ワーウルフになったら毎日が大変! 略して「ワー大変!」 作:べあうるふ
尖った石を思いっきり踏んづけた時に思わず叫んじまった……さすがにこれはマズかったかもしれない。
ここからそう離れてないとこに、公園の管理事務所があったはず。ここはちょっと大きい公園もあるし。
それに俺のさっきの声、結構デカかったしな……気づかれなきゃいいけど。
と、あれこれ考えてたら、前方から、ガチャッて音が聞こえた、事務所のドアが開いた音だ!
目や鼻だけじゃなかった、耳までよく聞こえるようになってる。
とりあえず俺は道の脇にある草むらへ隠れた。ここは背の高い草がたくさん生えてる、割と身長低めの俺なら見つからないだろうし。
案の定、1分もたたずにザッザッと足音が近づいてきた、耳を澄まして聞いてみると、どうも2人いるみたいだ。お互い会話してる。
「人の声だったか?」
「あぁ、いてぇとかなんとか叫んでるように聞こえたぞ」
あーあ、俺の声はっきりと聞こえてたみたいだ。
「タヌキか野鳥かなんかの鳴き声じゃないか?」
「まぁ、そうじゃないかとは思うんだけどな、だけど先日となりの区で野犬が出たって話があったばかりだし、いちおう巡回強化はしておかないと」
って会話をしながら、管理人たちは俺の前を通りすぎて別の方角へと歩いて行った。
助かった。だけど巡回強化されるとなるとかなり厄介だな。どうしよう、ここで力を試すのはやめて、もっと他の場所へ行こうかな…って思った矢先、耳元の骨伝導イヤホンから、すっげぇ大きな声が聞こえてきやがった!
ーもしもーし、タケル、聞こえるなら返事どうぞ。
なんなんだこれ、音漏れひどくね?
つーかこいつに耳にかけてたら、あやうく気絶するところだったかも。
「今、また声が聞こえて来なかったか」
「確かに人の声だったな」
ヤバいもっとヤバい! 今の声でさっきの管理人が引き返してきた! だけど姉貴はこの自体を知るわけがない、相変わらずのんきな声が聞こえてきた。
ーおーいタケル、聞こえるならなんか言ってくれないと姉ちゃん心配なんだよ、なーにーかーしゃべってー。
俺は急いでイヤホンの電源を切った。そうしているうちに、管理人の持っているライトが俺の方をまぶしく照らしてきた。走ってきてる! 逃げないと。
俺は姿勢をできるだけ低くして草むらの中を走った。幸いにもそこから先はたくさん高い木が生えてて、ちょっとした森みたいになってる。
とりあえず追っ手から逃げないと!
……でもなんかこれって、ハンターに追っかけられてる動物じゃないか?
「おいこら、待て!」後ろから声が聞こえてくる、あっちも走ってる、立ち止まったらアウトだ。こんな格好じゃ言い訳もできない。とにかく捕まらないようにしないと。
身体を低くして走るのもかなりキツい……俺はいつしか、手を使って動物みたいに走ってた。何考えてるんだろ俺、まだ狼に変身してもいないのに四足で走るのっておかしくないか?
走っても走っても草っぱらが続いてる、もう足だけじゃなく手や顔も痛くなってきた。顔面にバシバシ色んなものが当たってきてるから、ほっぺたが何かに切られたように痛い。
そうやって走り続けているうちに、俺はおかしなことに気がついた。
道がないのに、道が見えるんだ。すごく矛盾しているんだけど、眼に見えない道が、俺の目にうっすら光って見えてきた。細く、白く光る線で引っ張ったような道がね。
その線にそって走ると、突然頭の上をブンと黒いものが通っていった。
軽く振り返ると、木が大きく倒れ掛かってた。
おれはそこのギリギリ通れるとこを走ってたんだ。
草がだんだん少なくなってきて、足元がやわらかな土に変わってきた。森だ、森についたんだ!
見えていた道が、今度は右に左にジグザグに変化した。たくさん生えてる木を避けて最短コースを走れってことなのかな。
誰かが作ったハイキングコース用の跡なのかな、って一瞬思った、だけどそれは次の瞬間違うって確信したんだ。
俺の目の前に、今度は切り立った崖が広がった。高さにして10メートルくらいかな。よく見ると土砂崩れか何かで山がちょこっと崩れたみたいだ、何本かの大きな木が倒れてたまんま。
白く光る道しるべは、その崖からほぼ90度、真上に伸びていってる。ロッククライミングでもやってない限り、こんな場所を装備なしで登るなんて不可能だ。
でも、何故か俺の頭のなかでは「大丈夫、簡単に登れる」って自信にも似た感覚が満ちていたんだ。
不思議だ、絶対無理だって分かるくらいなのに、何故か登れる気がする。
目をこらしてみると、光る道は、倒れた木を足がかりとして右へ左へと細かくジグザグに伸びていってる。
わかる、これなら行ける!
俺は四足での走りをやめて、両足でダッシュした。短距離走だったら上級生にだって負けたことはないんだ!
それに、いつもグラウンドで走るよりか、俺の速力がグンと増していってる気がするんだ。いつもの倍以上に感じる、速い、俺ってめちゃくちゃ速い!
その勢いで、自分の背の倍近くある高さにある倒木へとジャンプした。その瞬間分かった、身体まで軽くなってる!
ふわっと俺の身体は飛んで、まずは1本めの木へと着地。そして間髪入れずに真上にある木の枝へとジャンプした。
枝っていってもかなり太い、俺くらいの体重だったら十分支えられそうだ。
2度めのジャンプをした直後、倒木はメキメキと大きな音を立てて崖下へと折れて落ちていった。あっぶねー。間一髪セーフってやつか。
木の枝は、予想通り俺が乗っかっても大丈夫なくらい丈夫だった。なんていうか、夏休みの宿題を解きに友達の家に遊びに行った時、勉強そっちのけで遊んでたアクションゲームそっくりな展開だなこれ。落ちないようにタイミングよくジャンプジャンプ! って。慣れてくると結構面白いかも。
次のジャンプで最後だ、今度のはちゃんと立っている木。その枝をつかんだら、鉄棒の要領でクルッと一回転して上へ二回、三回とてっぺんへ登っていく……んだけど、これじゃ狼より猿っぽいよな。でもまぁいいか。
そんな感じでぴょんぴょん登って行ったら、光るラインは消えていた…っていうより、月の光が、俺の目にさぁっと飛び込んできたんだ。
ゴールは木のてっぺんだったのかな、ここでいいのかな……
でも今はとにかく、月の光がまぶしい。まるで朝日みたいだ。月ってこんなにすごい明かり出すなんて、いままで感じたこともなかった。
その時、俺はようやく気づいたんだ。高い木の上にいるのに、風もかなり強いのに、全然寒くなくなったってことに。
眩しさに目が慣れてきたから、あわてて目をこすってみた。なんか腕から顔からチクチクする。
俺の腕、そして顔が毛に包まれていた。それは月の光に照らされて、青く輝いているんだ。
知らないうちに、俺の身体は狼男へと変身していた。目の前方には、黒くとがった鼻が突き出ていて、耳は頭の上に大きく伸びている。
両手足の爪は長く鋭く伸びていて、まるで一本一本が鋭利なナイフみたい。
そして、さっきまで胸の中でどくんどくんと暴れていた心臓の鼓動は、もうおさまっていた。
だけどそのかわりと言っては何だけど……
すごく、叫びたいんだ。
山の頂上、それより更に高い木の上から見渡す夜の街。気持ちよく吹き抜ける風、そして俺の狼の身体を輝くほどに照らすまぶしい月の光。
もう狼に変身する前の恐怖感なんて全然消えていた。逆に自分が誇らしく思えてきた。誰よりも強く、カッコいいんだ俺は!
その思いが爪先から頭の上へ電流のように走った瞬間、俺は大きく叫んだ。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーん!!!」
俺の叫び声は、俺自身のものというより、それはもう…狼の遠吠え、そのものだった。
今度は木のてっぺんから、俺は思いきりジャンプしてみた。人間の時の俺だったら、こんな高い場所からジャンプしようだなんて絶対に思ったりしない、10メートルはゆうに超えてるしね、ここの木は。
だけど飛んでみたかった、いや、そうじゃない。飛ばないわけにはいかないんだ。身体中のすべての細胞が、
「飛べ!」って叫んでるみたいでさ。
軽い、自分が風になったってこんな気持なんだろうな。助走も付けられなかったのに、俺は今すごく長い距離を飛んでる。
それに、周りの時間がゆっくりと流れているようにすら感じられるんだ。ふわっと風に流されながらのジャンプ。どのくらい高く飛んでるのか。そしてどれくらい飛んでいけるのか…俺にもわからないけど。
はるか後ろの方から、警備員が走る音が聞こえてきた。ようやく来れたみたいだな、だけどもう遅い、みんながここへ来る頃には俺の姿なんてもうないけどね。
おもいっきりジャンプして逃げたその先は、ハイキングコースの反対側にある駐車場。
すげえ、オリンピック選手どころじゃないや! それに何十メートルも飛んだっていうのに、俺の身体は体操選手のフィニッシュみたいに、きちんと両足揃えて着地できちゃった。それに音ひとつ立てずに…!
あれだけの距離を飛んで走ってきたっていうのに、今は不思議と息の乱れもない。運動能力まで格段に上昇しているんだ。
今の俺ならば、世界のどんなオリンピック級の選手だろうと負ける気はしない、もちろん俺のこの姿が認められれば、だけどね。
駐車場の真ん中で、俺は変身した身体を色々調べてみた。背は伸びてるみたいだけど、身体中の筋肉まで大きくなってるようには感じられない。うーん…いわゆる細マッチョ系ってやつかなこれ。運動神経はアップしまくってるわけだし。
まぁそんな細かいことはおいといて、この山の他にもうちょっと高い場所ってないかな、なんて探してみた。
姉貴が「バカは高いところが好きってコトワザがあってね」って言ってたっけな……
いやもうバカって言われてもしょうがないよ、けどどっかいい場所ないかな。さっきおもいっきり吠えた時、すげえ気分良かったんだよね。