【チラ裏】ダンジョンに十字軍が攻めるのは間違っているだろうか   作:d_chan

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第10話 裁きの庭

 巡礼者襲撃事件の裁判は、パチカンがこの世界で初めて開いた公開裁判となった。

 

 これまでも、城内で盗みや暴力が起きることはあったし、砦で捕らえた者たちの処遇を決めたこともある。しかし、それらは既存のパチカン法をそのまま適用すれば済む範囲だった。今回は違う。被告は現地人であり、犯行もパチカンの外で行われている。しかも動機は宗教だった。六人のうち四人は襲撃への参加を認め、一人は見張りをしただけだと主張し、首謀者とされた祭司ケルンは、殺人を否定しなかった。

 

 それどころか、十字教そのものが自分たちの信仰を滅ぼそうとしている以上、抵抗には正当性があると訴えた。

 

 裁判を非公開にせよという意見もあった。イスカリオテの内部には、異教徒による信徒殺害を公衆の前で審理する必要などない、速やかに処刑すべきだという者もいた。一方、現地出身の司祭たちからは、パチカンが自分たちに都合のよい裁きを行ったと思われれば、周辺の反感をさらに強めるという懸念が出た。結局、神聖四文字が「隠すと余計に怪しく見える」という、ごく実際的な理由で公開を認めた。

 

 裁きの庭と呼ばれる大聖堂前の広場には、その朝から多くの人が集まった。十字教徒だけではない。北方の村々から来た者、ラグナル伯の使者、旧来祭祀を守る司祭たちもいた。森の母を祀る老司祭も、その中にいた。彼はケルンの師ではなかったが、幼いころから顔を知っていた。血気の多い若者だった。信仰には真面目だった。だからこそ、十字教が広がり始めてから急速に変わっていったことも知っていた。

 

 被告六名が騎士に伴われて広場へ出ると、観衆から低いざわめきが起きた。罵声を上げる者もいた。襲撃で家族を失った者にとって、彼らは単なる宗教対立の犠牲者ではない。明確な殺人者である。

 

「静粛に」

 

 裁判を主宰する枢機卿の声が響くと、広場は次第に静まった。十三枢機卿の一人、法務を担当するセラフィム枢機卿だった。見た目は四十代ほどで、端正な顔立ちをしている。神聖四文字が作ったNPCの一人であり、戦闘能力は高くないが、法務・交渉・記録系の技能に特化していた。

 

「この場で問うのは、何を信じているかではありません。誰を殺し、誰を傷つけ、その行為にどのような責任を負うかです」

 

 その宣言に、観衆の一部がざわついた。

 

 ケルンは顔を上げた。

 

「ならば、我々の神については問わないのか」

 

「問わない」

 

「お前たちは我らを異教徒と呼ぶだろう」

 

「呼ぶ者はいるでしょう」

 

「邪教とも」

 

「それも否定はいたしません」

 

 セラフィムは淡々としていた。

 

「しかし、ここで裁くのは思想ではなく行為です。あなたが森の母を真なる神と信じていることそのものについて、この法廷は罰を科しません」

 

 ケルンはしばらく黙った。

 

「それが、お前たちの神の命令か」

 

「主は、信仰のみを理由として剣を向けることを禁じておられます」

 

「都合のいい話だ」

 

 ケルンは笑った。

 

「お前たちは、こちらが何もしなくても勝てる。食べ物がある。薬がある。空を飛ぶ天使がいる。信じれば力まで手に入る。そのうえで『好きに信じろ』と言う。俺たちに何が残る?」

 

 広場が静かになった。

 

 十字教徒の何人かが不快そうな顔をしたが、セラフィムは制止しなかった。

 

「あなたは、それゆえに巡礼者を襲ったのですか」

 

「そうだ」

 

「六名を殺した」

 

「そうだ」

 

「その中に子供が二人いた」

 

 ケルンの表情がわずかに揺れた。

 

「……いたな」

 

「その子供たちが、あなたの神を滅ぼしたのですか」

 

「違う」

 

「あなたの祭祀所を壊した?」

 

「違う」

 

「あなたを改宗させようとした?」

 

「していない」

 

「では、なぜ殺したのです」

 

 ケルンは答えなかった。

 

 長い沈黙の末、ようやく絞り出すように言った。

 

「怖かったからだ」

 

 その言葉は、意外なほど小さかった。

 

「十字教徒が増えるたび、俺たちの神が消えていく気がした。何もしなければ、十年もしないうちに誰も祈らなくなる。そう思った。だから……止めなければならないと思った」

 

 老司祭は、人混みの中で目を伏せた。

 

 ケルンの恐怖は理解できた。

 

 自分にも同じものがある。

 

 ただ、自分は剣を取らなかった。それだけの違いだった。

 

 セラフィムはしばらくケルンを見つめていた。

 

「恐怖は、罪を軽くする理由にはなり得ても、無かったことにはできません」

 

「なら殺せ」

 

「その判断は最後にします」

 

 ケルンの眉が動いた。

 

「なぜすぐ殺さない」

 

「あなたを殺すことが、この事件を終わらせる最良の方法であるかを検討する必要があるからです」

 

 その答えは、観衆にも理解しにくかったらしい。

 

 裁判は一日では終わらなかった。生存者の証言、現場の状況、各被告がどこまで犯行に関与したのかが一つずつ確認された。見張りをしていた一人は殺害に直接関与していなかったこと、逆に二人は逃げる巡礼者へ火矢を放ったことが明らかになった。十字教側の証人だけでは不公平だとして、旧来祭祀の司祭にも意見が求められた。そのこと自体が周辺の人々には驚きだった。

 

     *

 

『死刑にしないの?』

 

 裁判二日目の夜、神聖四文字は法務担当者を集めていた。

 

 聞き方だけなら、ずいぶん物騒だった。

 

 セラフィムは少し考えてから答えた。

 

「現行法をそのまま適用すれば、首謀者および直接殺害に関与した三名は死刑が妥当です」

 

『じゃあ、そうなる?』

 

「それを決めていただきたいわけではございません」

 

『え』

 

「主が個別の裁判に直接判決を下されれば、今後すべての重大事件で御裁可を求めることになります」

 

 神聖四文字は黙った。

 

 言われてみればその通りだった。

 

『……それは嫌だな』

 

「私もおすすめいたしません」

 

『じゃあ何で俺を呼んだの』

 

「法律そのものについて、ご意向を確認するためです」

 

 セラフィムが机の上へ数枚の文書を置いた。

 

「現在のパチカン法は、もともとゲーム内の都市運営を想定したものです。殺人、窃盗、反逆、異端行為などについて規定はございますが、この世界の現地人を統治することは想定しておりません。特に異端・異教に関する規定は、主の現在の御意向と一致しない部分が多くございます」

 

『……見せて』

 

 読み始めて、神聖四文字はすぐに後悔した。

 

『何これ』

 

「旧法です」

 

『異端の流布、場合によって死刑って書いてあるんだけど』

 

「はい」

 

『異教神殿の建設も禁止?』

 

「はい」

 

『誰だよ、こんなの作ったの』

 

 全員が黒い球体を見た。

 

『……俺か』

 

「左様でございます」

 

『消そう』

 

「どこまでを?」

 

 神聖四文字は困った。

 

 全部消せばいいというものでもない。宗教国家なのだから、内部秩序を守るための規則は必要である。しかし、異なる信仰を持っているだけで犯罪者扱いする気はなかった。

 

『十字教徒が内部で教義に反することを言ったら、それは教会の問題として処理する。でも、最初から十字教徒じゃない人に十字教の教義を強制するのは違う。そこは分けて』

 

「棄教については?」

 

『本人がやめたいなら、やめればいい』

 

 部屋が静かになった。

 

 神聖四文字は嫌な予感を覚えた。

 

『何』

 

 ヨハネスがゆっくり尋ねた。

 

「洗礼を受けた者が、自ら信仰を捨てることを、お許しになるのですか」

 

『許すも何も、無理やり信じさせても仕方ないだろ』

 

「恩寵を受けた後でも?」

 

『……あ』

 

 そこまで考えていなかった。

 

 洗礼によって現地人はゲーム世界の職業・レベルシステムへ接続される。ならば、棄教した場合はどうなるのか。

 

『試した人いる?』

 

「おりません」

 

『そりゃそうか』

 

 洗礼を受けて数か月しか経っていない。しかも現状では、十字教に入ることの利益が大きすぎる。わざわざ棄教しようとする者はいなかった。

 

『じゃあ、制度としては棄教できることにしよう。恩寵がどうなるかは……実際にそういう人が出たら確認する』

 

「仮に、恩寵を保持したまま異教へ転じた場合は」

 

『別にいいんじゃない?』

 

 また沈黙した。

 

『だからその反応やめて』

 

「主が与えた力を、異教徒が用いることになります」

 

『元々、その人にあげたんだろ。貸したつもりじゃないよ』

 

 ヨハネスは何かを言いかけて、やめた。

 

 セラフィムだけが静かに文書へ書き込んでいる。

 

『絶対また大げさな法律になるよな、これ』

 

「法は曖昧な方が危険でございます」

 

『それは分かるけど』

 

 こうして、十字教徒と非十字教徒を法的に分けながらも、信仰の有無それ自体を刑罰の対象とはしないという原則が少しずつ形になっていった。

 

 後世、宗教法学者たちはこれを《信仰と市民法の分離》の萌芽と呼ぶ。

 

 神聖四文字は、そんな大層なことを考えてはいなかった。

 

 ただ、面倒なことを減らしたかっただけである。

 

     *

 

 判決は五日目に出た。

 

 直接殺害に関与した三名には死刑。見張りと物資運搬を担当した二名には強制労働刑。ケルンについては首謀者でありながら、殺人行為そのものへの直接関与が確認できず、終身拘禁とされた。

 

 判決を聞いた瞬間、ケルンは笑った。

 

「なぜ俺を殺さない」

 

 セラフィムは静かに答えた。

 

「あなたを殉教者にしたくないからです」

 

 広場の空気が変わった。

 

「あなたが死ねば、あなたを英雄として語る者が出るでしょう。十字教と戦い、信仰のために処刑された祭司として。我々はそれを望みません」

 

「生かして恥を晒させるつもりか」

 

「いいえ。生きて、自分が何をしたのか考えていただきます」

 

 ケルンはしばらくセラフィムを睨んだ。

 

「お前たちは、本当に嫌な連中だな」

 

「よく言われます」

 

 公開処刑は三日後に行われた。神聖四文字は見なかった。

 

 見られなかった、と言った方が正しい。

 

 死刑を廃止するべきかとも考えた。しかし、この世界でパチカンが抱える刑務所の数は限られている。治安維持のために何が必要なのかも、まだ分からない。自分の元いた世界の価値観をそのまま持ち込んでよいのか、それすら判断できなかった。

 

 黒い球体は、その日一日、大聖堂の奥から動かなかった。

 

     *

 

 一方、ケルンはパチカン北部の修道院へ移された。

 

 地下牢ではない。

 

 小さな個室と中庭のある、比較的穏やかな施設だった。

 

「終身刑にしては随分と待遇がいいな」

 

 最初の日、食事を運んできた老司祭へケルンは皮肉を言った。

 

 その老人を見て、彼は言葉を失った。

 

「……どうして、あなたが」

 

 森の母の神殿を守っていた、あの老司祭だった。

 

「私が願った」

 

「何を」

 

「お前と話すことを」

 

「十字教徒になったのか」

 

「なっておらん」

 

 ケルンは目を見開いた。

 

「では、なぜここに入れる」

 

「頼んだら許された」

 

「そんな馬鹿な」

 

「私もそう思った」

 

 老司祭は食事を机へ置いた。

 

「お前は、我らの神を守ろうとしたのだろう」

 

「そうだ」

 

「六人を殺して?」

 

 ケルンは黙った。

 

「私はな、ケルン。十字教が嫌いだ」

 

 老人は穏やかな口調だった。

 

「今でも嫌いだ。村の若者がこちらへ来なくなった。祭りに参加する者も減った。私が一生かけて守ってきたものが、たった一年もせずに崩れていく。腹が立つ」

 

「なら――」

 

「だが、子供を焼いて守る神なら、そんな神は滅びてよい」

 

 ケルンの顔が強張った。

 

「森の母が、お前に殺せと命じたのか」

 

「……違う」

 

「夢に出たか。声を聞いたか。何か徴を示したか」

 

「違う」

 

「では、誰が命じた」

 

 ケルンは答えられなかった。

 

 老司祭は椅子へ腰を下ろした。

 

「我々が負けるのは、あの黒い神の力が強いからではないのかもしれん」

 

「何を言っている」

 

「お前のようなことをする者がいるからだ」

 

 ケルンは激昂しかけた。

 

 だが言葉が出なかった。

 

「十字教徒は、我らを異教徒と呼ぶ。あの黒服の男など、私を見る目だけで何を考えているか分かった。できれば神殿ごと燃やしたいと思っておる」

 

 ケルンは思わず笑った。

 

「分かっているじゃないか」

 

「だが、燃やさなかった」

 

 笑いが消えた。

 

「なぜだと思う」

 

「……奴らの神が禁じたからだろう」

 

「そうだ。お前より、よほど自分の神の命令を守っている」

 

 それは、ケルンにとって最も聞きたくない言葉だった。

 

     *

 

 この裁判を境に、パチカンの名はそれまでとは違う形で周辺へ広がった。

 

 強い国。

 

 病を治す国。

 

 天使のいる国。

 

 そこに、新しい評判が加わった。

 

 異教徒でも裁判を受けられる国。

 

 相手の神殿を嫌っていても、勝手には焼かない国。

 

 それは当時としては奇妙な評判だった。

 

 同時に、別の噂も広がった。

 

 十字教徒を殺せば、黒衣の神父が来る。

 

 この方が、はるかに速く広まった。

 

 イスカリオテ第十三騎士団という名は、まだ一般には知られていなかった。人々は彼らを《黒衣》と呼んだ。何人いるのかも、どこにいるのかも分からない。ただ、十字教徒を狙った殺人や誘拐が起きると、いつの間にか現れ、関係者だけを連れ去っていく。

 

 その正確さは、恐怖を生んだ。

 

 そして恐怖は、一定の秩序を生んだ。

 

 宗教対立そのものは消えなかったが、公然と十字教徒を襲う者は減った。

 

     *

 

『……結局、怖がられてるじゃん』

 

 報告書を読んだ神聖四文字は落ち込んだ。

 

 ヨハネスは慰めるように言った。

 

「畏敬もまた秩序には必要かと」

 

『俺、別に怖い神になりたいわけじゃないんだけど』

 

「主は十分に慈悲深くあられます」

 

『でも、その慈悲深い神の裏でアンデルセンが歩いてるんだろ』

 

「はい」

 

『台無しじゃない?』

 

 ヨハネスは答えなかった。

 

『何か言って』

 

「両輪ということで」

 

『何の両輪だよ』

 

 そのとき、扉が叩かれた。

 

「入れ」

 

 ヨハネスが答えると、伝令の騎士が入室した。

 

「北東方面へ派遣した探索隊より、緊急報告です」

 

『また何かあった?』

 

「はい。ただし、今回は人間ではありません」

 

 神聖四文字は嫌な予感を覚えた。

 

「探索隊が、巨大な地下空洞への入口を発見いたしました」

 

『地下空洞?』

 

「内部より魔物が継続的に出現しております。討伐しても、時間が経つと再び現れるとのことです」

 

 黒い球体が止まった。

 

『……今、何て言った?』

 

「地下より、魔物が湧き続けております」

 

 ヨハネスが神聖四文字を見た。

 

 神聖四文字はしばらく何も言わなかった。

 

 そして。

 

『それ』

 

 声に、これまでとは少し違うものが混じった。

 

『ダンジョンじゃない?』

 

 二千年後。

 

 世界最大の迷宮都市となる場所について、神聖四文字が初めて口にした言葉だった。

 

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