FIREからはじまるゾンビアポカリプス 作:うらいみちね
「ビールを一番美味しく飲むには何が必要だと思う?」
会社の元同期とパソコンで通話をしながら酒を飲んでいると、不意に問いが投げかけられる。
「……さあ?」
数秒、気の利いた回答でもひねり出そうとしてみるも、すでにアルコールに浸った脳みそでは出力不足だったようですぐに諦める。
「労働だよ。仕事終わりのビールが一番美味いって良く言うだろ」
「……それ、退職した俺に対する当てつけだったりする?」
「もちろん。つまり本多はもう一生美味いビールを飲めないってわけ」
言いたいことも言えたようで、満足そうにPCカメラに口角を上げて見せる男、安東は缶ビールに口をつけ、言葉を続ける。
「といっても僕も今日は自宅待機なんだけどね。まぁ、緊急事態宣言のおかげで、平日の昼間からこうして酒が飲めるわけだ」
数日前にニュースサイトでみた報道を思い出す。『主要各都市、不要不急の外出を自粛するように要請』という見出しがついていたものだ。
未知のウイルスが流行して数週間が経った。異常な凶暴性を発露させるという新種のウイルス。感染者は周囲に襲い掛かり、さらに感染者を増やしていくという特徴を持つそれは、指数関数的に感染者を増やしていった。
「大変だな、人が多いところは」
「実感はないけどそうなんだろうな、検問所が色んな所で作られてるし」
そして当たり前のことではあるが、人口の集中している都市部でその感染者は爆発的に増えてしまう。
「他人事みたいに言うじゃん、そっちは大丈夫そうなんだ?」
「まぁ、そもそも感染媒体になる人間自体が少ないからな。いても老人ばっかだし、逃げるのは難しくないよ」
都会でサラリーマンを続けている安東とは違い、私はパンデミックの発生する少し前に退職し、閑散とした地方のリゾート地に引っ越していた。残業代によって嵩増しされた給料を積み立て続け、ようやく働かずとも資産運用によって食っていく目途がたったのだ。悠々自適の隠居生活が始まるものだと思っていた。……こんなご時世でなければ。
窓を開けた室内に、マンションと道路を挟んだ先に広がる海から潮風が運ばれてくる。白い砂浜には一つの人影が見えた。気付いたら数日前から見かけるようになったそれは、バケットハットにアロハシャツという、現地民ならなかなか着ないような浮かれた恰好をしている。おそらく観光客……だったものだろう。
旅行中に感染してしまったのか、それとも感染した状態で旅行に来てしまったのかは分からないが、不運なことである。
よろよろと海辺を徘徊している彼を当初は少し警戒していたものの、今ではもう見慣れてしまっていた。本当ならば警察……いや保健所にでも通報した方が良いのだろうか。
「そういうのフラグって言うんだぜ」
ケラケラと笑いながら、更に酒を煽る画面の中の安東に視線を向けつつ、グラスに口をつけた。
「そういや、本多にしては珍しいもの飲んでるじゃん。ウイスキー?」
「……ビールがもう切れたんだよ」
パンデミックが起きてしばらくしてから、近所に唯一あるスーパーも商品の入荷自体が制限されているようだった。最後に買い出しに行った際に見た、ガラガラの棚が印象に残っている。
いま飲んでいるウイスキーもその時に買えた数少ないものの一つだ。俺も安東も銘柄の好みに差異はあれど、同じビール党だ。
「そっちはまだ小売店、問題なく営業してるのか?」
「やってるとこはなくはないけど、やっぱり買占めが酷いね」
苦々し気に顔をしかめる安東は、それでもなお缶ビールをためらわずに口へ運んでいる。
「その割には良い飲みっぷりじゃないか」
「ビールをちびちび飲んで何が楽しいんだよ……。通販サイトで頼んでるのが明日にでも届くし、別に切羽詰まってるわけでもないよ」
「なるほど」
彼の飲酒ペースに合点がいき、グラスのウイスキーを口に含む。割材のソーダ水すら、近所のスーパーでは在庫切れで買えなかったため、慣れないウイスキーのロックでちびちびと舐めるように飲んでいる。
「物流が終わって通販なんて機能しないと思ってたけど」
「と思うじゃん? それが案外、この国の物流も捨てたもんじゃないぜ。流石に今までと比べたら時間はかかるようになったけど、届きはするよ」
「なんで安東が得意げなんだよ」
呆れながらも笑みがこぼれる。しかし良いことを聞いたと、通話アプリを開いているパソコンでウィンドウを開き大手通販サイトにアクセスする。
ざっと目を通してみると、在庫が切れている商品もちらほら見られるものの、完全に生活物資が枯渇しているというわけでもなさそうだった。配送先の住所を入力して想定される到着日を確認し、目を疑う。
そこには三週間後の日付が記載されていた。別の通販サイトに移ってみても、そこに表示される日付は似たり寄ったりだ。安東の言うように、この国の物流は捨てたものではない。きちんと機能自体ははたしている。しかしそれでもノーダメージというわけでもないようだ。
表示されている配送までの時間には目を瞑り、一ケースのビールといくつかの日用品をカートに入れ、ひとまず注文ボタンをクリックした。