不死身の少女が特異4課でデビルハンターをする話 作:@taka
第一話半 声をひそめて
毛布を引かれて、少女は目を開けた。
薄暗い部屋の中で、隣の子がこちらを覗き込んでいる。肩まで伸びた髪が頬にかかり、顔を近づけられると、毛先が鼻をくすぐった。
「そっち、踏んでる」
「……何を?」
「毛布。足、ちょっと上げて」
膝を曲げようとすると、腿の奥が引きつった。息を止めて持ち上げた隙に毛布が抜かれ、今度は爪先までかけ直される。
見慣れた低い天井と、壁の高いところにある四角い通気口。そこから流れる冷気のせいで、頭だけ外に出していると耳が冷たくなった。
隣の子は毛布の端を膝に挟み、壁際へ身体を寄せた。空いた場所へ少女が少しずつ移ると、狭い寝台が軋む。
「起きていたの?」
「そっちの扉、うるさいんだもん」
顎で示された鉄の扉は閉まっている。こちら側には取っ手しかなく、鍵穴はない。向こうで鍵を回す音がしなければ、押しても引いても開かなかった。
「眠っていてよかったのに」
「だから、起こされたんだって。ほら、もう少しそっち」
言われたとおりに肩を引くと、その子も横になった。一人で使うには十分な寝台だが、二人では寝返りも打ちにくい。向かいの寝台は空いていたものの、毛布を持って移ろうとする様子はなかった。
通路で重いものを引きずる音がする。
この部屋へ来るには、同じ形の木箱が積まれた通路を曲がらなければならない。箱の端にはロシア語と数字が並び、ときどき蓋の開いたものから、油紙に包まれた弾薬が見えた。あそこでつまずいたときは、手をつくより先に腕を掴まれたものだ。箱には触るなと、何度も言われた。
今も誰かが荷物を動かしているらしい。金具が鳴るたびに隣の子の肩へ力が入るので、少女は自分の足を少し引いた。
「狭い?」
「あなたの足が冷たい」
「ごめんなさい。離すわ」
「今さら離されても、もう冷たいよ」
そう言いながら、毛布から出ていた少女の踵を足先で押し込んでくれた。
扉の下から差す明かりが、一度だけ暗くなった。誰かが通ったのだろう。二人とも話すのをやめ、靴音が遠ざかるまで待つ。
やがて、隣から小さな歌声が聞こえてきた。
唇をほとんど開かず、息に音を乗せるような歌い方だった。前にも聞いたことのあるロシア語の歌。喫茶店で朝食を取るところまで歌うと、言葉が途切れ、鼻歌に変わった。
「そのあと、水族館でしょう」
隣の子がこちらを向いた。
「公園が先だよ」
「そうだったわ。いつも、そこを飛ばしてしまうの」
「そんなに早く行きたい?」
「見たことがないもの」
その子は毛布を顎まで引き上げた。
「私も。ペンギン、どれくらい大きいのかな」
「これくらい?」
少女が毛布の下から手を出すと、相手はその高さを見て、少し考えた。
「寝たままじゃ分かんないよ」
確かにそうだった。手をしまうと、隣からまた鼻歌が聞こえてくる。今度は公園のところを聞き落とさないようにしていたが、水族館へ着く前に歌が止まった。
「続きは?」
「あなたも歌って。さっきまで覚えてたでしょう」
「言葉はね。節が、少し」
「小さい声でいいから」
少し迷ってから、少女は口を開いた。
隣で聞いているだけなら簡単そうだったのに、自分で歌うと、言葉をどこまで伸ばせばいいのか分からない。息が足りなくなって途中を急ぐと、相手の口が妙な形に結ばれた。
間違えたらしい。
「……今、違ったでしょう」
その子は答えず、毛布へ顔を押しつけた。肩が細かく震えている。
「笑うなら、どこか教えてくれないと」
文句を言った途端、毛布の中から息が漏れた。少女も口を閉じて待とうとしたが、あまり長く顔を伏せているので、こちらまで声を出しそうになる。
「ねえ、息はできてる?」
「できて――」
廊下で靴音がした。
相手の肩が止まり、毛布から顔が上がった。今度の足音は荷物を運ぶときより速い。扉の前まで来ると、金属の触れ合う音がした。
少女は毛布から手を出した。
肘をつけば起きられる。足も、さっきよりは動く。寝台の縁へ膝を寄せようとすると、袖を掴まれた。
隣の子は扉を見たまま、手を離さない。
鍵の音はそれきりだった。低い声が二つ聞こえ、片方が何か言い返す。言葉までは聞き取れなかったが、やがて足音が離れ、遠くの扉が閉まった。
少女はついていた肘を下ろした。袖を掴んだ指も、少しずつ緩んでいく。
「まだ、何も言われてないよ」
相手は少女の顔を見ずに言った。
「……うん」
毛布へ手を入れ直すと、その子の指がついてきた。掴む場所がなくなったように一度開き、それから少女の手首へ軽く触れる。
冷たかった。自分の足のことを言えないくらい。
少女は手を引かず、そのまま壁へ頭を預けた。しばらくすると通路でまた箱を動かす音がしたが、今度は二人とも起きなかった。
「さっきの、どこが違ったの?」
小声で尋ねると、隣の子がようやくこちらを向いた。
「最後。そんなに上がらない」
「こう?」
覚えているところを歌ってみる。声を小さくしすぎて途中から息だけになったが、相手には伝わったらしい。指先で腕を一度叩かれた。
「それじゃ、同じだよ」
「教えてくれないと、ずっとこれになるわ」
その子は少し身体を寄せ、少女の耳元で間違えたところだけ歌った。今度は言葉を省かず、一つずつ区切ってくれる。
すぐそばの息が耳に触れて、くすぐったい。肩を引くと、まだ終わってない、と袖を押さえられた。
もう一度、同じ節。
少女は声を出さず、口だけでなぞった。最後の音まで確かめたその子が、毛布の中で腕を二度、軽く叩いた。