世界一優しいストライカーの辞め方   作:かなりゆっくりめ

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ブルーロック。

世界一のエゴイストを生み出すため、全国からFW三百人を集める青い監獄。

そんな場所にもし、

「サッカーは十一人で協力するから面白いんですよ!」

と心の底から信じている、協調性の化身みたいなFWが呼ばれてしまったら。

なお本人は、ブルーロックをとても有意義な強化合宿だと思っています。



サッカーとは十一人でやるスポーツです。

口の中まで土の味がする。頬につく冷たいものは雪なのか、誰かの汗なのか、もう区別もつかない。

肩を組む腕は重いし、背中は容赦なく叩かれるし、頭の上では俺を飛び越えて何本もの腕が伸びる。

 

百六十センチの身長は、こういうときに少し不便だ。せっかく全員で輪になるんだから、俺にも皆の顔を見せてほしい。

 

「全国だぞ、慎吾! 俺たち、全国行くんだぞ!」

 

耳元で怒鳴るなよ。ちゃんと聞こえるし、俺も同じことを何度でも叫びたい。

 

喉の奥はひりひりするのに、笑うのを止められない。泥で茶色くなるユニフォームも、吐く息の白さも、肩越しに見えるうちのグラウンドも、今日は全部まとめて抱き締めたいくらい好きだ。

 

「行こうな! 全国でも勝とう! 俺たち十一人で、もっと勝とう!」

 

サッカーって、本当に面白い。

 

一個のボールを十一人で相手のゴールまで運ぶ。その途中には相手の十一人もいるから、当然、何もかも思いどおりには進まない。俺の足から離れるボールを追い越すように味方は走るし、俺の背後に空く場所には別の誰かが入る。

 

前線で相手のパスコースを塞げば、後ろから「そっちでいい!」という声が届く。あの声を聞く瞬間、足はもう一歩伸びる。

 

自分の脚が動かなくなりそうなときにも、自分以外の脚を信じられる。こんなに心強いスポーツを、俺はほかに知らない。

 

うちの札幌北拓高校は、ついこの間まで全国大会とは縁のない学校だった。名前を言っても、対戦相手から聞き返されることさえあった。そこから北海道の頂点まで来るなんて、春の俺たちに話しても、きっと皆で顔を見合わせる。

 

でも、今は胸を張れる。ゴールに入る最後の一蹴りを俺が担当しても、その前には必ず皆のプレーがある。

泥をかぶりながら相手を追う足も、競り合う肩も、ゴール前でボールを抱える両腕も、優勝にはひとつも欠かせない。

 

本当はFWも交代制にして、皆に得点の喜びを味わってほしいな。そう提案すると、なぜか全員から一斉に反対される。適材適所もチームワークのうち、ということらしい。

皆に任せてもらえるなら、俺は俺の持ち場を精いっぱい務めよう。

 

その俺のリュックには今、日本フットボール連合からの封筒が入っている。

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

東京には雪の匂いがない。

 

 

 

日本のサッカーの中枢ともなると、建物からして立派だ。

 

「へえ……。建築基準法もしっかりクリアしてそうだし、耐震補強もばっちりって感じだなあ」

 

もちろん外観から断定するのはよくない。避難経路も含めて、中に入ってから確認しよう。大人数の合宿で最初に知るべきことは集合場所と非常口だ、と父さんもよく言う。

帰宅するまでが遠征だし、安全に帰れなくては皆に何も持ち帰れない。

 

今回の強化指定選手合宿では、練習方法をできる限り覚えて帰るつもりだ。

全国の強豪校には、俺たちの知らない工夫が山ほどあるはずだし、指導者から直接話を聞ける機会も貴重だ。ノートは三冊、筆記具には予備もある。皆からの質問も預かっているから、休み時間を無駄にはできない。

 

来月の全国大会までに、北拓をもっと強くする。そのための東京遠征だ。

 

玄関の近くに見えるジャージには見覚えがある。

松風黒王高校。あの顔、間違えるはずもない。

試合映像を観るたびに、うちの守備陣と頭を抱える原因になる人だ。

 

「吉良選手じゃないですか! こんにちは! 貴方もこの強化プログラムに?」

 

あまり近くで大声を出すのも失礼かな。嬉しくて声量の調整が難しい。お辞儀の角度くらいはきちんとしよう。

 

「あ、うん。君も? ええと、どこの高校の……」

 

「北海道代表、札幌北拓高校二年の菖蒲田慎吾です!」

 

「ああ! ニュースで見たよ。無名校を全国へ導いた、守備型FWの……!」

 

俺の名前を知ってくれている。すごいな、吉良選手。

全国から注目を集める人なのに、北海道の高校まで調べるんだ。こういう勉強熱心なところから見習わなくちゃいけない。

 

「FWなのに、守備型……?」

 

そんなに変かな。最前線にいる俺が相手の攻撃を遅らせれば、味方には守備を整える時間ができる。FWの守備って、とてもお得だと思う。

 

それより、この顔にも見覚えがある。埼玉の高校のジャージで、目元の感じも映像のとおりで……そうか、決勝の。

 

「一難高校の潔世一君だよね! 埼玉県大会の決勝、部活のミーティングで観たよ!」

 

「えっ。俺のこと、知ってるの?」

 

「もちろん。終了間際のノールックパス、皆で何度も見返したんだ。あの体勢で味方の走るコースと足元の向きまで把握できるって、すごい周辺視野だよ。受け手の動きを信じて、あそこへ通せるところも好きだな。俺も君のパスを受けてみたい」

 

褒め方が大げさかな。でも、あのパスを観ると本当にわくわくする。守備側の視線を引きつけながら、味方の前に道を作るなんて、何度練習しても簡単にはできない。

 

「……でも、あれで、負けたから」

 

ああ、そうか。本人にとっては、まだ決勝の終わりがすぐそばにあるんだ。映像を観る俺たちの気楽さで、踏み込みすぎるのはよくない。

 

「うん。悔しいよね。俺も、君なら自分で打てる場面だと思う。でも、君のパスに驚いて、自分たちの練習に取り入れようって話す選手もいるんだ。それは伝えたいな」

 

負けると、負けにつながる場面から目を離せなくなる。俺も経験がある。だからって、それまで身につけるために積み重ねる毎日の練習まで、丸ごと意味を失うわけじゃない。

潔君の視野は、俺ならぜひチームに欲しい力だ。

 

「君、本当にサッカーと仲間が好きなんだね。よろしく、菖蒲田君」

 

吉良選手の手は大きい。握ると、指のつけ根に練習の硬さを感じる。足を使う競技でも、転べば手をつくし、筋力トレーニングもする。こういうところに同じ高校生らしさがあって、テレビで見るときより親しみが湧く。

 

「こちらこそ! お互い切磋琢磨して、怪我なく健全に頑張りましょう!」

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

三人で地下へ向かうと、ホールの入口から熱気が流れてくる。人の肩越しに人の頭が続く景色は、俺にはなかなか手強い。案内どおり前へ進みながら、非常口の緑色を確かめる。出入口は後ろにも横にもある。よし、集合場所もあとで聞こう。

 

周りのジャージは実に色とりどりで、対戦映像の中でしか見ない校章が、腕を伸ばせば届くところに並ぶ。あの人は右足の振りが速いし、向こうの人は背負うプレーがうまい。話を聞きたい相手が多すぎて、ノート三冊で足りるか心配になる。

 

「やっぱり、FWの選手ばっかりだねえ」

 

「そうだな。有名な奴ばっかり……」

 

潔君の声が少し硬い。俺も落ち着かないけれど、これはすごく楽しみな落ち着かなさだ。全国から前線の選手を集めるなら、普段のチーム練習ではできない専門的な講習になるんだろう。

 

「なるほど! 前線からのハイプレスを徹底するんだね。追い込む方向とタイミングを共有して、日本全体の守備と組織的カウンターの精度を上げる。素晴らしい着眼点だなあ!」

 

「いや、FWを三百人も集めて、それはないんじゃ……」

 

三百人。改めて聞くとすごい数だ。一人ずつ得意な守備の誘導を教えてもらえば、三百通りの――いや、似る方法もあるから、その場で分類する必要がある。学校へ持ち帰る資料には図も欲しい。俺の絵で皆に伝わるかな。

 

耳の奥を針で引っかくような音に、思わず肩が縮む。正面のモニターがちらついて、壇上に白い光が落ちる。マイクの調整は人を入れる前に済ませてほしい。隣の潔君まで顔をしかめるほどの音量だ。

 

「あーあー。マイクテスト……おめでとう、才能の原石どもよ」

 

細い首に黒縁眼鏡、頬にかかる長さのおかっぱ頭。あの顔を俺は知っている。

 

「俺の名は――」

 

「あ! 絵心甚八さん! ノエル・ノア選手に『最初のライバル』とまで言われる、あの日本人ストライカーの!」

 

いけない、説明の途中だ。つい声が出る。周りからこちらを見る視線が痛いけれど、俺と同じくらい驚く顔も多い。そりゃそうだよな。こんな人から直接教われる機会なんて、普通はない。

 

「……自己紹介は不要のようだな。俺は日本をワールドカップで優勝させるために雇われた者だ。シンプルに言おう。日本サッカーが世界一になるために必要なのは、ただひとつ……」

 

これは問いかけだ。今度こそ出番を間違えないように、右手をまっすぐ伸ばす。後ろの人からも見える高さにして、お腹から声を出す。

 

「はい! 徹底的な滅私奉公と、組織的、戦術的規律を極限まで追求するトータルフットボールの完成ですね!」

 

専門家としては、もう少し具体的な説明を求めるのかな。

 

「……一人の、革命的なストライカーの誕生だ」

 

なるほど、得点源を明確にするところから始めるんだ。全員の役割を均等にすることと、全員で勝利を目指すことは同じじゃない。うちも結局、FWは俺に固定するほうがうまく回る。

 

「よく分かります! 十人の結束と献身的な守備で最も決定力のある選手を支えて、相手のマークをそこへ集めるんですね。そのぶん空くスペースへ皆で入れば、得点の選択肢も増える。なんて美しいチームワークでしょう!」

 

「菖蒲田君、待って。絶対、そういう意味じゃないと思う……」

 

でも、ストライカーへボールを供給する人は必要だし、奪い返す人も必要だ。一人を育てる話とチームを強くする話は、当然つながるはずなのにな。

 

「……お前たちには今日から、特殊な施設、青い監獄で生活してもらう。外の世界との連絡は遮断され、家族とも会えず、今までのサッカー生活とは決別することになる」

 

待ってほしい。今の説明は、案内状と話が違う。

 

全国大会前の強化合宿という理解で、俺は学校にも家庭にも説明している。外部との連絡を一切断つ話も、今のチームを離れる話も、そんな条件は聞いていない。ここには俺の人生を勝手に預けるために来るんじゃなくて、皆と勝つために勉強しに来るんだ。

 

「異議があります! 俺たち札幌北拓は来月、全国大会の初戦を控えています。吉良選手も、ほかの全国出場校の皆さんも同じです。チームメイトは俺たちの帰りを信じて練習を続けるんですよ。強化合宿の説明から、どうして今までのサッカー生活との決別につながるんですか。勝手に決めないでください!」

 

「全国大会ぃ? 高校サッカーのぬるま湯など捨てろ。ここにいる二百九十九人を蹴落として、最後まで残る一人が、世界一のストライカーになれるんだよ」

 

ぬるま湯だって?

 

雪の中でかじかむ足も、練習のあとで拾うボールも、遠征費を用意するために頭を下げる先生も、この人の目にはそう見えるのか。俺たちを知らないことは責めない。知らないまま、捨てろと命令する権利まであるとは思わない。

 

「その説明では、論理的にも納得できません。日本の高校生FWを二百九十九人蹴落とせば世界一になれる、という根拠は何ですか。選抜対象は世界中の選手ではありませんよね。統計の話をする以前に、母集団が日本の高校年代に偏っています。その中の一位を決めることと、世界一を育成することは別の問題です」

 

口元が動く。でも、俺の質問への答えは聞こえない。マイクを握る指ばかり白くなる。こちらの言い方が曖昧で伝わらないなら、もっと具体的にしよう。

 

「世界一を目標にすることには賛成です。だからこそ、育成方法と評価基準を説明してください。選抜を勝ち抜くことによって、世界のトップを上回る技術や判断力を、どう身につけるんですか。そこを飛ばして学校も仲間も捨てろと言うなら、看板と中身が釣り合いません。俺たちの今後を左右する条件ですから、勢いで済ませないでください」

 

後ろのほうから吹き出す声が聞こえる。「それはそう」と誰かが言うけれど、俺は絵心さんを笑いものにしたいわけじゃない。ノア選手と競い合うほどの人なら、教えてもらいたいことは山ほどある。

 

「だ、黙れ……! ここは弱者が口を挟む場所じゃねえ!」

 

「質問されると、弱者と呼んで黙らせるんですか。責任者なら答えてください。帰宅の自由はありますか。保護者への説明は、いつ、誰の責任で行うんですか」

 

「お前は何をしにここへ来やがる! 世界一になる覚悟の話をしてんだよ!」

 

「サッカーを学びに来ています。覚悟を求めることと、説明を省くことは別です。俺たちに生活を変えろと言うなら、そちらにも説明する責任がありますよね」

 

吉良選手の声が横から重なる。

 

「俺も、全国大会を捨てるって話には賛成できません。学校にも仲間にも、こんな説明はできないです」

 

よし、一緒に確認してくれる人がいる。相手は大人で、ここは相手の用意する会場で、マイクの音量まで向こうのほうが大きい。そんな場所で疑問を口にするのは勇気の要ることだ。

 

「仲間、仲間と、揃いも揃って……! いいから扉をくぐれ、エゴイストどもよ!」

 

正面の扉へ向ける腕は大きい。でも、その先で何をするかの説明も、外へ出る条件の説明もないままだ。周りの足音も止まる。誰かの咳払いまでよく聞こえる静けさに、背中が冷える。

 

俺はこのまま進めない。俺自身も、隣の二人も、ここにいるほかの皆も、何に同意するのか分からない状態で奥へ入るべきじゃない。

 

胸ポケットのスマートフォンには電波がある。まずは父さんの番号――いや、父さんは北海道だ。今ここで起きていることは、東京の警察に相談するのが筋だ。身内への連絡と緊急通報の役割を混同してはいけない。

 

「絵心さん。俺たちの多くは未成年です。民法上の同意の問題に加えて、児童の保護という観点でも、主催者には確認すべきことがあります。通常の合宿に参加する承諾を、通信の遮断や自由の制限への承諾にすり替えることはできません。保護者に、今の内容を明示する書面は渡していますか」

 

「何を、ブツブツと……」

 

「ブツブツではありません。会場全体に聞こえるように質問しています。書面はあるんですか。ないんですか。外部との連絡を断つという説明を撤回するんですか。それとも本当に実行するんですか」

 

こちらを睨む。怖い顔だ。でも、怖い顔は回答にはならない。審判に判定の根拠を尋ねるときも、選手に練習の目的を伝えるときも、必要なのは言葉だ。

 

「未成年者を不適切な手段で連れ出すなら刑法第二百二十四条の未成年者略取・誘拐、移動の自由を奪うなら第二百二十条の逮捕・監禁が問題になります。害を加えると告げて従わせるなら第二百二十二条の脅迫、義務のない行為を無理に行わせるなら第二百二十三条の強要です。どの犯罪に当たるかは警察の確認を待つとしても、今の説明を聞いて、何も確かめず奥へ進むわけにはいきません」

 

「け、警察だァ? てめえ、ここをどこだと思って――」

 

「日本フットボール連合の施設です。ですから、法令も選手の権利も尊重する運営を期待しています。革命という言葉で例外にはなりません。退場を望む選手の自由と、保護者へ連絡する権利を、この場で明確にしてください」

 

担当者を呼ぶなら呼んでほしい。確認に時間が必要なら、そう言ってくれれば待てる。

 

「……やれるもんなら、やってみろ! そんな脅しで、この計画が――」

 

「脅しではありません。安全を確認できないので通報します。俺の父親は北海道警察本部長です。この手の問題には日頃から厳しいんですよ。相手の肩書に遠慮して、危険かもしれない状況を放置するなと教わっています」

 

「北海道警察の……本部長?」

 

潔君と吉良選手の声がほとんど重なる。二人とも俺を見るけれど、今は詳しくする時間じゃない。父さんの名前で特別扱いを求めるつもりもない。どこの家の子でも、合宿の安全を確認してもらう権利はある。

 

「はい、警察です。事件ですか、事故ですか」

 

「事件の可能性があります。日本フットボール連合のビル、地下大ホールです。高校生およそ三百人を集める合宿説明会で、責任者から外部との通信を遮断して家族にも会わせないと告げられています。説明のないまま施設の奥へ進むよう求められていて、安全を確認できません。警察官の派遣をお願いします」

 

所在地は案内状に記載の住所を読めばいい。焦ると番地を間違えるから、一つずつ指で追う。聞かれる順番に答えて、分からないことは分からないと言う。今のところ怪我人は見当たらないし、凶器も見えない。出入口は目視できる。実際に施錠しているかは確認できない。

 

「責任者は絵心甚八と名乗る男性です。はい。俺は参加者の菖蒲田慎吾、高校二年です。……分かります。こちらからは近づかず、安全な場所で待ちます」

 

「お、おい、てめえ! 本当にどこへ電話してんだ!」

 

だから、警察だって最初から説明しているのに。壇上の絵心さんは、今にもマイクを投げそうな握り方だ。そんなに声を張ると、電話の向こうへも全部聞こえる。正確な状況を伝えるには役立つかもしれないけれど。

 

通話を続けるうちに、後ろの壁際で電話のベルが鳴る。舞台袖から姿を見せる女性は、受話器を手にこちらと絵心さんを見比べる。

 

首に下げる職員証には帝襟アンリという名前がある。運営の人なら、事情を説明してほしい。

 

「絵心さん! 警察から緊急の確認です! こちらへ向かうそうです、どう説明すれば――マイク、これ入ってます!?」

 

よく入っている。最後の声まで、会場のいちばん後ろに届くと思う。

 

「テ、テメェェッ! 警察に通報する高校生がどこにいるんだよ! ここは日本サッカーの革命の場だぞ!」

 

「ここにいます! 高校生でも通報できますし、革命を掲げる施設にも法律は適用されます。何度質問しても安全を確認できないんですから、第三者に来てもらう必要があります!」

 

ここで怒鳴り合っても仕方ないし、警察には安全な場所で待つよう言われている。舞台へ近づくつもりはない。

 

「法律とルールを守れない人に、フェアプレーを教わることはできません。サッカーは十一人のスポーツです! 仲間との約束も、家族への説明も、選手の意思も、勝手に切り捨てないでください。まずは落ち着いて、お巡りさんに事情を説明しましょう!」

 

入口の扉から、紺色の制服とヘルメットが見える。早い。状況を説明できる大人の姿に、肩の力が少し抜ける。

 

「警察です! 皆さん、その場で落ち着いて! この会場の責任者はどなたですか!」

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

三日後、同じホールの最前列に座ると、正面の大きな掲示が真っ先に目に入る。

 

『本合宿は任意参加です。参加者はいつでも自由に帰宅できます』

 

うん、とても分かりやすい。後ろの席からも読める文字の大きさだし、難しい言い回しでごまかすところもない。手元の資料には保護者の連絡先、緊急時の対応、学校との調整窓口まで載る。こういう案内を最初に渡してくれれば、皆も安心してサッカーに集中できる。

 

この三日間、学校と家には事情を説明して、改めて送付される資料にも目を通した。父さんからは、確認できる事実と自分の推測を混ぜるな、と念を押された。刑事事件として何が成立するかを俺が決めるわけじゃない。その点はきちんと理解している。俺に必要なのは、ここで安心して練習できるかの確認だ。

 

壇上の絵心さんは目の下の隈が濃い。三日前より顔色が悪く見える。睡眠は選手にも指導者にも大切だと思うけれど、今日はちゃんと休めるんだろうか。

 

隣にはアンリさんと、顧問弁護士という肩書の人が並ぶ。残る疑問にもすぐ答えてもらえそうだ。

 

「このたびは、参加条件に関する説明が不十分で、皆様ならびに保護者、学校関係者の皆様にご心配をおかけしました。改めて、合宿の実施内容をご説明します」

 

アンリさんのお辞儀は深い。こちらまで背筋を伸ばしたくなる。

準備は大変だろうに、三日で説明会を開き直す対応はありがたい。問題を見つけて、修正して、次へ進む。チームにも必要な手順だ。

 

「……保護者各位への同意書の送付、ならびに、学校関係者との連絡手段の確保を……完了している」

 

絵心さんの声はかすれる。一行読むごとに横を見るから、読み落としを確認しているのかもしれない。弁護士の人は資料へ指を添えて頷く。協力体制としてはいい感じだ。

 

「参加は、任意だ。辞退によって不当な扱いを受けることはない。帰宅を希望する際の手続きは、配付資料の……三ページを確認しろ」

 

三ページを開くと、連絡先と移動の手配についての説明もある。

出口を開けるという話に加えて、そこから家へ帰る手順も必要だ。

特に俺は北海道なので、徒歩で帰宅というわけにはいかない。

 

「全国大会への出場に伴う日程調整も、この窓口でいいんですよね?」

 

「はい。学校との連絡も含めて、個別に確認します」

 

これなら皆に顔向けできる。俺の留守中も練習を続ける仲間に、帰る時期と持ち帰る内容を伝えられる。知ることのできるサッカーを北拓へ運びたい。

 

「……改めて、合宿への参加を希望する者は、ゲートをくぐれ」

 

ようやくその言葉を、前向きな気持ちで聞ける。

 

「はい! これなら安心ですね。法令遵守、素晴らしいです!」

 

絵心さんの肩がぴくりと跳ねる。そんなに大きい声かな。最前列なんだし、次からもう少し音量を控えよう。隣の潔君は俺の顔と壇上を見比べながら、口元を引きつらせる。

 

「菖蒲田君って……本当に、すごいな」

 

「そうかな。俺は、サッカーをしに来るなら安心してサッカーをしたいと思うんだ。潔君も、そうだろ?」

 

待っててくれよ、皆。ここでいっぱい勉強して帰るから、全国では今よりもっといいサッカーをしよう。俺が前から追い込んで、皆で奪って、皆で運んで、最後はちゃんとゴールへ入れる。誰か一人で全部を背負う必要なんて、俺たちのチームにはない。

 

だってサッカーは、十一人のスポーツなんだから。




というわけで、ブルーロックに致命的なまでに向いていない男、菖蒲田慎吾です。

本人に絵心へ反抗する意思はありません。
むしろかなり尊敬しています。

ただし、

「世界一のストライカーを作る」
↓
「なるほど! 十人で徹底的に支えるんですね!」

と変換されます。

絵心甚八にとってはたぶん一番話したくないタイプのFWです。

なお慎吾のサッカー観は本気です。
仲間を信じ、組織を信じ、守備を愛し、最後に自分が点を取ります。

次回、ようやく青い監獄へ。

絵心さんにはもう少し頑張っていただきます。
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