FF14で現代ダンジョン   作:黒蓮

1 / 16
プロローグ

頭が割れるように痛かった。

 

 交通事故の衝撃、宙を舞う視界、そして迫りくるアスファルトの冷たさ。

 

 そこまで思い出した瞬間、日下部閃(くさかべ・せん)はベッドの上でガバッと跳ね起きた。

 

「はぁっ、はぁっ……生きて、る……?」

 

 全身をペタペタと触るが、どこにも怪我はない。

 

 見慣れた六畳間の自室。壁には学生服が掛かっている。ここは間違いなく、現代日本にある閃の部屋だ。

 

 だが、閃の脳内には「もう一つの人生」の記憶が鮮明に焼き付いていた。

 

 前世の自分。

 

 来る日も来る日もモニターに向かい、『ファイナルファンタジーXIV』というゲームを生き甲斐にしていた記憶。

 

 すべての戦闘職、採集職、生産職をレベルの上限である「100」まで極め、最難関コンテンツを制覇した、トッププレイヤー…というほどではないが、それなりにやり込んではいた。

 

 それが、不運な事故によって命を落とし――なぜか、この「日下部閃」という16歳の少年に転生したらしい。

 

「いや、転生っていうか……記憶が戻ったのか?」

 

 独り言をつぶやいた瞬間、閃の視界の端に「見慣れたアイコン」が浮かび上がった。

 

 半透明のシステムUI。

 

 恐る恐る指を伸ばし、空中の『マイキャラクター』の項目をタップする。

 

【名前】日下部閃

 

【メインジョブ】ガンブレイカー:Lv100

 

【サブジョブ】ナイト:Lv100 / 戦士:Lv100 / 白魔道士:Lv100 / 竜騎士:Lv100……

 

「マジかよ」

 

 ずらりと並ぶ、全ジョブレベル100の文字列。

 

 試しに『アーマリーチェスト』と呼ばれる空間収納を開くと、そこには前世で血の滲むような努力の末に手に入れた神話級の武器や、最新の装備がぎっしりと詰まっていた。アイテム欄には、一生遊んで暮らせるほどのギルや無数の素材が並んでいる。

 

「能力ごと……いや、キャラクターそのものを引き継いでる……?」

 

 信じられない現実に震えながら、閃はスマホを手に取り、現在の世界のニュースを検索した。

 

 この世界には、約10年前に突如として「ダンジョン」が出現した。

 

 未知のモンスターと資源が眠るその空間は、人類に新たな恩恵と脅威をもたらし、「探索者」という職業を生み出した。16歳の閃もまた、学生の傍らで安全な浅層でお小遣い稼ぎをする最底辺の「Dランク探索者」だった。

 

 ニュースのヘッドラインには、こんな文字が躍っている。

 

『偉業! アメリカのトップギルドマスター、人類最高峰の【レベル50】に到達か!?』

 

『特報! 未知のアーティファクト防具の手掛かりを深層で発見!』

 

 閃は、スマホの画面と自分のステータスを交互に見比べた。

 

 人類の最高到達点がレベル50。AFの存在すら手探りの状態。

 

 一方で、自分は全ジョブレベル100。所持している装備のアイテムレベル(IL)は800に迫るほどだ。

 

「……あかん。これ、バレたら騒ぎになるどころじゃないな……」

 

 閃は顔を引き攣らせた。

 

 しかも、この世界の探索者たちは自由にジョブを変えることはできないらしい。

 

 ボタン一つで重武装のタンクから、回復役のヒーラーへと「ジョブチェンジ」できるのは、どうやらこの世界で閃ただ一人。

 

「徹底的に隠そう。俺は今まで通り、ただのモブ探索者として生きていく」

 

 固く決意した閃は、前世の知識とこの世界の常識にズレがないか確認するため、システムウインドウを開いた。

 

一つずつ確認していくと、生産職――『錬金術師』のレシピ画面を開いたところで違和感に気づいた。

 

 見慣れたポーションなどの調合リストが並ぶ中、一番下に【呪符】という、ゲームには存在しなかった項目を見つけた。

 

「呪符……? なんだこれ」

 

 詳細を開くと、そこには三つのアイテムが記されていた。

 

【スプリントの呪符】:使用者の移動速度を一定時間上昇させる。

 

【デジョンの呪符】:使用後、対象をダンジョンの入り口(ロビー)へ帰還させる。

 

【テレポの呪符】:使用後、一度交感したダンジョン内のエーテライトへ転移させる。

 

「なるほど……」

 

 閃は合点がいった。

 

 前世では魔法やシステムとして当たり前のように使っていた便利機能だが、この世界の人々はそれが使えないのだ。

 

 そして記憶にある限りでは、「呪符」という消費アイテムはこの世界ではまだ認知されていない。

 

 要求される素材を見てみると、『スプリント』は安価な草や水で作れるため格安で量産できそうだ。

 

 しかし『デジョン』は魔物の血や特殊な鉱石を使うため割高。

 

 『テレポ』に至っては、希少なクリスタルを大量に消費するため、現時点では間違いなく超高級品になるだろう。

 

 デジョンで設定できるホームポイントが「ロビー固定」という制約はあるものの、命の危険が伴うダンジョンにおいて、瞬時に安全地帯へ帰還できるアイテムの価値は計り知れない。

 

「帰還用のアイテムが作れるなんて……もし俺がこれを市場に流したら、間違いなく世界経済がひっくり返るな」

 

 閃はブルッと身震いし、レシピのウィンドウをそっと閉じた。

 

 戦闘力だけでなく、生産力においても自分は完全に規格外なのだ。

 

 とりあえず、今の自分の力を試すにしても、絶対に誰にも見られない場所を選ぶ必要がある。

 

 閃は普段着のジャージのまま家を出て、市内の外れにあるダンジョンの入り口へと向かった。

 

 

 

 

 

◆

 

 

 

 

 

 そこは一般に『ロビー』と呼ばれる、各インスタンスダンジョンへ繋がる安全な待機空間だ。

 

 多くの探索者たちが装備の点検やパーティ募集で騒がしくしている中、閃の視線はロビーの最奥に向けられていた。

 

 そこには、横並びに10個ほど設置された「謎の扉」がある。

 

 出現してからの10年間、世界中の高ランク探索者が武器で叩こうが魔法で吹き飛ばそうが、傷一つつけられず、決して開くことのなかった『開かずの扉』。

 

 しかし、閃の目には見えていた。

 

 その扉の一つに、半透明の文字でこう浮かび上がっているのを。

 

『ミスト・ヴィレッジ 第○区 XX番地(個人宅)』

 

「……まさかな」

 

 前世で自分が途方もない時間をかけて作り上げた、あのハウジングの住所。

 

 誰も気にしていないロビーの片隅で、閃は吸い寄せられるように、その扉のノブへと手を伸ばした――。

 

冷たい金属のノブに手を掛けた瞬間、カチリ、と小さな音が響いた。

 

 世界中の高ランク探索者たちが寄ってたかって破壊を試み、そのたびに跳ね返されてきた『絶対不可侵の扉』。それが今、閃が軽く引いただけで、まるで自動ドアのように滑らかに開いたのだ。

 

 周囲の探索者たちはパーティの結成や準備に夢中で、ロビーの隅で起きたその異常事態に誰一人として気づいていない。

 

 閃は息を呑み、周囲を警戒しながら、すっと扉の向こう側へと足を踏み入れ――内側からしっかりと鍵をかけた。

 

「うお……マジかよ」

 

 思わず声が漏れた。

 

 扉を抜けた瞬間、頬を撫でたのは、爽やかな潮風。

 

 見上げれば抜けるような青空が広がり、遠くからはザザーッという穏やかな波の音が聞こえてくる。石畳の道、手入れされた南国風の植物、そして立ち並ぶ白亜の豪邸。

 

 紛れもなく、前世で閃がホームグラウンドとしていたハウジングエリア『ミスト・ヴィレッジ』だった。

 

 ただのゲームのグラフィックではない。太陽の熱も、海の匂いも、すべてが現実として存在している。

 

 閃は足早に石畳を進み、最も見晴らしの良い一等地にあるLサイズの邸宅――自分の『個人宅』の前に立った。

 

 見慣れた木製の重厚なドアを開け、中へと入る。

 

「……誰も、いないか?」

 

 内装も完璧に当時のままだ。

 

 暖炉の火はパチパチと燃え、こだわって配置した家具たちには埃一つ積もっていない。

 

 その時。

 

 タタタタタッ!

 

 二階から、慌ただしい足音が聞こえてきた。

 

 吹き抜けの階段から姿を現したのは、二人の『少女』だった。

 

 一人は、長く艶やかな紺色の髪に、頭部の側面に生えた黒い角と、爬虫類のような鋭くも美しい鱗を持つ長身の女性。アウラ・ゼラ族だ。

 

 もう一人は、頭にピンと立った猫耳と、腰の後ろで揺れるふさふさの尻尾を持つ、小柄で活発そうな女性。ミコッテ・サンシーカー族。

 

「あれ……? 誰かにゃ?」

 

「待て。何者ですか。ここは不可侵の領域のはず……いや、その魂の波長は……!」

 

 警戒して身構えた二人の顔が、次の瞬間、驚愕に見開かれた。

 

 無理もない。今の閃は前世の逞しい大人の姿ではなく、ボロボロのジャージを着た冴えない15歳の少年なのだから。

 

 だが、二人は迷うことなく階段を飛び降り、閃の目の前で膝をついた。

 

「マスター……! 姿は違いますが、間違いありません。マスターですね!?」

 

「マスター! ずっと、ずっと待ってたにゃーっ!!」

 

 アウラが感極まったように声を震わせ、ミコッテが涙目で閃の腰に抱きついてくる。

 

 彼女たちは、前世で閃が育てた『サブキャラクター』たちだった。

 

 アウラの名ルトラ、竜騎士のレベル80、ミコッテの方はミエル、白魔道士のレベル80。ゲーム内ではただの無機質なデータだったはずの彼女たちが、確かな体温と感情を持って目の前で泣いている。

 

「お前たち……意志があるのか。ずっとここに?」

 

「はい……マスターが世界から消えてから、私たちはこの家から出ることができず、ただひたすらに帰還をお待ちしておりました」

 

 ルトラが尻尾を床にバタバタと打ちつけながら、恭しく頭を下げる。

 

 どうやら、閃が事故死してから今日まで、彼女たちはこの隔離された空間でずっと待機していたらしい。

 

「ごめん。遅くなって悪かったな」

 

 閃がミエルの頭を撫でると、彼女は「にゃふふ」と喉を鳴らして嬉しそうに目を細めた。

 

 再会の余韻もそこそこに、閃は邸宅の隅に置かれたカンパニーチェストを開いた。

 

 サブキャラたちと共有していた物資が、一つ残らず保管されている。

 

 膨大なギル、山のようなクリスタルとレア素材。

 

(……これ、現代の市場に持ち込んだら、国一つくらい買えるんじゃないか?)

 

 閃はゴクリと唾を飲み込んだ。

 

 この『ミスト・ヴィレッジ』は、ダンジョンの入り口であるロビーに直結している。つまり、どんなピンチに陥っても、あの扉の向こうに逃げ込めば絶対に安全な『最強のセーフハウス』を手に入れたも同然だ。

 

「なぁ、二人とも」

 

「はい、マスター。何なりと」

 

「私たちはいつでも戦えるにゃ!」

 

 閃は二人に、現在の世界の状況を説明した。

 

 自分が転生(?)して16歳の子供になっていること。外の世界には魔物が溢れるダンジョンがあること。そして、その世界で最も強い人間でも「レベル50」程度しかなく、ジョブの概念すら未熟であること。

 

 それを聞いた二人は、キョトンとした顔を見合わせた。

 

「レベル50……? マスターはレベル100で、私たちはレベル80ですが……」

 

「外の人間、よわよわだにゃ」

 

「ああ、だから絶対に俺たちの力は外にバレちゃいけないんだ。特に、地球上にはお前たちみたいな種族はいないからな。徹底的に隠蔽して動く」

 

 閃はインベントリを開き、ガンブレイカーのガンブレードを……取り出すのはやめて、両の拳を軽く握り込んだ。

 

「まずは、この世界のダンジョンの仕様と、ドロップ品がどうなってるかの『検証』をしたい。誰にも見られない深層に行くぞ。お前たちも手伝ってくれ。……ああ、そうだ」

 

 閃はニヤリと笑い、腰のポーチからあるアイテムを取り出した。

 

 ギサールの野菜。

 

「ちょうどいいから、あいつも呼ぶか。四人で『ライトパーティ』といこう」

 

 閃が野菜を放り投げ、特殊な笛を吹くと――ポンッ!という小気味よい音と共に、桃色の鮮やかな羽根を持つ立派なマイチョコボ『ラヴィアンローズ』が姿を現した。

 

「クエッ!」

 

 かくして、レベル100のタンク、レベル80の近接DPS、レベル80のヒーラー、そして最強のバディチョコボという、この世界の理を容易く崩壊させるオーバースペックなパーティが、誰にも知られることなく結成されたのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。