『エインの戦場』 〜かつて死神と呼ばれた君へ〜   作:KASOKE

3 / 3
3話 沈む夕日、終わる日常

 

「……それで?聞きたい事は聞けたのか?」

 

 日が沈み始め、橙色の光が差し込む待機室、そのベランダ。夕暮れを背に、先生は煙草を吸っていた。

 

「はい、概ね」

 

「そうか」

 

 先生はベランダに寄っ掛かりながら、受け取った特別棟の鍵を白衣のポケットに突っ込む。フワリと吹き抜ける柔らかな風が、煙草の香りをまとって流れていく。

 

「先輩に見つかったら、また怒られますよ」

 

「その時はその時さ」

 

 特に気にするでも無く、ポワッと輪っかにした煙を吐き出す。

 

「……タバコって、美味しい物なんですか?」

 

「やめとけ。お前の先輩の言う通り、身体に悪い。アタシの場合は、手放せないだけさ」

 

 先生は思い出に浸るような表情を浮かべる。夕日に照らされ、いっそう憂いを帯びているように見える。

 

「……何かに寄っ掛かりたい時もありますよね。疲れた時は尚更」

 

「そんなんじゃ無いさ。アタシの先生……まぁ、アタシの師匠だな。その人との思い出が、コレしか無かったってだけだよ」

 

 灰皿に煙草を押し付けながら、先生は続ける。

 

「……オルトって患者、一度だけ『西部戦線』で見た事があってな」

 

「そうなのですか?」

 

「あぁ。アタシがまだ、目の下にクマもない青二歳だった頃だな」

 

 煙と共に、先生の言葉は続く。

 

「その時の奴は、全身ボロボロで満身創痍だった。それなのに、一人で前線に戻ろうとしてたよ。見つけた衛生兵が、数人がかりで必死に止めてたが」

 

「……」

 

 少し前ならば、先生の言葉だとしても信じなかっただろう。だが、彼の……あの部屋を見てしまった後だと、妙な納得感があった。

 

「ま、それ以来見かける事は無かったがな」

 

「あの……あの人、なんで此処に居るんですか?」

 

 満身創痍なのに、一人で前線に戻ろうとするほど血の気が多いなら、『西部戦線』で無くとも、別の戦場に行きそうだが。

 

「……さぁな。軍は曖昧な事しか言わなかった。アタシも詳しい話は聞かされて無い。一応、心傷によるものだとは聞いたがな」

 

 先生はギュッと目頭を摘むと、両手を白衣のポケットに突っ込む。

 

「ま、なんであれ患者なら診る。そうだろう?」

 

「はい」

 

 答えると、先生は満足そうに微笑みながら、新しい煙草を取り出してジッポライターで火をつける。

 

「……冷えてきたな。エイン、お前は先に戻れ。アタシはコレを吸ってから戻る」

 

「先輩には何と?」

 

「上手く言っておいてくれ」

 

「分かりました」

 

 冷ややかな風が頬を撫でる。先生の言う通り、日も落ちて冷えてきた。先に待機室へと戻る。

 

「さて、カルテの整理と備品の点検ですね。夜の見回りは……」

 

 

 ……そういえば、あの部屋の軍人たちは消灯時間を守るだろうか。

 

 

「……」

 

 特に意味は無いが、彼らの部屋を一番最初に巡回する事にした。

 

『——現在、西部の戦線は『パークライン中隊』の活躍で大きく前進しており、帝国軍を退けている模様です。また、帝国の戦車部隊『黒鉄』は、前線にてその数を減らしており……』

 

 ラジオから、あえて感情を抜いたような言葉が流れる。

 

「……本当に精鋭なんですね。帝国軍相手に押し返せるなんて」

 

 軍事大国である帝国軍……それも、『黒鉄』と呼ばれる猛威を振るっていた戦車部隊を相手にして、押し返せるなんて。

 

(……オルトさんは、どう思っているんでしょうか)

 

 あの人は、わたしと違う景色が見えているのだろうか。

 

 

 そんな事を考えながら、備品の整理をする為に待機室を出た。

 

 

 ◆

 

 

 ……夜、無人になった待機室。暗い部屋にポツリと置かれたラジオは、ひとりでに音を吐き出す。

 

『——たった今、軍部から緊急声明が出されました。西部戦線にて、帝国軍と思われる部隊が、突如として上空に出現し……』

 

『……はい。当局によりますと、西部戦線の上空に現れたのは、帝国軍の強襲部隊……通称、『彗星(スイセイ)』と呼ばれる部隊である事が判明しました』

 

『……出撃していた『パークライン中隊』は、後退が間に合わず——』

 

 

 

『——壊滅的な被害を受けたとの事です』

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。