『エインの戦場』 〜かつて死神と呼ばれた君へ〜 作:KASOKE
「先輩。『オルト』って人、知ってます?」
「ふぇ?どうしたの後輩ちゃん?」
ポカンとしている先輩に、これまでの経緯を話す。
「そっかそっか〜。アレ?後輩ちゃん、その人と良く話してなかったっけ?」
「…………まぁ」
「名前知らなかったんだ!?」
「聞かなかったので。それで、その人は何処にいるか知ってます?」
先輩は人差し指を顎に添えると、眉間にシワを寄せながら続けた。
「う〜ん、後輩ちゃんと話してたのは良く見てたけど〜。確かに、普通の病室とかで見た事ないね〜」
「そりゃあな」
「わっ、先生!?いるなら言ってくださいよ〜。びっくりしたな〜」
「お疲れ様です。先生」
「ん」
丁度カーテンで死角になっていた所から、のそっ……と先生が現れた。片手に煙草を挟みながら、フーッと窓の外に煙を吐き出す。
「ちょっと先生〜!医者の不養生ですよ〜!後輩ちゃんも嫌がってるじゃないですか〜!」
「……うん?そうか。済まんなエイン」
「いえ、わたしは別に」
否定はしたものの、先生は特に躊躇いもせず、ジュッと煙草を灰皿に押し付けて消す。
「……で、『オルト』って患者の事だったな」
気怠そうに瞼を擦り、欠伸を噛み殺しながら続ける。
「あの患者は、特別棟の個室だ」
「……え。あの人、そんなに悪いんですか?」
聞き返すと、先生は複雑そうな表情を浮かべる。
「いやぁ、そうじゃあ無いんだが。ここで患者が使える個室って、あの場所しかないだろう?本人の希望でな」
「そうですか」
通りで見かけない訳だ。あの場所は先生以外、殆ど立ち入らない。
「行くなら早めに行けよ。特別棟は消灯時間が早いからな」
「分かりました」
鍵を受け取り、特別棟の中へと入る。ここは名前の通り、特別な人が使う場所だ。
……特別と言っても、『高待遇』という意味では無い。
後遺症で、もう先が長くない人、意識回復の見込みがない人。そういった人達が、せめて残った時間を穏やかに過ごせるように……という場所だ。
「……ここですね」
先生から聞いていた部屋、その扉をノックする。
『あれ、来客?珍しいなー。どなた?』
中から、いつもの軽薄な声が返ってきた。
「エインです。少し貴方に用事がありまして。入ってもよろしいですか?」
『あれ、エインちゃん!?珍しいねぇ!良いよー、勝手に入ってー』
「失礼します」
ギィ……と、扉を押して入る。
……そして、一瞬だけ呼吸を忘れた。
目に飛び込んできたのは、異質な光景。
「……これは」
部屋の壁や机、果ては天井にまで。戦場で使うであろう様々な装備が、所狭しと並べられていた。当の本人は床に座りながら、広げたシートの上に分解された部品を一つ一つ並べている。
……グラビア誌やスナック菓子の散らかった、あの傷痍軍人たちの部屋とは、まるで正反対。
「ごめんねー。点検の時間でさぁ」
口調はいつも通りの軽さだが、その目は真剣そのもので、部品一つひとつを緻密に点検している。
「……いつも、やっているのですか?」
「そうだねぇ。日課みたいなもんでさ。落ち着かないっていうか、一日でもやらないと不安でね」
「この部屋の装備、全てを……ですか?」
「ま、時間はあるからねぇ」
全ての部品を丁寧に点検・掃除した後、それらを慣れた手つきで組み合わせていく。解体されていた部品の数々は、どうやら小銃の物だったらしい。
「それでエインちゃん?用事って?」
不意に表情がこちらに向く。いつもの軽薄な笑顔だが、手元ではスコップやダガーなどを磨き上げていた。
「あぁ……えっと、実はオルトさんに聞きたい事がありまして。といっても、世間話の延長のようなものですが」
「アレ!名前呼んでくれた!?いつの間に!?」
「えぇ、人に聞きました。それで、貴方が『西部戦線』から生還した人だと聞きまして」
「うん、そうだねぇ」
彼は折り畳まれたライフルを組み立て、点検しつつ答える。
「では、西部戦線の『死神』という話……聞いた事はありますか?」
「『死神』?どうだったかなぁ〜。何か調べ物?」
「調べ物という程ではありませんが……」
西部戦線には、『死神』と呼ばれる『死なない兵士』がいるという噂話。そして、オルトさん自身が西部戦線から帰ってきた軍人だという事で、話を聞きにいく流れになった事を伝える。
……だが、彼には心当たりが無さそうだった。
「わざわざ来て貰ったのに、ゴメンねー」
「いえ、押しかけたのはこちらですから」
「まぁーでもさ、そんな物騒な話って、軍人なら避けたいって思うよねぇ」
「……物騒?」
「そりゃあね」
カチンッと安全装置を確認し、ライフルを定位置に戻しながら彼は続ける。
「だってさぁ、『
「…………」
……確かに。
戦場にいた事の無いわたしは、勝手に『強者の異名』のように捉えていた。だが考えてみれば、確かに不吉な呼び名だ。
「あ、でも聞いた話では、『死神』と呼ばれている人は、『死なない兵士』だと聞きました。何度死線に送られても、必ず生きて帰って来るだとか」
言うと、オルトさんは妙に落ち着いた笑顔で言葉を綴る。そこに、いつもの軽薄さは無かった。
「まぁー噂話には大抵、尾ヒレが付くからね。それは多分、『死なない努力』をしている人ってだけじゃあ無いかなー」
「……『死なない努力』?」
「そうだねぇ」
槍ような形の弾頭を点検しながら、彼は続ける。
「戦場なんて、ホントに嫌な所だよ」
……彼の、言葉の温度が下がった気がした。
「『死なない兵士』なんて居ないさ。もしかすると、その人は他人よりも少しだけ、丁寧に準備をしてたんじゃ無いかな?武器とか、装備とかをね。それが『死なない努力』だよ」
いつもの調子と違い、シンシンと降る雪のように落ち着いた、どこか切ない声色だった。
「エインちゃん達の場合は、『死なせない努力』かもね。きっとおんなじだよ。寧ろ、そっちの方が難しいかもねぇ。オレ達の方が簡単な仕事だ」
「……」
自嘲気味に話すオルトに対し、真剣に向き合う。
「わたしは、戦場に出たことがありません」
「うん?」
「ですが……国の為に、命を賭けて戦う貴方がた軍人の仕事を、『簡単な仕事』だと思った事はありません」
言うと、彼は少し驚いたような表情を浮かべる。
「……そっかぁ」
その後、何故か少し恥ずかしそうに顔を逸らされた。
「話が逸れてしまいましたね。それで結局、『死神』がいるというお話は?」
「そうだねー、『分からない』……が、結論かなぁ。それ言ってた人たち、何か賭けたりしてた?」
「えぇ、グラビア誌やスナック菓子を。全て没収しましたが」
「ははぁ、こりゃ胴元が一番の儲けだね」
「そんな横領みたいな事しません」
すると、ジジッ……と無線の音が聞こえる。
『——先程、軍部から帝国の戦車部隊『黒鉄』を、撤退に追い込んだとの情報が発表されました。また、これについて軍部は、『パークライン中隊』がその戦果に大きく貢献したとされており……』
「わ、本当に対策を講じてたんですね」
少し面食らう。『対策を……』とか言うお上は、言うだけ言って何もしないまでが恒例だと思っていた。
「『パークライン中隊』か」
「ご存知なのですか?」
聞くと、オルトさんは弾倉の装填数を数えながら答えた。
「まぁね。この国でも精鋭の戦車乗りだ。上層部も随分思い切ったね」
「なら、『西部戦線』も少しは有利になりましたかね」
「どうかなぁ」
「……え?」
予想外の返答に、そのまま聞き返す。
「『パークライン中隊』って、精鋭なんですよね?先程の放送でも、帝国の部隊を退けたと」
すると、オルトさんは少し複雑そうな顔を浮かべて答える。
「うん、確かにそうだねぇ。でも、精鋭が出たって事は、
そこまでいうと、オルトさんは言葉は区切って笑った。
「……いや、不吉な事は言うもんじゃあ無いね」
「そうですね」
多少なりとも、そういう空気は分かる。事実であっても、口にしない方が良い事もあるものだ。
……人の病気や怪我の話などは、特に。