世界一優しいストライカーの辞め方 作:かなりゆっくりめ
次なる相手は、堅守を誇るチームY。
成早は新しい武器を磨き、久遠も秘密兵器として準備万端。
そしてキャプテン菖蒲田慎吾は、仲間たちの活躍を誰よりも楽しみにしています。
今回こそ、みんなに見せ場を作ってあげたいですね!
明日はチームY戦だ。今日は成早君に付き合って、パスを出している。相手役は國神君。練習でも遠慮せず止めに来てくれるから、ありがたい。
お、今のは惜しい。もう半歩外なら通せるんだけどな。
成早君、その位置だと國神君の腕に触れてしまうよ。気づかれないうちに移動してほしいのに、本人の方ではすっかり隠れたつもりらしい。
「僕は……影だ……なんちゃって!!」
「うん! いいよ成早君! でもね、ただ死角に入るだけじゃ三流さ。大切なのは『相手が見たい方向(意識の矢印)』を逆算して誘導することだよ! それが噛み合えば、君は本当にピッチから消えられるぞ!」
「うおおおおっ!! 意識の逆算ッ!!」
「あはは、大声を出しちゃったら居場所がバレて台無しだけどね……」
いい返事は好きだけれど、今回ばかりは(笑)。試合でもそれをやられると、こっちまで笑ってしまいそうだ。
もう一度、國神君の外へボールを通す。成早君の足には届くものの、打つ前に追いつかれる。惜しいな。抜け出すところまではよかった。
顔を上げて俺を探す間に、國神君を待ってしまったんだ。
俺のパスはちゃんと届くよ。だから、そんなに何度も確認しなくていい。まずはゴールを見ていてほしいな。昨日の話をしてから、成早君は休憩のたびに次の練習を聞いてくる。やる気も十分だし、この調子なら明日に間に合いそうだ。
◇
久遠君にもボールを送る。そう、そこ。今度は足の置き方もいい。
右足から、ボールはゴールへ突き刺さる。
これは嬉しいだろうなあ。久遠君、口が開いたままだよ。
「お、おお……!! このシュート……本当に入った……!!」
「すごいよ久遠君! これで君の武器は空中戦だけじゃなくなったね!」
「ああ……慎吾のおかげだ!! 俺の身体の使い方の癖を、全部直してくれたからだ!」
「うん! 久遠君、君は次の試合の『秘密兵器』だからね! 相手を油断させて、ここ一番で炸裂させよう!」
お礼を言われると照れるけれど、身につけたのは君自身なんだ。これで次の試合も楽しめるだろう。
秘密兵器という呼び名も、なかなか気に入ってくれたらしい。
ボールまで元気だ。焦らなくていいよ。今の感触を忘れないうちに、もう何本か打とう。
◇
横から吉良君にも浮き球を送る。少し回転をかけ過ぎたかな。まあ、彼なら大丈夫だろう。
……おお。止めずにそれを打つのか。つい名前を呼んでしまう。
「よっと……ほいっ!!」
「涼介は器用だなあ。あんなに強いスライス回転がかかっていたのに、ダイレクトで無回転ミドルを撃ち抜くなんてさ!」
「お! 慎吾、今『涼介』って名前で呼んでくれたね! 嬉しいよ!」
「いや……俺たちの仲じゃないか……」
「テメェら!! 練習中に何いちゃついてやがんだコラァッ!!」
「えっ!? あ、誤解だよ雷市君!!」
「誰にも俺たちの愛を引き裂くことはできなーーーいッ!! 愛してるぞーーーッ涼介ーーーーッ!!」
雷市君にそんなことを言われたら、やらないわけにはいかないな。
ジャージを脱ぎ、涼介の首へ飛びつく。よし、捕まえた。背が高い相手には、ここまで跳ばないと抱きつけないんだよ。
「うわぁっ!? ちょ、慎吾重い! 暑いってば!!」
「ぎゃはははははは!! なんだよあの二人! 出来てんのかよ!!」
重いとは失礼だなあ。君ならこのくらい平気だろう。五十嵐君にも大受けだし、合間の息抜きとしては上出来じゃないか。
潔君も笑っている。うん、やっぱりこういう時間は必要だね。
『……吉良君まで完全に手懐けられてる……。あんな無邪気に抱きついてるけど……あの人の頭の中には、チーム全員を完全に操る冷徹な盤面が出来上がってるんだ……』
◇◇
翌日、第2グラウンドでチームYと顔を合わせる。赤のユニフォームを眺めていると、久遠君も隣へ来る。メモ帳を持っているあたり、頼りになるなあ。
「あれがチームYね。久遠君、何か事前データはあるかい?」
「要注意はあいつだな。熊本大会での点取り屋、大川。フィジカルと決定力はチームYの軸だ」
ふむ……データ通りだね。相手の最終ラインの重心、初速の反応、全体の走行距離……問題ない。総合値では圧倒的にこちらの勝ちだ。普通にやれば苦戦する要素は一つもない……。なら――
「よし! 今回の最初のベンチ(控え)は、久遠君で行こう!」
「ああ、分かった。後半、秘密兵器として投入されるのを待つよ」
久遠君には後半を任せる。相手にも一度こちらの顔ぶれを覚えてもらおう。ベンチへ戻る彼に親指を立てて、俺もピッチへ入る。
今日は最初から皆と一緒だ。前の試合では外から声を出してばかりだったし、少しは汗もかきたい。笛とともに、涼介から蜂楽君へボールは渡る。
「よし! 行け、蜂楽君!!」
「お! いきなり俺? 行っちゃうよ〜! 行けるとこまで突っ切る!」
「うん! 敵陣を切り裂け、蜂楽君!」
蜂楽君は元気だなあ。右へ振って、左へ戻して、また右へ。あれを目の前でやられると、つい足を出したくなる。
おや。相手は出てこないね。蜂楽君の前に二人並び、片方をかわしても、もう片方までは抜けさせない構えだ。
「あら……2人??」
「……3人です」
「うにゃあ……挟まれた! いったん戻す!」
ずいぶん寄せてきたな。蜂楽君から戻るボールを受け、俺も前を向く。
「ナイスパス!」
なるほど……相当守備固めに時間を割いてきた陣形だね。実に良いことだ。チームとしての規律が保たれている証拠だよ
では、今度は俺のお相手を願おう。ボールを前へ押し出し、そのまま中央へ入る。横へ回り道をする気はないよ。
二子君のそばを抜けると、正面の選手も下がり始める。まだまだ、そんな距離では落ち着けないだろう。もう少し近づいてあげようか。
「なっ……!? 速えぇぇッ! おい、2枚使え! 何としても止めろォッ!!」
「うんうん! みんな俺を見てるね!! もっと来いやあ!!!」
一人、二人……三人。うん、ちょうどいい。正面に集まってくれると助かる。俺もそちらを向いたまま、右足を前へ踏み込む。
ゴールを見ているふりは、このくらいでいいかな。
「…………なんてね」
右足でボールを斜め後ろへ返す。顔は向けない。成早君、練習の時にも言っただろう。
俺を探さなくていいんだよ。
「は!? どこ蹴ってやがる! そんなとこ誰も――」
「…………俺が…………いる!!」
そう、そこだ。ちゃんと来てくれると思っていた。さあ、遠慮なくどうぞ。
「喰らえッ! 特訓の成果……『ファントムシュート』!!」
低いシュートはキーパーの横を抜け、サイドネットへ入る。お見事。成早君の両腕は、笛より先に上がっている。俺も駆け寄って、その頭を撫でる。
「いいぞ成早ッ! 完璧な抜け出しだ!」
「イェーーーイッ!!! 初ゴールだぁぁぁッ!!」
「うん! 相手の見たい方向を誘導した死角の渡り歩き、完璧に上手くいったね!」
こんなに喜んでくれると、パスを出した甲斐もある。國神君にも褒められて、成早君は忙しそうだ。昨日は何度も止められた相手だから、なおさら嬉しいんだろうね。
久遠君にも見えるように、ベンチへ手を上げる。君の番も後で来るよ。練習したことを試合で出せると、次の練習にも身が入るものだ。
潔君は少し静かだね。初戦では自分も決めたし、成早君の気持ちはよく分かるはずなんだけど。まあ、試合は始まったばかりだ。彼にも後で声を掛けよう。
『これが……菖蒲田慎吾のサッカー……! 相手を引きつけ、完璧なタイミングでゴールをプレゼントした……。 他者を操り、仲間を輝かせる……一見すると『究極の利他』に見える……絶対的な王様のサッカーかよ……!!』
チームYも戻ってくる。大川君はボールを置き、二子君は味方と話している。前の相手のように揉めたりはしないらしい。いいね。こちらとしても、その方がやりやすい。
「先制されたのは仕方ありません……ですが、慌てる必要はありません。プラン通り、ゆっくりやりましょう」
横へ、後ろへ、また横へ。二子君のところを経由しながら、ボールはずっと向こうで回っている。
俺たちを待っているのかな。なるほど、それならお邪魔しよう。隣の涼介へ声を掛ける。
「行くよ、涼介!!」
「いいのかい? 前の試合みたいに、1点リードしてるなら無理に攻めなくても守り切れるよ?」
「今日はみんなの武器を使う日だからねー! 試合に出てるのに見せ場がないなんて、メンタルヘルス的に良くないよ!!」
『また出たよ……あいつの謎の福祉精神……』
俺から逃がしたパスには、涼介も寄せてくれる。ありがたいね。いちいち頼まなくても欲しいところへ来てくれるんだから。
相手の足元からボールをつつきかけると、返球は少し強くなる。おっと、味方を困らせてしまうよ。そんなに慌てなくてもいいのに。
「くそっ! なんだコイツら、プレスのスピードが異常だ……!!」
「ほらほらほら!! 焦って! 急いで! パスが不正確になーーーれっ!!」
「あはは、煽りすぎだよ慎吾」
戻ったボールを二子君も持て余している。前を見て、また足元を見て……うん、気になるよね。俺と涼介はここまで来ているのに、後ろはついてこないんだから。
俺たちの背後には広い芝がある。けれど、その先は皆で守っている。そこへ突っ込んでくれても構わないよ。雷市君なんて、さっきから大川君のそばで待っているんだ。
二子君、俺の顔を見ていていいのかい。ボールへ足を出しかけると、ようやく前へ蹴ってくれる。
「くぅっ……それでも……大川くんッ!!」
大川君へ出すか。よし、雷市君。そこは任せるよ。
落ちてくるボールの下で、二人は肩をぶつけ合っている。大川君は胸で収めたがっているけれど、雷市君の方はまるで離れない。あの距離で付き合われると、さぞ暑いだろうなあ。
「ぐっ……!? こいつ……!!」
「ガタガタ抜かすな雑魚がァッ! 俺様のマンマークから仕事ができると思うなよオラァッ!!」
「ち……近い!! 重いッ!! ファウルだろこれぇぇッ!?」
「審判が笛吹いてねぇからクリーンなボディコンタクトじゃボケェッ!!」
あはは、言うねえ。雷市君、いつになく楽しそうじゃないか。
大川君の足元からこぼれると、我牙丸君の足も伸びてくる。あそこまで体を倒して届くんだから、本当に面白い。ボールはもう國神君へ渡っている。
「もらった……!」
「よし! カウンターだ、上がれェッ!!」
「行け!」
國神君、ここまで戻してくれるかい。俺と涼介はまだ前にいるよ。
パスは涼介へ通る。相手は彼の名前を呼んで集まってくるけれど、俺の方も忘れないでほしいな。隣へ出れば、すぐボールを寄越してくれる。
「吉良涼介だ!! 全国区のスターを絶対にフリーにするな! 止めろォッ!!」
「慎吾!」
「ほいよっと! 返すぞ、涼介!!」
来たボールを、そのまま涼介へ返す。彼の足元より少し前へ。俺のところで待たせては、せっかくの速さももったいない。
返した後も並んで走る。まだ俺に使い道はあるだろう。二子君はこちらまで見てくれるし、涼介へ任せて見物しているわけにもいかないからね。
「ここから先は通しません……! 僕の『眼』が、あなたの進路を――」
「君じゃあ…………足りないな」
「……はい?」
おお、涼介。ずいぶん言うじゃないか。
ボールは二子君の股を抜ける。パスではない。涼介自身で追いつくつもりらしい。なら、俺も邪魔をせずついていこう。
「後ろだ! 二子、後ろを見ろッッ!!」
「えっ……!?」
二子君が振り返る頃には、涼介はもうシュートを打てる。俺の方へ出す必要もない。
さあ、今度は遠慮なく決めてくれ。
「くぅっ……!?」
「ついてこれる敵が欲しいよ…………なッ!!」
シュートはネットへ突き刺さる。二点目だ。練習の時にも思ったけれど、やっぱり上手いなあ。
これは祝福しなくては。涼介、待っていてくれ!
「よし!」
「涼介かっけーーーッ!! 愛してるぞーーーーッッ!!」
「うわぁぁっ! やめろ慎吾! 抱きつくのはいいけどちゅ~してくるなァッ!!」
「ぶははははは! またやってるぜアイツら!」
「あはは! でもこれで2点差だぜ! 完勝ペースじゃん!」
おや。抱きつくのはいいのか。今、確かにそう言ったよね?
◇
額を押し返されても、首にはしっかりしがみついておく。顔には届かないけれど、このくらいは許してくれ。仲間のゴールは、皆で喜ばなくちゃ。五十嵐君も成早君も楽しそうだし、いい雰囲気じゃないか。
少し離れたところで、二子君は膝をついている。前髪を上げてこちらを見ているけれど、そんなに驚くことかな。二点差なんて、まだ取り返せるだろうに。
俺たちはふざけているように見えるかもしれないけれど、練習は真面目にやってきたんだ。君たちの守備だって、準備に時間をかけているのは分かる。だからこそ、こちらも皆で相手をしているんだよ。
久遠君の方も気になる。ベンチへ目をやると、右足を何度も芝へ押しつけている。まだ感触を確かめているのかな。
大丈夫。あのシュートなら入る。出す場所もタイミングも、俺はちゃんと考えているよ。後半まで待たせるんだから、ここぞという場面で使ってあげたい。成早君の次は、彼にも喜んでもらわないとね。
成早君に一点、涼介に一点。次は久遠君の番も作れる。うん、悪くない。
潔君にも声を掛けるけれど、返事は少し硬い。まだ何か気になるのかい? 昨日は自分の武器も言えたし、今日は仲間も結果を出している。俺としては、安心して走ってくれていいんだけどな。
まあ、試合中に長話をすることもないか。全員で勝ってから、ゆっくり聞いてあげよう。俺はキャプテンなんだから、そういうところも気を配らないとね。
成早、特訓の成果を発揮して初ゴール!
そして吉良涼介、全国区の実力を見せつける一撃!
チームZは今回も絶好調です。
なお、菖蒲田慎吾はゴールを決めていません。
本人はまったく気にしていませんが。
むしろ、誰にどんなゴールを決めてもらうかを考えるほうが楽しいようです。
ちなみに、吉良君との仲も順調に深まっています。
……いろいろな意味で。
さて、次に活躍するのは誰でしょうか。
皆さんは、慎吾のようなキャプテンがいるチームでプレーしてみたいですか?
ぜひ感想をお聞かせください!