FIREからはじまるゾンビアポカリプス   作:うらいみちね

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感染者≠野良猫

 冷蔵庫の扉を開き、中には数本のペットボトルと調味料しか入っていない内部を眺める。

 

 スマホで通販サイトを開いて、配送予定のページを開く。昨日、注文したばかりの配送予定日は、当たり前のように早まることもなく数週間後の日付が記されている。

 

 飲酒した翌日特有の気怠さを感じながら、お茶のペットボトルを一本取り出して扉を閉めた。

 

 キャップを開けて口を付けながらベランダへと向かう。潮風を受けながらベランダに出ると、いまだに白い砂浜で彷徨っているアロハのゾンビが見える。

 

 こんな暑い中、元気そうでなによりだと心の中で考えるも、すでにゾンビになっている時点で元気というのは語弊があるなと思い直す。

 

 ポケットからスマホを取り出して画面の隅の時刻に視線を落とす。そろそろスーパーの開店時間だ。スカスカの冷蔵庫を思い出し、億劫だが散歩がてら買い出しに行くことに決めた。

 

 取り出したスマホでそのまま証券アプリを開く。保有資産の評価額はマイナスになっている。このご時世、仕方ないとは思いつつも、無配にでもなったらたまったものではない。当てにしていた高配当株の配当金がなくなったらFIREどころではない。

 

「そのうち戻ってくるよな……」

 

 マイナスになった評価額か、それともパンデミック前の平穏な日常に対してか分からないが、自分に言い聞かせるように言葉が口をついて出る。

 

 ひとまずは今日の飯だと気持ちを切り替えてベランダからリビングへと戻り支度を始めた。

 

 

 外に出ると日光に照り付けられ、すぐ全身に汗が滲んでくる。マスクも汗で顔にへばりつく、ウイルスでゾンビになるよりも窒息で死ぬ方が早いかもしれない。

 

 砂浜のゾンビを思い出し、彼らは脱水症状にならないのだろうかと現実逃避を始める程度には過酷な太陽光を受けながら、アスファルトを歩きはじめる。

 

 人間は体内の二十パーセントの水分を失うと死に至る。成人が一日で失う水分は約二リットル半、体重が七十キロの人間であれば、大体人体の六割が水分と考えると、四日もかからずに水分不足で活動できなくなるはずだ。

 

 あのアロハシャツのゾンビを見るようになったのはいつからだったか。もうすでに活動限界に達していてもおかしくはないだろうか。

 

「人様の心配をしてる場合じゃないな」

 

 

 スーパーの開店時間を少し過ぎたころ、ようやくたどり着く。ほかに一人も客がいないため、本当に開店しているのか不安になりながらも、自動ドアに近付いた。

 

 センサーは無事反応して開いたドアから空調によって冷やされた空気が外に流れてくる。入店してレジに視線をやると、顔なじみである中年女性の店員、水野さんがにこやかに声を掛けてくれた。

 

「いらっしゃい。ごめんね、まだビールは入荷してないよ」

 

「それは残念ですけど、今日は普通に食料を買いに来ました」

 

 前回来た時にビールが品切れになっていたことにショックを受けていた私を覚えていたのか、軽口を投げかける彼女に返事をしながら、買い物かごを手に取る。

 

 棚に空きはちらほらと見られるものの、全く生活物資が流通していないというわけでもないようだった。生鮮食品も多少は並んでいる。

 

 しかしそれでも、たった今開いたばかりのスーパーということを考えると品揃えは物足りないと思わざるを得ない。

 

 果物を数種類とカップ麺、それに携帯栄養食も念のためとかごに突っ込んでいく。

 

「数少ないお客さんが今日も生き残ってて良かったわ」

 

「こっちのセリフですよ。このスーパー、ほぼ水野さんのワンオペなんだから、感染なんかしないでくださいよ」

 

 半分本気の冗談を返しながらも、私を含め生存者のほとんどは楽観的だ。舐めていると言ってもいいかもしれない。パンデミックが全国的に報道された当初はそれこそ不安だったものの、ある程度情報が出るようになるとそれも落ち着いてきた。人間、未知のものに対しては無駄な恐怖心が芽生えるものだが、十分に情報が行き渡れば恐怖も薄れていく。

 

 それに、感染者は確かに凶暴性を持って、周囲の人間に襲い掛かるが、その身体的なスペックはあくまでもともとの人間がベースだ。後期高齢化社会の日本においては感染者の元となる人間は高齢者が多い。こんな田舎であればなおのことだ。出会い頭にでも襲い掛かられでもしなければ逃げるのは容易い。

 

 逆に言えば現役の陸上選手が感染でもしようものなら、その脅威は高くなるかも知れない。ほぼ考えられないケースだろうが、一応対策を考えておくべきだろうか。

 

 会計を済ませて貰い、買った品をビニールに詰めながら、帰り道にもし奴らに出くわしたらどうするか、などと考える。

 

「……そういえば三浦さんって、どうやってここまで出勤してるんです? 一人だと危なくないですか?」

 

「車だから危ないってことは……。あ、感染した人が急に飛び出して来たらどうしよう、なんて考えることはあるわね。轢いちゃったら流石にショックだし」

 

 ゾンビを完全に野良猫か何かと同じ扱いで語る中年女性を逞しく思い感心する。

 確かに車というのは生身でいるよりも安全だろう。それに今日のような買い出しでも汗だくにならずに済む。

 

 簡潔に別れの挨拶をして、スーパーから出てトボトボと帰りながら、スマホで中古車の情報サイトを眺めはじめる。軽自動車程度であれば購入自体は現実的に考えられる値段ではあるものの、問題は維持費だ。ガソリン代もかかるし、税金や保険料も考慮しなくてはならない。無職はむやみに固定費を増やすべきではない。そもそもゾンビを轢いた際に修理代は保険でおりるものなのか。

 

「……別にまだ良いか」

 

 車を買う場合の金銭的なシュミレーションをするものの、炎天下の中うだった脳みそを働かせるのが面倒になってきて、やがて考えるのをやめた。

 

 海岸沿いにある自宅に近付くにつれて潮の匂いも強くなってくる。その中に、異質なものが混じっていることに気付く。彼ら特有の腐敗臭だ。

 

 まずい、と思い周囲を警戒する。臭いの強さからしてもそこまで近くはないはずだが、気を付けるに越したことはない。足を早めて自宅へ急いだ。

 

 

 マンションのエントランスに着き、ようやく警戒を解く。もう大分離れたはずなのに、先ほどまで嗅いでいた臭いが鼻孔の奥にこびりついたかのように残っている。

 

 部屋について真っ先に洗面台へ向かって手を洗い、うがいまでしてようやく、その臭いが薄くなったような気がした。

 

「臭いはやっぱり生理的に無理だな」

 

 パンデミックが発生して数週間、彼らには慣れたと思ってはいたものの、やはり接近する機会を避けていたこともあり、臭いに耐性は得られていないようだ。

 

「でもまぁ……慣れない方が良いのか」

 

 先ほどのように姿が見えなくとも臭いで奴らが近くにいるか気付けると考えれば利点だろう。

 

 ビニール袋から冷蔵庫に食品を移しつつ、その中から買ってきたばかりの冷えていないボトルコーヒーを開けてグラスに注ぎ一口飲むも温いコーヒーに顔を顰める。

 

「不味……」

 

 冷凍庫の製氷機から雑に氷を掴んでグラスに数個入れた。氷が解けて若干薄くなったコーヒーをすすりながら、いつものようにベランダへ出る。砂浜には相変わらずアロハシャツのゾンビが彷徨っていて、それならばマンションの玄関近くで嗅いだあの腐敗臭の原因は彼ではないのだろうとあたりをつける。

 

 近所にゾンビが二体、もしかするとそれ以上徘徊しているという危険を今更ながら実感する。幸いこのマンションはオートロックの設備がついている。建物の内部まで入り込むということは考えにくいが、それでも気分が良いものではない。

 

「早いところ対処してもらった方がいいか」

 

 直近でみた報道では感染者の処理は保健所へ通報すれば良いらしいが、今はどこも業務がパンクしているとも耳にしている。通報されてからいざ職員が現場に行ってみると、徘徊している感染者はすでに場所を移していることが多く、捜索でまた時間と手間がかかってしまうとのことだ。

 

 一度、ネットで防護服を着た保健所職員が、感染者対応をしている映像を見たが中々に物々しい内容だった。さすまたを持った職員が数人がかりで取り押さえ、護送車らしき車両へ押し込んでいた。

 

 頭でもかち割って動けなくすればいいという簡単な話ではないようだ。どうやら感染者をどう扱うかという点で、行政も大分頭を悩ませていた。死体として扱うにしてもむやみに傷つければ死体損壊罪にあたり、動いているからといって生存者として扱えばそれこそむやみに殺害するわけにはいかない。生者、死者どちらの扱いにせよ『表立っては』動いている感染者を行政としては傷つけられないらしい。

 

 スマホで管轄の保健所に電話をしてみるも、数回のコール音の後に『回線が混み合っております。時間をおいておかけ直し下さい』と案内が流れる。

 

「……予想はしてたけど。また明日かけてみるか」

 

 遠目にアロハシャツの感染者を眺めながら、薄いコーヒーを口に含んだ。

 

 

 日光浴でついウトウトしてしまっていた。ゾンビの群れに囲まれていたということもなく、何事もなく目を覚ました。こんなクソ暑い中、我ながらよく眠れたものだ。気付かないうちに気を張って疲れていたのかも知れない。

 

 日は少し傾いていて、青かった空は赤みを帯びている。あと数時間もしないうちにあたりは暗くなるだろう。コーヒーとともにグラスに入れていた氷は完全に溶け切っている。結露まみれになったグラスを滑らないように気を付けながら持ち、若干残っていた中身を飲み干した。

 

 部屋に戻り、パソコンを起動すると通話アプリにDMが届いている通知があった。

 

『今日も生きてるか?』

 

 生存を確認する安東からのものだった。届いた時間は今から三十分程前だ。

 

『生きてるよ。そっちも生きてるみたいで何より』

 

 返事を送るとすぐに、今度はチャットではなく通話の着信音が響き始めた。ワイヤレスのヘッドセットを装着しつつ、通話に出る。

 

「暇で死にそう」

 

「切っていいか?」

 

 開口一番しょうもないことをのたまう安東に呆れながら、音声通話を繋いだことに若干後悔する。

 

「どうせ本多も暇だろ?」

 

 図星を突かれて返答に困った。特にやらなければいけないこともなく、軽く飯でも食いながら動画サイトで映画でも流そうと思っていたところだった。

 

「今日も自宅待機か?」

 

「そうなんだよ。客先も回れない状況じゃ、営業職にできる仕事もないからな」

 

「リモートワークとかないのか?」

 

「資料やらデータやら、持ち出せるなら出来なくはないけどさ。取引先の情報とか社外秘のデータなんかもあるもんだから、社内規定で持ち帰れないんだよな」

 

 安東はふてくされるようにつぶやく。そこまでして働きたいと思える彼に感心しながらも、その気持ちは理解できなかった。

 

 

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