世界一優しいストライカーの辞め方 作:かなりゆっくりめ
しかし、試合終了間際に覚醒した潔世一と、それを殴り飛ばした菖蒲田慎吾。
勝利の喜びとは裏腹に、二人の間には大きな溝が生まれてしまいました。
一方、吉良涼介にも、世界一を目指すうえで譲れないものがあるようです。
果たしてチームZは、無事に次の試合を迎えられるのでしょうか。
氷は足りているかな。頬に当てるものだから、タオルもきれいな方を使ってね。
……そんなに睨まなくても、もう殴らないよ。
先に謝る。そのつもりで戻ってきたんだ。傷の手当てをしたから許してもらえる、なんて考えてはいけない。世話を焼くのと、責任を取るのは別の話だからね。
俺を怖がって黙るようになられても困る。今日みたいなことを考えているなら、ちゃんと言ってもらわないと。
「……さっきは殴って悪かったよ、潔君。そこは素直に謝る。でもね? 普通に客観的視点から考えてごらんよ。『他人の努力や夢を踏みにじって悦に浸る』……字面だけ考えても、完全にやべー奴のそれじゃないかい?」
「うっ…………」
分かるんだね。よかった。
知らないふりをされたら、もう少し時間を掛けるつもりだった。どこが悪いのか、最初から説明しなくて済むなら助かるよ。
君を駄目な人間だと決めつけたいわけじゃない。戻ってこられるうちに戻してあげたいんだ。それくらい、近くにいる俺の役目だろう。
それから、君もだよ。
「それから、蜂楽君もだよ? 今回は結果的に追加点に繋がったからって、それで済む話じゃない。 『チームの作戦を勝手に無視します! でも自分のミスでボールをロストして逆カウンターを食らいました!』じゃ、プロの世界では二度とピッチに立たせてもらえないよ? 大昔の戦国時代の抜け駆け上等サッカーじゃないんだからね」
「へいへーい、反省してまーす」
してないね。
ただ、反省させても、蜂楽君のプレーは良くならない。言われたとおりに蹴るようになるなら、期待している面白さもなくなる。
俺へ相談する前に思いつくのは構わないよ。そのあと、俺の声を聞く余地を残しておいてほしいんだ。
潔君と二人で楽しくなって、ほかの皆を忘れてしまうのは困る。次は俺も誘ってもらおう。
今は追い詰めずにおこうか。
「さて、潔君。さあ言ってごらん? 君はこれから、このチームでどうプレーするつもりなんだい?」
「……お前の言うトータルフットボールは、確かに正論だと思うよ。綺麗だし、勝てる。……だけどさ! 本当にどうしようもなくなった時……戦術も連携も全部封じられた極限の土壇場で、状況をたった一人で打開する『圧倒的な個の力』は要らないって言うのかよ!?」
そんな先のことまで考えてくれるんだね。
いいよ、その心配は聞いてあげられる。
ただ、そこへ持っていくのは少し無理があるんじゃないかな。君にも分かっているはずだけど、今それを言えば、また黙ってしまいそうだ。
「…………個の力が必要な局面はあるかもしれないね。それこそ、ワールドカップの決勝トーナメントのような世界トップの修羅場ではね」
「なら――!」
「でもね、それは『ピッチ上の相手を踏みにじっていい理由』には1ミリもならないよ。 相手への敬意(リスペクト)を保ちながら、自分自身のプレーの質で輝けばいい。 もし自分の『個』が足りないなら……周りの仲間たちが、その人を輝かせるための舞台を整えてあげればいいだけの話じゃないか」
「でもそれじゃ……! 俺たちはいつまでもお前に生かされて、お前に甘えてるだけになるじゃないか!!」
……ああ。
俺にできると教えてあげても、喜ばなかったわけだ。
君の得点を増やして、そのうち自信をつけてもらえばいいと。そこから、もう違っていたんだね。
俺に助けてもらわずにできた。それを欲しがっているのか。
ずいぶん贅沢だなあ。五十嵐君なら、次も頼むと笑ってくれる。
久遠君は自分のシュートを覚えるために、俺の話を何度でも聞いてくれた。
君も自分の武器は欲しい。でも、それを俺から教わるのは嫌なんだね。
面倒だけど、見捨てるほどじゃない。そこまで分かれば、褒め方も変えられる。俺ができることを並べるより、君に見つけさせてあげる方が――。
◇◇
「うん! 潔君の言いたいこともごもっともだ。でも、まだまだ浅いね」
『浅い……? 俺は、そんな簡単に片づけられることを言ってるのか?』
「吉良…………」
「お? 『吉良君』じゃなくて呼び捨てになったってことは、少しは腹を割って話せる仲になれたかな? ……潔君、分かりやすく言ってあげるよ。 『世界最高のストライカー』は、本当に『世界最高のエゴイスト』でなきゃいけないのか? 俺は、絵心甚八のその安直な二者択一に、最初から大きな疑問符をつけているんだ」
『あんたまで、俺を教わる側に置くのかよ。俺だって自分で考えて、あのパスに追いついたんだ。あれを知らない子供の失敗みたいに扱わないでくれ。』
『……でも、言い返せない。今の頬の痛みと、それは別だ。くそ、分かってる。分かってるけど……シュートを撃った時の気持ちまで、全部捨てなきゃ駄目なのか?』
「あァ? なんでだよ吉良。敵をぶっ潰すのがストライカーの仕事だろーがよ」
「要はさ、『敵を精神的に叩き潰さなきゃ、まともに点を取れない程度の器』ってことだろ? そんなの三流の喧嘩屋だよ。 俺は、世界一のサッカー選手になる男だぜ? 味方に最高のパスを供給し、ピンチの仲間を助け、逆に仲間から助けられ……それでもなお、最終的にチームのエースとして決勝点を奪い取って見せる。 そして――俺の隣に慎吾がいる限り、俺たちは最強だ」
「涼介…………! 分かってるねぇ!! さすが日本の宝だ!」
『助けられても、エースでいられる……。吉良は、それで自分を疑わないんだな。最後に決めるのは自分だと言い切れる。』
『俺には、そこまでの自信はない。でも、ないなら黙って渡されたボールを蹴ってろってことか? それでいつ、自分の力を信じられるようになるんだよ。』
「背番号10ってのはさ、味方全員の想いを背負ってピッチに立つからこそ『エース』なんだよ。 ピッチの向こうにいる敵だって、全力を尽くしてぶつかり合う『尊敬するに値する好敵手(ライバル)』なら……互いに限界を超えて高め合いたいじゃないか。 ……ふふ、笑わないで聞いてくれよ? 俺はね、大空翼みたいになりたいんだ」
『……大空翼。あんな選手になれるなら、俺だってなりたいよ。』
「ぷっ……ふふふふ……! ぶはーーーっはっはっはっはっ!!」
「な、成早!!」
「ごめんごめん!! でも……ぷぷっ……高校サッカーのトップスターが、この期に及んで『大空翼』って!! いやいや、最高だよ! めっちゃアリだぜ吉良!! よし、決まりだ! 今日から俺たちチームZは南葛だ!!」
「お、いいね! ならゴールキーパーの俺はS・G・G・K(スーパーグレートゴールキーパー)若林源三だな!」
「何言ってんだ伊右衛門! お前はいいとこ森崎(※南葛の控えGK)だろ!」
「おい! 森崎って『ふっとばされた!』ばっかり言ってるやつじゃねぇか!」
「へへっ、じゃあ俺はテクニシャンの岬太郎ポジションで――」
「五十嵐君は、顔面ブロックの石崎了君だね」
「やっぱり坊主頭だからかァァァッ!?」
「ふふ……どんなボールでも諦めずに突っ込むガッツが似てるってことじゃないかな?」
『イガグリを岬にするのは、さすがに無理があるだろ……。』
『……痛っ。少し笑うだけでこれかよ。』
『楽しいんだろうな。試合に勝って、自分でも点を取って。俺もついさっきまで、その中にいた。誰にも出ていけとは言われてない。ここで一緒に笑えば、慎吾だって安心するんだろう。』
『でも、明日からまた、慎吾の考えたとおりに走って、自分で何か見つけても、まずあいつの顔を見るのか?』
「要するにだ、潔君。 本当に世界一になりたいんなら――味方全員を輝かせて、その上でなお、自分が一番輝いてみせろよ。 それができない奴は、ただの身勝手なワガママ小僧であって、本物の世界一なんかじゃない」
「……………………」
『皆を輝かせて、その上で一番になる。できるなら、それがいいに決まってる。吉良はそれを本気で目指してるんだ。』
『俺はまず、自分の一点が欲しかった。比べたら、そりゃ小さく見えるよな……。』
『でも、あの時は見えたんだ。どこへ走れば間に合うか。どう撃てば決まるか。慎吾に教わらなくても分かった。あれまで間違いだったとは、どうしても思えない。』
『何を捨てて、何を残せばいい? それも慎吾に聞くのかよ、俺……。』
◇◇
涼介、そこまで求めたら潔君には厳しいんじゃないかな。
黙ってしまったね。でも、頷いてはいない。分かってくれたと決めつけるのは、昨日と同じ失敗だ。
ここからは俺に任せて。高すぎると思うなら、届くところまで下ろしてあげればいい。
「ね? だから心配しなくていいんだよ潔君! 君の足りない部分は、俺がピッチの上で完璧に輝かせてあげるからね!」
「南無南無……! キャプテン、一生ついていきやす!!」
君に言ったんじゃないんだけどな、五十嵐君。
でも、うん。それくらい気楽に受け取ってほしい。できないことを任せるのは、恥ずかしいことじゃないんだよ。
潔君の肩はまだ硬い。手を置かれるのも嫌かな。無理に笑わなくていいけれど、考えるのはやめないでほしい。俺の話まで捨ててしまうのはもったいない。
答えは今すぐでなくてもいいよ。次の練習なら、言葉より分かりやすく伝えられるだろう。
「ケッ! 吉良の言うことは少しはマシだがよぉ! だが世界一になるのは俺様だ!」
「ああ! 君のフィジカルと献身性があれば、間違いなく世界で二番目の守備型FWになれるさ!」
「あァ!? なら世界で一番は誰なんだよ!?」
「俺だね!!」
「このクソチビがああああッ! 誰が二番手だブッ殺すぞ!!」
おっと、これは涼介に任せよう。今の俺に止められたら、雷市君も余計に腹を立てるだろうし。
「キャーッ! 涼介〜〜〜ッ!! 助けて!! あなたの妻の危機よーーーッ!!」
「……誰がお前の旦那様だよ……はぁ……」
腰へ回した俺の腕は外さないんだね。頼れる旦那様で助かるよ。雷市君も、涼介越しなら手を出しにくいだろう。
「……どんなチームでも、同じ目的のもとに邁進すれば勝てる。みんなって……本当に良いよな」
久遠君には、こういう時間も大事なんだろうね。
今の方が嬉しそうだ。勝って、ふざけ合って、明日も同じ相手と練習できる。欲しかったのは、その全部なんだろう。
そういう願いなら叶えてあげられる。君は自分から皆のために働いてくれるから、俺も安心して任せられるよ。
「…………俺…………キャプテン翼、読んだことない」
「マジで言ってるのか我牙丸君!? 日本のサッカー選手にとっての聖典(バイブル)だぞ!? 今すぐアプリをダウンロードして全巻読破するんだ!!」
「……そうか?? 猿が出てくるなら読む」
猿かあ。俺もそこまで詳しくないな。
まあ、こちらは離れても大丈夫そうだ。潔君を急かす代わりに、もう一人にも声を掛けておこう。
千切君。君まで話しに来てくれれば、今日は本当に全員で終われるんだけどな。
◇◇
「千切君も、もっとみんなと仲良くやろうよ。君がチームの輪に入ってくれれば、次のチームW戦ももっと楽に戦えるよ?」
「…………ほっといてくれ。俺は……サッカーを諦める理由を探すために、ここへ来たんだ。 仲良しごっこなんて……やってられるかよ……!」
……理由?
走るための理由を探しているんじゃないのか。
俺は、待ってあげているつもりだったよ。まだ怖いなら仕方ない。自分から試したくなるまで、ほかの皆で補ってあげればいいと。
君はその間、やめるための理由を探していたのか。
しかも、皆と仲良くするのは嫌だと。試合には出るけど、走りたくない。勝っても加わりたくない。俺たちには、君の諦める理由が見つかるまで待っていてほしい。
「やれやれ…………。磨いても輝く気のない『原石』なんて、ピッチに置いておく価値もないゴミ屑と同じなんだけどねぇ……」
ああ、君にも俺の声は届くんだね。
さっきまで目も合わせなかったから、もう少し近くで話す必要があるのかと思ったよ。
諦めたいなら、止める義務はない。参加するかどうかは自由だと、初日に俺が確かめた。
◇◇
『……!! この目だ……!! あの夜、そしてさっき俺を殴り飛ばした時の……!! 「みんなで勝つ」なんて笑いながら……こいつは……使えないと判断した人間を、息をするように切り捨てる……!!』
「慎吾。……悪い癖だ」
『吉良は怖くないのか。あの目を真正面から見て……。言うんだな。』
「…………わかったよ。旦那様」
『やめるのかよ。俺たちにはあんな言い方をして、吉良にはそれで済むのか。』
「勘違いするなよ、慎吾。 俺は、お前に輝かせてもらってるんじゃない」
『それだ。俺も、それを言いたかった。助けられるのが嫌なんじゃない。お前に輝かせてもらうことが、俺の全部になるのが嫌なんだ。』
『なあ慎吾。吉良には何て返す? 俺にしたみたいに、足りないところは補ってやるって言うのか?』
「ああ。そうだな。……お前が、俺のスピードと采配についてこられるならね」
「俺は、お前がいるからこそ、自分の限界を超えられる。 その先へ……俺が突き抜けた先へ、お前が必死についてくればいい。 そうすれば、俺は世界一のストライカーまで駆け上がる。 絵心甚八の目の前で……俺たちのやり方で、それを証明してやるよ」
『……笑ってる。』
『俺には、心配しなくていいって言った。足りないところは全部補ってやるって。なのに吉良には、ついてこられるなら、かよ。』
『あの夜も、こんな顔だった。二人で奪い合って、止められても、また笑って。あの時の慎吾は、吉良に簡単なボールなんて渡してなかった。』
『俺にも言えよ。できるかどうか、試させてくれよ……。』
「お、また吉良と慎吾がカッコいいこと言ってるぜ」
『吉良も慎吾についていくだけのつもりじゃない。あいつを使って、あいつより先へ行く気なんだ。それを慎吾も嫌がってない。』
潔君、さっきとは少し顔が違うね。俺と涼介を、そんなふうに見比べなくてもいいのに。
君にも言いたいことがあるのかな。今なら聞けるよ。黙って引き下がるより、もう一度話してくれた方が助かる。
さて、チームW戦も考えないと。
千切君をどうするかは、あとで涼介と話そう。止めるからには、何か言い分もあるんだろう。それを聞かずに決めたら、今度は本当に怒られそうだ。
潔君の練習には、予定どおり俺が付き合いたい。甘えていると感じるなら、本人に考える時間を多く取ればいい。答えを渡す順番を変えてあげよう。
涼介とは、そのあとだね。
菖蒲田慎吾は、仲間の才能を輝かせるのが大好きです。
ただし、世の中には「自分で勝手に輝くから放っておけ」という選手もいます。
その代表格が吉良涼介。
慎吾が勝手に導こうとすれば、当然のように導き返してくる男です。
そして潔世一も、ようやく気づき始めました。
自分が欲しかったのは、優しい指導でも、確実に決められるパスでもなかったのかもしれない、と。
ちなみに今回の慎吾は、吉良に注意されると素直に引き下がりました。
雷市に追いかけられれば、吉良の後ろへ逃げ込みます。
……世界一の守備型FW、守備範囲には旦那様も含まれるようです。
次回はいよいよチームW戦へ!