世界一優しいストライカーの辞め方 作:かなりゆっくりめ
六対零という圧倒的なリードを築き、チームZの勝利は目前です。
仲間たちも次々とゴールを決め、キャプテン菖蒲田慎吾も大満足。
ただ一人、潔世一を除いて。
さて、残り五分。
このまま平和に試合を終えられるのでしょうか?
あと五分か。久遠君も決めてくれたし、今日はいい試合だね。
……と、潔君にも思ってもらいたいんだけどな。
得点する順番まで、もう一度考えてあげればよかったかな。
最初の試合で決めた君には、今日は皆を応援する側へ回ってもらった。
置いていかれたように感じるなら、それは俺の気配り不足だ。
帰ったら、二人で話そう。君の良かったところはちゃんと覚えている。試合中に全部言ってあげるわけにはいかないからね。
「よし! 残り時間は無理にリスクを冒さず、ゆっくりパスを回して守っていこう! ……千切君、本当にこのままでいいの?」
「…………ああ。俺はこれでいい」
そうか。千切君は分かりやすくて助かるよ。
今は走りたくない。それなら、走らなくても任せられる仕事を探せばいい。
次はベンチでも構わないだろうし、無理に引っ張り出して嫌われることもない。
使えるようになるまで待てばいいんだ。急かさず、本人にも選ばせてあげて、その間にできることを決めておく。そういう相談なら、俺もいくらでも付き合える。
難しいのは、納得した顔で頷いてくれる方だね。
昨日の潔君は、俺の話を聞いて安心していた。
君の力だと教えてあげたら、ようやく自分のゴールを認めてくれた。
それでよかったはずなんだけど。
まだ何か欲しいのかい。
『勝った……。6対0……ここまですれば、もう絶対に負けはない……。全員が1点ずつ取って、全員が笑顔で終わる……。でも……なんだよ、このモヤモヤは……!? これじゃただの……管理された「ごっこ遊び」じゃないか……!!』
膝に手をつくほど疲れているくせに、目は相手から離さないんだね。
持久力なら雷市君に及ばない。身体をぶつけ合えば國神君には負けるし、涼介みたいに何でもできるわけでもない。
ところが、時々変なものを見つける。
他の皆には通り道にしか見えない場所へ、君は得点を狙って走り込む。そこはいいよ。大事にしてあげたい。君自身、うまく説明できないようだから、俺の方で形にしてあげればいいと思っていた。
けれど、その目で何を見るかまで、俺には決められないんだよな。
「くそ…………まだだ…………!」
大川君から二子君へ。ああ、今なら取れる。
潔君も気づいているね。教える前に分かってくれるのは助かるよ。
毎回、俺の声を待つようでは間に合わない場面もあるからね。
……声を待たなくていいことと、聞かなくていいことは違うけれど。
『……見えた。コースも、タイミングも、全部……。俺は……! 俺は、こんなぬるま湯の中で終わりたくないッッ!!』
「なっ……潔!?」
「ナイスカット潔君! うん、奪ったら無理に前へ急がず、落ち着いてパスを回していこう!!」
よし、まずは褒める。今の判断を認めてあげれば、次のお願いも聞きやすいはずだ。
蜂楽君へ渡せたんだから、戻っておいで。奪うところまでは君に任せた。ここからは俺の言うとおりにしてくれれば、皆で気持ちよく――。
……潔君?
ずいぶん速く走れるじゃないか。
「あはは……! いいね……! 呼んでる、お前の『かいぶつ』が!! 付き合うよ、エゴイスト!!」
蜂楽君まで、そっちへ行くのか。
これは、少し考え直さないといけないね。
潔君一人の不満なら、あとで聞いてあげれば済む。欲しい役目を与えて、うまくできたら褒めて、次はもっと頑張ろうと励ませばいい。そうして皆と馴染んでもらうつもりだった。
君は、人まで連れていけるんだね。
蜂楽君は退屈させた覚えはない。俺とだって楽しそうにプレーしてくれる。
その蜂楽君を、パス一本と走り出す背中で誘えるのか。
それはまだ、俺に見せていなかったよ。
◇◇
止めようと思えば追いつける。ボールにも届くだろう。でも、味方の俺に奪われたら、潔君は何を感じる? 皆の前で恥をかかせれば、今度こそ話を聞かなくなる。
駄目だ。ここで嫌われるのは賢くない。
失敗して戻ってきた時に、いちばん先に声を掛けよう。挑戦したことは責めない。いい場所を見つけたね、次は俺にも教えてくれ、と。それなら反発する理由もないはずだ。
成功した時も同じだよ。よくできたねと迎えて、次に使う場面を一緒に考えてあげればいい。
自分でできたことまで取り上げる必要はない。その使い方を俺と相談する癖をつければ済む。
うん、まだ大丈夫だ。少し楽しませてあげよう。
「決めろ……! エゴイスト!!」
「俺の…………シュートで!!! これが……これが俺のゴールだァァァッッ!!!!」
……へえ。あれを直接合わせられるのか。
七対零。これは褒めるところを探すまでもないね。
足元へ出しても、受けてから迷うと思っていた。
なら、迷う時間をなくしてあげればいい。
蜂楽君にできるのなら、俺にも出せる。次は君の欲しい場所へ、もっと蹴りやすいボールを届けてあげよう。
だから、そんなに独りでできたような顔をしなくてもいいじゃないか。
俺にもできるよ。
今のシュートを、今日一度の偶然にしたくないだろう? 何度も決めたいはずだ。そのための練習も組めるし、君に合わせて皆の動きも変えてあげられる。
俺と一緒なら、もっと楽にできるんだ。
◇◇
「…………ふうううううっ」
「おいコラ潔ェ! てめぇだけ2点目決めやがってズルイぞコラァッ!」
「だが、見事なショートカウンターだったぞ!」
「うん、相手の隙を突いた素晴らしい抜け出しだ!」
皆も、ずいぶん簡単に褒めるんだね。
いや、それでいい。俺も同じようにしてあげるつもりなんだから。
まずは肩に手を置いて、おめでとうと伝えよう。君はこういう時、褒められると一度こちらを見る。その間に話せば、耳を貸してくれるはずだ。
皆の前では、今の得点を認める。細かいことは二人になってからでいい。昨日もそれで話せたじゃないか。
何なら、蜂楽君にも加わってもらおう。君がどう走ったか、どんなパスを待っていたか、俺も知りたい。そうやって話し始めれば、二人の間にも入れる。
俺に隠して楽しむことなんてないんだよ。
……あれ、どこへ行くんだい。
今は二子君に構わなくていい。相手を励ますのは俺がやる。君はまだ息も上がっているし、皆のところで休んでおいで。
泣いている人への声の掛け方は、難しいからね。うっかり余計なことを言って、せっかくのゴールに嫌な思い出をつけてほしくない。
『……ああ……そうだ……。俺が潰したんだ……。あいつらチームYの11人の夢を……俺の、俺だけの最後のエゴのシュートで……完全に息の根を止めてやったんだ……』
その笑い方は、何だ。
こっちへ戻っておいで。君を褒めてくれる相手はこっちにいる。
俺の前で笑えばいい。今のシュートを自慢してくれてもいい。多少大げさに褒めてほしいなら、そうしてあげる。雷市君にだって、ちゃんと順番を守ってもらうから。
どうして二子なんだ。
そいつの泣き顔は、俺の言葉より君を喜ばせるのか。
『……なんだこれ…………? 他人の人生を自分のゴールで踏みにじる感覚……ゾクゾクするほど……気持ちいい……ッ!!』
ああ、そうか。
昨日、足りなかったのはこれか。
ゴールを与えても、皆に認めてもらっても、そんな顔はしなかったね。俺が用意してあげたものには、これが欠けていたんだ。
駄目だよ。それを好きになってはいけない。
その気持ちよさを覚えたら、次も欲しくなるだろう。俺がいくらいいパスを出したって、それを味わえなければ満足しなくなる。君を褒めるために、毎回誰かを泣かせなきゃいけなくなる。
そんな選手には育てられない。
まだ間に合う。今なら、この一度でやめさせられる。
潔、俺を見ろ。
◇◇
「そうだ……そうだ潔世一……! それがストライカーの飢餓だ! 他者を蹴落とし、死体の上に立つことでしか得られない悦楽……! 覚醒したな、俺の求めたエゴイ――」
「ぐっ……!? がはッ!?」
拳が痛い。
ああ、殴ってしまった。声を掛けるつもりだったのに。
『あ……頭が揺れる……!? な……何が……!?』
驚いているのは分かる。俺だって、お前にこんなことをするつもりはなかった。素直な子だと思っていたし、少し自信をつけてあげれば伸びると考えていた。
ただ、その先へ勝手に行ってはいけない。お前はまだ、いいことと悪いことの区別がついていないようだな。
「違うぞ……潔世一。 相手を蹴落として気持ちいいなんて考える下等は……このピッチでサッカーをやる資格なんてない!!」
「し…………ん……ご……???」
「えええええええええええっっっ!?!?!?」
「キャ、キャプテンが味方をグーパンで殴り飛ばしたァァァッ!?」
「テメェ何やってんだチビィッ! レッドカードだぞコラァッ!!」
……そうだな。雷市君の言うとおりだ。
でも今、潔から目を離すわけにはいかないんだ。
言葉を重ねるのはやめよう。怖がらせたいわけじゃない。俺の話を聞く前から身構えるようになってしまったら、導きようがなくなる。
まずは、いつもどおりに。
「う……ごほんっ!!」
二子君、君たちにも聞いてほしいことがある。
この敗北で君たちの未来まで決まるわけじゃない。俺はそれを今ここで、本人にも聞こえるように伝えたい。
取った一点は取り消さないよ。いいシュートだったことも変わらない。ただ、それで相手を終わらせたと思うのは間違いだ。
見ていてね、潔君。君の喜び方は、勘違いから来ているんだ。
「チームYのみんな! 大丈夫だよ!! 絵心甚八の言う『ブルーロックで失格した奴は二度と日本代表になれない』なんて脅しは、憲法第22条(職業選択の自由)に照らし合わせても明白なデタラメだって、僕が法的に証明してあげたからね! それに、リーグ戦はまだ始まったばかりだ。君たちにはまだ、チーム内得点王で生き残る救済措置の目だって十分に残されている! 後半の君たちの組織的なディフェンス連動は、実に素晴らしく機能していたよ!」
「あ……ああ……。あ、ありがとう……ございます……?」
「そ……そうだよな……。俺たち、まだ終わったわけじゃないよな……?」
「うん……言う通りだ……」
「まだ得点王争いがある……!」
うん。まだできることを教えてあげれば、人は前を向ける。
潔君にしてあげたのも、同じことだった。自分を見失いそうな時に、いいところを見つけて、進む方を示してあげる。昨日はそれで安心してくれたんだ。
今日もやり直せるはずだよ。
二子君たちを見てごらん。もう君を睨んでいない。七点目をなかったことにしなくても、こうして立ち直れる。さっき君を喜ばせたのは、ずっと続くものじゃないんだ。
それに比べれば、仲間からの感謝は長く残る。俺は君の良かったところを、明日も明後日も教えてあげられる。
そっちを選ぶ方が、君のためだろう?
◇◇
潔君、まだ立てないかい。
口も切れているね。そこは俺が悪い。手当てをしてもらって、ちゃんと謝ろう。謝って済むと決めつけず、君の言い分も聞く。それくらいは当たり前だ。
ただ、君のためを思っていたことまで、取り消すつもりはないよ。
……そこでまた、話を聞かなくなるかもしれないな。
だけど君のその目は、ちゃんと活かしてあげたいんだ。今日のシュートも、次の試合で役に立てよう。君にも気持ちよく得点してもらいたい。
何を気持ちいいと思っていいのか、そこから一緒に覚えていこうね。
菖蒲田慎吾は、仲間思いの優しいキャプテンです。
誰もが活躍できるように考え、誰もが笑顔になれるように努力しています。
もちろん、潔世一のことも大切に思っています。
だからこそ、間違った方向へ進もうとするなら、正しく導いてあげなければなりません。
……ええ、本人は本気でそう考えています。
さて、ついに自分自身のエゴへ目覚め始めた潔世一。
一方の慎吾は、そんな潔をどうしても放っておけない様子。
二人のサッカー観は、果たしてどこまで噛み合うのでしょうか。
なお、フェアプレーは大切にしましょう。
特にキャプテン。