『エインの戦場』 〜かつて死神と呼ばれた君へ〜 作:KASOKE
「よ。『エイン』ちゃん」
日の明かりが差し込む待機室。『軽薄』という文字が服を着て歩いているような男が、いつもの調子でやって来た。
「……また貴方ですか」
「いやね、怪我しちゃってさぁ」
「怪我?見せてください」
いつも通り軽傷だろうが、それでも『怪我をしている』と言われたら、見ない訳にはいかなかった。
「ここだよ、ここ」
そう言って軽薄な男は、自身の袖を捲って左腕を出す。
(確かに、ほんのり赤くはなっていますが……)
……予想通り、どう見ても軽傷だった。
重傷では無い事に安堵しつつも、やはり呆れる。
「……あのですね、ここは学園の保健室では無いんですよ」
窓の外には鈍く光る砲台、武装した傷痍軍人たち。『砦』や『要塞』と呼べるほど大きくもないが、軍の一拠点な事に変わりはない。主な戦場から外れているとはいえ、いつ帝国軍が攻め入ってくるか。
「確かに、前線よりも物資に余裕はあります。ですが、無駄遣い出来るほど余っている訳じゃあ無いんですからね」
言うと、男はいつもの調子で『へーい』と適当な相槌を打つ。
『──クルガン平原の西部戦線では、通称『
「……はぁ」
ラジオから流れる音声が、前線の現状を淡々と伝えてくる。この国は今、大陸中央の軍事大国である『帝国』と戦争状態にある。
(……開戦して、もう10年ほどでしょうか。いつ終わるのですかね)
最初こそ、誰もが帝国の軍事力を前に敗戦を感じていたが、今ではなんとか拮抗を保てているらしい。
すると、男はラジオの方を向きながら、ヘラヘラと言葉を綴った。
「へぇ、戦車部隊ねぇ。俺も昔戦ったなぁ」
「また貴方は、そんな嘘を……」
「いや、ホントよホント。オレ強いんだから」
自慢げに、親指でグイッと自分を指す。
「そうですか。じゃあ早く治して、前線で活躍出来れば良いですね」
戦車と戦って、五体満足で帰って来れる訳が無いだろう。相変わらず調子の良い事を言う。
(……そもそも。何故こんな男が、この拠点にいるのだろうか)
ここは、現状最も激しい戦場である『西部戦線』からは外れている。また、地理的にも戦略的価値が低い場所だ。故に、負傷して一時的に前線から離脱している軍人の配属先として……また、身寄りの無い傷痍軍人などが送られてくる拠点としても機能している。
(見る限り、大きな怪我も四肢の欠損も無い。右目の辺りに傷痕はありますが……ならば心傷?……この軽薄を練り固めたような男が?)
いつも絡んでくるが、特に身の上話などをする事が無かったので、彼の事は知らない。
「ん?どしたのエインちゃ……あ、この傷痕?いや~実は敵のスナイパーと……」
「はいはい。分かりましたから」
狙撃手と事を構えたなら、今頃は頭を撃たれて死んでいる筈だろうに。
「痛てて!エインちゃん!?もうちょい優しく……」
「してますよ。善意たっぷりで消毒してるでしょう?」
「違うちがう!腕!握ってる方の腕っ!力強っ……痛たたた!」
毎度まいど絡まれるのだ。この位の意趣返しは許されるだろう。
「……はい。終わりました」
「いやー、助かったよ」
「軽傷なら、もう来ないでくださいね。わたしも暇じゃあ無いんです」
ため息混じりに、医療箱を片しながら呟く。
「とかなんとか言って、結局やってくれるのがエインちゃんの優しいとこ……」
「優しさで頭の手術もしたくなって来ちゃいましたね。今なら特別に処置してあげますよ、麻酔無しで」
偶然近くにあったメスを持って、ジト……と濡れた視線を送る。
「待て待てまって!死ぬ!死ぬから!」
「善意ですよ、善意」
「殺意の間違いだよね!?」
服を慌てて治し、急いで椅子から立ち上がる男。出ていく寸前、ふと思い付いたような顔で振り返ってきた。
「……?なんですか?」
「いやね、もし此処が戦場になったら、エインちゃんは助けてあげるよ」
「はいはい。ありがとうございます」
戦争なら何が起こるか油断は出来ない。この場は前線から外れているとは言え、『安全な後方』と言える程、離れている訳じゃあない。気は抜けないし、張り詰めてしまうこともある。
……そう考えると、あの男のおかげで程よく肩の力が抜けるのは、良い事なのかも知れない。
それからは特に何もなく、いつも通り昼休みの時間を迎えた。軽食を手に、見回りのスケジュールを組む。見回りと言ってもそこまで仰々しい物ではなく、患者たちの様子見のようなものだ。
「やっほ〜、後輩ちゃ〜ん」
待機室に、間延びした声が響く。
「……先輩。わたしはエインです」
「知ってる知ってるぅ〜。相変わらず硬いんだからぁ〜」
サンドイッチをギチギチに詰めたバスケットを両手で持ち上げながら、覗き込むように此方の顔を見てくる先輩。
「良いじゃな〜い。誰かを『後輩ちゃん』って呼ぶのが夢だったんだよ〜」
サラサラした長髪。どこか憎めないイタズラっぽい笑み。美しく隆起した胸、綺麗に引き締まった腰のライン……世が世なら、大スターになっていたであろう外見。
『——帝国軍の動きは尚も活発であり、軍上層部は直ちに対策を講じる事を発表しました。また……』
待機室にある古いラジオから、放送が垂れ流れる。
「……とか言って、お上は本当に対策会議なんてしているんですかね」
ふと、言葉を垂らす。すると、先輩は片手をヒラヒラ振って答えた。
「さぁ〜ね〜。仕方ないんじゃない?高い場所ほど、遠くは見えても足元は見えないものだしさぁ〜」
そう呟くと、もう一度『よいしょ』とバスケットを抱き抱える。
「それじゃあ、私は見回り?巡回?行ってくるね〜。あ、後輩ちゃんもサンドイッチ食べる?栄養満点!身体良いものたくさん使ってるんだから!」
「……いえ、遠慮しておきます。つい先程、昼食をとりましたので。今は満腹です」
「そーお?ざ〜んねん。また今度作るから、食べてね〜」
唇を尖らせながらも、次の瞬間には笑顔で巡回に行く先輩。内心、ホッとする。
「……」
……あの人の作るサンドイッチは不味い。すごく不味い。
『栄養満点』と『身体に良い食材』は確かに使われている。ただ、栄養ゼリーやカロリーバーなどを見境なく混ぜたモノを挟んでいるのだ。味は度外視らしい。
(前に食べた時は、吐き気が止まりませんでしたからね……)
以前、先輩に恥をかかせない為に口にした事がある。あれは……あの味は形容出来るものでは無い。フォローするとしたら、『良薬は口に苦し』という言葉を、嘘偽りなく体感出来ると言ったところか。
(……苦いで済めば、御の字ですが)
そんな事を考えていると、背後でカーテンがガララッ!と勢い良く開く。簡易的な仮眠室として機能しているその中から、相変わらず目の下のクマが酷い女性が出てきた。
「居たんですか、先生」
「……あぁ、ちょうど起きたところだ」
この拠点に、軍医として赴任している彼女。瞼は相変わらず痙攣しているし、狼のような髪型はボサボサ。口紅は乾いているし、そのまま寝ていたのか白衣はシワだらけだ。
「……エイン。今は何時だ」
「昼過ぎです。先ほど、先輩がサンドイッチを持って巡回に行きました」
「……命拾いしたか」
先生はベッドから這い出てくると、デスクの上に置かれているコーヒー豆の袋に手を突っ込み、鷲掴みにして口に運ぶ。
「……はぁ。前線じゃあ無いとは言え、フツー軍医一人にするか?」
「仕方がないですよ。『西部戦線』は今、帝国の戦車部隊に苦戦しているようですから。お医者様も足りてないのでしょう」
「……あぁ、ラジオがそんな事を言っていたな」
目頭を押さえながら、なおもコーヒー豆を咀嚼する先生。
「……ま、知ってるさ。『西部戦線』が過酷な戦場だって事ぐらいは。アタシの先生だって、そこで死んだしな」
呟く先生は、何処か遠くを眺めるように、窓の外に視線を向けた。
「……あぁ、これから巡回だったか?引き止めて済まなかったな」
「いえ。先生もご自愛ください」
「……ん」
包帯や消毒を持って、巡回へと出る。一つの部屋には3人か、多くて5人の患者がいる。全て怪我をした軍人だ。
……指が無いなどは良い方で、腕や足が無い人もいる。それでも、こうしてまだ軍人であろうとする彼らと向き合うこの仕事。ある程度の誇りは持っている。
「包帯を変えますね」
「安静にしてください」
「痛みますか?」
「これで、数日は大丈夫です」
一人ひとりと向き合いながら、様子を見る。あの先輩のような愛想は無いし、先生のように博識でも無い。だけど、彼らと向き合う気持ちは、人一倍大切にしているつもりだ。
「いつも助かるよ、エインさん」
「すまねぇなぁ毎日」
「俺ら、自分の世話も満足にできねぇからよ」
「いえ、仕事ですから」
最後の部屋の巡回が終わり、手荷物をまとめる。
「では、わたしはこれで失礼します。消灯時間は守ってくださいね」
「「「ウィーっす」」」
守る気がない返事に、軽く返す。
「一人でも夜更かししてたら、連帯責任で……」
「お、なんだビンタか?」
「説教か!?」
「懲罰なんて今更だぜ!」
「……先輩に、サンドイッチを差し入れするように頼んでおきます」
「「「今日は早く寝るぞ!!!」」」
傷痍軍人たちは、揃って必死の形相を浮かべた。
(すみません先輩。でも、これが一番効くんです)
心苦しい。心中で先輩に謝りつつ、言葉を続ける。
「それだけ元気なら、大丈夫そうですね」
「まぁな。ここは居心地が良いし」
「むしろ俺たちはラッキーだろ。どいつもこいつも、この程度で済んでるし」
『この程度』と、そう呟く軍人は、肘の先から右腕が無くなっていた。
「クソみたいな上官もいねぇしな」
「ゴミみたいな作戦も無いし」
「何より、エインさんのような可愛い人の看護付きだ!」
片腕、片足。もしくは指や眼球。皆どこかしら欠損しているというのに、この部屋の彼らは明るかった。
「……皆さんは、長生きしそうですね」
「そりゃあ、簡単には死にたくねぇよ」
その言葉に、右腕の無い軍人が思い出したように話す。
「あ、そういえば知ってるか?『死なない兵士』が居るって噂」
「……はい?」
急な話題に、つい聞き返してしまった。
「いやな、前線で聞いた話なんだけど」
右腕の無い軍人は、神妙な顔で続ける。
「どれだけ死線や前線に送られても、必ず生き残って帰ってくる軍人がいるんだとよ」
「なんだそりゃ」
「それがな?『西部戦線』に何度も行っては帰ってくるモンだから、『死神』なんて呼ばれてるらしいぜ?」
『西部戦線』は、今もっとも過酷な戦場だ。激戦区といっても良い。そんな所から何度も生還していたら、そんな話も出てくるものだろうか。
「与太だろ」
「嘘だな」
「プロパガンダ」
口々に否定され、話の発端である右腕の無い彼はムキになり始める。
「じゃあ、聞いてみよーじゃねぇか!『西部戦線』から帰ってきた奴に!この拠点に居たよな!?」
「あ〜、アイツ?そういえば前にチラッと話してたな。『西部戦線』から帰ってきたーって」
「いやいや、ソイツが『死神』について知ってるとは限らんだろうが」
「あ、そうだ。エインさん。もしソイツに会ったら聞いてみてくれないか?『死神』の噂」
「おう、そうだな!そりゃあ良いや!じゃあ俺は『嘘』に、このスナック菓子をオールインだぜ!」
「俺は『プロパガンダ』に雑誌一冊」
「雑誌て、エロ本じゃねぇーか!」
「これはグラビア誌だ!そんな低俗なモンと一緒にすんな!」
……何故か『死神』の噂を、わたしが聞きに行く流れになっている。
まぁ、それは構わないが……その前に。
「なに平然と賭け事しようとしてるんですか。全て没収です」
「「「え〜〜〜」」」
「『え〜〜』ではありません」
「「「ぶ〜〜〜」」」
「……はっ倒しますよ」
「「「ごめんなさい」」」
揃って土下座する軍人たちから色々と取り上げ、ため息がてら続ける。
「……それで?聞きに行くのは構いませんが、その『西部戦線』から帰ってきた方って、どんな人なんです?」
「あ、エインさん知らない?あのー、白髪でさ」
「いっつもヘラヘラしてる」
「右目辺りに傷痕があってー……」
「軽薄そうな顔の」
まるでパズルのピースのように、頭の中で明確に一人の男が浮かび上がってきた。
「……その人、お名前は?」
「あー、えっとね。確か……」
右腕の無い軍人が、残った指を立てて答えた。
「『オルト』って名前だったね」
頭で完成したパズルの中で、一人の男が軽薄な笑みを浮かべていた。