ミリしら魔法少女アニメ系の男モブに転生したと思ったら、やばい魔導書と契約してTS魔法少女に変身できてしまった 作:春海とまと
三人は明日も学校があるし、それぞれの予定があるので自室に戻っている。
俺は家全体を掃除できて満足だ。
明日の仕込みも終わり、キッチンを片づける。
「ニンゲンってのは飯に掃除、着替えに風呂、色々面倒くさいことするんだな」
クロウ・クルワッハはもう定位置なのか、俺の頭の上に乗っている。
おとぎ荘は新築で家具や家電は最新式、排水溝も……綺麗だ。
看板だけは木製で今にも朽ち果てそうなボロボロ具合だったけど。
そういうコンセプトなのだろう。
「……って、イツキ。なにしてるんだ?」
「確認も兼ねて軽く掃除しようかなと」
流し台の排水溝を外し、パーツを分解し、洗剤を手に取ってシュッシュッとかける。
「そのモコモコアワアワはなんだ?」
「これは――」
固有名称を答えようとしたけど、こいつの言動を思い出し。
「カビをぶっ殺す洗剤」
ちょっと誇張して言ってみた。
「な!? カビをぶっ殺す洗剤だと!? そんな魔法が存在するのか!?」
「魔法じゃない、人間の知識の結晶だよ。カビだけじゃなく、汚れ、雑菌――
「魔法じゃないのにか!? ニンゲンもあなどれねーな!」
クロウ・クルワッハが首を伸ばしてのぞき込んでくる。
予想以上に食いつきがいいな。
排水溝のパーツをつけ置きしている間に、スマホを取り出し。
「これはお風呂のカビをぶっ殺す洗剤、これはサッシの隙間のカビをぶっ殺す洗剤、これはトイレのカビをぶっ殺す洗剤、これは食器の……
「こんなに存在しているのか!? ククク、カビをぶっ殺す武器庫じゃねーか!」
「……今度シュシュッとやってみるか?」
「やってやる! カビを一つ残らず駆逐できるのなら、シュシュッとやってやるぜ!」
誇張した表現なので良い子のみんなは、パッケージに書かれた注意事項を読んで使ってほしい。
まあ、こいつも……悪の道からお掃除道に導けば、邪悪な心もお掃除して良い子にできるのか?
これが調教、か。
「分かったよ。今度一緒に掃除しような、クー太郎」
そう思ったら俺にも慈悲の心が芽生えてきたぞ。
「今からカビ共の悲鳴を聞くのが楽しみだぜ……って、クー太郎? オレ様のことか?」
「そうだよ。なんか本家本元のクロウ・クルワッハ様に申し訳ないかなって……威厳ゼロだし」
「はあ!? オレ様のどこが威厳ゼロだって!? 威厳ありまくりだろ!?」
「いやまあ」
三人に詰められてビビってるし、カビをぶっ殺す洗剤にまんまと釣られて騙されるし。
今も二本足で立って、威厳アピールしているけど怖くないし。
レッサーパンダと同レベルのチビドラゴンっぷりだし。
あとクロウ・クルワッハと毎回呼ぶと舌噛みそうだし。
調教の第一歩は親しみのある、ゆるい名前から。
これを言うと意固地になりそうだし、別の方向性でいこう。
「お前だって俺のことを
わりと効果があったのか、クー太郎が反論をやめた。
「つまり……借り物じゃなくて、オレ様だけの名ってことか?」
「まあ、同名のあだ名の人はいるかもだけど、お前だけの名だよ」
「ククク……そうか。じゃあ、オレ様とイツキは対等ってことだな、相棒」
「ああ、まあ……うん。だから、俺の見てないところで悪さするなよ。掃除させないぞ」
今は俺が大人としてクー太郎の言い分を聞いてやろう。
「それは契約条項に入ってねーから、どーだかな。ま、今後のイツキ次第だよ。カビ共の悲鳴を聞くのは次にとっておくとして……オレ様は寝るぜ……ふぁー……」
クー太郎は大きなあくびをした。
「食事はいらないけど、睡眠は必要なのか?」
「この姿だとな。久々に喋って動いたからな。じゃーな」
「そうか、おやすみ」
クー太郎は俺の影に沈み――。
「待て待て! なんで、俺の影に入る?」
慌てて首ねっこを掴んで引き上げた。
「いやー最初は嫌だと思ったんだがよ。考えてみればイツキの影の中って、暗闇なのにジメジメじゃなくて、サラサラで快適なんだよ。無菌室ってやつだよ」
借りてきた猫みたいな状態で語るクー太郎。
本当に世界で一番怖いのはカビだと思ってるんじゃないか?
いや……カビは怖いか。
正義のパンヒーローもあのカビ軍団には負ける時があるしなあ。
厄ネタ疑惑は晴れてないし、寝てる間に余所にいかれたり、奪われたりしても面倒だ。
だったら俺の影の中にいてくれる方が助かる。
「分かったよ。でも、中の物には触れるなよ」
「おうよ。よその寝床を荒らす真似はしねーぜ」
相変わらず妙なところは義理堅いクー太郎は、俺の影にズブズブと沈んでいった。
……いや、生ものを影に入れられたっけ?
まあ、魔導書の魔法生物だからいいのか。
◆
おとぎ荘での初日が終わった翌朝、キッチンで三人のお弁当と朝ご飯の準備を進める。
マリンが言っていたアルティメットトルネードシャー子の配信を流し見しながら。
元気なことに昨日の夜も配信してたので、その動画だ。
配信中は自室の前に、凸フラ禁止ボードがかけられているので友フラは防げる。
アバターはさすがに本物の鮫そっくりではないけど、二頭身マスコット系。
メインはゲーム配信、たまにシャーク雑談なるコーナーを設けている。
昨日はアクションホラゲーの続きをしていたらしく。
「やはりチェーンソー! チェンーンソーしか勝たん! シャー子はこのチェンーンソー対決負けるわけには……シャアアアクク! 負けたんだが!」
マリンの声とアバターのコミカルな動きが笑えて、元気になる。
ヒレがビチビチして本当に元気いっぱいだ。
戦いの後で少々心配にもなるレベルで。
どうやらリスナーの反応を見るに、いつもよりハイテンションらしい。
「むふふー。バレたかー。リスシャーのみんなにも話してた師匠に再会できたんだ。師匠はねえー……やっぱり古代鮫メガロドン級だった!」
――師匠……デカすぎんだろ。
――UMA鮫か?
――ついにシャー子の師父殿であらせられる鮫神が深海より解き放たれたのか。
よく訓練されたコメントに鮫絵文字が泳ぎ、流れていく。
リスシャー……リスナーの間では、師匠は謎の
多分、師匠らしい俺は普通の人間、モブだと思っていたけど。
いつの間にかクー太郎と契約して表舞台にあがってしまった感じだ。
魔法少女系世界だけでなく、鮫世界も奥が深い……深海だけに。
お弁当も詰め終わり、残すは朝ご飯。
昨日、事前に三人からアンケートをとった結果、普通の朝食。
ごはん、味噌汁、ハムエッグ、焼き魚、ミニサラダ、ヨーグルト。
「おはよう、お兄さん」
「シンク、おはよう」
近所で会った時と変わらない挨拶で、シンクが制服姿でやってきた。
魔法少女に変身してない時でも髪型そのものに変化はないらしく、ウルフカットの毛先が縮んでいるくらいだ。
魔法少女の髪は基本伸びるのがお約束なのかな。
俺もめっちゃ伸びたし。
「お弁当に朝ご飯まで用意してくれて、ありがとう。ちゃんと寝た?」
「ちゃんと寝たよ。あとは朝食だけだから、もう少し待ってて」
「顔を洗ったら、あたしも手伝うよ」
シンクはそう言って洗面所に向かい、すぐに戻ってきた。
壁に掛けられていた狼の肉球柄エプロンを装備し、隣に並んだ。
「マリンの配信見てたんだ?」
「昨日言ってたからな。どんな配信か見ておこうと思って。聞いてるだけでも楽しいよ」
「明るく元気いっぱいなのがマリンの良いところだよね。こっちも元気をもらえる」
「そうだな。おかげで料理もはかどっているよ」
と、なぜかシンクが俺をじっと見てきた。
「……お兄さん。今度、一緒にエプロンを買いに行こうか。エプロンなしじゃ締まらないよ。キッチンに入る人の正装だよ?」
「エプロン? 確か家にあったかな。今日、自宅から着替えだけ持ってくるから――」
「ないかもしれないんだよね? 良い機会だし、やっぱり新しいの買ってこよう? 一緒に」
「そうだな……機会があれば」
「うん。時間作るから」
妙に意気込むシンクだったけど、今度はキョロキョロとなにかを探している。
「そういえば、あいつは寝てるの?」
「あいつ? ああ、クー太郎ならここにいるぞ」
影の中からクー太郎を引っ張り出す。
「……ククク、オレ様の信仰度がさらに+100だぜ。これでオレ様の支配地域がさらに広がるぜ」
魔法生物も夢を見るのか、クー太郎もシミュレーションゲームでもしているらしい。
そっと影の中に戻す。
シンクが驚いた顔で見つめてきた。
「お兄さん……クー太郎ってなに?」
「クロウ・クルワッハって毎回呼ぶも大変だろ? だから、縮めて呼びやすくしてみたんだ……って、どうかした!?」
シンクは冷蔵庫にもたれかかった。
「お兄さんに特別な名で呼ばれるのはあたしが一番だと思ったのに……あげく、お兄さんの影の中で惰眠を
ぶつぶつと嘆きの声がもれていく。
「えっと、やっぱり魔導書――『アポカリプス・グリモワール』にあだ名をつけるのはまずかったかな?」
「いえ、あいつにはクー太郎で十分だと思う。威厳ゼロだから。クロウ・クルワッハ本家本元に申し訳が立たない。あと今の嘆きは魔法少女としての闇堕ち回避プログラムとでも思って」
「そ、そうか。俺と同じ意見でよかったよ」
「うん。当たり前。それじゃ味噌汁はあたしが作るから」
気を持ち直したシンクがテキパキと準備を始める。
クールでしっかり者の印象があり、マリンやカグヤに比べて感情の起伏は小さいけど、ないわけじゃない。
彼女達と同じ年頃の女の子と思って接してあげないと。
「いつもは朝ご飯、シンクが作ってたのか?」
「うん。マリンはだいたい夜配信してるし、カグヤは……朝弱いし。あたしが好きでやってるだけだから。将来のことを考えたら、今から経験しておくにこしたことはないし」
「将来? それって――」
「……秘密。でも今、ちょっとだけ叶ってるから。お兄さんのおかげで」
シンクは俺の疑問に蓋をし、小さく答えた。
そう言われたら無理に聞けない。
将来の夢――ときたら、そう簡単に話せないしな。
気にはなるけど、料理人……お料理教室とかかな?
「おはがぶりんこー……」
鮫の着ぐるみパジャマを来たマリンが、尻尾をずるずるさせて来た。
「おはがぶりんこ」
シンクは律儀におはがぶりんこで返したけど、
「おはよう、マリン」
俺はまだリスシャーレベルにはなれなかった。
しかし、マリンは頬を緩ませてくれた。
「えへへ……師匠が家にいるって不思議……あ! マリンの配信見てくれたの!?」
「昨日言ってたからな。料理を作りながら流し見で申し訳ないけど」
「ぜんぜんいーよ! 流し見する人っていっぱいいるし! ありがぶりんこ! 高評価登録お願いシャーク!」
「ガブガブされないようにしておくよ」
アルティメットトルネードシャー子らしく、ガブガブポーズを決めるマリンに答える。
「マリン、そろそろカグヤを起こしてきてね」
「がぶりょー! これよりマリン、カグヤアビスフォールに
すっかり目を覚ましたマリンは、シンクの指令に敬礼で応えるけど。
「おほほほ……わ、私だっていつまでもお寝坊さんな……わけ、ないのですわ……」
おぼつかない足取りで、そのカグヤが現れた。
しかし、髪が……今起きたばっかりなご様子だ。
「マジか!? カグヤが自力で起きるなんて今日は鮫が降るんじゃない!?」
「本当に降るかもね」
「おほほほ……お二方、私を侮るもいい加減に……あの、婿様おはようございますわ……」
朝弱いのがよく分かるヨロヨロっぷりだ。
「あ、ああ。おはよう、カグヤ。無理はしないようにな」
「ありがとうございますわ……マリンさん、洗面所までお願いしますわ」
「りょー。カグヤ、また寝落ちしないでよー」
カグヤはマリンに連れられて洗面所に向かい、
「私、復活ですわ! 婿様おはようございますですわ!」
驚異的な復活を見せた。
そして、四人で朝ご飯。
「シンクのご飯も美味しかったけど、師匠のも美味しー」
「はい。また違った味付けですが、美味ですわ」
「うん。お兄さんの味、嫌いじゃないかな」
三人とも美味しそうにご飯を食べてくれる。
「そう言ってくれると安心するよ」
味噌汁を飲む。
「シンクの味噌汁も美味しいよ。毎日、飲んでも飽きない、優しい味だな」
「う、うん……ありがと……」
うん、本当にそんな味だ。
機会があれば、レシピを教えてもらえないかなあ。
◆
朝食を済ませて学校へ――行く前に一度、二階のミーティングルームに集まる。
「今日は――放課後、魔災レベル4の対応に当たりますわ。昨日のようなイレギュラーが起きる可能性があるので皆様、気を引き締めていきますわ」
ミーティングを取り仕切るのはカグヤの役目らしい。
だてメガネをかけてやる気十分だ。
大形ディスプレイに表示された今月の魔災やスケジュールを確認していく。
「婿様は放課後現地で合流でよろしいですわね?」
「分かったよ」
女子高生らしく、それでいて魔法少女っぽい朝を過ごし、
「それじゃ、お兄さん。いってきます」
「じゃ、師匠! いってきまーす!」
「婿様、いってきますわ」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
学校へ向かう三人を見送る。
さて俺は食器を洗って、掃除に洗濯。
自宅の引っ越し作業はフラメル司令のはからいで無料で請け負ってくれるから、荷造りは必要ない。
それでも当分の着替えくらいは持ってこないと、エプロンもあったかな……ん?
スマホに着信、相手はそのフラメル司令からだった。