世界一優しいストライカーの辞め方 作:かなりゆっくりめ
しかし、自らもゴールを決めた潔世一は、なぜか素直に喜べません。
一方、キャプテン菖蒲田慎吾は、仲間たちの才能をさらに伸ばそうと張り切っています。
今回も、みんな仲良くチームワークを深めていきましょう!
通路で潔は俯いている。皆は先に戻り、笑い声も遠い。慎吾は部屋へ入る前に引き返してくる。
ん? 潔君? 初戦を完勝したというのに、ずいぶんとしおれているね。これはどうしたんだろう??
「潔君、どうしたの? チームは勝ったし、馬狼君にもいい素質があることが分かった。チームXの皆だってまだ諦めてない。だから――」
「慎吾……!!!」
うん、俺は慎吾だよ。そんなに大声で名前を呼ばなくてもちゃんと分かってるさ。
「俺は…………負けたくないんだ」
うん。そうだね。アスリートとして至極健全で正しい感想だ。でも僕たちは今、勝ったばかりだよ? それなのに?
「俺はゴールを決めた。……でも、あれは俺のゴールじゃない! 吉良君や皆のパスがなければできなかったシュートだ!」
「その通りだよ。シュートを打つ前には、ボールを奪って運んできた皆の努力や献身がある。サッカーってそういうものだろ? 何も間違ってないじゃないか」
「違うんだよ! あのシュートには……『俺』がいないんだ! 吉良君の完璧なパスに合わせて、ただ足を振っただけ……あんなの誰だって決められる! ストライカーどころか、FWとして失格なんじゃないかって……!」
あー! そういうことか! ゴールの難易度が低すぎて刺激が足りないと! ……まったく、ワガママな子だなあ。
「んー、あれかい? 自分にとって簡単すぎたせいで、味気ないと? ……潔君、それは少し傲慢じゃないかい? 久遠君や成早君たちだって、まだ初ゴールを決められてないんだぜ? 吉良君だってチームのために黒子に徹してくれたのに……」
トータルフットボールにおいて、個の突出は集団崩壊の引き金になる。全員が俺や吉良君みたいに『こちら側』の領域にいる人間じゃないんだ。なら、皆の力を最大限に引き出しながら、相手を確実に上回るラインで均一に揃えないと……勝負として美しくないし、楽しくないだろう? ……潔世一。エゴに目覚めかけているのか? 危険か? ……いや、まだ早いな。
慎吾は眼鏡を下げ、潔を見据える。潔の口は開くが、言葉は出てこない。
『あ……あの目……!? あの夜、ピッチで吉良君とやり合っていた時の……!?』
「……でもね、潔君。君の広い視野と空間把握能力があってこそ、あの『誰でも簡単に決められる絶好の場所』へ、誰よりも早く走り込めたんだよ。現に、他の誰もあのスペースには走り込めていなかっただろう?」
「え……? そ……そう、か……? そうだよな……? あれは、俺の力なのか……?」
「ああ! 間違いなく君の力であり――そして、俺たちチームZの力だよ」
「…………っ」
慎吾はもう笑っている。肩を叩かれても、潔には返事をする余裕もない。つい先ほどまでの勢いはなく、拳も解けている。
部屋から二人を呼ぶ声に、慎吾は応える。潔も後についていく。話の続きはない。
◇◇
……確かに、潔君の言っていたことには警戒の余地があるか。メンバーそれぞれの武器を正確に把握し、チームのために正しく機能させておく必要があるね。皆が輝くサッカーこそ……そう、俺の理想だ。
「みんな、少し話があるんだ。次の試合に向けて、お互いの『武器』をきちんと知っておくべきだと思うんだ。こういうのは最初にするべきだったんだろうけど、時間がなかったからね」
おお! 久遠君! 素晴らしい提案だ! 彼には集団を機能させるマネジメントの才能があるね!
「チッ……聞くまでもねぇだろ。俺様の武器は圧倒的なシュート力だ。華麗にゴールを奪う『セクシーフットボール』よ!」
「雷市君の強みは、確かな身体能力と無尽蔵の持久力に支えられた粘り強いマンマークだね! 前線から相手のビルドアップを破壊し、隙を突いてゴールを狙う! 今のチームZに絶対に欠かせないよ! 現に前の試合でも、追加点を奪ってくれたじゃないか!」
「お……!? そ……そうか……?? いや、まあ……俺様の実力なら当然というか……」
「そうさ! 前線から敵のエースを行動不能にするハイプレッサーなんて、現代の欧州プロリーグからは喉から手が出るほど引っ張りだこになるよ!」
「へへっ……へへへ……! てめぇ、チビのくせに分かってんじゃねぇか……!」
「俺は……やっぱり左足のミドルシュートだな」
「うん! 相手のプレスを無力化する中盤のロングクリアラー兼、ペナルティエリア外からのミドルシューターだね。チームが苦しい時に一発で空気を変えてくれる、頼れるヒーローになれるよ!」
「任せろ。チームの危機には必ず俺が駆けつける!」
そうだ……こうして皆の武器をはっきり言語化し、このチームの勝利のために機能させていけばいい。幸いにもチームZの面々は、一人で完結するオールラウンダーとは正反対の『噛み合えば機能する専門家』ばかりだ……実に都合がいいね。
「んふふ〜、俺はやっぱりドリブルかな〜」
「そうだね! 蜂楽君の強みは、天性のボールタッチによる感覚派の打開力だ。前線での崩しにも、後方からのボール前進にも使える、うちの機動の要だよ!」
「にはははっ! 褒めすぎだって〜! 慎吾ちゃん、みんなのこと本当によく見てるよねぇ」
当然だ。俺が見て管理しなければ、君たちは輝けないだろう? 俺がいないと、このチームは成り立たないんだから……。
「へへっ! じゃあキャプテン、俺やイガグリの強みも教えてくれよ!」
「おっ、いいね! プロのスカウト気取りの答え合わせをしてくれよ!」
成早と五十嵐も話に加わる。二人とも慎吾の正面へ寄り、後ろの國神に場所を空けるよう小突かれている。
へえ……いい傾向だ。そうやって判断を俺に委ねてくれるなら、いくらでも役割を与えてあげよう。
「成早君はオフ・ザ・ボールの巧みさにあるね! でも真髄は、相手の『死角の利用』だよ。ここをもう少し磨けば、『黒子のバスケ』の黒子テツヤみたいにピッチから完全に消えられるかもしれないよ!」
「おおっ!! それめっちゃカッケェ! 相手の死角から消えて現れて、ファントムシュート決めてやるぜ!!」
「五十嵐君は……その精神性だね! どんなに泥臭くても絶対に諦めないそのガッツは、チーム全体の士気を底上げしてくれるよ!」
「おおおおっ!! 俺、チームZの精神的支柱じゃん!!」
『……それ、遠回しに『サッカーの技術的な役には立ってない』って言ってるだけじゃないか……?』
五十嵐は得意そうだ。成早と肘で突き合い、潔の方にも笑いかける。潔は頷いて返すものの、五十嵐ほどには笑えない。
「俺は……やっぱりジャンプ力を活かしたヘディングかな」
「謙遜するなよ! 久遠君の真の強みは、今こうしてみんなをまとめようとしてくれた高い協調性と、それを支える身体能力だよ! あとで俺とマンツーマンで特訓しよう。君の武器が一番活きる戦術を組み立ててあげるからね!」
「慎吾……! ありがとう……! 俺……ずっと待っていたんだ……こんな風に、みんなで一つになって勝てるチームを……!!」
「うん!!」
久遠は目を潤ませている。成早も茶化すのをやめ、慎吾と久遠の間には誰も口を挟まない。
「俺の強みは……フィジカルの持久性と、前線ならどこでもこなせるオールラウンドな適性かな」
「うん。吉良君は、今のままで」
「ああ。君がいるなら、俺はいくらでも走れるよ」
『……吉良君へのコメントだけ、やけにあっさりしてる……? なのに……なんだ、この二人の間に流れる空気は……? 言葉の奥で、二人だけにしか見えない『光』を交わし合ってるみたいだ……』
「俺も……器用貧乏なオールラウンダーかな……」
「肉弾戦…………あと野生の勘」
「伊右衛門君は今回、ゴールキーパーをお願いできるかい? 全てのポジションの気持ちが分かるオールラウンダーだからこそ、最後方から的確なコーチングができるはずだ! 我牙丸君のトリッキーで変則的なボディコントロールにも、前線のターゲットとして大いに期待してるよ!」
「千切君は……?」
千切は輪から離れている。久遠に呼ばれても膝を抱えたまま、返事は遅い。
「…………言いたくない」
やっぱり……怪我明けで、まだ自分の足に自信が持てないのかな? まあいい。チームの和を乱さない限り、使いようはいくらでもある。
「分かった。無理に言わなくていいよ。自分で話せる気になったら、いつでも教えてね。……で、潔君。君の武器は?」
「……空間認識能力と……ゴールの匂いを嗅ぎ取れることだ。……みんなのために、走るよ」
「うん! それでいい!! それで良いんだよ、潔君!!」
潔の返事に、國神も頷いている。五十嵐には肩を叩かれ、慎吾からは笑顔を向けられる。潔はそれ以上話さず、否、話せないのだ。
「そういえばさ! キャプテン自身の強みって聞いてねえぞ! なんだよ慎吾!」
「あ、それ聞きたい! 測定でもバケモノみたいな数字出してたしさ!」
「俺? 俺は……そうだな。空中戦の高さと、初速の速さかな? あとは視野も広い方だと自認しているよ!」
「ふふ、それは俺が保証するよ。彼の反応速度は一級品だ」
「おいおい……考えてみたら、俺たちチームZって実は最強なんじゃねえの!?」
「ああ、個々の役割が噛み合えば、負ける要素はないな」
雷市は國神と拳を合わせ、成早も加わる。初戦の前にはなかった光景だ。慎吾の話に戻るまで、騒ぎはしばらく続く。
「さて、みんな。絵心さんは初日に『エゴイストこそが生き残り、世界一のストライカーになれる』と言ったよね? ……実を言うと、あれはある意味では真実なんだ」
絵心の名前に、雷市の笑いも止まる。久遠は口を開きかけるが、慎吾は話を続けている。
「ただしそれは――ストライカーという存在を『チームの勝利よりも自分の得点だけを追い求める、単なる身勝手で迷惑なプレイヤー』と定義するならね。 プロの世界において、サッカー選手は高額な契約に縛られている。チームを勝たせられない点取り屋なんて、フロントからすればただの不良債権だよ。『コイツをピッチに出すと守備に大穴が空いて、結局試合に勝てない』なんて選手に、スポンサーは高い年俸を払わないよね?」
「しかし……もし、守備の穴を補って余りあるほど大量に点を取れる選手なら……?」
「その場合、クラブは彼一人に組織の命運を全額ベットすることになる。彼個人は気持ちいいかもしれないけれど、賢明な経営陣なら『彼がいなくても勝てる組織』を絶対に作っておくよ。 だって、そのスター選手はいつか怪我をするかもしれないし、もっと金を出したビッグクラブへ移籍していくんだから」
「な……なるほどな……。言われてみりゃそうだぜ……」
「俺たちはプロになって、日本を背負って世界一になりたいんだ。なら、目指すべきは『世界一のストライカー(笑)』なんて不確実な個人じゃない。世界一のチームだよ。 『俺をピッチから外せば、チーム全体の輝きがガクンと落ちる』――監督やフロントにそう思わせた選手こそが、契約を勝ち取り、ピッチに立ち続けられる。そういうことさ。 だからこそ、味方のために動くことが、巡り巡って最大の自己アピールになるんだよ」
「俺たちに必要なのは――『俺がいなければ勝てないチーム』じゃない! 『俺がいないと、弱くなってしまうチーム』なんだ!!」
「「「………………おおおおおっっ!!!!」」」
歓声は消灯前とは思えないほど大きい。雷市も五十嵐も、もう立ち上がっている。千切は座ったまま、口を閉じている。
潔の背中には汗も滲む。呼ばれても、声を返せない。皆の前で俯くこともできず、慎吾から目を離せずにいる。
『……『俺がいないと弱くなるチーム』……。 一見、すごく謙虚で、献身的な言葉に聞こえる……。 だけど違う……! あいつが言っているのは……『俺というピースが抜けた瞬間、お前たち全員を機能不全にしてやる』っていう……支配宣言だろ……!! 絵心甚八のエゴが『剥き出しの暴力』なら…… 菖蒲田慎吾のエゴは……全員を笑顔で首輪に繋ぐ『慈愛の監獄』だ……!!』
「よし、明日の朝練に備えて消灯しよう! みんな、良い夢をね!」
明かりは消える。まだ話す者もいるが、やがて寝息に変わる。
潔は眠れない。寝返りを打っても、胸の鼓動は速いままだ。
慎吾へ背を向け、目を閉じても落ち着かない。
菖蒲田慎吾は、仲間たちの才能を心から素晴らしいと思っています。
だからこそ、その才能を最大限に生かしてあげたい。
誰もが活躍できる場所を用意して、誰もが自分の役割に誇りを持てるチームを作りたい。
……実に理想的なキャプテンですね。
ところで、皆さん。
「俺がいないと弱くなるチーム」
この言葉、どう思われますか?
慎吾にとっては最高のチームプレイヤーへの褒め言葉ですが、潔にはどうも違って聞こえたようです。
今回の慎吾と潔、それぞれの考えについて、ぜひ感想をお聞かせください。