不死身の少女が特異4課でデビルハンターをする話   作:@taka

26 / 27
第二十三話 聞かせてやる

第二十三話 聞かせてやる

 

 刀を受けた腕が、肩まで押し戻された。

 

 デンジは踵を踏ん張り、もう片方の刃を男の脇腹へ突き出した。黒い上着が裂け、血が壁へ飛ぶ。浅い傷だったが、前は触ることさえできなかった。

 

 「痛えかよ! 俺も痛かったんだよ!!」

 

 返ってきた膝を腹を引いて避け、額のチェンソーを振り下ろす。男が顔を背けたので肩を掠めただけだったが、そのまま身体を押しつけると、相手の靴が半歩下がった。

 

 銃を持っていた二人は廊下の端へ逃げていた。互いを押しのけている姿に気を取られた途端、男の蹴りが腹へ入る。

 

 背中が窓へぶつかり、ガラスに白い亀裂が走った。

 

 迫る肩も、床を蹴る足も、今は見えた。だが、見えたからといって逃げ切れるわけではない。デンジが両腕の刃を交差させると、衝撃が胸まで突き抜け、背後の窓が一斉に割れた。

 

     *

 

 搬出口から顔を出しかけた隊員の腕を、少女は引いた。

 

 二人で壁際へ寄った直後、路地へガラスが降ってきた。大きな破片が台車を叩き、細かな粒が靴の周りを跳ねる。上を確かめたときには、割れた窓に誰の姿もなかった。

 

 遠くでチェンソーの音がした。

 

 「今の、味方か?」

 「デンジの音はするわ。でも、どうなったのかまでは……」

 

 無線から線路という言葉が聞こえ、隊員が角へ向かった。少女もそちらへ足を出しかけたが、階段から担架を呼ぶ声が上がる。

 

 「裏から入るか!」

 「通れるわ。ガラスが落ちているから、壁側へ寄って!」

 

 少女は扉を押さえ、担架が敷居を越えるのを手伝った。運ばれてきた男は腿に巻いた布を両手で握り、曲がり角で足が揺れると声を上げた。

 

 足の側を支えて外へ出し終えるころには、チェンソーの音は聞こえなくなっていた。

 

     *

 

 柱の角が欠け、アキの頬へ破片が当たった。

 

 ヘビの頭が脇を抜けたところで動こうとすると、今度は尾が床を払う。右目には足を取られるところが見えていたのに、跳ぶのが遅れた。足首を打たれて身体が流れ、アキは肩から床へ落ちる。

 

 「っ、ぐ……!」

 

 そのまま転がると、頭のあった場所へ顎が閉じた。刀を手放さずに起き上がり、柱へ手をついて右足を確かめる。痛みは脛まで走ったが、体重はかけられた。

 

 沢渡は入口の向こうにいる。

 

 アキがそちらへ踏み出すたび、太い胴が間へ入った。頭ばかり追っていては届かない。分かっていても、あれだけの口が迫れば、そちらを見ずにはいられなかった。

 

 壊れた入口の端で、小さな靴が動いた。

 

 瓦礫を避けて入ってきたコベニが、壁際へ身体を寄せている。顔は青白いが、手にしたナイフは揺れていなかった。

 

 アキは声をかけず、柱から離れた。

 

 沢渡の顔がこちらを追う。アキが左へ進むと、ヘビも首を曲げた。右足へ体重を乗せた途端、膝が少し落ちる。

 

 沢渡の手が動いた。

 

 開いた顎が右目を埋める。アキは刀を引きつけて床へ身を投げ、通り過ぎる巨体の下へ潜った。柱の削れる音に混じって、背後で小さな声がした。

 

 「動かないでください」

 

 コベニの刃が、沢渡の首元へ当たっていた。

 

 沢渡が空いた手を上げようとしたので、アキは立ち上がり、その手首を掴んだ。コベニはもう片方を背へ捻り上げたまま、足の位置を変える。

 

 「ヘビを消せ」

 

 沢渡は二人を順に確かめた。首へ触れる刃がわずかに押し込まれると、舌打ちをして手を緩める。

 

 部屋を塞いでいた胴が消えた。急に広くなった床には、砕けた壁と木箱、それからアキの血が点々と残っていた。

 

 拘束を確かめ、応援の隊員へ沢渡を渡してから、アキは刀を下げた。

 

 「助かった。辞めるって聞いてたが」

 「……もうすぐ、ボーナスが出るので」

 

 コベニはナイフをしまう前に、刃についた埃を払った。上手く落ちず、袖へ擦りつけかけてやめる。

 

 「もらってから、考えようと思って……」

 「そうか」

 

 アキが歩き出すと、右足をついたところで身体が傾いた。コベニの手が肘へ伸びる。

 

 「肩、使いますか」

 「階段だけ頼む」

 「私も、早く下りたいです」

 

     *

 

 電車の屋根へ落ちた靴が滑り、デンジは腕の刃を突き立てて身体を止めた。

 

 風が顔を叩く。刃を抜くより早く黒い影が飛び込んできて、刀が肩のすぐ脇を走った。デンジがもう片方の腕で受けると火花が散り、二人分の重みで屋根が沈む。

 

 踏み直した足の下で、鉄板が裂けた。

 

 天井も灯りも一緒に落ち、デンジは背中から床へ叩きつけられた。目の前で吊り革が一本だけ揺れている。その向こうに座っていた男が口を開き、次の瞬間には車内いっぱいに悲鳴が広がった。

 

 「きゃああっ!」

 「逃げろ! 向こうの車両へ行け!」

 

 鞄が落ち、誰かの靴がそれを踏み越えた。デンジは脚に載った天井板を膝で跳ね上げ、座席へ肩をぶつけながら立つ。ブレーキの音とともに乗客たちがよろめき、奥の扉へ折り重なった。

 

 男との間に、女が一人倒れていた。

 

 白い服へ埃が積もり、腕の下には小さな鞄が潰れている。デンジが呼ぶと肩が動いたが、顔を上げた女は、こちらを見た途端に頭を抱えた。

 

 「おい! 起きろって!」

 

 手を伸ばしかけて、腕の刃に気づく。慌てて横へ逃がすと、女はさらに小さくなった。

 

 そうじゃねえ。

 

 「向こう! あっち行けって!」

 

 頭で示しても通じなかった。その向こうで、刀の男が腰を落とす。

 

 デンジは女を跨ぐように前へ出た。

 

 刀が走り、受けた左腕が刃ごと飛んだ。

 

 「ギャッ!」

 

 肩が後ろへ振られ、切り離された腕が座席へ当たる。女が血を浴びて息を呑んだ。デンジは歯を食いしばり、残った腕を男へ向けたまま怒鳴る。

 

 「早く行け!!」

 

 今度は動いた。女は鞄を拾わず、隣の車両へ這うように逃げていく。

 

 もう少し格好よく助けたかった。痛がって叫んだうえに、顔へ血までかけた。礼を言うどころではなかっただろうが、こっちから逃げたようにしか見えない。

 

 男が、また腰を落とした。

 

 「なあ! それ禁止にしようぜ!」

 

 聞くわけがなかった。

 

 残った腕を立てたところへ二度目の斬撃が来た。腕が軽くなり、そのあとから痛みが追いついてくる。デンジは座席の縁へ背中をぶつけ、そのまま膝をついた。

 

 両腕がない。

 

 立とうとするたび、ない手を床へつきそうになる。切り離された腕はすぐそこに転がっていたが、拾う手も残っていなかった。

 

 男がゆっくり近づいてくる。

 

 もう勝ったつもりだ。さっきまでより、ずいぶん落ち着いて歩いている。腹は立ったが、すぐに斬りかかってこないのは助かった。

 

 デンジは靴を引き寄せ、血で滑らない場所を探した。

 

 あの酔っ払いも、終わりだと言ってから攻撃してきた。

 

 今日はここまで。そう言われれば、こっちは休めると思う。気を抜いたところへ刃物が飛んできて、文句を言う暇さえなかった。

 

 デンジは顎を上げた。

 

 「まだ戦えるぜ……頭んチェンソーが残ってっからなあ!!」

 

 男の顔が、額の刃へ向いた。

 

 デンジは頭を少し下げ、突っ込むように肩を前へ出す。両腕がないのだから、それしかできないように見えればよかった。

 

 男が腰を落とした。

 

 またあの構えだ。避け切れる気はしない。受ける腕も、もうない。

 

 ただ、どこを狙うかは分かった。

 

 黒い上着が迫った瞬間、デンジは頭を突き出しながら脚を振り上げた。額に衝撃が走り、チェンソーの歯が火花と一緒に散る。その下を、靴を突き破って伸びた刃が通った。

 

 脚から腰へ伝わる手応え。デンジは歯を食いしばり、そのまま蹴り抜いた。

 

 男が背後へ抜ける。折れた頭の刃が床で跳ねた。

 

 「爺ちゃんに謝罪しろ。そうしたら楽に殺してやる」

 

 まだ気づいていない。

 

 デンジはよろめきながら足をつき、肩越しに男を確かめた。

 

 「ご丁寧に頭狙ってくれてよぉ、あんがとなバァ〜カ!」

 

 振り返った男の上着が裂けた。胸から腹へ走った線が開き、片側の肩が下がっていく。

 

 デンジは血のついた脚を持ち上げた。

 

 「ジジイから教わらなかったかァ〜?」

 

 靴の先から突き出したチェンソーが、まだ唸っている。

 

 「獣が狩人の言葉信じるなってなあ〜!?」

 

 男の身体が左右に分かれ、床へ崩れた。

 

 デンジは倒れた相手が動かないのを確かめてから、座席へ尻を落とした。痛いし、腹は減ったし、靴まで駄目になった。それでも、今度は勝った。

 

 あの酔っ払いに聞かせてやりたかった。

 

     *

 

 持ち場を引き継いで線路脇へ着くと、デンジは壁へ背を預けていた。

 

 肩には借りた上着。腕は二本あり、指を何度も曲げ伸ばししている。救護の隊員が空の血液袋を片づけていたので、少女は腕について尋ねずに済んだ。

 

 「勝ったのね」

 「見りゃ分かんだろ」

 

 顎で示した先には、手足を縛られた男がいた。身体は繋がっているが、裂けた服までは戻らないらしい。上着の前を腹へ寄せ、三人を睨んでいる。

 

 連絡を終えたアキが、右足を庇いながら戻ってきた。

 

 「引き渡しの車が来る。それまで見張ってろ」

 「見張ってるだけってのも、つまんなくね?」

 

 デンジが壁から離れた。

 

 「こいつのキンタマ蹴ってよ。迎えが来るまでに、どっちがでけえ声を出させられるか勝負すんの」

 「身柄を引き渡す準備をしろって言ったんだ」

 「準備できてんじゃん。縛ってあるし」

 

 男が足を引こうとして、縄に止められた。

 

 少女はデンジの上着の袖を掴んだ。

 

 「待って。車が来るまで、大人しくしていたほうが――」

 「俺ばっか痛え思いして、こいつは寝てる間に運ばれんのかよ」

 「お前に斬られてんだろうが!」

 「じゃあ一勝一敗じゃん。決勝やんねえと」

 「何の決勝だ、てめえ!」

 

 少女の手から袖が抜けた。デンジはもうアキの顔を覗き込んでいる。

 

 「病院で暇してんだろ。面白え話を持ってってやろうぜ」

 「これを聞かせる気か」

 「お前が勝ったっつったら喜ぶんじゃね?」

 

 アキは答えず、男の顔を見ていた。

 

 少女にも、姫野が笑うところは想像できた。アキが参加したと知れば、きっと本人へ何度も聞き返す。傷に響くから笑うなと言われても、聞かないだろう。

 

 「……勝ったら何くれんだ?」

 

 デンジの口が大きく開いた。

 

 「そりゃ、こいつの――」

 「いらねえ」

 「まだ言ってねえだろ!」

 

 アキが袖を捲ったので、少女は掴む相手を間違えた気がした。

 

 「本当にやるの?」

 「お前は向こう向いてろ」

 「向こうを向いていたら、止められないでしょう」

 「じゃあ審判やれよ。俺ら二人じゃ揉めるじゃん」

 

 男が少女へ身を乗り出した。

 

 「おい、止めろよ。お前はまともだろ!」

 

 少女は、男の裂けた上着から顔へと目を移した。ラーメンを食べながら、こちらの舌がどうだと言っていた口だった。今になって、自分だけはまともだと決められても困る。

 

 「さっきまでは、止めようと思っていたわ」

 

 デンジが腹を抱えた。

 

 「ハハッ! 聞いたか、お前!」

 「何がおかしいんだ!」

 「ほら、声はまだ出るじゃん。俺からな!」

 

 最初の悲鳴が上がると、少女は思わず肩をすくめた。

 

 「ぎゃああッ!」

 

 男が身体を丸める。デンジは満足そうに振り返ったが、少女は返事をする前に、遅れて届いた反響を聞いた。

 

 「今のを覚えとけよ!」

 「あなたの笑い声も混ざっていたわ」

 「俺のは数えんなよ!」

 「では、次は静かにしていて」

 

 アキが柵へ片手をついた。痛めた足へ体重をかけないよう位置を変え、その間も男から離れない。

 

 「待て。お前までやることねえだろ。おい――」

 

 続きは悲鳴になった。

 

 少女の口から、考えるより先に声が出た。

 

 「早川の勝ち!」

 

 自分でも驚くほど大きかった。

 

 デンジが振り返り、アキまで一瞬こちらへ顔を向ける。その間に、少女は片手を高く上げていた。

 

 「はあ!? まだ一回ずつだろ!」

 「一回ずつ比べるのでしょう。今のほうが大きかったわ!」

 「俺のほうが響いてたじゃん!」

 「あなたが一緒に笑っていたからよ。さっき言ったでしょう」

 「じゃあ、もう一回!」

 

 男が首を振ると、少女はそちらへ向き直った。

 

 「何か意見があるの?」

 「やめろって言ってんだ!」

 「今の声は入らないわ。競技の途中ではないもの」

 

 アキが顔を背けた。肩が揺れている。

 

 それを見たデンジが、さらに食い下がった。

 

 「お前、早パイに甘くしてんだろ!」

 「では、同じ場所から聞くわ。それなら文句はないでしょう」

 「ねえよ!」

 「あと一回ずつね。負けてから回数を増やしては駄目よ」

 

 少女は三歩離れ、足元の砂利を靴で均した。デンジが男の前へ立つと、今度は腕を組んで待つ。

 

 「ちょっと待って」

 「何だよ!」

 「まだ前の声を覚えているところなの。あなた、急ぎすぎだわ」

 

 男が何か言いかけた。少女が黙って人差し指を立てると、デンジが噴き出した。

 

 「ハハハッ! お前、結構ひでえな!」

 

 二巡目の悲鳴を聞き終えたときには、少女ももう口元を隠していなかった。

 

 「早川! 今のほうが大きいわ!」

 「ウソだろ!?」

 「最初はデンジかと思ったけれど、最後にもう一段上がったもの!」

 「最後って何だよ! お前、声のどこ聞いてんだよ!」

 「全部よ。あなたがちゃんと聞けと言ったのでしょう!」

 

 アキが柵へ額を寄せた。

 

 「もういい。決まった」

 「勝った奴が終わらせんなよ!」

 

 少女はとうとう声を上げて笑った。

 

 「あははっ! 駄目よ、デンジ。回数は増やさない約束でしょう!」

 「お前まで何でそんな嬉しそうなんだよ!」

 「判定に文句を言われなくて済むから――ふふっ、待って。まだ言うつもりなの?」

 

 デンジの顔を見たら、また笑ってしまった。

 

 引き取りに来た隊員が、笑っている少女と、柵へ片手をついたアキと、うずくまる男を順番に確かめる。

 

 「何かあったか?」

 「捕まえました」

 

 アキが答えた。

 

 少女は片手を下ろした。まだ上げていたことに、そのとき気づいた。

 

     *

 

 駅前の公衆電話から病院へ繋がるまで、アキは硬貨の残りを確かめていた。

 

 背後ではデンジが、まだ判定の文句を言っている。少女は取り合わなかったが、早川の二回目は柵を使った、と言われたところで、柵を使わない決まりはなかったと返した。

 

 受話器から姫野の声がした。

 

 「アキ君?」

 「終わりました」

 

 少し間が空いた。病院の廊下らしい足音と、遠くで人を呼ぶ声。そのあとで、息を吐く音が聞こえる。

 

 「みんなは?」

 「生きてます。デンジも、あいつも」

 「君は?」

 「脚を少し。歩けます」

 

 少女がこちらへ顔を向けたので、アキは電話機のほうへ身体を戻した。

 

 「刀の男は確保しました」

 「そっか。それで、何か話せることは――」

 「早パイが勝ったぞ!」

 

 耳元でデンジが怒鳴った。

 

 アキは受話器を離した。

 

 「うるせえ!」

 「言っといてやったんだろ! 俺なら自分が勝ったって言ってもよかったんだからな!」

 

 受話器へ戻ると、姫野が何に勝ったのか尋ねていた。

 

 短く済ませるつもりだった説明は、デンジの訂正が入るたびに長くなった。姫野の相槌が途切れ、やがて、堪えきれなくなった笑い声が聞こえてくる。

 

 「あははっ! ちょっと待って。アキ君もやったの?」

 「……はい」

 「何やってんの、君まで!」

 

 デンジは得意そうだった。自分が笑わせたつもりなのだろう。アキは硬貨をもう一枚入れ、笑いが収まるのを待った。

 

 「あ、痛っ……もう、明日ちゃんと聞かせて。あの子は止めなかったの?」

 「審判をしてました」

 「結構でけえ声でな!」

 

 少女がデンジの袖を引いたが、遅かった。

 

 渡された受話器を耳へ当てると、姫野はまだ笑っている。

 

 「キミ、そんなに張り切ったの?」

 「二人とも、判定を聞かないから」

 「お前、頼む前から早川の勝ちって叫んでたじゃん」

 

 少女は受話器の口を覆った。

 

 「審判を頼んだのは、あなたでしょう」

 「そんな楽しそうにやれとは言ってねえよ」

 「真面目にやっても文句を言うのね」

 

 手を外すと、姫野が息を整えていた。

 

 「明日は全員の話を聞こうかな。誰が一番ひどかったか、私が決める」

 「それは、デンジだと思うわ」

 「俺かよ!」

 「キミも候補に入ってるからね」

 

 少女は口を閉じた。受話器を返されたアキが、明日また来ると伝える。

 

 電話を終えて歩き始めると、右足に痛みが走った。すぐ横から少女の顔が寄ってきたので、アキは先に答えた。

 

 「診てもらう」

 「まだ何も言っていないわ」

 「顔に出てる」

 

 デンジが笑いながら腹を押さえた。

 

 「その前に何か食おうぜ。勝ったら腹減った」

 「大会は負けたでしょう」

 「刀の野郎にだよ! そっちは俺の勝ちだろ!」

 

     *

 

 押収品を並べた部屋には、焦げた紙の匂いが残っていた。

 

 岸辺は受領欄へ名前を書き、袋に入った封筒を引き寄せた。搬出口近くの事務室で焼かれかけ、少女が火を消したものだという。

 

 「本人は、どこまで読んだ」

 「店の名前と、四課の記載です。そのあとは搬送へ戻っています」

 「そうか」

 

 厚紙ごと机へ出すと、最初の一枚に襲撃された店の名と日時があった。人数と服装、デンジについての記述。その下に少女の特徴が短く並んでいる。

 

 次の紙は上部が焼けていた。差出人は読めず、残った文章も途中で切れている。ただ、心臓の確保を優先することと、呼吸停止を確認した場合に時刻を記録することは読み取れた。

 

 誰の呼吸かを示す箇所は欠けている。

 

 岸辺はその紙を脇へ置き、続く一覧を確かめた。管理番号が並んだ一行に、見覚えがあった。

 

 少女を連れ出したあとで受け取った、ソ連の記録。翻訳された本文より先に、原本の隅へ繰り返し打たれていた番号。

 

 岸辺は手帳を開き、控えてある数字と一桁ずつ照らし合わせた。

 

 一致していた。

 

 別の紙には国内の照会日と、取扱部署の略記がある。少女について公安へ提出した報告より、その照会のほうが早かった。

 

 岸辺は二枚を並べた。番号が同じだからといって、誰が読んだのかまでは分からない。部署名だけで、誰が指示したとも決められなかった。

 

 離れた机で電話が鳴った。

 

 応答した担当者は、受話器を置いてから岸辺のところへ戻ってきた。

 

 「沢渡ですが、搬送前に死亡したそうです」

 「誰がやった」

 「契約していたヘビに。自殺なのか、契約によるものかは、まだ確認できていません」

 

 岸辺は並べた紙へ手を置いた。

 

 「複写を取れ。原本は回収記録と一緒に保管しろ」

 

 担当者が紙を持っていくと、机には封筒を支えていた厚紙が残った。端に、小さな血の跡がついている。

 

 内線が鳴り、別の職員が岸辺を呼んだ。受話器を取ると、マキマの声がした。

 

 『お疲れさまです。あの子、よく働いてくれたそうですね』

 「そうらしいな」

 『怪我の具合はいかがですか?』

 「まだ会ってない」

 『そうですか。報告がまとまったら、私にもお願いします』

 「ああ」

 

 通話を終えるころ、複写が戻ってきた。

 

 岸辺は紙を揃えて封筒へ入れ、コートの内側へ収めた。机に残った酒には手をつけず、椅子を戻して部屋を出た。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。