【チラ裏】ダンジョンに十字軍が攻めるのは間違っているだろうか   作:d_chan

31 / 31
第30章 手を伸ばす者

 神聖四文字がオラリオへ入ったのは、夜明け前だった。大巡幸のときのような鐘も、群衆も、騎士団の整列もない。ウラノスとギルド上層部のごく一部にだけ到着時刻を伝え、西門ではなく、大聖堂が管理する古い搬入口から入城した。巨大な黒い球体を完全に隠す方法などないため、最も人通りの少ない時間帯を選んだのである。

 

『なんか密入国してる気分』

 

「御自身の聖地へ入るのに、でございますか」

 

 ソフィアが小声で応じる。

 

『俺の街じゃないって何回言ったと思ってるの』

 

「存じております。ただ、その考えが西方全体に完全に共有されているかは別問題です」

 

『朝から嫌なこと言うね』

 

 少し離れた場所を、アンデルセン、由美江、ハインケルが歩いている。三人とも普段とは装いを変えていた。アンデルセンは地方教会の巡回司祭、由美江とハインケルは護衛役ということになっている。銃器も外からは見えないよう隠されていた。

 

 由美江だけは落ち着かなかった。

 

「本当に魔物と会うのですか」

 

『会うよ』

 

「主御自身が?」

 

『だから来たんだけど』

 

「危険です」

 

『アンデルセンにも同じこと言われた』

 

「ならば神父の意見をお聞きください」

 

 アンデルセンは穏やかに首を振った。

 

「私は危険だから会うなとは申しておりません。危険ならば我々を前へ出せと申し上げただけです」

 

「同じではありませんか」

 

「違いますな」

 

 ハインケルが後ろから口を挟んだ。

 

「どうせ主は止めても行くだろ。だったら近くで守った方が早えよ」

 

『ハインケル、最近俺の扱い分かってきたよね』

 

「二千年見てりゃな」

 

 由美江は納得していないようだったが、それ以上は言わなかった。

 

     *

 

 ウラノスは地下礼拝堂で待っていた。

 

 神聖四文字を見ると、立ち上がるでもなく、いつものように静かに視線を向けた。

 

「来たか」

 

『来たよ。大変そうだね』

 

「大変という言葉で済めばよいがな」

 

『ベル君は?』

 

「今は動いている。彼らを逃がすために」

 

『彼らって、ゼノス?』

 

「そうだ」

 

 神聖四文字は少し沈黙した。

 

『ウラノス』

 

「何だ」

 

『何で今まで教えてくれなかったの』

 

 責める口調ではなかった。

 

 それでもウラノスはしばらく答えなかった。

 

「君ならば、殺さないと思っていた」

 

『じゃあ、なおさら』

 

「君の周囲が、君と同じとは限らない」

 

 神聖四文字は何も言わなかった。

 

「教会が悪いと言っているのではない。秘密は、知る者が増えるほど弱くなる。君に伝えれば教皇が知る。教皇が知れば法務官が必要になる。法を変えれば理由を探る者が出る。君自身が善意で動くほど、制度が動く」

 

『……それはそうだね』

 

「ゼノスはまだ弱い。人間側が彼らを社会の一員として受け入れる準備もない。だから隠した」

 

『でも、隠してた結果、今こうなってる』

 

「そうだ」

 

 ウラノスは否定しなかった。

 

「私の判断が正しかったとは言わん。ただ、他の選択がより良かったとも言い切れない」

 

『そういう答え嫌いじゃない』

 

「君なら何をした」

 

『たぶん同じくらい迷って、別の間違いする』

 

 ウラノスはわずかに笑った。

 

     *

 

 ベル・クラネルと神聖四文字が初めて顔を合わせたのは、その日の午後だった。

 

 場所は大聖堂の地下にある古い保管庫である。現在はほとんど使われておらず、外部からの出入りも少ない。ギルドを通じて呼び出されたベルは、何の用件なのか知らされていなかった。

 

「失礼します……」

 

 扉を開けた少年は、中へ入った瞬間に固まった。

 

 黒い球体。

 

 白い翼の少女。

 

 そして、見覚えのない聖職者たち。

 

 数秒。

 

 誰も喋らない。

 

『こんにちは』

 

「…………」

 

『ベル君?』

 

「は、はい!」

 

 ベルは反射的に背筋を伸ばした。

 

「え、あの、もしかして……」

 

『たぶん想像してるやつ』

 

 ベルの顔が青くなった。

 

「唯一神様!?」

 

『声大きい』

 

「す、すみません!」

 

『あと、そんなに畏まらなくていいよ。今日は説教しに来たわけじゃないから』

 

「は、はい!」

 

『全然楽になってないね』

 

 ソフィアがわずかに笑った。

 

 ベルはしばらく、どこを見ればよいのか分からない様子だった。そもそも目がない。顔もない。視線を合わせようにも合わせる場所がない。

 

『座っていいよ』

 

「はい!」

 

『怒らないから』

 

「はい!」

 

『……駄目だなこれ』

 

 神聖四文字が呟くと、ようやくベルの緊張が少しだけ解けた。

 

     *

 

『ウィーネって子について聞きたい』

 

 ベルの表情が変わった。

 

 さっきまでの緊張とは違う。

 

 警戒だった。

 

 神聖四文字は、その変化を見逃さなかった。

 

『大丈夫。場所は聞かない』

 

「……どうしてですか」

 

『聞いたら、俺も管理する側になるから』

 

 ベルは意味を測りかねた。

 

『俺が場所を知ったら、教会として守る方法を考える。守るために人を置く。記録を作る。記録を守る人が増える。秘密を知る人が増える。そうすると、守るための仕組みが逆に危険になることもある』

 

「……ウラノス様と同じことを言ってます」

 

『あ、本当?』

 

「はい」

 

『じゃあ結構正しいのかも』

 

 ベルは少しだけ笑った。

 

『その子、本当に人を襲わない?』

 

「僕が知る限りでは」

 

『喋る?』

 

「はい」

 

『怖がる?』

 

「怖がります」

 

『嬉しいとか、悲しいとかも』

 

「あります」

 

『仲間を大事にする?』

 

「します」

 

『死にたくないって思う?』

 

 ベルは少し間を置いた。

 

「……はい」

 

 神聖四文字は黙った。

 

 それだけで、かなりの部分は決まった。

 

『じゃあ少なくとも、普通の魔物と同じようには扱えないね』

 

 ベルが目を見開いた。

 

「信じてくれるんですか?」

 

『君を完全に信じるって意味じゃないよ』

 

 ベルの表情が少し曇る。

 

『でも、「喋る魔物なんているはずがない」って最初から否定もしない。実際いるんでしょ。だったら調べる。それだけ』

 

「……それだけですか」

 

『それだけって結構大事だよ』

 

 ベルはゆっくり頷いた。

 

     *

 

「一つ、聞いてもいいでしょうか」

 

『どうぞ』

 

「もし、ウィーネたちが本当に人間と同じように考えられるなら……十字教では、どうなるんですか」

 

 神聖四文字は少し困った。

 

『そこ、今みんなで困ってる』

 

「え」

 

『二千年ずっと魔物は敵って教えてきたからね。急に「一部は違うかも」って言ったら、そりゃ混乱するよ』

 

「神様でも、すぐには分からないんですね」

 

『分からないことだらけだよ』

 

 ベルは思わず神聖四文字を見た。

 

 目はない。

 

 それでも見た。

 

『何?』

 

「いえ……神様って、全部知ってるものかと思ってました」

 

『天界神たちにもそれ言った?』

 

「言ったことはないですけど……」

 

『たぶん笑われるよ』

 

 少し離れたところで、ハインケルが咳をして笑いを誤魔化した。

 

 ベルはそこで、ようやく部屋の隅にいる三人を気にした。

 

「この方たちは?」

 

『護衛』

 

「騎士団の?」

 

 ほんの一瞬。

 

 空気が変わった。

 

 神聖四文字は何でもないことのように答えた。

 

『教会の人たち。詳しくは秘密』

 

「秘密なんですね」

 

『うん。聞かない方がお互い楽』

 

 ベルは素直に頷いた。

 

 第十三騎士団という名は、当然出なかった。

 

     *

 

 話が終わりかけた頃。

 

 由美江が口を開いた。

 

「ベル・クラネル。一つよいか」

 

「はい」

 

「お前はなぜ、魔物を守った」

 

 ベルはすぐには答えなかった。

 

「……泣いていたからです」

 

「それだけか」

 

「はい」

 

「魔物に仲間を殺された者もいる。家族を食われた者もいる。それでもか」

 

 ベルの顔が強張った。

 

「それは……分かっています。僕も魔物に何度も殺されそうになりました」

 

「ならば、なぜ剣を向けなかった」

 

「分かりません」

 

 由美江が眉を寄せる。

 

「分からない?」

 

「立派な理由があったわけじゃないんです。ただ、怖いって言ってる子が目の前にいて、その子が僕を襲ってなくて、それなのに僕が斬ったら……あとで絶対、自分を許せないと思ったんです」

 

 由美江は黙った。

 

「もし騙されてたら、僕が間違ってたことになります。でも、間違えるかもしれないからって、最初から殺す方を選びたくなかった」

 

 アンデルセンがわずかに視線を上げた。

 

 神聖四文字は何も言わなかった。

 

 自分が二千年前にした選択と。

 

 よく似ていた。

 

     *

 

 ベルが帰った後。

 

 由美江はしばらく黙っていた。

 

『どうだった?』

 

「甘いと思います」

 

『うん』

 

「危ういとも」

 

『それもそう思う』

 

「ですが」

 

 由美江は少し言葉を探した。

 

「嫌いではありません」

 

 ハインケルが吹き出した。

 

「最大級の褒め言葉じゃん」

 

「黙れ」

 

 アンデルセンは静かだった。

 

『アンデルセンは?』

 

「危険な少年ですな」

 

『危険?』

 

「信念を持ちながら、自分が正しいと確信していない。そのような者は、時に非常に強い」

 

『褒めてる?』

 

「半分は」

 

『残り半分は?』

 

「いつか死ぬのではないかと」

 

 神聖四文字は答えなかった。

 

 それは、自分も少し思っていた。

 

     *

 

 問題は翌日に起きた。

 

 ゼノスの一団が移動中、市民に発見されたのである。

 

 場所は東区。

 

 最初に悲鳴が上がった。

 

 次に鐘が鳴った。

 

 冒険者が集まる。

 

 そして、誰かが叫んだ。

 

「魔物を匿ってる奴がいるぞ!」

 

 群衆は瞬く間に膨らんだ。

 

 ベルたちはゼノスを地下通路へ逃がそうとしていたが、経路の一部が塞がれている。ウィーネは怯え、他のゼノスも武器を持つ冒険者たちへ警戒していた。

 

「下がってください!」

 

 ベルが叫ぶ。

 

「この子たちは戦うつもりはありません!」

 

「騙されるな!」

 

「魔物だぞ!」

 

「何人殺されたと思ってる!」

 

 石が飛んだ。

 

 ウィーネの肩に当たる。

 

「痛っ……」

 

 ベルの顔が変わった。

 

「やめてください!」

 

 彼が前へ出る。

 

 その姿を見て。

 

 誰かが叫んだ。

 

「ベル・クラネルも魔物の仲間だ!」

 

 空気が一気に悪くなった。

 

     *

 

 その頃。

 

 神聖四文字は大聖堂地下にいた。

 

 報告を受けた瞬間、動いた。

 

『行く』

 

「主」

 

 ソフィアが止めようとする。

 

『今行かないと間に合わない』

 

「御姿を見せれば、混乱が広がる可能性もございます」

 

『分かってる。でも、十字教徒も集まってるんでしょ』

 

「はい」

 

『なら俺が言わないと』

 

 アンデルセンが前へ出た。

 

「先に我々が道を開きます」

 

『武器使わないでよ』

 

「心得ております」

 

「由美江」

 

 ハインケルが彼女を見る。

 

「刀抜くなよ」

 

「分かっている」

 

「本当に?」

 

「斬るぞ」

 

「それだよ」

 

     *

 

 東区の広場では、状況がぎりぎりのところまで来ていた。

 

 ベルの前には数十人の冒険者。

 

 その後ろには市民。

 

 そして。

 

 十字架を胸に下げた者たちもいた。

 

「主の聖地に魔物を入れるな!」

 

 誰かが叫んだ。

 

 ベルが振り返る。

 

「違います! 十字教の主は――」

 

「お前が主の御心を語るな!」

 

 その瞬間。

 

 広場の上から声がした。

 

『じゃあ、俺が言う』

 

 静かだった。

 

 だが。

 

 全員に届いた。

 

 人々が顔を上げる。

 

 空に。

 

 黒い球体が浮かんでいた。

 

 誰も動かなかった。

 

 悲鳴も。

 

 怒号も。

 

 剣の音も。

 

 全部止まった。

 

『こんにちは』

 

 場違いなくらい普通の挨拶だった。

 

 誰かの剣が地面へ落ちた。

 

「……主?」

 

『うん』

 

 次の瞬間。

 

 十字教徒たちが一斉に跪いた。

 

 冒険者も。

 

 信徒ではない市民さえ、反射的に道を開ける。

 

 ベルだけが。

 

 立ったままだった。

 

『ベル君、そのままでいいよ』

 

「は、はい!」

 

 結局、声は裏返った。

 

     *

 

 神聖四文字は、群衆とゼノスの間へ降りた。

 

 ウィーネが黒い球体を見上げる。

 

 怖がっていた。

 

 当然だった。

 

 三メートル近い黒い球が空から降りてきたのである。

 

『怖い?』

 

 ウィーネはベルの後ろへ少し隠れた。

 

「……ちょっと」

 

『正直でいいね』

 

 ベルが青ざめた。

 

「す、すみません!」

 

『何でベル君が謝るの』

 

 群衆の緊張が、ほんの少しだけ緩んだ。

 

 神聖四文字は、周囲を見渡した。

 

『先に言うね。この子たちが何なのか、俺もまだ分からない』

 

 ざわめきが起きる。

 

『でも、分からないから殺す、はやめて』

 

 一人の冒険者が勇気を振り絞って声を上げた。

 

「主よ! しかし、それは魔物です! 我々は何世代も、魔物に仲間を殺されてきました!」

 

『知ってる』

 

「ならば!」

 

『君が怖いのも正しいと思う』

 

 冒険者が止まる。

 

『魔物に家族を殺された人に、「今日から仲良くしろ」なんて俺は言えない。信用しろとも言わない。でも、この子が今、君を襲ってないなら、君も今すぐこの子を殺さないでほしい』

 

「もし襲ったら」

 

『止める』

 

「討つことも?」

 

『必要なら』

 

 ウィーネが怯えた。

 

 神聖四文字は続けた。

 

『人間でも、人を襲えば止める。神でも犯罪をしたら裁く。魔物でも同じにする。それだけ』

 

 しばらく沈黙があった。

 

『姿じゃなくて、何をするかで決めよう』

 

 ベルは、その言葉を聞いていた。

 

 自分が言いたかったことより。

 

 ずっと簡単だった。

 

     *

 

 群衆はすぐには納得しなかった。

 

 当然である。

 

 二千年近い恐怖が、数分の演説で消えるはずがない。

 

 それでも。

 

 剣は下がった。

 

 一人。

 

 また一人。

 

 最後まで武器を握っていた男も。

 

 ゆっくりと。

 

 剣先を地面へ向けた。

 

 神聖四文字はウィーネを見る。

 

『君たちも、人間を襲わないって約束できる?』

 

 ウィーネはベルを見る。

 

 ベルが小さく頷く。

 

「……できる」

 

『他の子たちにも伝えて』

 

「うん」

 

『じゃあ今日は、それでいい』

 

 あまりにも簡単だった。

 

 法もない。

 

 条約もない。

 

 神学上の結論もない。

 

 ただ。

 

 殺さない。

 

 襲わない。

 

 最初はそれだけでよかった。

 

     *

 

 その夜。

 

 ベルは再び大聖堂地下へ呼ばれた。

 

 今度は、少しだけ緊張が薄かった。

 

『今日、大変だったね』

 

「はい……」

 

『後悔してる?』

 

 ベルは考えた。

 

「怖かったです」

 

『うん』

 

「冒険者の人たちが怒るのも分かりました。僕が間違ってるって言われたとき、自分でも本当にそうかもしれないと思いました」

 

『それでも立ってた』

 

「ウィーネが後ろにいたので」

 

『そっか』

 

 それ以上の理由は必要なかった。

 

 ベルが少し迷ってから尋ねた。

 

「神様は、どうして来てくれたんですか」

 

『俺も昔、似たことやったから』

 

「似たこと?」

 

『よく分からない相手が出てきて、周りが「敵かもしれない」って言って。それで、とりあえず話してみようって決めた』

 

「天界の神様たちですか」

 

『そう』

 

 ベルは驚いた。

 

「今では普通に一緒に暮らしてるのに」

 

『最初は全然普通じゃなかったよ』

 

「じゃあ、ゼノスもいつか……」

 

 神聖四文字は答えなかった。

 

『そうなるといいね』

 

「ならないかもしれない?」

 

『なるって約束はできない』

 

 ベルの表情が少し曇った。

 

『でも、なる可能性があるなら、それを最初から潰さない方がいいと思う』

 

 ベルはゆっくり頷いた。

 

     *

 

 帰り際。

 

 神聖四文字はベルを呼び止めた。

 

『ベル君』

 

「はい」

 

『一つお願い』

 

「何でしょう」

 

『死なないでね』

 

 ベルが目を丸くした。

 

『君、報告読むたび危ないことしてるから』

 

「……努力します」

 

『「努力します」って言う人、大体また危ないことするんだよ』

 

「すみません」

 

『謝らなくていいけど』

 

 ベルは少し笑った。

 

「でも、困ってる人がいたら、多分また助けようとすると思います」

 

『知ってる』

 

 神聖四文字も。

 

 たぶん笑っていた。

 

 顔はないけれど。

 

『だから死なないで、って言ってる』

 

     *

 

 その日の深夜。

 

 アンデルセンは大聖堂の屋上にいた。

 

 オラリオの灯りを見下ろしている。

 

 由美江が隣へ来た。

 

「神父」

 

「何です」

 

「主は、魔物まで救われるおつもりなのでしょうか」

 

 アンデルセンは少し考えた。

 

「分かりませんな」

 

「神父にも」

 

「主御自身が分からないと仰っているのです。私が分かったふりをする必要もありますまい」

 

「私は、まだ信用できません」

 

「それでよいでしょう」

 

 由美江が意外そうに見る。

 

「よいのですか」

 

「主は信用せよとは仰っておられません。殺す前に見よ、と命じられただけです」

 

 由美江はしばらく黙っていた。

 

「難しいですね」

 

「信仰とは、時にそういうものです」

 

 少し離れた場所から、ハインケルが言った。

 

「アンデルセンがまともな宗教家みたいなこと言ってる」

 

「撃ちますぞ」

 

「ほら戻った」

 

     *

 

 翌朝。

 

 神聖四文字はパチカンへ戻る準備を始めた。

 

 ゼノスの問題は解決していない。

 

 むしろ。

 

 始まったばかりだった。

 

 しかし、一つだけ変わった。

 

 オラリオの大聖堂には、新しい通達が掲示された。

 

 ――言葉を解し、意思を示し、明確な敵意を持たぬ存在については、その姿のみを理由として攻撃してはならない。

 

 魔物という語は使われなかった。

 

 ゼノスという語もない。

 

 それでも。

 

 読む者には意味が分かった。

 

 そして、その文面の下には。

 

 神聖四文字の名による一文が添えられていた。

 

 ――分からないものを、分からないという理由だけで殺してはならない。

 

 その言葉は。

 

 二千年前。

 

 神々が初めて地上へ現れたときにも。

 

 ほとんど同じ形で語られていた。

 

 世界は変わる。

 

 相手も変わる。

 

 恐怖の形も変わる。

 

 それでも。

 

 神聖四文字が選ぶ答えだけは。

 

 あまり変わらなかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。