『エインの戦場』 〜かつて死神と呼ばれた君へ〜 作:KASOKE
「……それで?聞きたい事は聞けたのか?」
日が沈み始め、橙色の光が差し込む待機室、そのベランダ。夕暮れを背に、先生は煙草を吸っていた。
「はい、概ね」
「そうか」
先生はベランダに寄っ掛かりながら、受け取った特別棟の鍵を白衣のポケットに突っ込む。フワリと吹き抜ける柔らかな風が、煙草の香りをまとって流れていく。
「先輩に見つかったら、また怒られますよ」
「その時はその時さ」
特に気にするでも無く、ポワッと輪っかにした煙を吐き出す。
「……タバコって、美味しい物なんですか?」
「やめとけ。お前の先輩の言う通り、身体に悪い。アタシの場合は、手放せないだけさ」
先生は思い出に浸るような表情を浮かべる。夕日に照らされ、いっそう憂いを帯びているように見える。
「……何かに寄っ掛かりたい時もありますよね。疲れた時は尚更」
「そんなんじゃ無いさ。アタシの先生……まぁ、アタシの師匠だな。その人との思い出が、コレしか無かったってだけだよ」
灰皿に煙草を押し付けながら、先生は続ける。
「……オルトって患者、一度だけ『西部戦線』で見た事があってな」
「そうなのですか?」
「あぁ。アタシがまだ、目の下にクマもない青二歳だった頃だな」
煙と共に、先生の言葉は続く。
「その時の奴は、全身ボロボロで満身創痍だった。それなのに、一人で前線に戻ろうとしてたよ。見つけた衛生兵が、数人がかりで必死に止めてたが」
「……」
少し前ならば、先生の言葉だとしても信じなかっただろう。だが、彼の……あの部屋を見てしまった後だと、妙な納得感があった。
「ま、それ以来見かける事は無かったがな」
「あの……あの人、なんで此処に居るんですか?」
満身創痍なのに、一人で前線に戻ろうとするほど血の気が多いなら、『西部戦線』で無くとも、別の戦場に行きそうだが。
「……さぁな。軍は曖昧な事しか言わなかった。アタシも詳しい話は聞かされて無い。一応、心傷によるものだとは聞いたがな」
先生はギュッと目頭を摘むと、両手を白衣のポケットに突っ込む。
「ま、なんであれ患者なら診る。そうだろう?」
「はい」
答えると、先生は満足そうに微笑みながら、新しい煙草を取り出してジッポライターで火をつける。
「……冷えてきたな。エイン、お前は先に戻れ。アタシはコレを吸ってから戻る」
「先輩には何と?」
「上手く言っておいてくれ」
「分かりました」
冷ややかな風が頬を撫でる。先生の言う通り、日も落ちて冷えてきた。先に待機室へと戻る。
「さて、カルテの整理と備品の点検ですね。夜の見回りは……」
……そういえば、あの部屋の軍人たちは消灯時間を守るだろうか。
「……」
特に意味は無いが、彼らの部屋を一番最初に巡回する事にした。
『——現在、西部の戦線は『パークライン中隊』の活躍で大きく前進しており、帝国軍を退けている模様です。また、帝国の戦車部隊『黒鉄』は、前線にてその数を減らしており……』
ラジオから、あえて感情を抜いたような言葉が流れる。
「……本当に精鋭なんですね。帝国軍相手に押し返せるなんて」
軍事大国である帝国軍……それも、『黒鉄』と呼ばれる猛威を振るっていた戦車部隊を相手にして、押し返せるなんて。
(……オルトさんは、どう思っているんでしょうか)
あの人は、わたしと違う景色が見えているのだろうか。
そんな事を考えながら、備品の整理をする為に待機室を出た。
◆
……夜、無人になった待機室。暗い部屋にポツリと置かれたラジオは、ひとりでに音を吐き出す。
『——たった今、軍部から緊急声明が出されました。西部戦線にて、帝国軍と思われる部隊が、突如として上空に出現し……』
『……はい。当局によりますと、西部戦線の上空に現れたのは、帝国軍の強襲部隊……通称、『
『……出撃していた『パークライン中隊』は、後退が間に合わず——』
『——壊滅的な被害を受けたとの事です』