世界一優しいストライカーの辞め方 作:かなりゆっくりめ
初戦の相手はチームX。
全国から集められたストライカーたちによる、負ければ脱落に近づく総当たりリーグ戦です。
一方、菖蒲田慎吾率いるチームZは、すでに一致団結。
本人はベンチから仲間を応援する気満々です。
さて、絵心甚八が望んだエゴイストたちの戦いは、どのような幕開けを迎えるのでしょうか。
入場口からゴールまでは、遮るものもなく見渡せる。
観客席はなく、声援もない。スパイクの音は壁に反響し、相手の咳払いまでこちらへ届く。チームXのユニフォームは黒く、番号は赤い。十二人ともこちらを向いているものの、互いに顔を合わせようとはしない。
中央の男は、腕を組んで仁王立ちだ。隣の選手とは肩一つ分も間を空け、自分の前へ誰かを通す気もないらしい。
潔は入場口で足を止め、唾を飲み込む。蜂楽から肩を突かれても、しばらく相手から目を離せない。
「あれが……チームXか……。殺気配が段違いだ……」
「潔……ビビってる? 楽しもう? ビビってちゃ勝てないよ?」
「ああ……分かってはいるんだけど……」
慎吾はベンチコートを羽織り、潔と吉良の様子を見比べている。
『うーん。潔君は少し肩に力が入りすぎているね。声かけで弛緩させてあげよう。吉良君は……うん、呼吸も整ってリラックスしてる。よし、全員の重心を安定させようか』
「さあ! しまって行こーーーッ!!」
「野球部じゃねえぞクソチビィッ!!」
「はは……しまって行こうか。高校野球みたいで悪くない」
「そういう泥臭いノリ、俺は結構好きだぜ!? しまって行こーーーッ!」
「ああ! サッカーはチーム戦だ! 相手がどんな強豪だろうと、全員の結束で競り勝つぞ!」
雷市に怒鳴り返されても、慎吾は笑顔だ。返事を催促するように耳へ手を添えると、雷市はますます顔をしかめる。
國神も成早も笑い、入場口の前は急に騒がしい。吉良の声に合わせて拳を上げる者までいる。潔も息を吐き、蜂楽と並んでピッチへ向かう。
『よしよし、緊張はほぐれたみたいだね。たった一言で集団のバイタルサインを安定させられるとは、我ながら素晴らしいマネジメント能力だ』
開始の笛とともに、チームXの前列は一斉に中央へ走り込む。キックオフのボールは前へ進まず、味方の靴にぶつかって横へ逸れる。その先にも黒いユニフォームは二人分。
拾おうにも互いの足は邪魔で、相手より先に味方の背中へ手を掛けている。
「俺が点を取るんだよ!!」
「どけ! 俺のボールだ!!」
「パスなんか出すかボケェッ!!」
「あちゃー……。完全に幼稚園のお団子サッカーになってやがるね。敵さんの方は、チームワークの『チ』の字も義務教育で習ってこなかったみたいだ。ここはしっかり戦術的指示を出してあげよう」
「みんな!! 敵はあんな風に、サッカーの形にすらなってない! 慌てて飛び込まずに、ボールがこぼれるか陣形がバラけるのを待ってから、確実に三角形を作ってパスを繋いでいこう!!」
「了解!!」
吉良と久遠の返事は重なって聞こえる。慎吾は白線の手前で足を止め、ピッチへ向ける手を高く保つ。久遠は中央から少し離れ、吉良もその斜め前で待っている。二人の間を塞ぐ相手はいない。
雷市は一度前へ出かけて足を止める。口元には不満を残しながらも、黒いユニフォームの塊へ突入しようとはしない。
國神はさらに外側へ開き、成早は相手の背後へ回り込んでいる。ボールに触れないまま、チームZの十一人は少しずつ間隔を広げていく。
その中央で、馬狼は味方の肩越しに足を差し入れる。体をねじ込む余地さえ狭く、邪魔な肩は腕で押し退ける。ボールを外へ持ち出す頃には、周囲の選手もよろめいている。
「群がるなゴミ共!! 俺の前に立つなァッ!!」
「行かせるかッ!」
馬狼のドリブルは速い。大股でもボールを前へ蹴り過ぎず、次の一歩で必ず触れられる距離に置いている。味方からの抗議は背中に受けたまま、潔との距離も三歩、二歩と縮まる。
潔は腰を落とし、足を出すのをこらえている。馬狼の進路へ体を入れながら、後ろへ一歩分の余裕を残す。正面からぶつかるには体格差も大きい。肩を寄せようにも、馬狼の腕は潔の胸の高さにある。
足元のボールは一度止まり、馬狼の両足の間に隠れる。次に見えるのは潔の顔の前だ。
踵から跳ね上がるボールへ頭を向けても、すでに手の届かない高さにある。
馬狼の肩はすぐ横を通り抜け、潔は振り返る足まで遅れる。
「しまっ……!?」
『へえ、あの体格であれだけ滑らかな足首の可動域と繊細なタッチ。いい筋肉の使い方をしてるし、技量は確かだね。でも――』
「一人で突っ込めば、落ちてくる場所は丸見えだよ」
ボールの下では吉良も待っている。馬狼の走る側へは寄らず、落下点とゴールの間に体を置く。前へ出過ぎることもなく、胸を反らして落ちてくる高さへ合わせている。
馬狼は潔を抜き切るものの、その次の一歩からボールへ届かない。
吉良の背中を押すにはまだ遠く、正面へ回るには間に合わない。
ボールは吉良の胸で勢いを失い、腰の高さへ落ちてくる。
吉良の口元には、馬狼へ挨拶でも向けるような笑みまで浮かんでいる。
「ナイスパス!」
「あァァ!? テメェ……ッ!」
吉良は足元へボールを収めず、落ちてくるところを内側で捉える。パスは馬狼の横を通り、中央の密集から離れていく。
追い直すチームXの選手同士で、また肩の触れ合う場面もある。
國神の前には広い芝生も、ゴールも見えている。後ろから追いすがる足音は遠く、ボールへ触れる前に一度顔を上げる余裕もある。キーパーはゴールの中央で膝を曲げ、左右へ小さく体重を移している。
パスは國神の走る速さを邪魔しない。次の一歩で左足へ引きつけられ、さらに前へ運ぶ必要もない位置に収まる。吉良はパスの後も止まらず、反対側へ走り込んでいる。
「ナイスだ……吉良ッ!」
國神の軸足はボールの横へ深く踏み込む。上半身は開かず、左脚を後ろへ引く間も顔はゴールへ向いたままだ。追いかける相手は腕を伸ばすものの、ユニフォームの裾にも届かない。
キーパーの指先は右へ伸び、体も横へ投げ出される。しかし、ボールとの間には掌一つ分以上の隙間を残す。ネットは右隅から大きく膨らみ、ボールはその中を転がって止まる。
「おっしゃあぁぁぁッッ!!」
「いいぞ!! スーパーヒーロー!! 完璧なポジショニングと弾道だ!!」
「絵心の言う『サッカーをゼロから作る』だぁ!? そんなの必要ないぜ!! 最初からある絆を繋げば、俺たちは最強のチームだ! エゴイストなんかクソ食らえ!! ワン・フォー・オール、オール・フォー・ワン!!」
國神の周りには仲間も集まり、互いに手を打ち合わせている。吉良へ差し出す國神の掌は高く、吉良も跳び上がって応じている。
雷市は肩へ腕を回し、成早は二人の間へ顔を押し込む。少し離れている潔にも、國神は手を伸ばしている。
慎吾は白線の外から身を乗り出したまま、まだ声を張り上げている。コートの裾はベンチへ引っ掛かりかけ、片手で払ってもすぐ前へ戻る。
ピッチから指を立てて応える五十嵐へ、慎吾も同じように一本指を返す。
再開の笛にも、チームXの言い争いは止まらない。
「テメェがボール奪われるからだろ!」
「うるせぇ、お前がパス出さないのが悪いんだよ!」
「殴るぞコラァッ!」
ボールは置き去りで、互いの胸ぐらへ先に手を伸ばす。襟元を引かれると引き返し、足を踏まれると膝までぶつけ合う。押し問答には収まらず、とうとう拳まで飛び交う。
イエローカードを前にしても、チームXの選手は互いを指差して譲らない。
「おいおいおい!! サッカーを語る以前に、JFAのルールブックも読んだことないのかよ!! 暴力行為は一発退場対象、コンプライアンスのイロハもなってないぞー!」
「あはは……菖蒲田君、味方には天使だけど、敵への煽り方はかなりエグいよね……」
「いいの良いの! 相手の自滅を加速させる心理誘導は、立派な盤外戦術(リスクマネジメント)のうちだからね!」
久遠はタッチラインのそばで苦笑している。
受け取る手の向こうには、こちらを睨む馬狼もいる。慎吾の笑顔は変わらず、視線を合わせたまま首を少し傾けてみせる。
馬狼は口を閉じ、奥歯を噛み締めている。足元へ戻るボールには靴底を乗せ、周囲の選手から遠ざけるように後ろへ引く。まだ文句を言い合う味方へも、慎吾へ向けるのと同じ目つきだ。
「黙れやモヤシ共が……! どいつもこいつもブッ潰す……! このピッチの支配者は……俺がキングだァァァッッ!!」
馬狼はセンターサークルへボールを叩きつける。再開すると、味方へ顔を向けることもなく、チームZの陣内へ持ち込んでくる。
蜂楽は両手を広げ、馬狼の右寄りで待ち構えている。馬狼との間隔は近過ぎず、足元へ飛び込む気配もない。馬狼は肩を右へ振り、ボールへ触れるふりを挟む。
蜂楽の足はそれについていくものの、重心を大きく傾けるほどには動かない。
右へ押し出そうとするたび、蜂楽の靴先はその先へ入ってくる。腕で遠ざけるには半歩遠く、強引に抜くには進路も狭い。左側には蜂楽の体一つ分ほどの空きもある。馬狼の目はそちらへ向き、ボールも左へ寄る。
「あらら〜、怒りん坊さんこちら〜。はい、右は通せんぼ〜」
「小細工がァッ!!」
「手玉に取られてんだよ、自称ピンク!!」
「キングだボケがァァァッッ!!」
左への踏み込みに合わせ、成早は低く足元へ滑り込む。
ボールにはちょうど届く。つま先で横へ弾き出すと、馬狼は勢いのまま一歩先まで踏み越える。振り返る頃には、成早も芝へ手をついて起き上がりかけている。
蜂楽は馬狼へ背中を見せ、もう前へ走り出している。
ボールは雷市の足元へ転がり、すぐ前を塞ぐ相手もいない。國神の側へ寄ろうとしていたチームXの選手は、そこでようやく向きを変える。
雷市との距離は詰まらず、蹴る前の足元にも間に合わない。
「うおぉぉぉッ! 成早ナイスカット!! キングだか何だか知らねぇが……俺様のゴールショーの引き立て役になりやがれェッ!!」
雷市は右足を大きく引き、ボールの真後ろを蹴り抜く。シュートは浮かず、人工芝すれすれを走る。キーパーは腰を落としながら左へ手を伸ばすものの、低いボールへ届くには体勢を変えなくてはならない。膝を折り、掌を芝へ近づける間にも、ボールは左隅へ突き刺さる。
表示は二対零へ変わる。
成早の膝には芝の粒も付いているが、払うより先に雷市の手へ掌を合わせている。吉良も五十嵐も、すでに二人へ駆け寄っていく。
「雷市君、ナイッシュー!! 素晴らしい抜け出しだったよ!」
「ひゃっほーーーっ! チームプレー万歳!! 絆の力すげえええええ!!」
「へへっ、いい感じだな俺たち! この調子で完封勝ちだぜ!」
馬狼はボールを踏みつけ、チームZの輪を睨んでいる。慎吾はベンチでバインダーを開き、「失点確率:0%」と書き込む。
潔は輪の端で笑顔を作り、雷市と手を合わせる。雷市の掌は熱く、打ち合う音も大きい。
隣の五十嵐はまだ飛び跳ね、蜂楽は成早の膝を指差して笑っている。潔も頷くものの、二対零の表示へ顔を向けると口元から笑みを失う。
ベンチまではそれほど遠くない。慎吾の膝には開いたバインダーも見える。慎吾はペン先を一度止め、次の行へ何かを付け足している。潔は腕をさすり、またスコアへ目を戻す。背筋の冷たさは消えてくれない。
『……勝ってる。危なげなく勝ってる……。 チームXが、俺たちの『チームワーク』の前に手も足も出ない……。 だけど……なんだこの感覚は……? ……この底知れない気味悪さは……!!』
慎吾はペンを置き、ピッチへ顔を上げる。潔にも笑顔を向けるものの、潔からはうまく笑い返せない。
祝! チームZ、初戦から絶好調!
國神の先制点!
雷市の追加点!
そして、キャプテン慎吾によるベンチからの的確な戦術指導!
……なお、敵チームへの煽りも戦術に含まれます。
味方には優しく、敵には容赦なく。
慎吾は決して、誰にでも甘い少年ではありません。
それにしても、あれほど「仲間のために」と言い続けてきた潔が、なぜか勝利を素直に喜べない様子。
チームワークは、確かに機能しています。
それでも何かが引っかかる。
さて、試合はまだ終わっていません。
チームXには、まだ「キング」が残っています。