FF14で現代ダンジョン 作:黒蓮
第六層の深部を抜け、さらにその最奥——第七層へと続く巨大な階層境界のゲート前。
そこは、永久凍土と漆黒の岩肌が剥き出しになった、生存を拒む極寒の絶壁地帯だった。
第六層の攻略が最終局面を迎える中、トップギルドの精鋭から中堅ギルドのベテランまで、総勢数百名におよぶ大規模合同攻略チームが結成されていた。
彼らが費やした時間と資金は莫大だった。幾度にもわたる入念な作戦会議、最高峰の装備の調達、さらには模擬戦を重ねた部隊間の連携訓練——あらゆる不測の事態を想定し、万全の準備を整えて挑んだ決戦だったはずだった。
しかし、第七層への門を塞ぐように鎮座していたのは、攻略チームの想定を遥かに超絶する絶対的な絶望——見上げるほどの巨体を持つ【氷獄竜】であった。
「前衛、大盾隊を展開! バフを絶やすな!」
「後衛、重撃魔法の準備を急げ! 相手は単体だ、火力を集中させろ!」
怒号のような指揮官の指示が飛ぶ。だが、その声は竜が放つ地鳴りのような威圧感に一瞬でかき消された。
グォォォォォォォンッ……!!
氷獄竜がただ一度、その巨大な顎を開いて咆哮を上げただけで、戦場は死の世界へと変貌した。
吹き荒れる絶対零度の吹雪が陣形を直接打撃し、前衛の頑強な重装甲を一瞬で凍りつかせる。耐性バフなど何の意味もなさない。氷の結晶が皮膚を刺し、息を吸い込むことすら困難な極冷が探索者たちの体力を削ぎ取っていく。
「ひ、ヒールが追いつかない……!?」
「くそっ、前衛の足元が固まった! 動けない!!」
混乱と悲鳴が伝染するように広がる中、氷獄竜はさらに追撃の動作に入った。
巨躯を持ち上げ、丸柱のごとき凶悪な前脚を、凍てつく大地へと容赦なく振り下ろす。
―――ズァァァァァンッ!!!!
大地が悲鳴を上げた。
衝撃波が放たれると同時に、白銀の大地に黒々とした不気味な亀裂が走る。次の瞬間、地鳴りのような轟音と共に広範囲の大地が砕け散り、底の全く見えない奈落の地割れが発生した。
「うわあああぁぁぁっ!?」
「足場が崩れるぞ! 離れろ、引けぇっ!!」
「助けてくれ、誰か——っ!?」
逃げ場を失った探索者たちが、次々と底知れぬ闇へと滑り落ちていく。
ワイヤーを打ち込もうにも氷壁は砕け、飛行魔法すら極寒の気流に揉まれてかき消された。
叫び声も、悲鳴も、地割れの底へと吸い込まれ、戻ってくることはなかった。ほんの数秒の出来事だった。持てるすべての準備を整え、人類の希望を背負って挑んだ攻略チームの実に『約半数』が、戦うことすら叶わず奈落の深淵へと呑み込まれてしまった。
残された者たちの陣形は完全に崩壊し、絶望という名の冷気が、彼らの心を凍りつかせていた。
◆
「――ちっ、流石に笑えないぞ、これは」
第六層の最奥、凍てつく絶壁を見下ろす遠くの岩陰で、閃は思わず吐き捨てた。
視線の先では、人類の叡智を集結させたはずの合同攻略チームが、文字通り全滅の危機に瀕していた。
咆哮一撃で吹き荒れる絶対零度の吹雪。そして、【氷獄竜】がその巨大な前脚を大地へと叩きつけた瞬間――白銀の世界を切り裂く不気味な地割れが発生し、攻略隊の約半数が、底のまったく見えない奈落の深淵へと一瞬で呑み込まれていったのだ。
遠目からでもわかる。落ちた者たちに生還の芽はない。一瞬で絶命し、奈落の闇へと消えていった。
「……放置すれば、あいつら全滅するな」
溜め息をひとつ。
正体を晒して目立つつもりは毛頭なかったが、目の前で数百人の精鋭が一方的に屠られるのを静観できるほど、閃の心は割り切れてはいなかった。
視線を落とし、頭の中で思考を切り替える。
全身を包み込むように現れたのは、光の粒子を纏った眩いばかりの純白の全身鎧――エレメンタルディフェンダーシリーズの見た目をした装備。
属性の加護をその身に宿した完璧なる騎士の姿。
剣を構えて、崖下を見下ろす。盾はない…ように見えるが、ちゃんと持っている。エンペラーズ・ニューシールドがミラプリされているのだ。
「……よし。サクッと片付けて撤収だ」
閃は地面を強く蹴りつけた。
◆
「くそっ、攻撃が届かない……! 氷の障壁が厚すぎる!!」
「退路が断たれた! 逃げ場がないぞっ!!」
絶望が、残された攻略チームを支配していた。
仲間たちの半数を奈落へ落とされ、陣形は崩壊。竜が再び巨大な顎を開き、吹雪を上回る絶対零度のブレスを吐き出そうとエネルギーを溜め始めている。
終わりだ――誰しもが死を覚悟し、目を背けたその瞬間。
――――ズドオンッ!!!
天から落雷が落ちたかのような激しい衝撃音が、極寒の地に轟いた。
竜と攻略チームの真っ只中、凍りついた大地を砕いて降り立ったのは、一人の『騎士』だった。
煌々と輝くの純白と金の装飾が、薄暗い第六層の絶壁で圧倒的な存在感を放つ。
「な、なんだ……!? 誰だあいつは!?」
「転移……!? いや、空から降ってきたのか!?」
悲鳴と混乱が交錯する中、絶望に呑まれかけていた探索者たちが呆然と息を呑む。
だが、閃に名乗る気など微塵もない。
(――時間をかける必要はないな)
溜め込まれるブレスの圧力を真っ向から受け止めながら、閃は左手を静かに差し向けた。
【氷獄竜】が、闖入者の存在に気づき、怒りに満ちた咆哮とともに絶望のブレスを放つ。
絶対零度の濁流が、一直線に閃へと襲いかかった。
――だが。
ドォンッ……!!
純白の鎧を纏った閃の眼前で、人類を絶望させた絶対零度のブレスは、まるで透明な壁に衝突したかのように霧散した。閃の足元が一歩たりとも下がることはない。
「……な……!?」
「ブレスを……素手で弾いた……!?」
愕然とする攻略隊の視線をよそに、閃は踏み込んだ。
一歩。ただの一歩で、竜との莫大な距離がゼロになる。
【氷獄竜】が驚愕に目を剥き、巨躯を押し潰そうと前脚を振り上げた瞬間には――すでに閃の剣撃が、竜の胸甲の中央、核となる氷晶へと叩き込まれていた。
―――――轟ッ!!!!
一撃。
魔力を込めたごくシンプルな一太刀が、竜の巨躯を内側から爆破した。
絶対的な硬度を誇っていた【氷獄竜】の全身に、一瞬で亀裂が走り抜ける。
咆哮をあげる間すら与えられず、超巨大な竜の肉体は、まるで繊細なガラス細工のように脆く弾け飛び、光の粒子となって第六層の空へと霧散していった。
静寂が訪れる。
数分前まで人類の精鋭たちを地獄の底へと突き落としていた絶望の存在が、跡形もなく消え去っていた。
「……た、倒した……?」
「嘘だろ……一撃で……あの【氷獄竜】を……!?」
静まり返る極寒の大地で、膝をついた探索者たちが呆然と叫ぶ。
誰もがその光景を信じられず、ただただ、吹雪の中に佇むその姿を見上げるしかなかった。
閃は振り向かない。
兜の奥で軽く息を吐くと、生存者たちが自分を取り囲む前に、そのまま一歩を踏み出した。
「あ、待ってくれ! あなたは一体――!」
攻略隊の幹部らしき男が叫びながら手を伸ばしたが、閃の姿はすでにそこにはなかった。
一瞬の閃光とともに空間を跳び、気配すら残さずその場から完全に消失していたのだ。
残されたのは、崩れた地割れの跡と、圧倒的な奇跡を目の当たりにした数百人の探索者たちだけ。
「……光の……騎士……」
誰かがぽつりと呟いたその言葉は、またたく間に吹雪に乗って広がり、やがて世界中のダンジョン攻略史に刻まれる「伝承」の第一章となるのだった。
◆
「……ふぅっ」
ミスト・ヴィレッジの白亜の豪邸。
リビングのふかふかなソファにドサリと身を沈め、閃は深い溜息をついた。
「マスター、お疲れ様です。お怪我は?」
「閃様、お水をどうぞ」
すぐに駆け寄ってきたミエルとルトラが、閃が身に纏っていた純白の鎧を解除し見慣れたジャージ姿へと戻る。ミエルは閃の後ろに回り込み、その肩を優しく揉み解し始めた。
「ああ、ありがとう。俺は無傷だけど、今回の被害は尋常じゃないな…」
閃はグラスの水を一気に飲み干し、先ほどまでの極寒の地獄を思い返した。
第六層の最奥に鎮座していた【氷獄竜】。
これまでのボスとは次元が違う、文字通りの「災害」だった。閃が見守る中、数百人規模で挑んだ人類最高峰の攻略部隊は、竜が起こした巨大な地割れと絶対零度のブレスによって、一瞬にしてその半数が命を散らしたのだ。
閃は最前線に立つ気はなかった。しかし、目の前で何百人もの命が理不尽に削り取られていく惨状を見過ごすことはできなかった。
結果として、閃は姿を隠して最前線に躍り出た。
レベル100のナイトが放つ絶対防御で生き残った者たちを護り、そして――閃自身の剣で【氷獄竜】を一刀のもとに完全に討伐してしまったのである。
「仕方ありませんよ。マスターが介入しなければ、彼らは全滅していました。」
「そうにゃ。マスターは正しいことをしたにゃ」
ルトラとミエルが慰めるように寄り添う。
「まあ、そうなんだけどな。……ただ、あの地割れに呑まれて死んだ連中の遺族を思うと……」
閃が暗い顔で呟き、目を閉じた、その瞬間だった。
ミスト・ヴィレッジの潮騒の音を切り裂くように無機質なアナウンスが閃の脳内に直接響き渡った。
『【氷獄竜】の討伐を確認しました、新システム【魂の再構築】を実装します。それに伴い、ロビー横に 【再生の大結晶 】 を生成します。 』
「ちょっと待て、なんだって?」
閃の異変に気づき、2人が怪訝な顔で彼を覗き込む。しかし、脳内のアナウンスは淡々と、そして決定的な世界の変革を告げた。
『これより、ダンジョン内で肉体的に死亡した者は、一度だけ、魂の形をへとランダムに再構築し、ロビーにて蘇生可能となります。』
『既に【氷獄竜】の戦闘での死亡者のリスポーン処理を、ロビー横、再生の間にて開始します。その他の詳細は、システムの説明をお読みください』
「…………」
静寂が降りたリビング。
閃は手に持っていた空のグラスをテーブルに置き、両手で顔を覆った。
「マスター……? どうしたんですか、顔面蒼白ですよ?」
ルトラが心配そうに身をかがめる。
「……生き返るらしい」
「えっ?」
「さっき氷獄竜の地割れで死んだ数百人……いや、これからのダンジョンで死ぬ全人類。一度だけ、ランダムで姿が変わってロビーで生き返るシステムが、今、実装された」
閃の言葉に、ルトラとミエルが「「ええっ!?」」と悲鳴のような声を上げた。
「い、生き返る!? しかも姿が変わるって!? いったいどういうことですか……!」
「分からん……あ、そうだシステムの説明を見ろって……っ!あった!」
閃は空中に展開された半透明のシステムウィンドウを睨みつけ、そこに羅列された無機質な文字列を声に出して読み上げた。
『システムアップデート:【魂の再構築】の実装について』
『1.ダンジョン内にて死亡した場合、魂は保護され、ロビー横に新設された【再生の大結晶】へと転送されます』
『2.損傷した元の肉体の修復は不可能なため、対象者の魂の波長に合わせ、新たな器がランダムで構築されます』
『3.新たな器は、以下の種族から選別されます。
【ヒューラン、エレゼン、ララフェル、ミコッテ、ルガディン、アウラ、ヴィエラ、ロスガル】』
『4.この蘇生特権は、1つの魂につき【一度きり】です。二度目の死は完全なロストとなります』
『5. 肉体を再構築する際は、魂の形を参照するため、元の性別から変化してしまう事があるので留意してください』
「…………」
「…………」
「…………にゃ?」
読み終えた閃と、それを脇から覗き込んでいたルトラとミエルの間に、奇妙な沈黙が落ちた。
最初に動いたのは閃だった。
「……ははっ、マジかよ」
乾いた笑いをこぼし、そのままソファの背もたれに深く体重を預ける。そして、顔を覆っていた手をどかすと、その表情には先ほどまでの暗い影は消え去り、深い安堵の息が漏れていた。
「よかった……。あの地割れで死んだ連中、生き返るんだな。……これで、あいつらの家族が泣かずに済む」
心底ホッとしたような閃の横顔を見て、ルトラとミエルもパッと顔を輝かせる。
「マスター……っ! ええ、素晴らしい奇跡です! マスターの慈悲に、ダンジョンそのものが応えたのですよ!」
「さすが私たちのマスターにゃ! 死んだ人まで生き返らせちゃうなんて、ほんとに神様みたいにゃー!」
「いや、俺がやったわけじゃないけどな……」
苦笑する閃だったが、次の瞬間、ハッと気がついて顔を引きつらせた。
「待て。安堵してる場合じゃない。システムに書いてあった『種族が変わる』って……つまり、あの厳ついおっさん探索者たちが、ランダムで猫耳になったり、身長90センチの幼児体系になったり、ウサギ耳の美女になって生き返るってことだよな?」
「そういうことになりますね」とルトラが真顔で頷く。
「今、ロビーには帰還を待つ後方支援部隊が待機してるはずだ。そこに突然、見たこともない亜人の集団が数百人も現れたら……!」
「あ……『未知のモンスターが湧いた!』って勘違いされて、攻撃されるかもしれないにゃ!」
ミエルの指摘に、閃は弾かれたようにスマホを取り出した。
「最悪の二次災害が起きる前に、あいつらが『人間』だってことを世界に教えなきゃヤバい!!」
閃は光の速さで「名無しの職人(@Craft_God_Unknown)」のアカウントを開き、事の顛末と『彼らは人間だから絶対に攻撃するな』という通達を、各種族の名前と共にタイピングし始めた。
その横で。
閃の焦りとは裏腹に、ルトラとミエルは顔を見合わせ、何かに気づいたように目を瞬かせていた。
「ルトラ、これってつまり……」
ミエルが、自身の頭に生えた三角の猫耳と、腰の後ろで揺れるふさふさの尻尾を触る。
「外の世界に、私たちみたいな『ミコッテ』や『アウラ』の姿をした人間が、これから数百人もウロウロし始めるってことにゃ?」
「……っ!!」
ルトラが息を呑み、自身の頭部から伸びる美しい角と、太股を覆う硬質な鱗に触れた。
「そうです、ミエル。彼らが『ダンジョンで死んで蘇生した地球人』として社会に受け入れられるのなら……」
2人の視線が交差し、そして、スマホの画面を必死にタップしている閃の背中へと向けられた。
「閃様!!」
「マスターっ!!」
「うおおっ!? な、なんだよお前ら、今世界を救うツイートで忙しいんだから揺らすな!」
閃の両腕に、2人の美女がガバッと抱きついた。
ルトラの尻尾が千切れんばかりにバタバタと床を叩き、ミエルの猫耳が嬉しそうにピンと立っている。
「マスター! これで、一緒に外の世界を歩けますよ!」
「そうにゃ! 私たちも『ダンジョンの奥で一度死んで生き返ったの〜』って言えば、このありのままの姿で、マスターと堂々とお出かけできるにゃー!!
「……ったく、本当にダンジョンが俺に合わせてくれてるのかもしれないな」
スマホの中で一瞬にして十万リツイートを超え、世界中が狂喜乱舞し始めているタイムラインを見つめながら。
閃は呆れたように笑い、自分に寄り添う二人の美女たちをまとめて抱き寄せるのだった。