ありふれた日の放課後だった。夕焼けに世界が赤く染められていく。
学校の階段の踊り場にてアナタはどうしようもない孤立感を感じ、同時にほのかな達観、全てを投げ出したいといった感覚に支配されていた。
来る日も来る日も同じカセットテープを再生するような日々。そこに意味はなく、意思もなく、意義もなく。
十数年の期間によってアナタはすっかり一級品のがらんどうと化していた。
アナタは役割を欲していた。生きる意味、理由付けを果たしたかったのか、ただ承認されたかっただけなのかは定かではないが。
生まれ持った天才は、学問なり芸術なりの分野で花を咲かすのだろう。河川敷の下で元気にボールを投げる少年は将来、日の丸を背負ってマウンドに立つかもしれない。
自分に相応しい役割がない、という悲劇を演じることによってアナタはギリギリ自己を確立し死に切らずにいた。
階段の先は屋上となっている。いつもならひんやりしたドアノブを捻り、屋上の柵に肘をつけては黄昏る。しかし吐き出す言葉は世界、そして自分に対する罵詈雑言でしかないが。
アナタは今日もそれをしに行く。その予定だったのに、アナタは扉の前で立ち尽くした。
──ちっ。
思わず舌打ちが出る。そうして深くため息をした後、アナタは踵を返し階段を下りて行った。
時は流れ、アナタは今日も絶望しきった様子で岐路に立つ。何の変哲もない普通科の高校に進学したアナタは、同様に、何の夢も持ち合わせてはいなかった。
最近は夏に入り始めワイシャツが肌に張り付き、うざったい。自転車を飛ばしていると虫と激突することも増えてどうにも常にイラついてしまう。
改めて人に聞きたい、友人の作り方とは。
何かしっかりしたマニュアルでもあるのか?この言葉を言うだけでいいなんていうチートコードでもあるのか?
──馬鹿馬鹿しい。死んでしまえ。あの教室の奴ら全員。
アナタは完璧に拗らせていた。
年相応かもしれない毒吐きは、けれども別に健全というわけでもない。
視線を足元からぐいんと上へ向ける。
しかしこれは前を向こうという意志ではなく、この街をにらみつけるためであった。
偶然、その途中で彼女らを見た。
二年前の母校。その屋上の柵をまたいだ縁に三人が腰かけていた。
見ていてとても危ない。集団自殺とも取れそうなその者どもは、こっちの心配とは裏腹に随分と楽しそうにしている。
アナタはそんな様子を温度の無い瞳で見つめては、また歩を進めた。
──笑えているようで、良かったな。
誰に向けてかも分からない。称賛の形をした侮蔑。それだけ呟き、住宅街へと入り込んでいった。
──────
起きて初めて感じたのは、埃っぽさだった。そして今感じているのは、血生臭さ。
独房のような地下室で目覚め、モニターからの指示になされるがまま、アナタはラウンジにいる。
──はぁ
はっきり言ってアナタは今置かれている状況への困惑や恐怖よりも、どことない肩身の狭さにげんなりとしていた。
それもそのはず、この巨大な屋敷に集められた者共の中で、男はアナタ一人だけであった。
アナタは巨大な化け物、通称看守があくまでマニュアルに則る生物なのだと何となく理解し、同年代の少女らよりも看守に近い場所に立っていた。
看守が携える様々な凶器をもってしても、こっちのほうが幾分気分がよかった。
流し目で少女たちの動向を見守る。亜麻色の髪の女の子が自己紹介を提案し、各々が自らの名前を伝えていく。
その中で蓮見レイアと名乗った亜麻色の少女はアナタにも自己紹介を求めてきたが、アナタの名前は鈴木、佐藤、田中といったありふれたものでしかなく、端的に本名を伝え、よろしくと一言。それで終わりだ。
「あ…人がたくさん…」
どこからか羽音が聞こえ、一同は上を注視する。不気味なまでに首がねじ曲がったフクロウらしきものがラウンジへと入ってき、真ん中のテーブルの上に着地する。声色からしてモニター越しに指示を出したのはこの者なのだろう。
そしてフクロウは己をゴクチョーと名乗り、騒ぎ立つ少女たちにこの場所の説明をしていった。
「つまるところ皆さんは魔女になる才を持った世界の害、ということです」
平然とそう言いのけるゴクチョーとは裏腹に、アナタは「男なのに魔女か」と呑気に考えている。元々のウィッチという言葉は性別問わず使われるものなのでそこまで違和感なことではない。
「◯◯さん、ずいぶんと余裕そうですね」
青髪の、先程橘シェリーと名乗った少女はいつの間にかアナタの近くに寄っていて、コソコソと耳打ちするように話しかけてきた。
天真爛漫な様子と少し独特な感性の持ち主というのが、アナタの自己紹介での正直な感想だ。
「…何もないよ」
アナタは自分自身がゴクチョー側の人間だと疑われているのかと思い、弁明する。
すると橘は「疑っていると思わせちゃいましたか」と手をワタワタさせ謝ってきた。
「なんというか、大人ですね」
おそらく落ち着いている様子をそう感じたのだろうが、アナタは別に人間が出来ているわけではない。人一倍嫉妬しいだし、
先程の自己紹介も素っ気ないのではなく、あれで精一杯なだけだ。
しかしアナタは橘へ少し疑問を感じた。今アナタは看守の近くにいるわけで、少女たちがそこに寄りたいわけはない。
──ふむ
何となく橘の人となりを知った気になったアナタ。何もかも分かったわけではないし、むしろ偏見の割合の方が多いが。
皆が皆、思い思いの混乱に陥っており、──そこに殺意が芽生えるなんて思いもしなかった。
「私が……害……?」
黒髪の少女、二階堂ヒロと名乗った者がなにやらただならぬ気配でポツリと呟いた。
全身を震わせ、瞳孔が開いていた。
「…撤回してもらおうか」
尋常ではない目つきだった。ふらふらと少女たちを跳ね除けながら、手ごろな棒を握った彼女はアナタの方へ向かっている。
──え
アナタは困惑しながらも、なんとか身構える。といっても貧弱な腕で構えようと覇気はない。
しかし二階堂はアナタの側さえも通り過ぎていき、看守へと近づいていった。
「……はぁ」
ゴクチョーがわざとらしくため息をつく。これからの事にあらかた察しがついたのだろう。
二階堂は手のひらに握った鉄製の棒を高く振り上げ、看守の眼前で勢いよく下ろした。
どこからか悲鳴が聞こえた。肉を叩く生々しい音が間髪入れずに、何度も響いた。次第に血が飛び始め二階堂の頬に付く。
しかし、構わないといった様子で何度も、何度も振りかぶっては、万力によって叩き下ろす。
その赤い瞳はギラついた光を放ち、けれども正気とは思えなかった。
───しかし、その巨体は倒れる気配はなかった。先制を取られもたついた様子ではあったが、いまいち決定打に欠ける。
看守はジクジクと肉をつなぎ合わせ、再生していく。二階堂は表情を変え、信じられないものを見るように目を見開いていた。
「一回だけにしといてくださいね…切り刻まれても処理が面倒ですから…」
ゴクチョーは吐き捨てるように言う。傷口を塞ぎきった看守は黒い枝のような複数の手の内、大きな鎌を携えた手を振りかぶった。
アナタの唯一誇れるところと言ったら、五体満足なところだろうか。運動部に入ることも無かったアナタは骨折や脱臼など怪我らしい怪我をしたことはない。
そんな唯一の誇りも、この日右腕と共に引き裂かれていった。
──────
二つ下の代で、自殺者が出たらしい。
そんな噂をアナタは高校二年生の今、耳にする。中学生のいじめなんてかわいらしいものだろうと考えていたアナタは、その話を話半分に聞き流した。
後輩と親しかったわけでもないアナタはその真偽を確かめる人脈も理由もなかった。人間とは自分のことで常に精一杯な生き物だ。周りで人が死のうが現実は地続きに進んでいくので乗り遅れるわけにはいかない。
そんな一丁前の心持で、変わらず一人で下校していた。
ふと、前から来る学生が目に留まった。桜色の髪。
その少女の瞳はぐるぐると何かが混ざり煮詰められたようで、幽霊みたいな音のない歩だった。
うつむいたままその少女は歩道を進む。アナタはその者に見覚えがあった。
いつかの屋上の先着。暗い瞳でグラウンドを見下ろいていた少女。それと、つい最近同じ屋上で見た三人のうちの一人。
アナタは胸の奥で何かがざわめくのを感じたが行動に移すまでではなかった。
──────
起きる度に天井が変わる奇妙な日だ。今度は木材の温かい部屋だった。
──っつ
右腕が痛み、思わず苦悶の表情を浮かべる。正確にはその断面だが。
かけられていた布団は地下の薄いペラペラのものとはかけ離れており、厚みのあるものだった。いつまでも寝ていられそうなベッドに、アナタはもう一度潜り込む。
「…起きたか」
部屋の奥から声がし、アナタは体を持ち上げようとする。しかし
「無理に起き上がるな」
声の主に静止されアナタは起き上がるのをやめた。
その者はベッドの横の椅子に腰を下ろし、ようやくだれか分かった。
「…すまない。顔も見たくないだろう」
二階堂は先ほどまでの猟奇的な表情とは打って変わり、申し訳ないといった表情を浮かべている。見ると枕元には均一に切られた林檎の乗っかった皿が置かれていた。
「食欲があったら食べてくれ…メルルを呼んでくる」
氷上メルル。アナタと同じ部屋で目を覚ました彼女はラウンジでの一件で魔法を使っていた。膝をすりむいていた少女、桜羽エマの怪我を光が包み、みるみるうちに血が止まり傷跡がなくなっていった。
かといってここまでの怪我はさすがに何とかできそうにない、とアナタは思い、二階堂を呼び止めた。
「…なんだ…」
赦しを請うことすら憚られるように、彼女はただ顔を伏せている。
「頭は冷えた?」
「…申し訳ない」
「そうじゃなく、もう二度とあんなことをするなってこと」
「…ああ」
固く誓うように彼女は言った。それを聞いてアナタは、二階堂の言葉を信じることにした。
「…もうすぐ夕食時だ。必要なら食事を持ってくるが」
どうやら随分気を失っていたらしい。アナタはラウンジにて確認した配布のスマホで時刻を把握する。
「いや、大丈夫」
「…そうか」
あまり罪悪感を感じながら生活されてもアナタ自身が嫌なため多少つっけんどんに答えるが、二階堂は依然として顔をうつむいたまま、何か言いたいことがあるように部屋を出て行った。
ドアが完全に閉じられると途端に部屋は静かなものになり、アナタ自身の息遣いが聞こえる。
やることもないので、目を瞑るとラウンジでの一件が思い出された。
反射的に飛び出したものだった。何となく、一方的にとはいえ知人が死んでしまうと寝付けが悪くなりそうだったので。
鎌によって裂かれた腕は見事に吹っ飛んで行って、ごろんとゴクチョーの近くのテーブルの上に転がっていった。
そう言えば金髪の、遠野ハンナだったかが、けたたましく叫んでいた。まぁあんな光景、だれでもそうなるか。
こんな意味不明な場所に連れてこられ、しまいにゃ片腕持っていかれたというのに、アナタの思考はいつもと変わらずクリアだった。
そうして、目を閉ざす。この世界が夢でも現実でもどっちでもいいと感じながら。
・アナタ
利き手をざっくりいかれた人。男。ヒロたちの二年先輩。一言で表すと"現代人"。なんで君17歳なのにここにいるんです?
・二階堂ヒロ
ジャスティスしたし、されかけた人。アナタのことを覚えてるかもしれないし覚えてないかも知れない。
ハーメルンにあるまのさばヤンデレシリーズに影響されました。でもこっちのはあんまヤンデレ要素ないと思います。あくまでまのさばのお話に一人追加されたって感覚。