FF14で現代ダンジョン 作:黒蓮
更に一ヶ月後。
第一層でアンテロープがテイムされて始まった現代ダンジョンの移動革命は、人類の攻略限界を恐ろしい速度で押し広げていた。
第六層『銀白の雪原』。
かつては人間を拒む極寒の地獄と呼ばれ、吹雪の前に一歩すら進めなかった死の領域。だが今、その最奥に位置する『氷結晶の大神殿』の前庭には、ダンジョン史上最大規模となる攻略連合軍が集結していた。
立ち込める白銀の霧の隙間から見上げるのは、天を突くほどに巨大な氷の城塞。
透きとおる青い氷壁は太陽の光を跳ね返し、神々しくも圧倒的な絶望感をもって人間を見下ろしている。
「——各隊、配置についたな?」
吐く息を真っ白に染めながら、声を響かせたのは桜井衛次だった。
白銀の甲冑の上に優雅な純白の外套を翻す。その姿はまさに物語から抜け出してきた聖騎士そのものだ。
彼の跨がる『ダイヤウルフ』は、雪原の風を捉えて静かに唸りを上げている。
その背後には、同じくAF装備や洗練された重装甲に身を包んだSランク・Aランクの精鋭探索者たちが、数百頭のダイヤウルフやドレイクに跨がり、静かな熱気を滾らせて並んでいた。
「これより、『氷結晶の大神殿』攻略作戦を開始する!」
桜井が愛剣を高く掲げると、連合軍の士気は最高潮に達した。
「目的地は最奥の玉座! 第一陣、ドレイク騎兵隊! 敵の前衛陣形を焼き払え!」
「「「オオオオオッ!!!」」」
突撃の合図とともに、重装甲の巨体を持つ『ドレイク』の群れが一斉に雪原を駆け出した。
ズシン、ズシンと大地を揺らす足音。ドレイクたちが一斉に頭部を上げると、その顎の隙間から眩い赤蓮の炎が漏れ出す。
神殿の門前を固めていたのは、透き通る結晶でできた巨兵——『アイスゴーレム』の群れだった。
一体だけでも苦戦を免れない、見上げるほどの巨躯を持つモンスター。
だが、ドレイク騎兵隊は怯むことなく迫る。
「放てっ!!」
——グォォォォォォォッ!!
数十頭のドレイクが一斉に放った灼熱の火炎ブレスが、白銀の世界を赤く染め上げた。
絶対零度の冷気が一瞬で蒸発し、凄まじい水蒸気が爆発的に広がる。熱波に晒されたアイスゴーレムたちの表面がメリメリと音を立てて亀裂を刻み、脆弱化していく。
「第二陣、ダイヤウルフ遊撃隊! 衝角突撃!」
「行けええええっ!」
火炎の残光を切り裂き、最速の魔獣『ダイヤウルフ』に乗った桜井たちが白銀の疾風となって飛び出した。
時速80キロを超える爆速のまま、亀裂の入ったアイスゴーレムの群れへと肉薄する。
——ズシャァァァァンッ!!
桜井の放った一撃が、先頭のアイスゴーレムを氷屑に変えて砕き散らした。
それに続く探索者たちの刃が、魔法が、次々と敵陣を破砕していく。
かつてなら現地に辿り着くだけで疲弊し、まともな戦いすら成立しなかった氷の巨兵たちが、完璧なコンディションと圧倒的な機動力の前に次々と粉砕されていく。
「押し通れ! 門を破るぞ!」
桜井の鼓舞に合わせ、ドレイクの体当たりと大魔法の集中砲火が大神殿の巨大な氷門へと叩きつけられた。
——バリィィィィンッ……!!
響き渡る破壊音と共に、数百年間閉ざされていた氷の重門が内側へと崩れ去る。
門の向こうに広がるのは、見渡す限り青い氷柱が立ち並ぶ、幻想的で残酷な大聖堂の広間。
だが、歓声を上げる暇はなかった。
広間の奥、吹き抜けの大天井から、凍りつくような冷気が怒涛の奔流となって吹き降ろしてきたからだ。
『——愚かなる矮小の者どもよ……我が眠りを妨げるか……』
空間そのものを震わせる重厚な声。
青い光を放ちながら降り立ったのは、身の丈十メートルを超える巨大な翅を持った氷の精霊—— 『氷晶の女王』。
女王が細い手を一振りするだけで、広間全体に絶対零度の吹雪が吹き荒れ、先頭にいた探索者たちの足元が一瞬で凍りついていく。
「全員、浮き足立つな! サポート職は耐寒バフを切らすな!」
桜井はホーリーシールドを掲げ、吹雪の衝撃波を正面から受け止めた。
「前衛は敵の足止め! マウントを降りて広間での立体交戦に移行する! 本番はここからだ!」
「「「おおおおっ!!」」」
幾千の氷の矢が降り注ぎ、吹雪が吹き荒れる大神殿内部。
『月光騎士団』を中心とした連合軍と、第六層ボスの死闘の火蓋が、いま切って落とされた。
◆
氷結晶の大神殿内に荒れ狂う吹雪は、時間を追うごとに激しさを増していた。
『氷晶の女王』の手から放たれる『絶対零度の閃光』は、広場の大理石を凍てつかせ、Aランクパーティの放った火炎魔法すら一瞬で相殺して消し去っていく。
「くっ……! 攻撃が通らん! 氷のバリアが硬すぎるぞ!」
「魔法職のMPが限界だ! 寒さで詠唱速度も落ちてる!」
前衛の盾が削られ、後衛の魔法職たちの吐息が激しい喘ぎに変わる。
マウントによって完璧なコンディションで辿り着いた連合軍だったが、その圧倒的な力の前に、徐々に追い詰められていた。
女王の背の透明な翅が怪しく輝き、広場全体を巨大な氷柱で埋め尽くす全滅攻撃『ダイヤモンドダスト』の詠唱が始まる。
空気中の水分が一瞬で結晶化し、視界全てが白銀の殺意で埋め尽くされようとしていた。
(ここまでか……!? いや、諦めるわけにはいかない……!)
桜井は盾を力強く握り直し、膝を折りかけた足を踏みしめた。
その時だった。
「——桜井さん! !」
叫び声と共に、広場の後方から二頭の『ドレイク』が吹雪を切り裂いて突進してきた。
——グォォォォォォォッ!!
二頭のドレイクが放った火炎ブレスが、交差するように氷晶の女王のバリアへと命中した。
ジュゥゥゥゥッ! という凄まじい水蒸気が上がり、ついに許容限界を迎えた絶対零度のバリアに一筋の「亀裂」が入る。
「……今だ!!」
桜井の瞳に鋭い光が宿った。
「全隊、最後の一撃を叩き込め!!」
「「「オオオオオッ!!!!」」」
限界を迎えていた探索者たちが、最後の力を振り絞る。
白魔道士たちが『ホーリー』を放ち、黒魔道士たちが魔力を解放して『ファイガ』を繰り出す。
そして——白銀の風となった桜井が、氷の亀裂へと跳躍した。
全身から黄金の光を放ち、愛剣の刃に圧倒的な魔力が収束していく。
女王が驚愕に目を剥き、巨大な氷の爪を振り下ろそうとしたが、それよりも速く——桜井の一撃が通り抜けた。
「——『レイジ・オブ・ハルオーネ』ッ!!」
——凄まじい連撃。
眩い閃光が広場を真っ二つに切り裂いた。
静寂が訪れる。
数秒の沈黙の後。
『氷晶の女王』の巨躯に無数の亀裂が走り、美しくも巨大な氷の結晶となって爆発するように砕け散った。
「つ、ついに……」
「勝った……! 俺たち、最難関の第六層を攻略したぞぉぉぉぉぉっ!!!」
大地を揺るがすほどの歓声が、大神殿を包み込んだ。
桜井は膝をつきそうになりながらも剣を納め、崩れ落ちたボスの宝箱から溢れ出る輝かしい戦利品を見つめた。
『絶対零度の心臓』
『氷神の氷晶』
『氷神刀』
どれも人類史上、一度も目にしたことのない伝説級の超希少素材ばかりだった。
「……すぐにオークションに出品だ」
桜井は爽やかな汗を拭いながら、誇らしげに微笑んだ。
◆
同日夜。ミスト・ヴィレッジの自室。
「……おお?」
ノートパソコンでオークション画面を開いていた閃は、思わず画面に顔を近づけた。
「『絶対零度の心臓』は見たことないけど、『氷神の氷晶』と『氷神刀』? …今回のボスはシヴァだったのか?」
閃はぽりぽりと頭を掻いた。
そのとき、脳内にアナウンスが響いた。
『【ハウジングシステム】解放』
『――エリアボスが討伐されました。ハウジングエリア【森の家】を解放します』
「うわっ!?ビックリした……なんだ急に? 『森の家』……?」
システムウインドウをスクロールしてみれば、そこには『ラベンダーベッド』を彷彿とさせる、緑と水に囲まれた風光明媚な新住宅街のマップが追加されていた。
あの大神殿のボスを倒したことで何らかの条件を満たし、鍵のかかっていた開かずの扉をハウジングエリアとして開放したらしい。
「へぇ……あの中ボス、ハウジング開放のトリガーだったのか。ってことは、これからはミスト・ヴィレッジ以外の場所にも個人宅が持てるようになるってことか?」
閃は窓の外に広がる、慣れ親しんだミスト・ヴィレッジの美しい白浜と青い海を見やった。
「まあ、俺は海の見えるここが最高に気に入ってるから、わざわざ引っ越したり買い足したりはしないけどな」
コタツでぬくぬくと丸まっているミエルと、丁寧にお茶を淹れてくれているルトラの姿に目を細め、閃は満足そうに頷く。今の生活を捨てる気など1ミリもない。
だが――。
「……待てよ? これ、外の探索者たちにとっては空前絶後のニュースなんじゃないか?」
閃はあごに手を当てて考え込んだ。
この世界において、現代ダンジョンの『ミスト・ヴィレッジ』に入り込めるのは、初期に謎の不具合(あるいは幸運)で転移してきた自分と従者たちだけだ。一般の探索者たちはダンジョン内で過酷な野宿を強いられているか、わざわざ地上へ戻って街のホテルに泊まっている。
もし、ダンジョン内に安全で快適な「自分の家」を持てるようになったら?
拠点としての利便性はもちろん、探索者たちの生活水準と士気は爆発的に跳ね上がるはずだ。
「……よし、みんなに教えてやるか」
素材の買い占めでホクホクになった閃は、いつものように善意と気まぐれ100%でノートパソコンに向き直り、SNSの投稿画面を開いた。
『@Craft_God_Unknown
氷結晶の大神殿の攻略お疲れ。
ちなみにボス倒したからハウジングエリア【森の家】が解禁されたぞ。
ロビーにある謎の扉に購入画面が出るはずだから、そこで土地を買えば、ダンジョン内にマイホーム建てて家具置いたり庭作ったりできるようになるから、拠点にしたい奴らは競売に備えて金貯めとけよ』
「ん、こんなもんでいいか」
投稿ボタンをポチッと押し、満足そうに淹れたてのお茶に口をつける閃。
この数分後、またしても「職人神の気まぐれな一口メモ」によって、世界中の探索者協会と億万長者たちが血眼になり、不動産争奪戦という名の空前の「土地狂騒曲」が幕を開けることを、本人はまだ知る由もなかった。