世界一優しいストライカーの辞め方 作:かなりゆっくりめ
順調に勝ち星を重ねるチームZの次なる相手は、鰐間兄弟率いるチームW。
そして、その二人をよく知る千切豹馬。
キャプテン菖蒲田慎吾は、今回も仲間全員が活躍できるよう、最適な役割を考えています。
もちろん、千切にもきちんと仕事を用意しました。
本人が喜ぶかどうかは、また別のお話ですが。
「次の第3戦の相手はチームW。このチームの最大の鍵は、間違いなくこの二人……鰐間兄弟だ。攻撃の組み立てから前線でのハイプレス、防御に至るまで、全てがこの双子の阿吽の呼吸から始まっている。……でも、この二人については千切君の方が詳しいんじゃないかな? 同じチーム出身だろ?」
「なに、そうなのか!? なら話が早いな。千切、アイツらの攻略にはどうすればいい? 弱点や癖はあるのか?」
いいところを聞いてくれるね、久遠君。
千切君も、これなら困らないだろう。走れと頼んでいるわけじゃない。知っていることを教えてくれれば、それで皆の助けになる。
怪我の話をされるより答えやすいはずだ。
俺も今日は、聞かずに済ませたい。
答えの分かっている質問を繰り返しても、仲良くはなれないからね。
「…………兄貴(淳壱)の方は無口で一切喋らないが、弟(計助)の方はおしゃべりで煽り魔だ。だけど、アイツらの連携の基本は言葉じゃない。アイコンタクトだ。弟の口車に惑わされず、二人の目線を遮るか、視線の先を読んで判断すれば、ある程度先手を取れるはずだ」
「素晴らしい分析だ! なら話は早いね!」
ちゃんと答えてくれるじゃないか。
質問する方を変えれば、君からも引き出せるものはあるんだね。
うん、今日はその調子でいてほしい。役に立つと分かれば、こちらも優しくしやすいよ。
「へッ! なら俺がそのおしゃべりな弟に張り付いて、息も吸えないくらい窒息させてやるぜ! その代わり、前線でボール奪ったら今度こそ俺にシュートチャンスをよこせよ!」
「兄貴の方は俺と我牙丸で挟み撃ちだな! 死角を消してやれば連携もクソもないだろ!」
「おお。2枚で囲めば何とかなる。飛び道具も止める」
あはは、雷市君には先に約束を取りつけられちゃったね。
いいよ。守った分も褒めるし、チャンスも作ってあげよう。何が欲しいか言ってくれるなら、俺も応えやすい。
成早君と我牙丸君も、それでいい。二人で止めてくれれば、どちらに手柄をつけるかで揉めることもないだろう。
皆、それぞれに欲張っているじゃないか。潔君の言うエゴだって、このくらいなら歓迎するよ。どうして君は、俺と相談するところから嫌がるんだろうね。
「……役割は決まったな。なら、俺はお役御免(ベンチ)だな…………」
「え? 何を言ってるの千切君?」
「……は?」
「君にはレフトバックで、フルタイムでディフェンダーを頼むよ。君がそこに立っているだけで、相手にとっては十分な抑止力になるんだからさ!」
「な…………? 走らない俺を……バックに置くだと……?」
そんなに意外かい。君をどう使うかは、俺も考えているんだよ。
昨日は席を空けてもらえばいいと思った。それを涼介に止められて、もう少し別の使い道を探すことにした。幸い、次の相手は君をよく知っている。
本人は走りたくない。でも、向こうは走ってほしくないだろう。
せっかくの食い違いを、使わずにおくのはもったいないじゃないか。
「走れないなら、『走るかもしれない』と思わせればいいのさ。相手は君の全盛期の快速を知っているんだろう? なら、たまーに全力ダッシュをするフリだけでも見せてくれれば、相手の右サイドは警戒して上がってこられなくなる。いわば【最高性能の案山子(カカシ)】だね! 助かるよ千切君!」
「…………っ!!!!」
……そんな顔をするんだね。
ほっといてくれと言うから、難しい仕事は頼まないことにしたのに。走らずに役立てるなら、喜んでくれると思ったんだけどな。
名前が気に入らないのかな。最高性能とまで言ってあげたんだから、褒めていることは伝わると思うよ。
それとも、本当は走りたい?
だったら、そう言ってくれればいい。俺は君に走るなと命じた覚えはない。できないと言うから、できる範囲で頼んでいるんだ。
ここで怒るなら、君は自分でも満足していないんだね。そこまで分かったのは悪くない。
◇◇
バカにしやがって……!! なんなんだコイツは……!? 俺に配慮してるフリをして……ただの道具としてピッチに立たせる気か……!? ふざけるな……! でも…………!
何て返せばいい。走れるとでも言うのか。そんなことを言ったら、あいつは喜んで走らせる。できるなら頼むよって、今と同じ顔で。
できない。だから。その程度でいいと笑ってるお前が。
鰐間たちの前で、走るふりをしろって? あいつらに何を言われるか、分かってるのか。
◇◇
「あ、慎吾。ちょっと戦術面で気になったんだけどさ」
「ん? なに、涼介?」
「チームX戦の後半みたいに、リードを奪った後に延々とバックパスを回し続けるあの時間稼ぎ……あまりにも露骨にやりすぎると、JFAの競技規則的に『非紳士的行為(アンスポーツマンライク・コンダクト)』で間接フリーキックや警告を取られないかい?」
ああ、そっちの話か。
言い方をまた注意されるのかと思った。君に止められたから、俺もちゃんと使い道を考えてきたんだよ。
「うーん……現代サッカーのルール上、正当なボール保持である限りは遅延行為の境界線はかなりグレーなんだけどね。今のところ絵心さんの電子主審もノーホイッスルだし、レフェリング基準はザルかと思っていたんだけど……次からはもう少し敵陣のコーナーフラッグ付近でボールキープする形にして、合法性を高めようか!」
「うん、その方が賢明だね」
千切君のことも、涼介から話してもらった方がいいのかな。
いや、頼むのは少し待とう。気に入らないたびに涼介を呼ぶようでは、いつまでも仲良くなれない。
明日、二人で話せばいい。皆の前で素直に頷くのは、今さら恥ずかしいのかもしれないしね。
言い直してあげよう。君にしかできない仕事だから頼みたい、と。それなら案山子という言葉に引っかからず、聞いてくれるだろう。
◇◇
…………眠れない。……慎吾の言うことは分かる。トータルフットボールも、チームの勝利も、プロとしての契約社会の現実も、全部正論だ。……だけど、どうしても納得できない。俺は……俺はストライカーになりたくて、ここに来たんだ。仲間と手を取り合って綺麗に勝つためじゃない。自分のゴールで前に進むために……。あんな綺麗事の檻の中で飼い慣らされて……本当に世界一になれるのか……?
一時か。明日の練習のことまで考えたら、今すぐ戻って寝るのが正しいんだろうな。慎吾なら、そう言う。
……いないところでまで、あいつならどう言うか考えてる。何やってんだよ、俺。
映像を見よう。あの七点目を、もう一度。自分で決めたつもりでも、見直せば何か違うのかもしれない。いいところも悪いところも、まず俺が見つけたい。
ん……明かりがついてる。先に誰か来てるのか。慎吾じゃ――。
「……千切?」
「……どうした?」
「いや……眠れなくてさ」
「…………そうか……」
ああ、同じ試合を見てるんだな。
画面の端にいるのは千切か。俺たちの攻撃を、あそこから見てたんだ。パスをもらいに来ないから、試合中はほとんど気にしなかった。
慎吾は見てたんだろうな。走らないなら走らないなりに、使える場所を探してた。そう考えると、キャプテンとしてはよく見てるってことになる。
……でも、案山子はねえだろ。
役に立つんだから喜べって、俺なら言われたくない。昼間は何も口にできなかったけど、あの言葉に腹を立てるのは普通だと思う。
「……なあ、千切」
「…………俺は……怖いんだ」
怖い?
そういえば、膝のことをちゃんと聞いたことはなかった。本人も言いたがらなかったし、慎吾も無理に話さなくていいと言ってたから。
俺もそこで、知ろうとするのをやめたんだよな。
「右膝の前十字靭帯断裂……。もう一度同じ個所をやったら、俺の選手生命は終わる。医者にもそう宣告された。だから俺は、この青い監獄で適当に理由をつけて脱落して……サッカーを綺麗サッパリ諦めるためにここに来たはずだった」
ここで頑張れなんて言えるのか? 俺は千切の膝の代わりになれない。大丈夫だって請け負うこともできない。
あいつは、それを怖がりながら毎日ピッチにいたのか。
「なのに……昼間のミーティングで、あいつに……『案山子になれ』なんて言われてさ……。 悔しくて……惨めで……。 それと同時に……『走ってアイツらの度肝を抜いてやりたい』って、心の底が滾ってくる自分がいるんだ。 ……その衝動が……また膝を壊すんじゃないかって……怖くてたまらないんだよ……!」
……諦めたくないんじゃないか。
そう言えば、怒るかな。でも、悔しいってことは、まだ走りたいんだろ。あんな扱いで終わりたくない。お前の速さは、相手を警戒させるための噂なんかじゃないって、見せたいんだろ。
俺にも、それは分かる。
慎吾はたぶん、千切の足に無理をさせずに済むと考えてる。役に立ててよかったねって、試合のあとにも褒めるんだろう。
千切は、その褒められ方が嫌なんだ。
俺も同じだった。あいつの言う場所へ行って、いいパスをもらって、点を取る。皆には喜んでもらえる。
自分でもう一度やれる気がしない。慎吾がいなければ、俺は何をすればいいのか分からないままだ。
役に立てば、それで満足するはずだって。あいつは俺たちに、そう思ってるのかもしれない。
でも、俺は……。
「……俺はさ。エゴイストになりたいのかもしれない」
「え……?」
「チームのためにパスを回して、みんなで仲良く勝つサッカーなんて、もううんざりなんだ。 まだ弱くて、何も持ってない俺だけど……他人の夢を壊してでも、自分が一番前に立つための『エゴ』で……俺は上を目指したいんだよ」
慎吾の前なら、最後まで言えたか。
うまく言えないけど、これなんだよ。勝ち方を選んでもらう前に、俺がどう勝ちたいか言いたかった。
「ふっふーーーっん!!」
「のわっっっ!?!?」
蜂楽!? 近っ……! いつからいたんだよ!
「あはは! 二人で夜中に抜け駆けして逢引〜? 妬けちゃうねぇ、イサギ!」
「ち……違うわ!! なんでお前がここにいるんだよ!?」
「ああ、心臓に悪い真似するな……!」
「だって眠れなかったんだもーん。胸の中の『かいぶつ』がさ、全然満足してないんだよね」
……お前も眠れないのか。昼間は、適当に流してたくせに。
俺が殴られたあとも、何を考えてるのか分からなかった。楽しかったのは、あの時の俺だけかと思いそうになった。お前はどんなパスだって出せるし、慎吾とも楽しそうにやるから。
なあ、あの一本はお前にとっても違ったのか?
「俺もさ……慎吾ちゃん個人のプレーはすっごくワクワクするんだよ? 昨日の夜の1on1も、あの速さも、全部最高! ……だけどさぁ。慎吾ちゃんの作る『サッカー』は、めちゃくちゃ退屈でさあ」
「……やっぱり、蜂楽もそう思うか」
「………………」
「点差を守ってパス回しとか、全員に1点ずつ配るとか……まるで先生に言われた通りに並ぶ幼稚園のお遊戯会じゃん? そんなの、俺のかいぶつが全然踊ってくれないんだよ」
退屈、か。
代わりに、俺が全部できるわけじゃない。あいつの言ってることを、全部間違いだと言えるわけでもない。でも、それと一緒にやって満足できるかは、別の話なんだ。
蜂楽は一人でも抜ける。慎吾から道を開けてもらわなくたって、あいつのドリブルなら勝負できる。俺の技術が足りないから、そう感じるんじゃなかったんだ。
少しほっとする。こんな話をしたかった。同じ気持ちだと分かる相手が、ほしかった。
……いや、三人になったから正しいって話でもないよな。あいつにそう言ったら、何人でやっても勝手なことは駄目だと返される。
分かってる。次も逆らえば怒らせる。試合に出す理由がないと判断されたら、俺にも言うかもしれない。
「ねえ……次のチームW戦さ。 慎吾ちゃんの言う通りに動くの、やめちゃわない? 俺たち3人の『反乱軍』――エゴイストチームで、ピッチをめちゃくちゃにしちゃおうよ?」
反乱軍……。大げさな名前をつけるなよ。慎吾に聞かれたら、また面倒なことになるぞ。
けど、俺たちのゴールを先回りして用意することまでは、させたくない。あいつに褒めてもらうための攻撃にはしたくない。
蜂楽、お前にはどこが見えてる? 千切、お前はどこへ行きたい?
菖蒲田慎吾は、仲間の才能を無駄にしません。
走りたくないなら、走らなくても役に立つ場所を用意する。
なんて合理的で、仲間思いのキャプテンなのでしょう。
なお、千切豹馬はまったく喜んでいない模様。
そしてついに、チームZ内部で反乱軍が結成されました。
首謀者は潔世一。
共犯者は蜂楽廻。
そして、俊足の案山子こと千切豹馬。
彼らが求めているのは、敗北でも、慎吾の失脚でもありません。
ただ、自分自身の意思でサッカーをすること。
……それだけの話なのですが。
果たしてキャプテン慎吾は、三人の自主性を喜んでくれるのでしょうか。
次回、チームW戦。
チームZの団結力が試されます。