FF14で現代ダンジョン   作:黒蓮

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10:フラグを建築する話

 

 最前線が凍てつく「第六層」へと移り、さらに「テレポの呪符」による拠点間のワープが普及したことで、一つ手前の階層である「第五層」からは、すっかり探索者の姿が消えていた。

 

 青白く発光する苔と、時折滴る地下水の音だけが響く静寂の空間。

日下部閃は、人目を気にせず採集に精を出すため、この過疎化した洞窟を一人で歩いていた。

 

「……ん?」

 

 湿った風に混じって、濃厚な鉄の匂いが鼻を突いた。

閃が視線を向けた先、薄暗い岩陰の窪みに、赤と白を基調とした細身のコートを着た女性が倒れていた。

 

 近くには、折れた長剣が転がっている。

 

 閃は駆け寄り、彼女の首筋に指を当てた。

 

「……遅かったか」

 

 脈はない。呼吸も止まっている。

 

 腹部には切り裂かれた痕が深く刻まれ、流れた血はすでに冷たくなり始めていた。

 

 この世界において、ダンジョンでの死は「絶対の終わり」を意味する。どれほどポーションの質が上がろうと、失われた命を呼び戻すことはできない。

 

 閃は立ち上がり、静かに目を伏せた。

このまま立ち去り、匿名のSNSアカウントで「洞窟エリアの座標〇〇に遺体がある」とだけ通報するのが、最も目立たず、最も賢い選択だ。

 

 なぜなら、閃は『死者を蘇生させる手段』を持っているからだ。

 

 彼自身やサブキャラのルトラ、ミエルであれば、蘇生魔法「レイズ」を唱えることができる。

 

 しかし、この現代ダンジョンのシステムからは、なぜか『蘇生魔法』の存在自体が完全に削除されていた。

 

 今からジョブチェンジして「レイズ」を唱えることは簡単だが、そうすればこの女性に蘇生魔法の存在を知られてしまうだろう。

 

「……魔法は使えない。隠蔽しきれないリスクが高すぎる」

 

 閃は舌打ちをし、踵を返そうとした。

 

 しかし、足が動かない。倒れている女性の顔には、死の恐怖と無念が深く刻まれていた。まだ10代後半の、自分とそう変わらない年頃だ。

 

「……あー、くそっ。前世の貧乏性が抜けねぇな」

 

 閃は頭をガシガシと掻き毟り、インベントリを開いた。

 

 取り出したのは、一本の美しい黄金色の羽根——『フェニックスの尾』。

 

 前世では店で安く買えた代物だが、この世界では事情が違う。全クラフターをカンストしている閃の錬金術をもってしても、このアイテムは「作成不可能」だ。

 

 つまり、閃が前世から持ち越したアーマリーチェストの中にある在庫が尽きれば、永遠に失われる超希少アイテムである。

 

「アイテムなら、なんとか誤魔化せるか。……特別大サービスだぞ、あんた」

 

 閃は女性の胸の上に黄金の羽根を置き、そっとシステムを起動した。

 

 直後、フェニックスの尾が眩い光の粒子となって砕け散り、彼女の全身を包み込んだ。

 

 致命傷だった腹部の傷が瞬く間に塞がり、止まっていた心臓が、トクン、と力強く脈を打つ。

 

 蘇生は成功した。

 

 しかし、死のショックが強すぎたのか、女性はすぐには目を覚まさず、気を失ったままだ。

 

「都合がいい、今のうちだな」

 

 閃は周囲に誰もいないことを確認すると、女性の背中と膝裏に腕を差し入れ、軽々と抱き上げた。

 

 レベル100の筋力を持つ彼にとって、女性一人など羽のように軽い。閃は足早に、安全地帯であるエーテライト付近へと向かって歩き出した。

 

 

◆

 

 

——暗い、冷たい暗闇の底。

 

 エリカは、自分がモンスターに切り裂かれ、命を落としたことを理解していた。

 

(お父さん、お母さん、ごめんなさい……私、ここで……)

 

 意識が泥のように沈んでいく中。

 

 ふわり、と。

 

 途方もなく温かで、黄金色に輝く光が、冷え切った魂をすくい上げるのを感じた。

 

(……あたたかい……?)

 

 微かに意識が浮上する。

 

 目は開かない。体も動かない。しかし、自分が誰かの腕の中に抱き抱えられ、揺られていることだけはわかった。

 

 ゴツゴツとした鎧ではない。顔に触れるのは、どこにでもある安い布の感触。

 

 自分を抱えるその腕は、とても不器用そうだが、絶対に落とさないという安心感に満ちていた。

 

『無茶しやがって。……ほら、もう大丈夫だからな』

 

 少し呆れたような、けれどひどく優しい男の声が、耳元に落ちた。

 

 ドクン、とエリカの心臓が大きく跳ねる。

 

 死の恐怖を塗り潰すほどの、圧倒的な温もり。彼が発する体温が、凍りついていたエリカの命を溶かしていく。

 

(誰……? 私を、助けてくれたの……?)

 

 やがて、まぶたの裏に淡い青色の光が透けて見えた。安全地帯にあるエーテライトの光だ。

 

 そっと、冷たい石畳の上に寝かされる。

自分を包んでいた温もりが、離れていく。

 

(待って……行かないで……!)

 

 必死に重い目蓋をこじ開ける。

 

 ぼやけた視界の先に、暗い洞窟の奥へと歩き去っていく、少年の背中が見えた。

 

 ダサいジャージ姿。しかしその背中は、エリカにとって神様よりも尊く、力強く見えた。

 

「ぁ……ま、って……」

 

 掠れた声は届かず、少年の姿は闇の中へ消えていく。

 

 エリカは再び深い眠りに落ちながら、その不格好な背中と、不器用な腕の感触を、魂の底に深く深く刻み込んだ。

 

 

◆

 

 

「ふぅ、これでよし。目を覚ましたら適当にデジョンで帰るだろ」

 

 エリカをエーテライトの傍に放置し、再び洞窟の深部へと戻ってきた閃は、一つ伸びをした。

 

 在庫限りの貴重な蘇生アイテムを使ってしまったが、後悔はない。

 

 彼女が夢うつつの中で自分を見ていたことなど露知らず。

 

「さてと、今日のお目当ての鉱石でも掘りますかね」と、閃は呑気にピッケルを取り出し、再び気楽な採集に戻るのだった。

 

 

◆

 

 

 数十分前―――

 

「くそっ、なんでこんなところに『スケルトン・ソルジャー』が3体も出てくるんだよ!」

 

 リーダーの翔馬が大剣を振るいながら、悲鳴のような怒号を上げる。

 

 骸骨の魔物——スケルトン・ソルジャーの不意打ちを受け、パーティは完全に崩壊しかけていた。

 

「翔馬! 私の魔力はもう限界よ! 早く引かないと全滅するわ!」

 

 後方から慌ただしく杖を構える呪術士の祥子の声が響く。

 

「……ッ、あぐっ……!」

 

 その足元で、エリカは雪の上に倒れ込んでいた。

 

 不意打ちの初撃をかばう形で受けてしまい、右脚を深く切り裂かれていたのだ。血が字面を赤く染めていく。

 

「翔馬、祥子……ごめんなさい、私……脚が……」

 

 必死に長剣を支えにして立ち上がろうとするが、激痛に膝が折れる。

 

 後ろからは、吐息を白く染めたスケルトン・ソルジャーが一歩一歩、死の足音を忍ばせて近づいてきていた。

 

「翔馬……! 手を、貸して……!」

 

 エリカは必死に手を伸ばした。

 

 仲間として共にダンジョンを潜ってきた二人。これまで何度も危険を乗り越えてきたはずだった。

 

 だが——翔馬が振り返ったその顔にあったのは、仲間を案じる色ではなく、底知れない恐怖と「焦り」だった。

 

「……チッ、足手まといが……!」

 

「え……?」

 

 翔馬は手を伸ばすエリカの指先を一瞥すると、躊躇なく背を向けた。

 

「おい祥子、逃げるぞ! こいつを囮にすれば安全地帯まで逃げ切れる!」

 

「ええっ!? でもエリカは——」

 

「知るかよ! 動きの取れない奴を抱えて逃げられるわけねぇだろ! 一緒に死にたいのか!?」

 

「っ……! 嫌よ、そんなの……!」

 

 祥子は一瞬だけ躊躇したものの、すぐに冷たい目をエリカに向け、翔馬の背中を追って走り出した。

 

「待って……! お願い、置いていかないで……!」

 

 エリカの悲痛な叫びは、猛吹雪の音にかき消されていく。

 

 二人の背中は、一度も振り返られることなく、白い闇の向こうへと消えていった。

 

……しん、と静まり返る凍てつく世界。

 

 取り残されたのは、血を流して倒れるエリカと、迫り来る骸骨だけだった。

 

「……あ……はは……」

 

 渇いた笑いが、唇から漏れた。

 

 仲間だと思っていた。背中を預け合っていると思っていた。

 

 けれど、命の天秤にかけられた瞬間、自分はあっさりと切り捨てられたのだ。

 

忍び寄る骸骨が、剣を振り上げる。

 

寒さと激痛で意識が遠のく。

 

(あ……嫌だ……死にたく、ない……)

 

 腹部から溢れ出す温かい血液が、みるみるうちに体温を奪う。

 

 傷口を押さえようにも手に力が入らない。視界が急速に黒く染まっていく。

 

(お父さん……お母さん……ごめんなさい……私、ここで……)

 

 絶望と無念の中、エリカの意識は完全に途絶えた。

 

 脈拍は止まり、呼吸も絶え、命の火は完全に消え去ったはずだった。

 

――どれほどの時間が流れただろうか。

 

 冷たく暗い死の底に沈んでいたエリカの魂を、ふわりと、途方もなく温かな黄金の光がすくい上げた。

 

(……あたたかい……?)

 

 傷の痛みが消えている。

 

 氷のように冷え切っていた全身に、怒涛のような温もりが脈打ち始める。

 

 止まっていた心臓が、ドクン、と力強く跳ね上がった。

 

 意識はまだ深い霧の中だったが、体がふっと浮き上がる感覚があった。

 

 誰かが、自分を抱き上げている。

 

 自分を抱えるその腕は、とても不器用そうだが、決して落とさないという絶対的な安心感に満ちていた。

 

『無茶しやがって。……ほら、もう大丈夫だからな』

 

 耳元に落ちてきたのは、少し呆れたような、けれどひどく優しい男の声。

 

 その声が耳に届いた瞬間、エリカの胸の奥がぎゅっと締め付けられた。

 

(誰……? 私を……助けてくれたの……?)

 

 やがて、冷たい石畳の上にそっと寝かされる。

 

 自分を包んでいた圧倒的な温もりが、離れていく。

 

(待って……行かないで……!)

 

 必死の思いで、鉛のように重い瞼をこじ開けた。

 

 青白いエーテライトの光が揺れる視界の先。

 

 暗い洞窟の奥へと歩み去っていく、一人の少年の背中が見えた。

 

 着古された、ダサいジャージ姿。けれど、その不格好な背中は、エリカにとってどんな英雄よりも眩しく、力強く見えた。

 

「ぁ……ま、って……」

 

 伸ばそうとした手は空を切り、掠れた声は届かない。

 

 エリカの意識は、安らぎと共に再び心地よい眠りの中へと落ちていった。

 

 

◆

 

 

「……ん……っ」

 

 次に目を覚ました時、エリカはエーテライトの光の下で横たわっていた。

 

 勢いよく跳ね起き、自分の腹部に手を当てる。

 

 コートは破れ、血に染まっていたが、そこにあるはずの巨大な傷痕は跡形もなく消え去り、滑らかな肌が戻っていた。

 

「嘘……傷が、ない……? 私、確かに死んだはずなのに……」

 

 身体に痛みは一切ない。それどころか、まるで長旅の後のように身体が軽く、満ち足りた魔力を感じた。

 

 死の淵から自分を救い出してくれた、あの温かい腕。

耳元で囁かれた、少し呆れたような優しい声。

 

 そして、闇の中に消えていった、あのダサいジャージ姿の少年の背中。

 

「あの人が……私を……」

 

 この現代ダンジョンにおいて、死者は絶対に蘇らないはずだ。それが世界の絶対のルールだった。

 

 だが、彼はそれを覆し、自分に命を与えてくれた。

 

 エリカは涙が溢れそうになるのを堪えて立ち上がった。

 

 ポケットから『デジョンの呪符』を取り出し、光の中に包まれながら、静かに誓う。

 

(絶対に……もう一度、あなたに会う。お礼も言えていない……名前だって、聞いていない……!)

 

 

◆

 

 

 地上に戻り、自宅のマンションに辿り着いたエリカは、破れたコートを脱ぎ捨ててシャワーを浴びた。

 

 温かいお湯を浴びながら、鏡に映る傷一つない自分の身体を見つめる。

 

 着替えを済ませ、自室のベッドに深々と腰掛けた。

 

 スマホを取り出すと、祥子と翔馬からのメッセージが何件も入っていた。

 

(あの時……二人は私を見捨てた。でも、名前も知らないあの人は、危険を冒して私を助けてくれた……)

 

 ベッドの上に丸くなり、エリカは自分の胸をギュッと抱きしめた。

 

 目を閉じれば、今でもハッキリと思い出せる。

 

 自分を包み込んでいた、あの不器用で、圧倒的に温かい腕の感触。

 

 耳元で響いた優しい声、ドクン、ドクンと、一度は止まったはずの心臓が、甘い熱を帯びて激しく高鳴っていた。

 

「あたたかかったな……」

 

 ぽつりと呟いた声が、静かな部屋に響く。

 

 顔が熱くなり、エリカは枕に顔をうずめた。

 

 もう、過去の喪失に囚われて立ち止まる自分ではない。

 

 自分を生かしてくれた、あの不格好で愛おしい背中を追いかけるために。

 

「絶対に……探してみせるから」

 

 少女の瞳に宿ったのは、かつてない強い意志と、救ってくれた「神様」への深い恋心だった。

 

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