不死身の少女が特異4課でデビルハンターをする話 作:@taka
第二十二話 下は任せた
搬出口の扉は、外へ向かって開いた。
顔を出した男は、左の角ばかり気にしている。拳銃を握った右手が腰の横へ下がっていたので、少女は壁際から踏み込み、その手首を取った。腕を引きながらナイフの柄を肘の内側へ当てると、拳銃が靴のそばへ落ちる。
「なっ、おい!」
男の肩を扉へ押しつけたところで、奥にもう一人いることが分かった。箱を積んだ台車の後ろから、こちらへ銃を持ち上げている。
少女は捕まえた男の襟を引き、扉の脇へ一緒に倒れ込んだ。
銃声とともに、掴んでいた肩が跳ねた。頬へ血がかかり、男の重みが片側へ崩れる。少女は膝を地面について支えたが、耳元へ怒鳴り声を浴びせられた。
「いってえ!! 俺まで撃つんじゃねえよ!!」
「肩を押さえて。ここなら向こうから見えないわ」
「押さえるから、その手を離せ!」
少女が襟から手を抜くと、男は今度は自分から少女の袖を掴んだ。離してほしいのか、持っていてほしいのか、どちらかにしてほしかった。
角から盾を構えた隊員が近づく。その後ろの一人へ男を引き渡し、少女は開いたままの扉を指した。
「中にもう一人いるわ。台車の奥から撃ってきたの。さらに奥は、まだ確かめていない」
「こっちは引き取る。入口は二人で押さえよう」
室内で車輪が鳴った。箱を載せた台車が少しずつ扉へ近づき、その横から拳銃だけが突き出す。
前輪が敷居へ乗ったところで、少女は荷台を蹴り返した。傾いた箱が男の腕へ落ち、弾が扉の上を叩く。その間に盾を持った隊員が入口へ入り、少女も反対側から銃を持つ腕へ飛びついた。
手首を壁へ押し上げても、男は拳銃を離さない。空いた手で殴りかかってきたので、少女が首を傾けて避けると、隊員がその腕を取った。
「もう片方は押さえたぞ!」
少女は男の膝を崩し、床へ倒してから拳銃を外した。男は顔を横へ向け、歯の間から悪態を漏らしている。
「腕を動かさないで。今、外すから」
「お前が捻ってんだろうが!」
「まだ殴ろうとしているでしょう」
拘束を任せて立ち上がると、通路の奥から裸足の男が出てきた。
首が片側へ折れ、その後ろには顎のない人影が続いている。先頭の男は棚へ肩をぶつけても止まらず、床に押さえられた仲間へ手を伸ばした。
「来る! おい、こいつを何とかしろ!」
「今、立たせるから。外へ走れる?」
返事の代わりに、男は自分から膝を立てた。隊員が腕を引いて搬出口へ向かう間、少女は二人とゾンビの間へ入った。
最初の手を払い、顎の下へ刃を入れる。倒れてくる身体を脇へ押すと、次の顔がすぐ後ろにあった。振りかぶった肘が棚へ触れ、腕に痺れが走る。
狭すぎる。
少女は後ろへ下がり、搬出口寄りの空いた場所へ相手を引き出した。盾の隊員が横から身体を押さえ、その肩越しに少女が刃を届かせる。動かなくなった二体を壁際へ寄せたころには、二人とも息が上がっていた。
「奥へ進むか?」
「先に、この台車をどけたいわ。もう一度来たら、引っかかってしまう」
荷台には破れた箱が一つ残っている。少女が取っ手を引いたとき、通路の先で靴音が止まった。
今度の男は、倒れたゾンビを見て足を止めた。
手には拳銃。
「伏せて!」
少女は台車の陰へ屈んだ。薄い棚板を弾が抜け、左袖が裂ける。隊員が盾を前へ出し、少女の肩を奥へ押し込んだ。
「そこから出るな!」
銃声が途切れた一瞬、少女は床へ落ちていた箱を男の足元へ投げた。男が半歩退いたところへ、隊員が盾を構えて進む。少女もその陰を離れずに距離を詰め、壁際へ追い込まれた腕を横から押さえた。
拳銃が床へ落ちたあとも、男は暴れた。少女が腕を背へ回すと短い悲鳴を上げ、ようやく膝をつく。
「手を痛めているわ。もう動かさないで」
「お前がやったんだろうが……!」
それは、そうだった。
少女は言い返さず、足元の拳銃を遠ざけた。
*
地下の床から、鮫の頭が浮かび上がった。
アキは足を止めた。コンクリートを壊して出てきたわけではない。水面から顔を出すように現れた口がゾンビの脚を噛み、その身体を床へ引き倒す。
防毒面の魔人が、その頭を蹴り飛ばした。
「おっと、ごめん!」
鮫が何か喚いたが、アキは聞き終えずに壁際へ寄った。向こうでは細い脚が何本も動き、群がるゾンビを床へ縫い止めている。翼のある悪魔だけが、少し離れた場所で靴の汚れを気にしていた。
「キミ、ハンカチ持ってない?」
「持ってない。背後を見ろ」
近づいたゾンビを斬ると、悪魔は倒れた身体から一歩離れた。
アキは奥の扉へ向かった。開いた隙間から男が現れ、その手にある拳銃が持ち上がる。
右目には、すでに銃口がこちらを向いていた。
腕が伸びきる前に踏み込み、刀の柄を男の顔へ当てる。男は戸へ背中を打ちつけて座り込み、拳銃を落とした。アキはそれを蹴り離し、近づいてきた防毒面の魔人へ男を示した。
「まだ生きてる。外へ運んでもらえるか」
「いいよ。裏が使えるんだっけ?」
頷いてから、アキは階段へ入った。地下の騒ぎが遠ざかるにつれて、頭上から聞こえる銃声がはっきりしてくる。
踊り場の壁へ寄り、次の廊下を確かめたところで、奥に立つ女と目が合った。
沢渡だった。
パーカーのポケットへ片手を入れ、ラーメン屋にいたときと変わらない顔をしている。アキは柄を握る指を少し緩めた。
「大人しく投降しろ」
沢渡の手がポケットから出た。
「ヘビ」
右目いっぱいに、開いた顎が迫る。
アキは脇の戸へ肩をぶつけ、押し開けた室内へ転がり込んだ。直後、廊下の壁が砕け、破片が床を跳ねる。
中は荷物の少ない倉庫だった。中央に柱が二本、右の壁沿いに木箱。奥にはもう一つ戸がある。アキが柱の陰へ移ると、壊れた入口から巨大な顎が入り込み、その縁に並ぶ手が壁の残骸を押し広げた。
*
七階でエレベーターが止まった。
デンジは胸の紐から手を離し、隣から聞こえる咀嚼の音に顔をしかめる。パワーは、さっきゾンビからもぎ取ったものをまだ噛んでいた。
「お前、それ、よく食えるな」
「肉じゃろ」
「うぇ、ばっちい〜」
腹は減っているが、分けてもらうくらいなら我慢したほうがいい。
扉が開くと、廊下を埋めるゾンビが現れた。互いの肩へぶつかり、口を押しつけている者もいる。まだこちらに向かってこないので、デンジは声を落とした。
「おい、大きい声を――」
「ワシの名はパワー!!」
デンジは口を閉じた。
「勝負じゃ!!」
飛び出したパワーの手に血の刃が伸び、先頭の首が宙へ飛んだ。彼女は倒れた身体を踏み越え、次の相手へ武器を振り下ろす。
「どうじゃ! どんなもんじゃ!」
「そっちは任せた」
デンジは上階のボタンを押した。
「デンジ!! ワシについてこい! 後ろは任せるぞ!」
閉まり始めた扉の向こうで、パワーが振り返った。デンジが片手を上げると、何か怒鳴ったが、鉄の扉が声を遮る。
急に静かになった箱の中で、デンジは袖をまくった。刀の男を捕まえる。その話は、ここへ乗る前にもした。もう一度説明しているうちに、あいつは三匹くらい余計に殺すだろう。
*
少女は左袖を捲り、裂けたところを確かめた。
傷は浅かった。指を開いて握ってみても、引きつれるだけで動く。隊員が包帯を出したので、断りかけた手を戻し、腕を差し出した。
「左は使えるわ。ただ、強く引かれると痛い」
「分かった。銃を取るときは無理にそっちへ回すな」
巻き終わるのを待っていると、奥の事務室で小さな火がついた。開いた戸の向こうに、封筒を持つ男がいる。火はその角から広がっていた。
少女の足が半歩出た。
「そこの部屋で、書類を燃やしているわ」
「入口は俺が見る。もう一人と行け」
少女は隊員が後ろへついたのを確かめ、事務室へ入った。男は火のついた封筒を折り潰そうとしていたが、少女が腕を取ると、もう片方の手を腰へ伸ばした。
隊員がその手を押さえる。床へ落ちた拳銃を踏んで遠ざける間に、少女は机上の厚い帳簿を火へかぶせた。
「離せ!」
「先に銃を出そうとしなければ、こんなに押さえなくて済んだのよ」
男の頬が机へ押しつけられた。眼鏡が床へ落ちたが、本人はそちらより帳簿の下を気にしている。
焦げた匂いが薄れるまで待ち、少女は帳簿を持ち上げた。封筒の端は崩れているものの、中の紙は残っている。その一枚に見覚えのある店の名前があった。
沼ラーメンの幟が、頭に浮かんだ。
日付と時刻。その下に、四課の文字。
続きを読もうとして、自分の指に血がついていることに気づいた。少女は机から厚紙を取り、紙の下へ差し込んだ。
「四課のことが書いてあるわ。ほかの荷物と分けておいてほしいの」
「どこにあった?」
「この人が持っていた封筒よ。火を消すために、そこの帳簿を使った」
隊員が保管用の袋を取りに行く間、眼鏡の男は何も言わなかった。
少女も問い詰めず、事務室を出た。頭上では重いものを引きずる音が続いている。階段へ向かいかけたところで、搬出口から名前を呼ばれた。
防毒面の魔人が、人間を肩へ担いで立っていた。
「あ、ここから出していい?」
「外に人がいるわ。台車を動かすから、少し待って」
隊員と一緒に台車を壁へ寄せ、倒れた棚も通路から退ける。担がれた男は曲がり角で足が触れるたびに呻き、防毒面の魔人がその都度「ごめんね」と謝った。
「通りやすくて助かるよ。この人、ぶつけると痛がるから」
「ぐ……!」
「ほら」
少女は外の隊員を呼び、担架を入れる位置を空けた。
捕まえた人数、負傷者、事務室の書類。それぞれの報告が無線へ流れる間にも、階段から次の足音が近づいてくる。
少女は手元の包帯を直してから、通信をしている隊員へ声をかけた。
「搬出口は使えるわ。私はここに残るから、上の人たちにも伝えてくれる?」
*
到着の音がした。
開いた扉の向こうに、黒い服の男が立っていた。両脇の二人は拳銃を向けている。デンジは真ん中の顔を見つけ、胸へ手を伸ばした。
「出たな、モミアゲマン」
「まてまてまて。少し話さないか」
男が片手を上げても、両脇の銃口は動かない。デンジも紐を離さずに待った。
男は祖父と仲間を殺された話を始めた。デンジが素直に殺されれば投降するつもりだという。ゾンビになっていたから殺したのだと答えると、今度は嘘をつくなと怒鳴られた。
話をしようと言ったのは、そっちだろうが。
「それが仮に本当だったとしてだ。ゾンビも元は人間。そいつらを殺して、お前は心が痛まないのか?」
「全然」
考えるほどのことでもなかった。
ポチタがいなくなったことのほうが、ずっと嫌だった。あの爺さんのために悲しむところまで、回らない。
男は自分も心臓が刀の悪魔になっていると話し、それでもゾンビを殺した夜は眠れなくなるのだと言った。デンジは黙って聞いていたが、寝る前までこいつの話を思い出すのは嫌だな、と考えていた。
「少しでも人の心が残ってるなら、俺達に大人しく殺されちゃくれねえか?」
背後でエレベーターの扉が閉まった。
「うーん……」
デンジが考える顔をすると、男は待った。
「やだ」
「じゃあ、斬り殺してやるよ!」
男の手が、もう片方の手首へかかる。デンジも胸の紐を握り直した。
「やってみろよバァ〜カ!!」
紐を引いた。胸の奥でエンジンがかかり、目の前では黒い袖から長い刃が抜け出してくる。