったのが嬉しいらしく、毎日のように月村邸に赴いては魔法の指導を受けている。
魔法はデバイスのお陰なのか、俺や和也のように大体の魔法を扱う事ができる。フェイトと同じように電気変換の資質を持っているわけではないが、本人の適正としてはフェイトと同じ高機動タイプである。魔法もフェイトに合わせて同じ魔法をインストールしていた。
「うん、今日はこっちはこれまでかな」
「ありがとう、忍さん」
指導が終わり、アリシアは忍にお礼を言うと身体を伸ばす。
「ふぅ~、やっと終わった~」
「お疲れ様、はい、これ」
俺はアリシアに紅茶を渡す。
「ありがとう、勉強が終わった後の紅茶は美味しいな~」
アリシアは紅茶を飲みながら、言葉を漏らす。必要であるとはいえ、やはり長時間の勉強は辛いものがあるらしい。
――まぁ、気持ちはわかるけどね……
アリシアのそんな様子に俺は苦笑いを浮かべる。アリシアはここ以外でも聖祥に編入するために一生懸命勉強しているのを俺は知っていた。アリシア自身あまり勉強は好きではないらしいのだが、フェイトや俺達がいる学校に一緒に通いたいという思いがあり、頑張っているようだ。国語など世界が違うためわからないことも俺やアリサに聞くなど努力している。
「この後はどうする? いつもだったら魔法だけど、編入試験も近いし……」
「う~ん、今日は勉強する。皆と一緒の学校に通いたいもん」
俺の言葉にアリシアは答える。いつもであれば忍と俺による座学指導の後に魔法の訓練を行うのだが、生憎とアリシアの編入試験が間近に迫っていた。同時にはやても聖祥に編入するべく、今日は図書館ですずかとアリサと共に勉強していた。
「じゃあ、図書館かな? はやて達は向こうで勉強するって言ってたし……」
勉強をするなら月村邸ですれば、終わった後に遊べるのだが、そもそもアリシアの勉強はいつも長くなるため、遊べる機会は少ない。
すずかもはやても本が好きなので今日は本を借りに行くついでに勉強をするつもりらしく、アリサもそれに付き合うつもりのようだ。
そして、なのはとフェイトであるが管理局の陸士訓練校で短期プログラム教育を受けている。予定では3ヶ月で卒業なので、4月には戻ってくることになっている。
ちなみに俺はというと訓練校には通ってはいなかった。というのも今はまだ管理局に入るつもりがなかった。
今の管理局は安定しているとは言い難い。最高評議会、ジェイルスカリエッティ、最低ここをどうにかしない事には管理局に安心感を抱く事はできない。
「皆に会っちゃうと遊びたくなるし、ここで勉強する……」
アリシアはそう言うと休憩もそこそこに編入試験のための勉強を始める。理数はそれほど問題はないので、重点をおいているのは国語と社会だ。フェイトのときも同じ感じだったので、教え方はわかっているのだが、アリシアの場合、フェイトとは違い集中力が続かない。周りに友人が多いと雑談を始めてしまったりするのだ。
本人もそれがわかっているので、図書館で皆と勉強するのはやめたようだ。
「じゃあ、今日は簡単なテストをやってみようか?」
「うん、わかった」
俺はフェイトのときに作ったテストを持ってくると、テストを開始した。
「とりあえず今日はここまでかしらね……」
「うん、ありがとうな~、アリサちゃん、すずかちゃん」
アリサちゃんが終わりを告げるとはやてちゃんが私達にお礼を言ってくる。
「いいよ、私達もはやてちゃんと一緒に学校通いたいし」
「まぁ、今の調子なら編入試験は問題ないと思うから、はやてがミスしない限りは一緒に通えるわね」
「それは言わんといて~、不安になってくるやんか……」
アリサちゃんの言葉にはやてちゃんは項垂れる。はやてちゃんは去年まで足のこともありまともに学校に通ってなかったみたいで、勉強にあまり自身がないみたい。だけど、理解力はわるくないし、フェイトちゃんは異世界って事もあって、もっと知識が無い状態から受かったから、はやてちゃんも大丈夫だと思うけど……
「でも、フェイトちゃんは国語も社会も全くできない状態から受かったんだし、はやてちゃんもきっと大丈夫だよ」
「すずかちゃん……」
「そうね、それにアリシアも一緒に受けるんだし、知り合いがいる分緊張もしないでしょ」
「うん、確かに知り合いがおるのは心強いんやけど……」
アリサちゃんの言葉にはやてちゃんが返すが、その言葉には力が無い。
「けど?」
「なんか自分が落ちて、アリシアちゃんが受かったらって考えると……」
「不安になりすぎだよ。大丈夫、ちゃんと問題も解けるようになってるから」
不安がるはやてちゃんを元気付けるように私はフォローする。はやてちゃんはこうして不安がることが多い。
「アリシアって言えば、今日もすずかの家で勉強?」
「うん、お姉ちゃんと拓斗君が付きっ切りで教えてるみたい……」
アリサちゃんの言葉に今日、ここに来るまでにアリシアちゃんが家に来たことを思い出す。アリシアちゃんがこっちに来てからというもの、ほぼ毎日お姉ちゃんと拓斗君に指導してもらっている。
「忍さんも? 拓斗だけなら魔法ってわかるけど……」
アリサちゃんはお姉ちゃんがアリシアちゃんに指導していることを疑問に思ったようだ。
「うん、魔法もそうだけど、アリシアちゃんには色々あるみたいだから、それを教えるんだって」
「ああ、なるほど……」
私の言葉にアリサちゃんは納得したみたい。アリサちゃんはアリシアちゃんの事情を知っているし、拓斗君のことも知っている。拓斗君が持つノートパソコンの事も……。少し前にアリサちゃんの両親が経営している会社が狙われたときに拓斗君が情報を渡し、その時にアリサちゃん達に説明する事になったのだ。
今まで私達だけの秘密だったのが、どんどん色んな人に知られていくのがなんか嫌だ。
「拓斗も最近はアリシアに付きっ切りよね~」
「そうやな~」
そう、アリサちゃんの言うように最近拓斗君はアリシアちゃんと一緒にいる機会が多い。それが私やアリサちゃんは不満だったりする。
ただでさえ魔法の事で関わる事ができないのだ。前の事件の時も拓斗君にとって重大な何かがあったにも関わらず、私達はその場所にいる事ができなかった。
「まぁ、拓斗君もアリシアちゃんの事が心配なんやろ?」
「そうだね」
はやてちゃんの言葉に私は頷く事しかできない。拓斗君がアリシアちゃんの事を心配していることは知っている。それに拓斗君とアリシアちゃんは共通点がある。
あのノートパソコン、魔法が使えるようになったこと、拓斗君がこの世界に来る前にいた場所にアリシアちゃんもいた事。その共通点が私を不安にさせる。
――今まで一番近い場所にいたのは私なのに、拓斗君のことを理解していたのは私なのに……
拓斗君の事を一番知っていたのは私で、一番近くにいたのは私だという自負はある。でも、アリシアちゃんが来たことでその立場が揺るぎそうになってくる。最近、拓斗君がアリシアちゃんに付きっ切りというのも理由の一つだ。
――魔法が使えて、拓斗君の傍にいれて……
この気持ちは間違いなく嫉妬だ。私はアリシアちゃんに嫉妬している。拓斗君との共通点があることに、拓斗君に気に掛けてもらえる事に……。
「なのはとフェイトは魔法の勉強だって言うし」
「管理局の訓練校な、将来のために訓練プログラムを受けてるらしいよ」
「はやてはいいの? 拓斗もだけど……」
なのはちゃんとフェイトちゃんが将来のために訓練をしていることを聞いてアリサちゃんははやてちゃんに質問する。
「私は向こうに居った時に一応訓練だけは受けてるんよ、拓斗君はわからんけど、すずかちゃん、何か知っとる?」
「うん、なんか事情があるからまだ行くつもりはないって……」
私ははやてちゃんの質問に拓斗君の言葉を思い出しながら答える。私も同じ疑問を抱いて拓斗くんに質問した事がある。その時に答えてもらったのだ。
「なのはもフェイトも将来のためにか~」
「どうしたの、アリサちゃん?」
アリサちゃんの突然の呟きに私は思わず声を掛ける。
「ほら、前に将来の夢の話をしたじゃない、それを思い出したのよ」
「そんな事もあったね」
「何の話?」
アリサちゃんの言葉に納得する私に、事情を知らないはやてちゃんが聞いてくる。
「はやてやフェイトに会う前にね、将来の夢について授業でやったの。その時になのはがね……」
アリサちゃんははやてちゃんにあの時のことを説明する。確か、あの時はなのはちゃんが将来の夢が決まらないで悩んでたんだっけ。アリサちゃんは家の会社を継いで、私は工学関係の仕事に、ちなみに拓斗君はというと……
『まぁ、将来の事だし、その時に考えるよ』
と言っていた。あの時、拓斗君は元の世界に帰ろうとしていたということを知ってる。でも、今はどうなんだろ? 元の世界に帰ることができなくなって、この世界に残る事が決まってしまった今は……。
「拓斗君はどうするんやろな? 私もなのはちゃんもフェイトちゃんも、一応将来は管理局に入ろうと思ってるけど……」
魔法を使える3人は将来は管理局に入る事を考えているらしい。だったら、拓斗君は? 3人と同じように魔法を使える拓斗君も管理局に入るのだろうか……。
「拓斗はまだ決まってないんじゃない。あんなことあったばかりなんだし……」
アリサちゃんは少し言い辛そうにしながらそれを言った。私達が拓斗君の前ではなるべく話題にしないようにしている言葉だ。あの事件以降、拓斗君は落ち込んでいて、私達にそれを見せないようにしているのが、見てて余計に辛かった。
「そうだね……」
私はアリサちゃんの言葉に頷く。
「まぁ、将来の事よりも今は目の前の事を考えましょう……ね、はやて」
アリサちゃんはそう言ってはやてちゃんに笑顔を向けた。
アリシアが帰った後、俺はノートパソコンを使いデバイスの調整をする。アリシアに魔法の指導をするようになってからというものデバイスの性能やインストールしている魔法などをもう一度見直すことにした。
「とりあえず、こんなものかな……」
デバイスの調整が終わり、俺は一息つく。後で何度かテストをしてみて、また調整するのだが、今日はひとまずこれでお仕舞いだ。
「そういえば、シュテル達もこれに入ってたんだっけ……」
おれはシュテルが言っていた事を思い出し、ノートパソコンのログを調べる。すると、そこには紫天の書らしきデータがあるのが確認できた。
「これがあの子達のプログラムか……」
紫天の書のプログラムを見て呟く。前に見た夜天の書のプログラムもこれに似ていたことを思い出す。
――これが管理局のためになる……か。
確かにこれを使えば、管理局の戦力を増やす事ができる。ただ、それを行う事は個人的には許せない。これによって生み出された存在は意思を、自我を持つ。そして、それを戦力とするという事はその存在を管理局に縛り付けるという事だ。意思を持つものの自由を奪う、それは管理局の存在として間違っていると思う。
「ん? これは……」
紫天の書のことを考えながらログに目を通していくと、一つのログが目に入る。
「ファイル? なんだ、これ」
その時刻を見てみると、それは俺が丁度ヴィヴィオに接触した時刻を示していた。
――もしかして……
俺はわずかな期待を抱き、そのファイルを開く。しかし……
「開けない……」
ファイルは開く事はできなかった。
「期待させておいてこれかよ……」
ヴィヴィオと接触したというタイミングからして、未来の俺からのメッセージか何かだと思ったが、それだったらファイルが開けないのはおかしい。
「開くために条件があるとかか……」
そう思いパソコンを操作していくがそのファイルは開く気配すら見せない。
「なんなんだよ……」
俺はそのファイルが開かない事に不満を抱きながらもどうする事もできないので放置する事にした。