『エインの戦場』 〜かつて死神と呼ばれた君へ〜   作:KASOKE

2 / 3
2話 噂話を追いかけて

「先輩。『オルト』って人、知ってます?」

 

「ふぇ?どうしたの後輩ちゃん?」

 

 ポカンとしている先輩に、これまでの経緯を話す。

 

「そっかそっか〜。アレ?後輩ちゃん、その人と良く話してなかったっけ?」

 

「…………まぁ」

 

「名前知らなかったんだ!?」

 

「聞かなかったので。それで、その人は何処にいるか知ってます?」

 

 先輩は人差し指を顎に添えると、眉間にシワを寄せながら続けた。

 

「う〜ん、後輩ちゃんと話してたのは良く見てたけど〜。確かに、普通の病室とかで見た事ないね〜」

 

「そりゃあな」

 

「わっ、先生!?いるなら言ってくださいよ〜。びっくりしたな〜」

 

「お疲れ様です。先生」

 

「ん」

 

 丁度カーテンで死角になっていた所から、のそっ……と先生が現れた。片手に煙草を挟みながら、フーッと窓の外に煙を吐き出す。

 

「ちょっと先生〜!医者の不養生ですよ〜!後輩ちゃんも嫌がってるじゃないですか〜!」

 

「……うん?そうか。済まんなエイン」

 

「いえ、わたしは別に」

 

 否定はしたものの、先生は特に躊躇いもせず、ジュッと煙草を灰皿に押し付けて消す。

 

「……で、『オルト』って患者の事だったな」

 

 気怠そうに瞼を擦り、欠伸を噛み殺しながら続ける。

 

「あの患者は、特別棟の個室だ」

 

「……え。あの人、そんなに悪いんですか?」

 

 聞き返すと、先生は複雑そうな表情を浮かべる。

 

「いやぁ、そうじゃあ無いんだが。ここで患者が使える個室って、あの場所しかないだろう?本人の希望でな」

 

「そうですか」

 

 通りで見かけない訳だ。あの場所は先生以外、殆ど立ち入らない。

 

「行くなら早めに行けよ。特別棟は消灯時間が早いからな」

 

「分かりました」

 

 鍵を受け取り、特別棟の中へと入る。ここは名前の通り、特別な人が使う場所だ。

 

 

 ……特別と言っても、『高待遇』という意味では無い。

 

 

 後遺症で、もう先が長くない人、意識回復の見込みがない人。そういった人達が、せめて残った時間を穏やかに過ごせるように……という場所だ。

 

「……ここですね」

 

 先生から聞いていた部屋、その扉をノックする。

 

『あれ、来客?珍しいなー。どなた?』

 

 中から、いつもの軽薄な声が返ってきた。

 

「エインです。少し貴方に用事がありまして。入ってもよろしいですか?」

 

『あれ、エインちゃん!?珍しいねぇ!良いよー、勝手に入ってー』

 

「失礼します」

 

 ギィ……と、扉を押して入る。

 

 

 ……そして、一瞬だけ呼吸を忘れた。

 

 

 目に飛び込んできたのは、異質な光景。

 

「……これは」

 

 部屋の壁や机、果ては天井にまで。戦場で使うであろう様々な装備が、所狭しと並べられていた。当の本人は床に座りながら、広げたシートの上に分解された部品を一つ一つ並べている。

 

 ……グラビア誌やスナック菓子の散らかった、あの傷痍軍人たちの部屋とは、まるで正反対。

 

「ごめんねー。点検の時間でさぁ」

 

 口調はいつも通りの軽さだが、その目は真剣そのもので、部品一つひとつを緻密に点検している。

 

「……いつも、やっているのですか?」

 

「そうだねぇ。日課みたいなもんでさ。落ち着かないっていうか、一日でもやらないと不安でね」

 

「この部屋の装備、全てを……ですか?」

 

「ま、時間はあるからねぇ」

 

 全ての部品を丁寧に点検・掃除した後、それらを慣れた手つきで組み合わせていく。解体されていた部品の数々は、どうやら小銃の物だったらしい。

 

「それでエインちゃん?用事って?」

 

 不意に表情がこちらに向く。いつもの軽薄な笑顔だが、手元ではスコップやダガーなどを磨き上げていた。

 

「あぁ……えっと、実はオルトさんに聞きたい事がありまして。といっても、世間話の延長のようなものですが」

 

「アレ!名前呼んでくれた!?いつの間に!?」

 

「えぇ、人に聞きました。それで、貴方が『西部戦線』から生還した人だと聞きまして」

 

「うん、そうだねぇ」

 

 彼は折り畳まれたライフルを組み立て、点検しつつ答える。

 

「では、西部戦線の『死神』という話……聞いた事はありますか?」

 

「『死神』?どうだったかなぁ〜。何か調べ物?」

 

「調べ物という程ではありませんが……」

 

 西部戦線には、『死神』と呼ばれる『死なない兵士』がいるという噂話。そして、オルトさん自身が西部戦線から帰ってきた軍人だという事で、話を聞きにいく流れになった事を伝える。

 

 

 ……だが、彼には心当たりが無さそうだった。

 

 

「わざわざ来て貰ったのに、ゴメンねー」

 

「いえ、押しかけたのはこちらですから」

 

「まぁーでもさ、そんな物騒な話って、軍人なら避けたいって思うよねぇ」

 

「……物騒?」

 

「そりゃあね」

 

 カチンッと安全装置を確認し、ライフルを定位置に戻しながら彼は続ける。

 

「だってさぁ、『死(・)神(・)』だよ?普通に考えたら不吉だよねぇ」

 

「…………」

 

 

 ……確かに。

 

 

 戦場にいた事の無いわたしは、勝手に『強者の異名』のように捉えていた。だが考えてみれば、確かに不吉な呼び名だ。

 

「あ、でも聞いた話では、『死神』と呼ばれている人は、『死なない兵士』だと聞きました。何度死線に送られても、必ず生きて帰って来るだとか」

 

 言うと、オルトさんは妙に落ち着いた笑顔で言葉を綴る。そこに、いつもの軽薄さは無かった。

 

「まぁー噂話には大抵、尾ヒレが付くからね。それは多分、『死なない努力』をしている人ってだけじゃあ無いかなー」

 

「……『死なない努力』?」

 

「そうだねぇ」

 

 槍ような形の弾頭を点検しながら、彼は続ける。

 

 

「戦場なんて、ホントに嫌な所だよ」

 

 

 ……彼の、言葉の温度が下がった気がした。

 

「『死なない兵士』なんて居ないさ。もしかすると、その人は他人よりも少しだけ、丁寧に準備をしてたんじゃ無いかな?武器とか、装備とかをね。それが『死なない努力』だよ」

 

 いつもの調子と違い、シンシンと降る雪のように落ち着いた、どこか切ない声色だった。

 

「エインちゃん達の場合は、『死なせない努力』かもね。きっとおんなじだよ。寧ろ、そっちの方が難しいかもねぇ。オレ達の方が簡単な仕事だ」

 

「……」

 

 自嘲気味に話すオルトに対し、真剣に向き合う。

 

「わたしは、戦場に出たことがありません」

 

「うん?」

 

 

「ですが……国の為に、命を賭けて戦う貴方がた軍人の仕事を、『簡単な仕事』だと思った事はありません」

 

 

 言うと、彼は少し驚いたような表情を浮かべる。

 

「……そっかぁ」

 

 その後、何故か少し恥ずかしそうに顔を逸らされた。

 

「話が逸れてしまいましたね。それで結局、『死神』がいるというお話は?」

 

「そうだねー、『分からない』……が、結論かなぁ。それ言ってた人たち、何か賭けたりしてた?」

 

「えぇ、グラビア誌やスナック菓子を。全て没収しましたが」

 

「ははぁ、こりゃ胴元が一番の儲けだね」

 

「そんな横領みたいな事しません」

 

 すると、ジジッ……と無線の音が聞こえる。

 

『——先程、軍部から帝国の戦車部隊『黒鉄』を、撤退に追い込んだとの情報が発表されました。また、これについて軍部は、『パークライン中隊』がその戦果に大きく貢献したとされており……』

 

「わ、本当に対策を講じてたんですね」

 

 少し面食らう。『対策を……』とか言うお上は、言うだけ言って何もしないまでが恒例だと思っていた。

 

「『パークライン中隊』か」

 

「ご存知なのですか?」

 

 聞くと、オルトさんは弾倉の装填数を数えながら答えた。

 

「まぁね。この国でも精鋭の戦車乗りだ。上層部も随分思い切ったね」

 

「なら、『西部戦線』も少しは有利になりましたかね」

 

「どうかなぁ」

 

「……え?」

 

 予想外の返答に、そのまま聞き返す。

 

「『パークライン中隊』って、精鋭なんですよね?先程の放送でも、帝国の部隊を退けたと」

 

 すると、オルトさんは少し複雑そうな顔を浮かべて答える。

 

「うん、確かにそうだねぇ。でも、精鋭が出たって事は、出(・)さ(・)ざ(・)る(・)を(・)得(・)な(・)い(・)戦(・)況(・)に(・)な(・)っ(・)た(・)って事だからさ。もしかすると……」

 

 そこまでいうと、オルトさんは言葉は区切って笑った。

 

 

「……いや、不吉な事は言うもんじゃあ無いね」

 

 

「そうですね」

 

 多少なりとも、そういう空気は分かる。事実であっても、口にしない方が良い事もあるものだ。

 

 

 ……人の病気や怪我の話などは、特に。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。