FF14で現代ダンジョン 作:黒蓮
「……え」
閃は思考を一瞬停止させた。
朱赤のコートを羽織り、胸元でペンダントを握りしめる女性――エリカの瞳には、一切の迷いも偽りもなかった。まっすぐに自分だけを射貫いてくるその眼光の熱量に、背筋を冷や汗が伝う。
(待て待て待て! なんで俺だって分かった!? あの時、間違いなく絶命してたはずだし、フェニックスの尾を使った後もぐったり意識がなかったろ!?)
閃の脳裏に、最悪のシナリオが猛スピードで駆け巡る。
(まさか……あの時、意識があったのか!? だとしたらマズい、蘇生アイテムの存在を知られたか!? もしそんなものが存在すると世間に知られたら、権力者が血眼になって俺を探し始めるぞ……!)
ロビーでは、相変わらず探索者たちの狂乱の悲鳴と歓声が響き渡っている。
だが、この人混みの真っ只中で話をするわけにはいかない。探索者たちは無駄に耳聡いのだ。
「……ここでは話が大きすぎる。場所を変えよう」
閃は声のトーンを極限まで落として囁いた。
エリカは一瞬、夢でも見ているかのように呆然と閃の顔を見つめたが、すぐに弾かれたように何度も深く頷いた。
「は、はい……! どこへでも、ついて行きます……!」
閃は周囲の視線を遮るようにサッと背を向け、ロビーの喧騒から逃れるように路地裏へと足早に進み出た。
◆
案内したのは少し離れた、古いレンガ造りの建物の地下にある喫茶店『アンカー』だった。
探索者たちが立ち寄るような派手なカフェではなく、店主が趣味で細々と営む、ジャズの流れる静かな店だ。奥のボックス席に腰を下ろすと、分厚いパーティションが程よく周囲の視線を遮ってくれた。
道中で自己紹介を受けたが、彼女の名前はエリカと言い、19歳だそうだ。
マスターが運んできてくれたアイスコーヒーに手も付けず、エリカは背筋をピシッと伸ばしたまま、緊張した面持ちで閃を見つめている。
「……まずは、あの時のお礼を言わせてください」
エリカは椅子から立ち上がりかけるほどの勢いで、深く、深く頭を下げた。
「私の命を救ってくださり、本当に……本当にありがとうございました! あなたがいらっしゃらなければ、私はあの洞窟で誰にも知られず死んでいたはずです」
「あー……いや、頭を上げてくれ。目立つから」
手で制しながら、閃は探るように尋ねた。冷たいアイスコーヒーを一口飲み、努めて冷静な声を装う。
「……単刀直入に聞くけど。なんで俺だって分かったんだ? それに……あの時のこと、どこまで覚えてる?」
ここが運命の分岐点だ。もし彼女が『光る羽が舞い散って生き返った』だのと明確に記憶しているなら、最悪の場合、記憶を誤魔化す交渉か、あるいは二度と関わらないよう遠ざける必要がある。
閃の警戒心を察したのか、エリカは少し寂しげに瞳を伏せ、それからポツリポツリと語り始めた。
「……意識は、ほとんどありませんでした。ただ、暗闇の中で身体が冷たくなっていって、あたたかい何かが私を包み込んだんです。まるで、魔法みたいな……ううん、奇跡のような温もりが」
(あ、やっぱりフェニックスの尾のエフェクトは感じてたか……!)
閃が冷や汗を深める中、エリカは胸元に手を当て、思い出すように言葉を紡ぐ。
「目が覚めた時、私は安全な場所に横たわっていました。傷も全部消えていて……でも、あなたの姿はありませんでした。ただ、私を抱きかかえて運んでくれた時の……あの力強い腕の感触と、着古されたジャージの肌触り、そして去っていく背中だけが、鮮明に焼き付いていたんです」
「ジャージ……」
「はい。それから毎日、ダンジョンでジャージ姿を探し続けました。そして今日……この【森の家】の看板の前で、ついにあなたを見つけたんです。」
(良かった……! アイテムを使った瞬間までは見られてないみたいだ。『すごい回復魔法か、珍しいポーションで助けられた』くらいに思ってるっぽいな……)
最大の危機は回避した。だが、依然として目の前の少女の瞳に宿る熱量は、尋常ではない。
「あの……お名前を伺ってもよろしいですか? 命の恩人のお名前も知らずに、ずっと探していたんです」
「……閃だよ。まあ、Dランク探索者だよ」
「閃様……」
エリカはその名を愛おしそうに呟くと、意を決したようにまっすぐ閃の目を見た。
「閃様。私を……あなたのパーティに加えていただけないでしょうか!」
「……は?」
唐突な申し出に、閃はおもわず素の声を漏らした。
「私、あれから元いたパーティを抜けました。仲間を見捨てるような人達とはもう一緒に戦えません。……私は強くなりたいんです。あなたに救われたこの命で、あなたのお手伝いがしたい。どんな過酷な採取でも、前衛の盾でも、何でもやります! だから……!」
必死に訴えかけるエリカの瞳は、純粋そのものだった。
「……っ」
純度100%の感謝と敬意、そして「この人の役に立ちたい」という熱意。あまりにも眩しすぎるその眼光を受け止めていると、閃の胃がシクシクと痛み始める。
(待ってくれ、断づらい……! 断りづらすぎる……!!)
脳内で全力の言い訳を高速回転させる。
「いや、俺ソロ派だから」「普段は素材集めしかしてないから」「君みたいな若い子を連れ回すのはちょっと……」——どんな断り文句を並べようとしても、彼女が受けてきた「一度見捨てられて死にかけた」というトラウマと、そこから救ってくれた恩人に対する必死さを考えると、冷たく突き放す言葉が喉に引っかかって出てこない。
「……あの、閃様……? ダメ、でしょうか……?」
返答を躊躇する閃の様子に、エリカの表情がすっと曇っていく。
先ほどまで宿っていた熱い光が消えかけ、まるで捨てられた小犬のように不安げにペンダントを握りしめる姿は、一ヶ月前のあの悲惨な現場を想起させた。
(ああもうっ! 俺のこのノリと情に流されやすい性格、ホントどうにかしたい……!)
閃は頭をガシガシと掻きむしり、大きな溜め息をひとつ吐き出した。
「……はぁ。分かった、分かったからそんな顔をするな」
「っ! ほんとうですか……!?」
ぱっと顔を輝かせるエリカに対し、閃は慌てて人差し指を立て、釘を刺すように険しい顔を作った。
「ただし! 条件がある! 『固定パーティ』として四六時中一緒に行動するのは無理だ。俺には俺の……その、いろいろ都合ってものがあるからな」
(具体的には、コタツでぬくぬくしたり、ハウジングの模様替えをしたり、ルトラとミエルとお茶を飲んだりする時間なんだが)
「だから……そうだだな。『お互いの都合がつく日なら、たまに一緒に行動してもいい』。これでどうだ? 毎日だとちょっと困る」
「たまに……! はい、十分です! 閃様のご都合に全スケジュールを合わせますので、いつでもお申し付けください!」
エリカはまるで世紀の大発見でもしたかのように、両手を胸の前でギュッと握りしめて深々と頭を下げた。
(うわぁ……『たまに』で手を打ったつもりが、完全にロックオンされた気がする……。まあでも、月に1回か2回、適当に5層あたりの素材採取に付き合ってもらうくらいなら、害はないか……?)
「……よし、今更取り消しはナシだからな。それと、外では俺のことは『ただの知り合いの探索者』として扱ってくれ。目立つのは本当に勘弁してほしい」
「はいっ! 了解いたしました、閃様!」
「……『様』もやめてくれ。話し方も普通でいいよ、こっちは年下だし」
「では……閃くん! よろしくね!」
眩しい笑顔で返答するエリカを見ながら、閃はアイスコーヒーのストローを噛んだ。
(……まあいいか。どうせ普段の俺はミスト・ヴィレッジに引きこもってるわけだし、連絡先だけ交換して、忙しいフリをしておけば——)
そうタカを括っていた閃だったが、後に思い知ることになる。彼女の本気度を見誤っていた事を………