「……」
「……」
和也とゼストが別れている頃、拓斗とドゥーエの戦況は膠着状態にあった。終始押し気味ではあるが決定力に欠けるドゥーエ、そして攻撃こそ捌けているもののドゥーエの猛攻に攻撃のチャンスがない拓斗、その状態にお互い内心で舌打ちをする。
(攻撃力こそないから助かってるけど、これはちょっと厳しいな……)
(こちらの攻撃がすべて裁かれている……これは厄介ね……)
拓斗にとって災難なのはドゥーエのスペックが拓斗より高いということであった。それよりも幸運なのは、ドゥーエが完全戦闘向きの戦闘機人ではないということであるが……。
実際、攻撃手段は拓斗の方が多い。遠、中、近距離、どの距離でも拓斗は攻撃することができる。逆にドゥーエはというと自身の爪状の固有装備であるピアッシングネイルが主な攻撃手段だ。
ピアッシングネイルはある程度の伸縮はできるものの、本来暗殺に用いられるものでお世辞にも戦闘向きとは言えず、さらにドゥーエ自身は空戦に適性がない。
それなら拓斗が空を飛べば戦闘を有利に進められるが、ドゥーエと拓斗にある能力差、そして彼女の周りに配置されているガジェットがそれを許さない。ここは戦場で1対1の状態ではないのだ。
拓斗が距離を取ろうとしたり、空を飛ぼうとするとガジェットが妨害し、それでできた隙をねらってドゥーエが攻撃してくる。そのお陰で拓斗はガジェットにも気を配る必要があり、神経をすり減らしていた。
「ここまでのようね……」
「ッ!」
突然、ドゥーエが呟いたことに拓斗は反応する。ドゥーエが何らかのアクションを起こしてくるかと考えたが、それにしては様子がおかしい。彼女は拓斗を警戒こそしているものの、構えを解いている。
「クスッ、楽しかったわよ。それじゃあ、またどこかで会いましょう」
ドゥーエは自分が戦闘態勢を解いたことにさらに警戒心を強める拓斗を見て、笑みを浮かべると一言そう言って、その場から離脱していく。慌てて拓斗が追いかけようとするが、間にガジェットが割って入り、拓斗の進路を妨害する。拓斗がガジェットを撃墜して、ドゥーエの反応を追うが既に反応は消えていた。
『拓斗!! 大丈夫か!?』
ドゥーエを追うことを諦めた拓斗に和也からの通信が入る。
「ああ、ちょっと戦闘にはなったけどなんとかね」
『そうか、連絡が取れなかったから心配したんだが、無事なら良かった』
拓斗の様子を見て、和也が安堵の表情を見せる。
「何が起こったかは後で報告させてもらうよ」
『OK、気をつけて戻れよ』
「そっちもね」
そう言って和也との通信を終えると拓斗は自分の足もとに転がったガジェットの残骸に目を向ける。
(ナンバーズにスカリエッティ……か)
拓斗は彼らの戦力が自分の予想を超えていたことに嘆息する。もちろん、予想はあくまでも予想でしかないので、外れることはわかっていたが、ガジェットの存在、AMF、ナンバーズの戦闘能力、それらは自分の予想以上に本当に厄介なものであった。
もし、自分のデバイスがこれほどの性能を持っていなかったら、自分の魔力がもっと少なかったら、そう考えて拓斗は少し俯く。
「ホント、厄介だな……」
拓斗はそう言うと和也達に合流するため、帰路についた。
「実に興味深いな……」
とある一室で男は呟く。彼が見つめる先にはモニターがあり、そこには何人かの情報が映し出されていた。
「どうかされたのですか、ドクター?」
傍らにつき従う女性が男のことを呼ぶ。ドクターと呼ばれたその男は興味深そうな表情で目の前に映し出されている情報を女性に見せた。
「これは昨日の襲撃に参加していた者たちですね?」
「そうだ、特に彼……薙原和也君だ」
ドクターはそう言って和也の詳しい情報を映し出す。
「執務官でありながら技術者でもある彼が何故アレに参加したのか、その理由だよ」
「確かに変装魔法で姿を偽っていたとはいえ、あれほど堂々と参加してくるとは……」
なぜ彼らが変装魔法を使った和也のことに気がついたか? その理由は単純なものであった。
「まあ、彼のことがなければ私たちも気付けなかったとは思うがね」
どう言ってドクターが映し出すのは拓斗の情報である。和也に比べると映し出されている情報はかなり少ない。
そう拓斗が変装魔法を使う前にドゥーエと接触してしまったことで、そこから和也の足取りもつかまれてしまったのだ。
「そういえばドゥーエが嬉しそうな表情を浮かべていましたよ。久しぶりに面白い存在に出会えたと……」
「おそらくこちらの少年のことだろう。ならこの少年は彼女に任せておこうか、彼の方はもう少し様子を見てみよう」
「ドゥーエを彼に当てなくてもよろしいので?」
ドクターの言葉に女性が疑問を抱く。潜入を得意とするドゥーエを彼……和也にあてた方が効率的だと考えたのだが、ドクターはそれを選ばなかったことに彼女は疑問を抱いた。
「いや、せっかくドゥーエが興味を持ったんだ。好きにさせておくのも一興だろう。それに……」
ドクター――ジェイル・スカリエッティは拓斗の顔を見て笑う。
「この少年にも何かあるかもしれないからね……」
「ハァ……」
管理局の中にはそのベンチで和也は一人溜息を吐いていた。その表情は暗く、顔も俯いており、明らかに落ち込んでいるのが見て取れる。その姿を離れた位置から見ているものが二人……拓斗とクロノだ。
「和也……」
クロノがそんな和也の姿を見て、彼の名前を呟くがクロノにはどうすることもできない。同じくクロノの傍で和也の姿を覗いている拓斗も同じであった。
和也が落ち込んでいる理由、それは先日の潜入捜査にあった。先日の潜入捜査で参加部隊から行方不明者が出たのだ。これが怪我人であるならば問題なかった。こんな仕事だ。怪我は珍しくないし、死者が出ることもある。問題なのは行方不明者の名前であった。
ゼスト・グランガイツ、メガーヌ・アルピーノ
どちらもstsに関係してくる人物であり、今回の事件で拓斗達が気にかけていた三人のうちの一人である。ちなみにもう一人はクイント・ナカジマだ。
特にゼストは和也が最後に言葉を交わしたこともあり、和也はかなりショックを受けていた。
二人は行方不明となっているが、あくまで今はまだというだけであって、近日中には戦死扱いとして死亡とされていることだろう。
「拓斗は大丈夫なのか?」
「和也に比べたらね……」
クロノの心配に拓斗は苦笑いで返す。ゼストとメガーヌのことは確かにショックであるが、和也の落ち込みようを見ていたら、あそこまでショックではないと感じる。
もちろん拓斗にも今回の件で反省すべき点はある。ドゥーエのとの接触の際、自分のことがバレてしまったことだ。これは始めから魔法を使っておけばよかっただけの話なので、これにより今後何らかの事態が発生すれば、拓斗も和也と同じように落ち込んで後悔することになるだろう。
(常に合理的、最善の行動ができるわけではない、だけどそう言って諦めてたらダメになる……)
人間は常に合理的であるわけではない。失敗はするし、個性も存在する。感情によって、それを選ばない場合もある。ただ、完璧を目指すことはできるし、最善を追求することはできる。
「どうしたんだよ、二人とも……」
拓斗とクロノの存在に気づいた和也が二人に近づき話しかける。その表情は先ほど見た時よりは幾分か明るくなっている。
「ちょっと心配になってね」
「ああ、大丈夫だよ。ちょっと自惚れていた自分が情けなくなってただけだから……」
和也はそう言うと空を見上げる。
「まったく自分が厭になるよ。ちょっとばかし、できることが多いからって万能なつもりになって、自分の力が足りないと気付いた時にはいつも遅い」
「足りないものだらけだよ、今の俺たちには……」
「そうだね。だからそれを埋めないといけない。そう考えるとやること多すぎて、落ち込んでいる暇なんてないよ」
後悔はある。ただ、それを気にして落ち込んでいる暇はない。和也の目標は険しく、長い道程だ。だからこそ、前を向いてしっかりと進んでいかなければならない。
「まったく――」
(カッコいいよな)
和也の姿を見て、拓斗は素直にそう思う。年上で、きちんとした目標を持っていて、それに向かう覚悟がある和也を拓斗は間違いなく尊敬している。
「なんだよ?」
「いや、なんでも」
しかし、拓斗はそれを和也に見せることはない。最も近い存在だからこそ――
(すぐに追いついてやるさ)
拓斗はそんなことを考えてクスリと笑う。間違いなくこの日、二人は一つ成長することができた。
(遠いな)
目の前で二人のやり取りを見て、クロノはそう思う。和也はあれほど落ち込んでいたのに、ちゃんと前を向いている。もちろん、それが必要であるというのはクロノも理解している。
管理局員として同じように落ち込むこともあった。クロノもある程度ふっ切ったり、割り切ることはできる。ただ和也のようにといわれるとどうだろうか。自分の掲げた目標があって、それに躓いたとしても、これほど早く立ち直れるだろうか、次に向って進むことができるだろうか、自分がまだそういう目標に巡り合えていないだけかもしれないが、そう悩むことが和也との差を感じる原因となる。
(だけど僕は僕だ)
自分と和也は違う。確かに和也に対する憧れや嫉妬心のようなものは存在するが、人にはそれぞれペースというものがある。
クロノはこの日から今まで以上に仕事に励むこととなる。そして数年後、史上最年少で提督となり、管理局を中心を担っていくのだが、それはまだ未来の話である。