もしも鳴上悠が輝日東高校に転校したら   作:アザトゥース

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第十四話

# 七羽町の恋文

 

## 第十五話 「学園祭の準備」

 

翌日の放課後、一年A組の教室で、紗江は、美也と逢に取り囲まれていた。

 

「それで、それで? ちゃんと、気持ち、伝えられた?」

 

身を乗り出す美也に、紗江は、気まずそうに視線を逸らした。

 

「えっと……それが……」

「言えなかったんだ?」

 

逢の問いに、紗江は、小さく頷くしかなかった。

 

「くぅーっ! もったいない!」

 

美也が、机に突っ伏して悔しがった。せっかく後押ししたのに、肝心なところで決めきれない紗江に、もどかしさを隠せない様子だった。

 

「あれだけお膳立てしてあげたのに! あの挑戦状作戦だって、みゃーが頑張ったからこそじゃない!」

「お膳立て……?」

「い、いや、こっちの話! とにかく、次のチャンスには、絶対、言うんだよ!」

 

逢も、腕を組んで、少し残念そうにため息をついた。

 

「でも、何か、進展はあったんでしょう? その顔」

 

逢に指摘され、紗江は、照れたように頬を緩めた。

 

「その……名前で、呼んでもらえるようになりました」

「名前!?」

 

美也が、ぱっと顔を輝かせた瞬間だった。椅子から身を乗り出し、目を輝かせて続きを促そうとする。

 

「それで、それで、どんな感じで呼ばれてるの!? 『紗江ちゃん』? それとも、呼び捨て!?」

 

紗江は、消え入りそうな声で答えた。

 

「呼び捨て、です……」

 

「きゃー!」

 

美也の黄色い声が、教室中に響き渡った。周りの生徒たちが、何事かと振り返るほどの声量だった。

 

そのとき、廊下から、聞き覚えのある足音が近づいてきた。教室の扉が、静かに開いた。

姿を見せたのは、悠だった。部活の呼び出しで来たらしく、手には、部室の鍵を持っている。

 

少し改まった調子で、悠が続けた。

 

「紗江、はるか先輩が呼んでるよ」

 

その一言に、教室の空気が、一瞬、凍りついた。

 

「……今、紗江、って」

 

美也が、ぽかんと口を開けたまま、悠と紗江を交互に見た。逢も、驚いたように目を見開いている。

 

「あ……え、えっと」

 

紗江は、慌てて立ち上がった。羞恥で顔が赤くなるのを感じながら、鞄を手に取る。

 

「じゃあね、二人とも」

 

逃げるように教室を出ていく紗江の背中を、美也と逢は、しばらく呆然と見送っていた。

 

「……今の、聞いた?」

「うん、聞いた」

 

二人は、顔を見合わせて、それから、堪えきれないように、同時ににやりと笑った。

 

「名前呼び、来たね……」

「来たね……」

 

しばらくの間、二人は、無言でにやにやしたまま、顔を見合わせ続けていた。

 

* * *

 

廊下を並んで歩きながら、悠が、ふと申し訳なさそうに切り出した。

 

「ごめん、いきなり、名前で呼んじゃって。驚かせたかな」

「い、いえ! 全然、大丈夫です……!」

 

紗江は、慌てて首を振った。内心では、嬉しさで胸がいっぱいだったが、それを素直に伝える勇気までは、まだ出なかった。

 

「美也ちゃんたち、びっくりしてましたね」

「そうだね。今度、ちゃんと説明しておいたほうがいいかな」

「あ……それは、わたしから、話しておきます」

 

紗江が、まだ少し火照った顔のまま、家庭科部の部室に着くと、はるかが、どこか浮かれた様子で待っていた。

 

「来た来た! 二人とも、聞いて聞いて!」

 

いつにも増して弾んだ声に、悠と紗江は、顔を見合わせた。

 

椅子の上で、軽く足を揺らしながら、はるかは楽しげに言った。

 

「来週から、学園祭、始まるでしょ?」

「あ、そういえば」

 

カレンダーを見て、紗江は、すっかり失念していたことに気づいた。学園祭の準備期間は、来週から始まる予定だった。

 

「それで、家庭科部としても、出し物、出すことにしたの!」

 

はるかは、上機嫌に、テーブルの上に紙を広げた。

 

「何にするか、三人で決めよう」

「出し物、ですか……」

 

紗江が、少し考え込む。悠も、腕を組んで思案した。

 

「お菓子を売るのは、どうでしょう」

 

紗江の提案に、はるかが、少し首を傾げる。

 

「お菓子かぁ。それもいいけど、焼き菓子系は、他の部活とかぶりそう」

「じゃあ、スイーツ系のドリンクとか?」

 

悠が、別の案を出した。はるかは、ふむ、と考え込む。

 

「それも悪くないけど、調理設備的に、ちょっと難しいかな」

 

三人で、あれこれと案を出し合った。

 

「クレープなんて、どうかな。生地を焼くだけなら、そんなに難しくなさそうだし」

「でも、トッピングの種類を揃えるのに、お金かかりそうですね」

「サンドイッチは? 見た目も華やかになるし」

「仕込みに時間がかかりそうかな。当日の回転、悪くなるかも」

 

クレープ、サンドイッチ、スイーツビュッフェ。どれも魅力的ではあったが、準備の手間や予算、会場の都合を考えると、なかなか決定打に欠けていた。

 

「じゃあ、もういっそ、たこ焼きは?」

 

ふと、はるかが放った一言に、悠と紗江は、顔を見合わせた。

 

「たこ焼き、いいですね」

「屋台っぽくて、学園祭っぽいし、意外と準備も簡単そう」

 

意見が一致したところで、はるかは、満足げに頷いた。

 

はるかが、ぱちんと手を叩いた。

 

「決まり! 家庭科部は、たこ焼き屋さんね」

 

紙にさらさらと書き込みながら、はるかは、さらに提案を続けた。その表情には、ただの思いつき以上の、何かを企んでいるような色も見え隠れしていたが、このときの二人は、まだそれに気づいていなかった。

 

「それでね、せっかくだから、二人には、それぞれオリジナルメニュー、考えてほしいの」

「オリジナル、ですか」

「うん。普通のたこ焼きだけじゃ、面白くないもんね。何か工夫したアレンジ、期待してるよ」

 

悠と紗江は、顔を見合わせた。何を作ろうか、早くも頭の中で、あれこれと考えが巡り始める。

 

「ちなみに、わたしも何か一品、考えようかな」

「先輩も作るんですか?」

「部長だもの。みんなで盛り上げなきゃね」

 

悠が、興味深そうに尋ねた。

 

「森島先輩は、どんなの考えてるんですか」

「それは、秘密」

 

いつもの調子で、はるかは、にっこりと笑ってはぐらかした。

 

「じゃあ、それぞれ、考えておいてね。来週までに」

 

はるかの号令で、三人の学園祭準備は、こうして幕を開けることになった。

 

* * *

 

数日後の放課後、紗江は、たこ焼きのメニュー案を練るため、材料を買いにショッピングモールを訪れていた。

 

休日の夕方、賑わうモールの中、紗江は、カートを押しながら、食材売り場を巡っていた。スーパーの陳列棚を眺めながら、どんな具材を組み合わせようかと、紗江は、真剣に悩んでいた。定番のタコだけでなく、チーズや明太子を使ったアレンジも、候補に挙がっている。

 

たこ以外の具材を眺めながら、紗江は、ふと、悠の好みを思い浮かべていた。彼が喜んでくれるような味にしたい。そんなことを考えながら棚を眺めていると、不意に声をかけられた。

 

「あら、偶然」

 

振り返ると、そこには、私服姿のはるかが立っていた。

 

「せ、先輩! どうして、ここに」

 

驚く紗江に、はるかは、悪びれもせずに笑った。

 

「貴方が、材料買いに行くって言ってたの、思い出して。ついてきちゃった」

 

「つ、ついてきたって……」

 

呆気に取られる紗江に、はるかは、カートを押しながら、隣に並んだ。まるで、最初からそうするつもりだったかのような、自然な足取りだった。

 

「それより、メニュー、決まった?」

「まだ、迷ってて……」

 

「そっか。まあ、ゆっくり考えればいいよ」

 

買い物カゴを覗き込みながら、はるかは、ふと、思い出したように切り出した。

 

「そういえば、遊園地、楽しかった?」

 

紗江の頬が、途端に赤く染まった。

 

「は、はい……! すごく、楽しかったです」

 

「へえ。何か、進展あったとか?」

 

興味津々といった様子のはるかに、紗江は、少し照れながら、遊園地での出来事を、ぽつぽつと話し始めた。ヒーローショーでの珍事、お化け屋敷での一幕、そして、高台で名前で呼んでもらえるようになったこと。

 

話を聞き終えたはるかは、目を輝かせて、紗江に、ぎゅっと抱きついた。カートが、がたんと小さく揺れる。

 

「やったじゃない! 前より、ずっと距離、縮まってるよ!」

 

「せ、先輩、近いです……!」

 

慌てる紗江を抱きしめたまま、はるかは、満足げに笑った。

 

「実はね、学園祭の出し物のことも、ちょっとした作戦だったんだ」

 

「作戦……?」

 

身体を離したはるかは、悪戯っぽく片目を瞑った。

 

「一緒に準備したり、練習したりする時間が増えれば、自然と、二人の距離も縮まるかなって」

 

思いがけない告白に、紗江は、言葉を失った。

 

「じゃあ、たこ焼きを選んだのも……」

「半分は本気、半分は作戦。屋台形式なら、準備も販売も、二人であれこれ動き回ることになるでしょ? そういう時間って、意外と距離、縮まるものなの」

 

はるかは、いたずらっぽく笑って、人差し指を立てた。

 

「オリジナルメニューを考えてもらったのも、二人でこっそり試作したりする時間が、できたらいいなって思って」

「そこまで、考えてくれてたんですか……」

 

紗江は、驚きと感謝が入り混じった気持ちで、はるかを見つめた。

 

「先輩、そこまで考えて……」

 

「貴方たちのこと、応援したいなって思っただけだよ」

 

はるかは、照れくさそうに笑って、紗江の肩を軽く叩いた。

 

「もっといい関係になれるといいね」

 

その言葉に、紗江は、胸がじんわりと温かくなるのを感じた。

 

「ありがとう、ございます。先輩」

 

深々と頭を下げる紗江に、はるかは、満足げに頷いた。

 

「さて、じゃあ、一緒に買い物、続けようか」

「は、はい!」

 

二人は、連れ立って、賑やかな売り場を歩き始めた。

 

「紗江ちゃんは、どんな味にするつもりなの?」

「チーズと明太子を使った、ピリ辛系を考えてます」

「いいね、それ。わたしも味見したいな」

 

棚に並んだチーズの種類を、二人で吟味し始める。

 

はるかは、興味深そうに、紗江のカゴを覗き込んだ。その流れで、二人は、ソースの種類や、トッピングのアイデアについても、あれこれと話し合った。

 

「わたしは、意外性で勝負しようかな」

「意外性、ですか?」

「うん。まだ秘密だけどね」

 

いたずらっぽく笑うはるかに、紗江も、つられて笑った。

 

「先輩のことだから、きっと、面白いもの考えてるんでしょうね」

「ふふ、期待しておいて」

 

レジに向かう道すがら、はるかは、ふと足を止めて、紗江の方を振り返った。

 

「学園祭、楽しみになってきたね」

「はい。先輩と一緒なら、きっと」

 

素直な言葉に、はるかは、満足げに目を細めた。レジ袋いっぱいの材料を手に、二人は、満ち足りた気持ちでモールを後にした。はるかは、時折、変わったアイデアを口にしては、紗江を笑わせた。学園祭に向けた準備は、こうして、思いがけない形で、賑やかに進んでいくことになった。

 

---

 

(第十六話に続く)

次進める√は?

  • 森島√
  • 棚町√
  • 桜井√
  • 七咲√
  • 絢辻√
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