『エインの戦場』 〜かつて死神と呼ばれた君へ〜 作:KASOKE
『——帝国の戦車部隊『黒鉄』は、西部の戦線から外れた各地拠点を襲撃、甚大な被害が出ているとの事です。また、『パークライン中隊』の投入は、時期尚早では無かったかとの批判の声が……』
病室の窓際。そこに置かれたラジオが、淡々と現状を連ねる。
「……」
あれから数週間。一緒に森の中を駆け抜けた軍人さん達は、全員生きて後方地に辿り着いた。
先輩たちも生きていたし、襲撃を受けた時に重症を負った軍人さんも、何とか回復に向かっているらしい。
……だが、オルトさんは未だ行方不明だ。
「後輩ちゃん?」
「……あぁ、先輩」
病室に入ってきた先輩は、ベッドの横に座る。
「どう?調子は?」
「……えぇ、まぁ。大分落ち着きましたね。早く戻らないと」
当のわたしは、後方地に着いた途端に気を失ってしまったらしい。どうやら、それまでの緊張やストレスが原因で、軽い心的な後遺症に近い状態だという事だ。
「……情けない話です」
以前よりも、音に敏感になった気もする。それにふとした瞬間、あの日の光景がフラッシュバックする事もあった。
「後輩ちゃんは頑張ったよ〜。大丈夫、少しぐらい休んだってさ。私がその分働くし!」
グッと力強いポージングをした先輩は、思い出したように続ける。
「あっ、サンドイッチ食べる?作ってきたんだけど〜」
「……今は、大丈夫です」
少しだけ、笑えた気がした。
「そっか。食べたくなったら言ってね!じゃあ、私は仕事に戻るから!何かあったら呼ぶんだよ!」
「えぇ、ありがとうございます」
出ていく先輩を見送り、横になる。心労か純粋に疲労か、瞼は素直に落ちていった。
……そうして、いつものように悪夢を見た。あの日、森を駆け抜けていく軍人さん達が、一人ひとり撃ち殺されて行く夢。毎度、わたしは何も出来ず、ただ前を見て走っていくしか出来ない。断末魔と、砲撃とキャタピラの音が、徐々に迫ってくる。
「……ハッ!?」
喘ぐように息継ぎをして、上体を起こす。窓ガラスに映る自分の顔は、酷いものだった。
「……」
先輩が持ってきたハンカチで、嫌な汗を拭う。ふと時計を見ると、針は深夜を指していた。
「……はぁ」
夜風に当たれば落ち着くだろうと、息を整えて窓を開ける。途端、吹き込んだ風に髪が撫でられる。
(……そういえば)
胸ポケットに入れていたソレを、丁寧に取り出す。乾いた血の付いた、煙草の箱。
(『手放せない』……でしたっけ)
今なら少し、分かる気がする。何となく箱から一本だけを取り出して眺める。
「…………」
……確か、一時的にでも気持ちが落ち着くのだったか。
側にあった蝋燭で火をつけ、口に咥える。見様見真似で吸ってみると、予想以上に煙たく、咽せた。
「ゲホッ!ゴホッ!……先生、こんなもの吸っていたんですか……」
確かに、身体に良くないだろうな。
「……先生」
ベランダの横で感じていたあの香りが、風に撫でられ流れていく。すると、背後から突然、ドアがガチャリと開く音がした。
「誰ですか、とっくに面会時間は……」
「よっ、エインちゃん」
……煙草を、落としそうになった。
「いやね、ちょっと怪我しちゃってさぁ」
彼は……何食わぬ顔で、いつものように軽薄な笑みを浮かべていた。
「……って、アレ?エインちゃんって煙草吸ってたっけ?」
月明かりの差し込む病室。わたしのベッドの横に、何も躊躇う事なく腰掛ける。
「あ、オレは副流煙とか気にしないから大丈夫。それで……」
煙草の煙が、風に乗って窓の外へ流れていく。じわりと温かい何かが、視界を滲ませた。
「軽傷でも、また会いに来て良いんだよね?」
月の明かりに照らされた彼の顔は、相も変わらず軽薄で。
「……ばか」
どうやら今夜のわたしは、消灯時間を守れないようだ。
〜Fin〜