FIREからはじまるゾンビアポカリプス   作:うらいみちね

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海岸通り

 昨晩の話を安東へチャットで愚痴ると、返ってきたのは困惑を含んだ反応だった。

 

『そのビーバー女、ちょっと変だって』

 

 バリケードを作ろうとする彼女を、川辺にダムを作る習性のある野生動物に例えて皮肉っているあたり、あまり良い印象を持っていないのが読み取れる。

 

『メンヘラは感染するからな、相手してるとお前まで病むぞ』

 

 これについては安東の常套句だ。

 ただ、平野さんがそういう性質のものかというと、若干私の中では判断に迷っていた。昨晩の彼女は確かに危うげな雰囲気ではあったが、感染者が発生する前に顔を合わせた際には、そんな印象は受けなかった。変だという安東の意見を否定はしないものの、彼女には一定の同情ができる。

 

 それに安東に関して言えば、彼の経験から情緒不安定な異性、俗にいうメンヘラを毛嫌いしている。好みのタイプを聞けば「自分で自分の機嫌を取れて、刃物を持ち出さない女」と答えるような男だ。

 

 恐怖に対する許容度というのは、やはり個人差が大きいのだなと実感する。知人と連絡が取れなくなった上、近所に感染者が出たと考えれば不安にもなるのは分かるが、今どき珍しい話でもない。

 

 そう、珍しくはないのだ。客観的に見ると人を恐慌状態にしてもおかしくない環境が、すでにこの世界では珍しいものではなくなってしまった。

 

 とはいえ、住居のすぐそばにゾンビが蔓延っているというのはあまり精神衛生上よろしくない。彼女の話では駐車場をうろついていたとのことだった。可及的速やかにどうにかしたい。

 

 どうにか、というのを具体的に考え、ひとまずは保健所の感染者通報窓口へ再度電話を掛けた。数度のコール音のあと、前に聞いたものと全く同じ『再度お掛け直しください』の案内が流れた。

 

 まだ行政は手一杯のようだ。ともすれば一市民としてできることに努め、自己防衛おじさんとなるしかない。。

 

 頭をかち割るというのは現行法では法的にアウト、私のような貧弱なアラサーであれば実行可能性についてもそもそも疑義がある。さらに言えば、メンタルにも非常によくない。スリーアウトによりチェンジ、別の手段を考えなければ。

 次に思いつくのは、どこか別の場所に誘導するというもの。これが無難だろう。ほかの近隣住民の迷惑にもならなさそうな場所が望ましい。しばらく思案し、すでにアロハシャツの先住民がいる砂浜が丁度良いのではと思い至った。開けた立地かつ周辺の民家からも離れているため危険が少ない。

 

 それに個人的にはベランダという安全圏から目に入る場所というのもある意味安心感がある。いずれ囲いでも作って、あそこをゾンビ放牧地としよう。

 

 そうと決まれば、とソファから腰を上げた。

 いざとなれば走る必要があるため軽装で外に出る。そもそも武器になりそうなものが家の中に何もない。

 

 マンションのエントランスを出ると、すぐに肉の腐った臭いが鼻に届く。平野さんの証言を信じ、裏手の駐車場へ警戒しながら歩いていく。

 徐々に強くなる臭いに、その先に感染者がいることを確信しながら歩くペースを上げる。

 空きの多い駐車場で、すぐに目的のものを見つけることができた。元は中年男性であったと思われるゾンビはふらふらと徘徊している。あとはどうやって彼の注意を惹くかだ。

 

「おーい」

 

 ひとまず大声で呼びかけてみる。一瞬、動きが止まり顔をこちらに向けた。良くも悪くも聴覚は機能しているようだ。ゾンビの近くで物音が出るような行動をするときは気を付けなければ。

 

 ここから砂浜まで普通に歩けば十分もかからない距離だが、ノロノロとついてくるゾンビを伴って、ということを考えるともう少し時間がかかるだろう。

 こちとら無職の身。特に急ぎの用事があるわけでもないので、のんびりと散歩ついでに砂浜へ向かうことにした。

 

 海から吹く潮風がゾンビ臭を少しだけ薄くしてくれた。景色も良く、勾配も少なく歩きやすい海岸沿い。犬でも飼っていれば定番の散歩コースになるのだろうが、あいにく今回連れているのはゾンビだ。

 

 自分の顎から落ちる汗がアスファルトに染みを作る。後ろを振り返ると、もはや何の汁かも分からない体液で、同じようにアスファルトを汚すゾンビ。夕立でも降って洗い流してくれればいいのだが。

 

 後ろからついてくるゾンビをまじまじと眺める。初めて見る顔ではあるが、服装のラフさからみても現地の住民だろう。うろついていた場所からするに、マンションの住人だった可能性も高いが、今まで見かけたことのない風貌だ。

 

 肩の一部が抉れたように酷く損傷していることから、そこが噛まれた痕なのだと分かる。彼をゾンビにした、彼とはまた別の感染源となるゾンビが存在することを思い知らされる。そしてそれもこの近所にいると考えると気が滅入ってしまう。

 

 そのうち、この世界は生存者よりもゾンビの方が多くなってしまうのだろうか。周囲を見渡しても、自分と中年ゾンビの二つしか人影は見当たらない。

 

 砂浜に着き、ようやくもう一つ人影を見つけることができた。それも結局アロハシャツを着た件のゾンビなのだが、やっと目的地までたどり着いたことで一息つけた。アロハのゾンビは海岸の方を見ており、こちらには気付いていない様子だった。

 

 道中、私に興味を失いかけてはぐれようとする中年ゾンビに、何度か大声で呼びかける必要もあったせいで喉も乾いている。早いところ置き去りにして帰りたい。ペットボトルの飲み物くらいは持って来れば良かったと後悔する。

 

 砂浜への階段を降りると、アスファルトから砂浜へと靴底から伝わる感触が変わる。「遊泳禁止」の看板を横目に足を取られないように気をつけながら、感染者を砂浜の中央へと誘導していく。

 

 砂に足をもつらせながらもゆっくりとついてくる中年ゾンビ。いつの間にか、アロハシャツのゾンビもこちらに気付き、近付いて来ている。しかしその動きは、数日浴び続けた日差しにより干からびているからか、ぎこちないものだ。

 

 二体のゾンビが接近してくるにつれて、その臭いも濃くなっていき顔が引きつっていく。空気感染はしないと頭では分かっていても気分は悪い。道路からある程度離れたところまで誘導して、彼らを振り切って舗装された道路へ戻る。

 

 距離を置いてから様子を伺うと、彼らは私に興味を失いそれぞれ別々の方向へとうろつき始めた。中年ゾンビに至っては、浜に打ち上げられた大きめの流木に足を取られて転倒していた。

 

 このまま海に飲まれて流されてくれないだろうかと考えるも、彼らは不思議と海には近付こうとしない。

 

 ともあれ、仕事は終わったと帰路につく。注意力散漫な道連れもいなくなったこともあり、行きよりもはるかに短い時間で自宅に帰り着いた。

 汗の染みた衣類を洗濯機に放り込みスイッチを入れ、そのままシャワーを浴びた。念入りに身体を洗いつつ、気付かなかった傷などがないかを確認をする。

 浴室を出て部屋着に着替えた後、ベランダから砂浜の様子を眺める。小さな二つの人影をしっかり確認し満足した。これで今後の生存率が少しでも上がってくれると考えれば、無職なりに働いた甲斐があるというものだ。

 

 水分を補給しつつ、しばらく遠目に彼らを観察していると、転倒後は立ち上がるまでに時間がかかることが分かった。低い位置にロープを張るような、いたずら染みた罠なんかも効果的かも知れない。スーパーに行くときに何か使えそうなものがないか確認しておこう。

 

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