FF14で現代ダンジョン 作:黒蓮
「あ、閃くん! 今日も会えたね!」
第一層の入り口。朱赤のコートを翻し、眩しい笑顔で駆け寄ってくる少女――エリカの姿を視界に捉えた瞬間、閃は頭を抱えて物陰へ滑り込んだ。
(また来た……! なんで俺が第一層に降りた瞬間が分かるんだよ!? 思考回路が怖すぎるだろ……!)
あれから、閃の平穏な日常は音を立てて崩壊していた。
『たまに一緒に行動してもいい』という緩い約束。閃としては「月に1、2回、適当に付き合えばいいや」程度の認識だったのだが、エリカの解釈は違った。
彼女は閃から教わった連絡手段を駆使し、一日に何度も状況報告を入れてくる。さらに恐ろしいことに、閃がダンジョンに現れる時間帯を恐ろしい精度で予測し、第一層で待ち伏せを始めたのだ。
何よりマズいのは、彼女が飛び切りの美少女であるという点だった。
洗練された赤魔道士の装いに、透き通るような肌と澄んだ瞳。そんな目立つ美人が、あずき色のダサいジャージを着たDランク探索者に「閃くん!」「今日も一緒に潜れる!?」と目を輝かせて駆け寄ってくるのだ。
『おい、あのジャージの奴だれだ……?』
『あの綺麗な赤魔道士の子、なんであんな奴にべったりなんだ?』
『ヒモか? それとも怪しい宗教か……?』
周りの探索者たちから注がれる、刺すような嫉妬と疑念の視線。
目立ちたくない、静かに素材を採取してミスト・ヴィレッジの我が家でぬくぬくスローライフを送りたいだけの閃にとって、この状況は死活問題だった。
(このままじゃ目立ちすぎて、ミエルやルトラとの平和なのんびり生活が完全に壊れる……!)
どうにかして、彼女を俺から引き離さなければ。
物陰で冷や汗を流しながら、閃は脳みそを高速回転させた。
(突き放す? いや、あの時の捨てられた子犬みたいな顔をされたら俺の胃が死ぬ。……待てよ? そもそもなんでエリカは俺に付きまとってくるんだ?)
喫茶店での会話を思い返す。
『私は強くなりたいんです。あなたに救われたこの命で、今度はあなたが背負っているもののお手伝いがしたい』
閃の脳裏に、ひとつの閃光が走った。
(……これだ! 彼女に『一人で上層まで安全に潜れるレベルの圧倒的な実力』を叩き込めばいいんだ!)
一人で自由に前線へ潜れる強さを手に入れれば、わざわざDランクの俺なんかに付きまとう時間はなくなるだろう。
「もう十分強いから、一人で頑張りな」と言って卒業させれば、角を立てずに綺麗な形で関係を解消できるはずだ。
(ついでに、挫けて勝手に諦めてくれれば儲けものだ。よし……普通の指導じゃない。『生き残ること』だけに特化した、異常なまでに泥臭くて過酷な地獄のスパルタ訓練を課してやる。根を上げて「もう無理です」って逃げ出すか、奇跡的に超強くなってソロで旅立つか……どっちに転んでも俺の勝ちだ!)
己の完璧な完璧すぎる脱出作戦に、閃は不敵な笑みを浮かべた。
「よし……腹は決まった」
ジャージの襟を正し、閃は意を決して物陰から姿を現した。
こちらに気づき、ぱっと表情を咲かせるエリカへ向けて、威厳を込めた声を張り上げる。
「エリカ! 今日から特訓を始めるぞ! 文句があるなら同行はナシだ!」
「えっ……? と、特訓……!?」
突然の宣言にきょとんとするエリカに対し、閃はニヤリと底意地の悪い笑みを向けた。
◆
第一層・初心者演習場
「……あの、閃くん? この装備は……?」
あずき色のジャージ姿の閃が提示したのは、Dランク探索者であれば鼻で笑うような、分厚く無骨な重装甲のレザーアーマー一式だった。
「言ったろ、特訓の目的は『無事に帰えれるようになる』事だ。軽快に動けるコートなんて二の次。まずは物理的にも魔法的にも死なない装備を固める。文句があるなら同行はナシだ」
「も、文句なんてありません! 喜んで着させていただきます!」
エリカは目を輝かせ、ごつごつとした防具に身を包んだ。
そして始まったのは、モンスターとの戦闘……ではなく、「ひたすら攻撃を受け流し、間合いを管理する訓練」だった。
「甘い、腰が引けてる。モンスターの攻撃軌道を見極めて、最小限の体裁きで逸らせ。剣で受け止めるな、流せ」
「くっ……! は、はいっ!」
「よし、次は回避しながらの魔法詠唱。舌を噛まずに3秒で展開しろ」
閃が指示するのは、派手な大技でも筋トレでもない。ダンジョンのあらゆる不確定要素から「絶対に生きて生還するための、異常なまでに徹底された危険回避と戦闘継続の技術」だった。
◆
第四層・大鍾乳洞——
特訓開始から二週間。
暗闇と複雑な高低差が支配する第四層で、エリカは静かにレイピアを構えていた。目の前には、通常のパーティなら苦戦を強いられる大型の蠍『クームズマイト』。
「……落ち着いて。閃くんに教わった通りに……」
以前の彼女なら、味方の前衛の陰から魔法を放つだけだった。だが今の彼女は違う。
無駄のない足運びで暗闇と同化し、敵の予備動作を完全に察知。脚が振り下ろされる直前、最小限のステップで側へ滑り込み——。
——シュッ、と閃光のような突きが一閃。
頭部を正確に貫かれた魔物は、悲鳴をあげる隙すら与えられず消滅した。
「ふぅ……」
息を整えるエリカの背後から、岩陰でみかんを食べていた閃がひょっこり顔を出した。
「うん、立ち回りは完璧だな。敵の癖を観察してから仕留めるテンポが身体に染みついてる。……正直、もう俺が教えることなんてなさそうだ、そろそろ……」
「まだまだ! 閃くんの足元にも及ばないわ!」
「いや、十分強いって……」
◆
第六層・氷結晶の大神殿前庭——
特訓開始から一ヶ月後。
かつて連合軍が命がけで踏破した第六層『銀白の雪原』。
その最奥、凍てつく風が吹く大神殿の前庭で、エリカは群がる『アイスゴーレム』の群れをたった一人で圧倒していた。
白銀の世界を朱赤のコートが舞う。
一切の無駄を削ぎ落とした静寂の剣術術理と、どんな極寒にも揺らがない圧倒的な戦闘継続能力。かつて「パーティの足を引っ張っていた」少女の面影は、そこには微塵もなかった。
「——『エンルドゥブルマン』!」
閃光のような無数の突きが繰り出され、氷の巨兵たちが一瞬で綺麗な氷屑となって砕け散る。
残った氷屑の向こうで、腕を組んで佇む閃が感心したように手を叩いた。
「……いやあ、完璧。マジで文句なし。これで名実ともに第一線のトップ層だな。ソロで第六層の雑魚をノーダメージで全滅させられる探索者なんて、数えるほどしかいないぞ」
「閃くん……!」
エリカはレイピアを鞘に納めると、嬉しさに胸を咲かせるような眩しい笑顔で駆け寄ってきた。
「私、強くなれたよ! これも全部、閃くんが根気強く教えてくれたおかげ!」
「いや、エリカの努力だよ。……さて、これで『一人でも安全に第六層まで潜れる実力』はついた。俺の教える特訓はこれにて終了な」
ほっと胸を撫で下ろす閃。これで「命の恩人としてのお手伝い」も一段落し、また心置きなくコタツでぬくぬくできる……そう思っていた。
だが、エリカの燃えるような瞳は、全く熱を失っていなかった。むしろ、以前よりもさらに激しく輝いている。
「うん! これでようやく……『閃くんの隣に立つための最低限のスタートライン』に立てたわ!」
「……は?」
「これからは、どんな高難易度素材の採取でも、どんな過酷な探索でも、閃くんの完璧な『盾』としてお供させていただきます! 次の同行日はいつにしようか!?」
「えっ、いや、だから特訓は終わりで……」
「明日の都合は!? それとも明後日!?」
「あ、あの、エリカさん……? 顔が近い……」
強くなれば満足して離れていくどころか、より完璧に閃の従者として付き従う能力を得てしまったエリカ。
自らの手で最強の「激重ストーカー」を作り上げてしまったことに、ようやく気が付いたのだった。
◆
「明日……ううん、明後日でも大丈夫! 閃くんの予定が分かり次第、どこへでも駆けつけるから!」
上気した頬と、肉食獣のような肉迫。
凍てつく風の中で、エリカの放つ熱量はあまりにも凄まじかった。
(……待て待て待て! なんで強くなればなるほど、俺への執着が増してんだよ!?)
閃は冷や汗を流しながら、必死に後ずさった。
「あー……エリカ。今日はもう遅いし、一旦帰ろう! スケジュールは連絡するから!」
「ええ! 閃くんからのご連絡、一秒たりとも逃さず待ってるからね!」
満足そうに深く一礼し、去っていくエリカの朱赤の背中を見送りながら、閃は力尽きたように雪原へと膝をついた。
(……疲れた。マジで疲れた……)
この一ヶ月、閃の生活は激変していた。
『たまに』という約束だったはずが、気づけば数日おきにエリカの特訓に付き合わされ、彼女の圧倒的な熱量に押されるままダンジョンへと連れ出されていたのだ。
時計を見れば、すでに夜の八時を回っている。
(やっば……! 今日もこんな時間になっちまった……!)
今世の実家へ帰るには遅すぎる時間だ。遅くなる日は「ダンジョンの安全地帯に泊まる」と誤魔化して連絡を入れていたが、今日も実家へ戻るのは諦めるしかなかった。
「まあ……。次の日が休みの時だけだけどな……」
閃は深いため息を吐きながら転移門をくぐり、自室であるミスト・ヴィレッジの我が家へと逃げ帰った。
◆
波の音が心地よく響く、ミスト・ヴィレッジのコタツ部屋。
「ただいまー……。ふぅ、疲れた……」
ドアを開け、リビングの明かりをつけた閃だったが、次の瞬間、その足がピタリと止まった。
部屋が、異様なまでに静まり返っている。
いつもなら「おかえりなさいませ、閃様」と恭しく淹れたてのお茶を差し出してくれるルトラも、「マスター! おかえりにゃ!」とコタツから飛び出して抱きついてくるミエルもいない。
ただ、暗がりになったコタツの前に、二つの影が並んで座っていた。
「……あ、あのー? ルトラ? ミエル……?」
恐る恐る声をかける閃。
ゆっくりと振り返った二人の表情を見た瞬間、閃の背筋に氷水が叩きつけられた。
ルトラのいつも穏やかな微笑みは完全に消え去り、その整った顔立ちには冷酷なまでの「沈黙」が宿っている。
そしてミエルのキュートな猫耳はペタリと横に倒れ、琥珀色の瞳は凄まじい寂しさと、隠しきれない怒りで揺れていた。
「……閃様」
ルトラの低く静かな声が、静寂を切り裂く。
「最近、お帰りが遅いですね。……いいえ、お帰りにならない日すらありました」
「マスター……ミエルたちと過ごす時間、ぜんぶ『あの赤い女』に奪われてるにゃ……」
「え、あ、いや! あれは事情があって、しかたなく……っ!」
必死に弁明しようとする閃だったが、ルトラの優雅な仕草で制された。
「弁明は不要です。……私たちは閃様が誰とどこで過ごそうと自由……そう自分に言い聞かせてまいりました」
「でも、もう無理にゃ!!」
ミエルがコタツを蹴る勢いで立ち上がった。その瞳にはうっすらと涙すら浮かんでいる。
「ミエルたちをほったらかしにして、外の女とキャッキャウフフするなんて許さにゃい! 今夜は……逃がさないにゃっ!」
「……そういうことです、閃様。今夜は、たっぷりとお仕置きさせていただきます」
「へ? 待っ——」
閃が悲鳴を上げる暇すらなかった。
瞬間、ミエルが疾風となって閃の懐に飛び込み、その身体を力強く押し倒した。
ドサッと床の上に倒れ込む閃。すかさずルトラが閃の腕をつかみ、寝室へと引きずっていく。
「な、なに!? ルトラ!? ミエル!? 落ち着けって——!?」
「静かに、閃様。……明日は日曜です。今日はもうお帰りにならないのでしょう?」
耳元で囁くルトラの吐息は、普段のお茶を淹れる時の優しさとは打って変わり、熱く、そしてどこか危険な甘さを孕んでいた。
「ずっと……我慢していたのですから」
「マスター……ミエルだけを見るにゃ……っ」
上から押し被さってくる二人の熱量と、柔らかく甘い香りが、閃の思考をあっという間に麻痺させていく。
コタツのぬくもりと、外から聞こえる波の音。
エリカの激重感情から逃げ出してきたはずの我が家で、閃はさらに深くて甘い「二重の激重」の中に、抗う術もなく沈められていくのだった——。
◆
ちゅん、ちゅん。
窓の外から聞こえる心地よい海鳥の羽音と、小波の音。
隙間から差し込む柔らかい朝の光が、リビングの畳を白く染めていた。
「……う、ん……」
身体中の関節が心地よい疲労感で重い。
閃がゆっくりと瞼を開けると、そこには眩しいほどの光景が広がっていた。
右腕には、閃の腕を抱きかかえるようにして、すやすやと幸せそうな寝息を立てるミエル。小さな猫耳が時折ピクピクと揺れ、その口元には満足気な笑みが浮かんでいる。
そして左側には、乱れた髪を乱すことなく、静かに閃の胸に顔を埋めて眠るルトラの姿。服は一切纏っておらず、その美しい肌が朝光に透けていた。
(……やっちまった……)
閃は天井を見上げ、顔を真っ赤にしながら深く息を吐き出した。
昨夜の記憶が、怒涛のように脳裏を駆け巡る。
嫉妬に狂った二人の甘いお仕置きと、これでもかと注ぎ込まれた一途な愛。結局、夜が明ける直前まで二人と致してしまった。
ふと、胸元でルトラが小さく身動ぎをし、長いまつ毛を揺らして目を覚ました。
「……あ」
視線が交差する。
ルトラは一瞬だけ頬を赤く染めたが、すぐにいつもの優雅で完璧な微笑みを唇に浮かべた。
「……おはようございます、閃様。……昨夜は、少し乱暴にしてしまい申し訳ありませんでした」
「いや……俺の方こそ、二人のこと放置しててごめんな……」
閃が苦笑しながら頭を掻くと、反対側でミエルも「んみゅ……」と目をこすりながら起き上がってきた。
「ん……マスターの匂い……。……あ! マスター、逃げてないにゃ!」
「逃げねえよ……」
抱きついてくるミエルを優しくなでながら、閃は心から誓った。
(エリカの特訓も終わったし……これからはマジで、家でこの二人と過ごす時間を第一優先にしよう。……マジで)
外の世界では「職人神」だのなんだのと大騒ぎになっているが、今の閃にとって一番大切なのは、この温かい部屋で二人と一緒に飲む、一杯の淹れたてのお茶なのだった。