不死身の少女が特異4課でデビルハンターをする話 作:@taka
第二十三話 聞かせてやる
刀を受けた腕が、肩まで押し戻された。
デンジは踵を踏ん張り、もう片方の刃を男の脇腹へ突き出した。黒い上着が裂け、血が壁へ飛ぶ。浅い傷だったが、前は触ることさえできなかった。
「痛えかよ! 俺も痛かったんだよ!!」
返ってきた膝を腹を引いて避け、額のチェンソーを振り下ろす。男が顔を背けたので肩を掠めただけだったが、そのまま身体を押しつけると、相手の靴が半歩下がった。
銃を持っていた二人は廊下の端へ逃げていた。互いを押しのけている姿に気を取られた途端、男の蹴りが腹へ入る。
背中が窓へぶつかり、ガラスに白い亀裂が走った。
迫る肩も、床を蹴る足も、今は見えた。だが、見えたからといって逃げ切れるわけではない。デンジが両腕の刃を交差させると、衝撃が胸まで突き抜け、背後の窓が一斉に割れた。
*
搬出口から顔を出しかけた隊員の腕を、少女は引いた。
二人で壁際へ寄った直後、路地へガラスが降ってきた。大きな破片が台車を叩き、細かな粒が靴の周りを跳ねる。上を確かめたときには、割れた窓に誰の姿もなかった。
遠くでチェンソーの音がした。
「今の、味方か?」
「デンジの音はするわ。でも、どうなったのかまでは……」
無線から線路という言葉が聞こえ、隊員が角へ向かった。少女もそちらへ足を出しかけたが、階段から担架を呼ぶ声が上がる。
「裏から入るか!」
「通れるわ。ガラスが落ちているから、壁側へ寄って!」
少女は扉を押さえ、担架が敷居を越えるのを手伝った。運ばれてきた男は腿に巻いた布を両手で握り、曲がり角で足が揺れると声を上げた。
足の側を支えて外へ出し終えるころには、チェンソーの音は聞こえなくなっていた。
*
柱の角が欠け、アキの頬へ破片が当たった。
ヘビの頭が脇を抜けたところで動こうとすると、今度は尾が床を払う。右目には足を取られるところが見えていたのに、跳ぶのが遅れた。足首を打たれて身体が流れ、アキは肩から床へ落ちる。
「っ、ぐ……!」
そのまま転がると、頭のあった場所へ顎が閉じた。刀を手放さずに起き上がり、柱へ手をついて右足を確かめる。痛みは脛まで走ったが、体重はかけられた。
沢渡は入口の向こうにいる。
アキがそちらへ踏み出すたび、太い胴が間へ入った。頭ばかり追っていては届かない。分かっていても、あれだけの口が迫れば、そちらを見ずにはいられなかった。
壊れた入口の端で、小さな靴が動いた。
瓦礫を避けて入ってきたコベニが、壁際へ身体を寄せている。顔は青白いが、手にしたナイフは揺れていなかった。
アキは声をかけず、柱から離れた。
沢渡の顔がこちらを追う。アキが左へ進むと、ヘビも首を曲げた。右足へ体重を乗せた途端、膝が少し落ちる。
沢渡の手が動いた。
開いた顎が右目を埋める。アキは刀を引きつけて床へ身を投げ、通り過ぎる巨体の下へ潜った。柱の削れる音に混じって、背後で小さな声がした。
「動かないでください」
コベニの刃が、沢渡の首元へ当たっていた。
沢渡が空いた手を上げようとしたので、アキは立ち上がり、その手首を掴んだ。コベニはもう片方を背へ捻り上げたまま、足の位置を変える。
「ヘビを消せ」
沢渡は二人を順に確かめた。首へ触れる刃がわずかに押し込まれると、舌打ちをして手を緩める。
部屋を塞いでいた胴が消えた。急に広くなった床には、砕けた壁と木箱、それからアキの血が点々と残っていた。
拘束を確かめ、応援の隊員へ沢渡を渡してから、アキは刀を下げた。
「助かった。辞めるって聞いてたが」
「……もうすぐ、ボーナスが出るので」
コベニはナイフをしまう前に、刃についた埃を払った。上手く落ちず、袖へ擦りつけかけてやめる。
「もらってから、考えようと思って……」
「そうか」
アキが歩き出すと、右足をついたところで身体が傾いた。コベニの手が肘へ伸びる。
「肩、使いますか」
「階段だけ頼む」
「私も、早く下りたいです」
*
電車の屋根へ落ちた靴が滑り、デンジは腕の刃を突き立てて身体を止めた。
風が顔を叩く。刃を抜くより早く黒い影が飛び込んできて、刀が肩のすぐ脇を走った。デンジがもう片方の腕で受けると火花が散り、二人分の重みで屋根が沈む。
踏み直した足の下で、鉄板が裂けた。
天井も灯りも一緒に落ち、デンジは背中から床へ叩きつけられた。目の前で吊り革が一本だけ揺れている。その向こうに座っていた男が口を開き、次の瞬間には車内いっぱいに悲鳴が広がった。
「きゃああっ!」
「逃げろ! 向こうの車両へ行け!」
鞄が落ち、誰かの靴がそれを踏み越えた。デンジは脚に載った天井板を膝で跳ね上げ、座席へ肩をぶつけながら立つ。ブレーキの音とともに乗客たちがよろめき、奥の扉へ折り重なった。
男との間に、女が一人倒れていた。
白い服へ埃が積もり、腕の下には小さな鞄が潰れている。デンジが呼ぶと肩が動いたが、顔を上げた女は、こちらを見た途端に頭を抱えた。
「おい! 起きろって!」
手を伸ばしかけて、腕の刃に気づく。慌てて横へ逃がすと、女はさらに小さくなった。
そうじゃねえ。
「向こう! あっち行けって!」
頭で示しても通じなかった。その向こうで、刀の男が腰を落とす。
デンジは女を跨ぐように前へ出た。
刀が走り、受けた左腕が刃ごと飛んだ。
「ギャッ!」
肩が後ろへ振られ、切り離された腕が座席へ当たる。女が血を浴びて息を呑んだ。デンジは歯を食いしばり、残った腕を男へ向けたまま怒鳴る。
「早く行け!!」
今度は動いた。女は鞄を拾わず、隣の車両へ這うように逃げていく。
もう少し格好よく助けたかった。痛がって叫んだうえに、顔へ血までかけた。礼を言うどころではなかっただろうが、こっちから逃げたようにしか見えない。
男が、また腰を落とした。
「なあ! それ禁止にしようぜ!」
聞くわけがなかった。
残った腕を立てたところへ二度目の斬撃が来た。腕が軽くなり、そのあとから痛みが追いついてくる。デンジは座席の縁へ背中をぶつけ、そのまま膝をついた。
両腕がない。
立とうとするたび、ない手を床へつきそうになる。切り離された腕はすぐそこに転がっていたが、拾う手も残っていなかった。
男がゆっくり近づいてくる。
もう勝ったつもりだ。さっきまでより、ずいぶん落ち着いて歩いている。腹は立ったが、すぐに斬りかかってこないのは助かった。
デンジは靴を引き寄せ、血で滑らない場所を探した。
あの酔っ払いも、終わりだと言ってから攻撃してきた。
今日はここまで。そう言われれば、こっちは休めると思う。気を抜いたところへ刃物が飛んできて、文句を言う暇さえなかった。
デンジは顎を上げた。
「まだ戦えるぜ……頭んチェンソーが残ってっからなあ!!」
男の顔が、額の刃へ向いた。
デンジは頭を少し下げ、突っ込むように肩を前へ出す。両腕がないのだから、それしかできないように見えればよかった。
男が腰を落とした。
またあの構えだ。避け切れる気はしない。受ける腕も、もうない。
ただ、どこを狙うかは分かった。
黒い上着が迫った瞬間、デンジは頭を突き出しながら脚を振り上げた。額に衝撃が走り、チェンソーの歯が火花と一緒に散る。その下を、靴を突き破って伸びた刃が通った。
脚から腰へ伝わる手応え。デンジは歯を食いしばり、そのまま蹴り抜いた。
男が背後へ抜ける。折れた頭の刃が床で跳ねた。
「爺ちゃんに謝罪しろ。そうしたら楽に殺してやる」
まだ気づいていない。
デンジはよろめきながら足をつき、肩越しに男を確かめた。
「ご丁寧に頭狙ってくれてよぉ、あんがとなバァ〜カ!」
振り返った男の上着が裂けた。胸から腹へ走った線が開き、片側の肩が下がっていく。
デンジは血のついた脚を持ち上げた。
「ジジイから教わらなかったかァ〜?」
靴の先から突き出したチェンソーが、まだ唸っている。
「獣が狩人の言葉信じるなってなあ〜!?」
男の身体が左右に分かれ、床へ崩れた。
デンジは倒れた相手が動かないのを確かめてから、座席へ尻を落とした。痛いし、腹は減ったし、靴まで駄目になった。それでも、今度は勝った。
あの酔っ払いに聞かせてやりたかった。
*
持ち場を引き継いで線路脇へ着くと、デンジは壁へ背を預けていた。
肩には借りた上着。腕は二本あり、指を何度も曲げ伸ばししている。救護の隊員が空の血液袋を片づけていたので、少女は腕について尋ねずに済んだ。
「勝ったのね」
「見りゃ分かんだろ」
顎で示した先には、手足を縛られた男がいた。身体は繋がっているが、裂けた服までは戻らないらしい。上着の前を腹へ寄せ、三人を睨んでいる。
連絡を終えたアキが、右足を庇いながら戻ってきた。
「引き渡しの車が来る。それまで見張ってろ」
「見張ってるだけってのも、つまんなくね?」
デンジが壁から離れた。
「こいつのキンタマ蹴ってよ。迎えが来るまでに、どっちがでけえ声を出させられるか勝負すんの」
「身柄を引き渡す準備をしろって言ったんだ」
「準備できてんじゃん。縛ってあるし」
男が足を引こうとして、縄に止められた。
少女はデンジの上着の袖を掴んだ。
「待って。車が来るまで、大人しくしていたほうが――」
「俺ばっか痛え思いして、こいつは寝てる間に運ばれんのかよ」
「お前に斬られてんだろうが!」
「じゃあ一勝一敗じゃん。決勝やんねえと」
「何の決勝だ、てめえ!」
少女の手から袖が抜けた。デンジはもうアキの顔を覗き込んでいる。
「病院で暇してんだろ。面白え話を持ってってやろうぜ」
「これを聞かせる気か」
「お前が勝ったっつったら喜ぶんじゃね?」
アキは答えず、男の顔を見ていた。
少女にも、姫野が笑うところは想像できた。アキが参加したと知れば、きっと本人へ何度も聞き返す。傷に響くから笑うなと言われても、聞かないだろう。
「……勝ったら何くれんだ?」
デンジの口が大きく開いた。
「そりゃ、こいつの――」
「いらねえ」
「まだ言ってねえだろ!」
アキが袖を捲ったので、少女は掴む相手を間違えた気がした。
「本当にやるの?」
「お前は向こう向いてろ」
「向こうを向いていたら、止められないでしょう」
「じゃあ審判やれよ。俺ら二人じゃ揉めるじゃん」
男が少女へ身を乗り出した。
「おい、止めろよ。お前はまともだろ!」
少女は、男の裂けた上着から顔へと目を移した。ラーメンを食べながら、こちらの舌がどうだと言っていた口だった。今になって、自分だけはまともだと決められても困る。
「さっきまでは、止めようと思っていたわ」
デンジが腹を抱えた。
「ハハッ! 聞いたか、お前!」
「何がおかしいんだ!」
「ほら、声はまだ出るじゃん。俺からな!」
最初の悲鳴が上がると、少女は思わず肩をすくめた。
「ぎゃああッ!」
男が身体を丸める。デンジは満足そうに振り返ったが、少女は返事をする前に、遅れて届いた反響を聞いた。
「今のを覚えとけよ!」
「あなたの笑い声も混ざっていたわ」
「俺のは数えんなよ!」
「では、次は静かにしていて」
アキが柵へ片手をついた。痛めた足へ体重をかけないよう位置を変え、その間も男から離れない。
「待て。お前までやることねえだろ。おい――」
続きは悲鳴になった。
少女の口から、考えるより先に声が出た。
「早川の勝ち!」
自分でも驚くほど大きかった。
デンジが振り返り、アキまで一瞬こちらへ顔を向ける。その間に、少女は片手を高く上げていた。
「はあ!? まだ一回ずつだろ!」
「一回ずつ比べるのでしょう。今のほうが大きかったわ!」
「俺のほうが響いてたじゃん!」
「あなたが一緒に笑っていたからよ。さっき言ったでしょう」
「じゃあ、もう一回!」
男が首を振ると、少女はそちらへ向き直った。
「何か意見があるの?」
「やめろって言ってんだ!」
「今の声は入らないわ。競技の途中ではないもの」
アキが顔を背けた。肩が揺れている。
それを見たデンジが、さらに食い下がった。
「お前、早パイに甘くしてんだろ!」
「では、同じ場所から聞くわ。それなら文句はないでしょう」
「ねえよ!」
「あと一回ずつね。負けてから回数を増やしては駄目よ」
少女は三歩離れ、足元の砂利を靴で均した。デンジが男の前へ立つと、今度は腕を組んで待つ。
「ちょっと待って」
「何だよ!」
「まだ前の声を覚えているところなの。あなた、急ぎすぎだわ」
男が何か言いかけた。少女が黙って人差し指を立てると、デンジが噴き出した。
「ハハハッ! お前、結構ひでえな!」
二巡目の悲鳴を聞き終えたときには、少女ももう口元を隠していなかった。
「早川! 今のほうが大きいわ!」
「ウソだろ!?」
「最初はデンジかと思ったけれど、最後にもう一段上がったもの!」
「最後って何だよ! お前、声のどこ聞いてんだよ!」
「全部よ。あなたがちゃんと聞けと言ったのでしょう!」
アキが柵へ額を寄せた。
「もういい。決まった」
「勝った奴が終わらせんなよ!」
少女はとうとう声を上げて笑った。
「あははっ! 駄目よ、デンジ。回数は増やさない約束でしょう!」
「お前まで何でそんな嬉しそうなんだよ!」
「判定に文句を言われなくて済むから――ふふっ、待って。まだ言うつもりなの?」
デンジの顔を見たら、また笑ってしまった。
引き取りに来た隊員が、笑っている少女と、柵へ片手をついたアキと、うずくまる男を順番に確かめる。
「何かあったか?」
「捕まえました」
アキが答えた。
少女は片手を下ろした。まだ上げていたことに、そのとき気づいた。
*
駅前の公衆電話から病院へ繋がるまで、アキは硬貨の残りを確かめていた。
背後ではデンジが、まだ判定の文句を言っている。少女は取り合わなかったが、早川の二回目は柵を使った、と言われたところで、柵を使わない決まりはなかったと返した。
受話器から姫野の声がした。
「アキ君?」
「終わりました」
少し間が空いた。病院の廊下らしい足音と、遠くで人を呼ぶ声。そのあとで、息を吐く音が聞こえる。
「みんなは?」
「生きてます。デンジも、あいつも」
「君は?」
「脚を少し。歩けます」
少女がこちらへ顔を向けたので、アキは電話機のほうへ身体を戻した。
「刀の男は確保しました」
「そっか。それで、何か話せることは――」
「早パイが勝ったぞ!」
耳元でデンジが怒鳴った。
アキは受話器を離した。
「うるせえ!」
「言っといてやったんだろ! 俺なら自分が勝ったって言ってもよかったんだからな!」
受話器へ戻ると、姫野が何に勝ったのか尋ねていた。
短く済ませるつもりだった説明は、デンジの訂正が入るたびに長くなった。姫野の相槌が途切れ、やがて、堪えきれなくなった笑い声が聞こえてくる。
「あははっ! ちょっと待って。アキ君もやったの?」
「……はい」
「何やってんの、君まで!」
デンジは得意そうだった。自分が笑わせたつもりなのだろう。アキは硬貨をもう一枚入れ、笑いが収まるのを待った。
「あ、痛っ……もう、明日ちゃんと聞かせて。あの子は止めなかったの?」
「審判をしてました」
「結構でけえ声でな!」
少女がデンジの袖を引いたが、遅かった。
渡された受話器を耳へ当てると、姫野はまだ笑っている。
「キミ、そんなに張り切ったの?」
「二人とも、判定を聞かないから」
「お前、頼む前から早川の勝ちって叫んでたじゃん」
少女は受話器の口を覆った。
「審判を頼んだのは、あなたでしょう」
「そんな楽しそうにやれとは言ってねえよ」
「真面目にやっても文句を言うのね」
手を外すと、姫野が息を整えていた。
「明日は全員の話を聞こうかな。誰が一番ひどかったか、私が決める」
「それは、デンジだと思うわ」
「俺かよ!」
「キミも候補に入ってるからね」
少女は口を閉じた。受話器を返されたアキが、明日また来ると伝える。
電話を終えて歩き始めると、右足に痛みが走った。すぐ横から少女の顔が寄ってきたので、アキは先に答えた。
「診てもらう」
「まだ何も言っていないわ」
「顔に出てる」
デンジが笑いながら腹を押さえた。
「その前に何か食おうぜ。勝ったら腹減った」
「大会は負けたでしょう」
「刀の野郎にだよ! そっちは俺の勝ちだろ!」
*
押収品を並べた部屋には、焦げた紙の匂いが残っていた。
岸辺は受領欄へ名前を書き、袋に入った封筒を引き寄せた。搬出口近くの事務室で焼かれかけ、少女が火を消したものだという。
「本人は、どこまで読んだ」
「店の名前と、四課の記載です。そのあとは搬送へ戻っています」
「そうか」
厚紙ごと机へ出すと、最初の一枚に襲撃された店の名と日時があった。人数と服装、デンジについての記述。その下に少女の特徴が短く並んでいる。
次の紙は上部が焼けていた。差出人は読めず、残った文章も途中で切れている。ただ、心臓の確保を優先することと、呼吸停止を確認した場合に時刻を記録することは読み取れた。
誰の呼吸かを示す箇所は欠けている。
岸辺はその紙を脇へ置き、続く一覧を確かめた。管理番号が並んだ一行に、見覚えがあった。
少女を連れ出したあとで受け取った、ソ連の記録。翻訳された本文より先に、原本の隅へ繰り返し打たれていた番号。
岸辺は手帳を開き、控えてある数字と一桁ずつ照らし合わせた。
一致していた。
別の紙には国内の照会日と、取扱部署の略記がある。少女について公安へ提出した報告より、その照会のほうが早かった。
岸辺は二枚を並べた。番号が同じだからといって、誰が読んだのかまでは分からない。部署名だけで、誰が指示したとも決められなかった。
離れた机で電話が鳴った。
応答した担当者は、受話器を置いてから岸辺のところへ戻ってきた。
「沢渡ですが、搬送前に死亡したそうです」
「誰がやった」
「契約していたヘビに。自殺なのか、契約によるものかは、まだ確認できていません」
岸辺は並べた紙へ手を置いた。
「複写を取れ。原本は回収記録と一緒に保管しろ」
担当者が紙を持っていくと、机には封筒を支えていた厚紙が残った。端に、小さな血の跡がついている。
内線が鳴り、別の職員が岸辺を呼んだ。受話器を取ると、マキマの声がした。
『お疲れさまです。あの子、よく働いてくれたそうですね』
「そうらしいな」
『怪我の具合はいかがですか?』
「まだ会ってない」
『そうですか。報告がまとまったら、私にもお願いします』
「ああ」
通話を終えるころ、複写が戻ってきた。
岸辺は紙を揃えて封筒へ入れ、コートの内側へ収めた。机に残った酒には手をつけず、椅子を戻して部屋を出た。