FF14で現代ダンジョン 作:黒蓮
【魂の再構築】システムが実装され、外の世界に『ミコッテ』や『アウラ』の姿をした生還者たちが少しずつ社会へ溶け込み始めた、秋の日のこと。
「ねえ、マスター」
「閃様、少しお話しよろしいでしょうか」
ミスト・ヴィレッジの白亜の豪邸。陽光が差し込むリビングで、閃はソファに座りながら、目の前に並んで立ち尽くす二人の美女を見上げていた。
ミエルはふさふさの猫耳をピンと立たせ、ルトラは頭部の角と尻尾を微かに揺らしている。二人とも、いつになく真剣で、どこか腹を括ったような眼差しを閃に向けていた。
「ん? どうしたんだよ、二人して改まって」
「表の世界の混乱も落ち着いて、私たちも『ダンジョンで生き返った元・探索者』って顔をして、マスターと一緒に街を歩けるようになったにゃ」
「ええ。ですが……そうなると、一つ大きな『問題』が残っています」
ルトラがすっと細い指を立て、静かにその名を口にした。
「――エリカさんのことです」
「う……」
閃は思わず生唾を飲み込んだ。
言われてみれば、その通りだった。かつてのスパルタで特訓させ、今や『紅の女王』としてソロで第六層を駆け巡る凄腕の赤魔道士エリカ。彼女は閃への重すぎる愛情と執着を隠そうともせず、今も「閃くんの隣」を目指して猛烈な勢いで追いかけてきている。これまでは「ミスト・ヴィレッジやマイホームの存在」を隠すことでなんとか一定の距離を保っていたが、ルトラとミエルが外の世界に出られるようになった以上、いつどこでエリカと鉢合わせてもおかしくない状況になっていたのだ。
「エリカさんは勘が鋭く、何より閃様に対する執着が並大抵ではありません」
ルトラは淡々とした口調で続ける。
「このままコソコソ隠し通すのは限界があります。それに、もし彼女が私たちの存在を『閃様を惑わす邪魔者』だと誤解して暴走すれば、余計なトラブルになりかねません」
「だからね、マスター」
ミエルがソファの端にちょこんと腰掛け、閃の顔を覗き込んできた。
「そのエリカって娘を、ここに連れてきてほしいんだにゃ」
「……え? ミスト・ヴィレッジに!?」
「はい」
ルトラが深く頷く。
「ここまで来たら、いっそのこと彼女に全ての秘密――このミスト・ヴィレッジのこと、私たちが閃様の従者であること、そして『名無しの職人』や『光の騎士』の正体まで、明かしてしまった方が合理的です」
「身内にして引き込んじゃえば、私たちも外で自由に動きやすくなるにゃ」
ミエルがフフンと胸を張る。
「なるほど……言ってることはめちゃくちゃ理にかなってるけど……」
閃は引きつった笑いを浮かべた。
「それに……ただ秘密を明かすだけではありませんよ」
「……え?」
「私とルトラで、判断させてもらうにゃ」
ミエルがニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべ、両手で小さな猫の爪を作るポーズをとった。
「エリカさんが、本当に閃様の傍に立つにふさわしい『三人目』になれるかどうか……ね!」
「判……定……!?」
「当然です」
ルトラが腕を組み、冷徹なまでの眼差しで告げた。
「閃様を愛する者として、生半可な覚悟の女性をこの家に招き入れるわけにはいきません。私たちが直接会話をし、彼女の器と『覚悟』を確かめさせていただきます」
「い、いやエリカとはそんな関係じゃ……」
「エリカさんの執着からはもう逃げられません、それに前から協力者が必要だと思っていました、閃様も『覚悟』を決めてください」
「……お手柔らかにな……」
女たちの静かなる火花と重厚な思惑を察し、閃は心の中でエリカの無事を祈るしかなかった。
◆
「――えっ!? 閃くんの家に行っていいの!?」
ダンジョン近くのカフェ。呼び出されたエリカは、閃の口から出た言葉にガタッと勢いよく立ち上がった。朱赤のコートが大きく揺れ、周囲の探索者たちが驚いて振り返る。
「しっ、声が大きいって……! あと実家じゃないぞ? 俺が拠点にしてるハウジングだ」
「ハ、ハウジング……! ほんとに……!?」
顔を驚愕の色に染め、両手で口元を覆うエリカ。
「……とにかく、覚悟して来てくれよ。お前に見せたいものと、話さなきゃいけない重大な秘密があるんだ」
「重大な秘密……。ううん、分かったわ! 閃くんがどんな秘密を抱えていても、私は絶対に受け止めるわ!」
真剣な眼差しで力強く頷くエリカを伴いカフェを後にする閃。
そして近くの裏路地に入るとエリカの手を取り、静かに転移魔法を発動させた。
◆
視界が眩い光に包まれ、次の瞬間――潮風の匂いと、波の静かな音が二人の耳に届いた。
「……え?」
エリカが目を開けると、そこはこの世界の探索者に解放されている森の家ではなかった。どこまでも青い海と白砂の海岸、そして緑豊かな丘の上に建ち並ぶ、豪奢で幻想的な白亜の街並み――。
「え……? 森の家じゃない、ここは、海?……?」
「『ミスト・ヴィレッジ』。一般の探索者には解放されていない、俺の個人所有地だ」
「こ、個人所有地……!?」
あまりのスケールの大きさにエリカが絶句する中、閃は彼女を促し、丘の上に佇む一番大きな白亜の屋敷へと歩を進めた。
重厚なオーク材のドアを開け、玄関をくぐる。吹き抜けの広々としたリビングへと足を踏み入れた瞬間、エリカの身体がピクリと強張った。リビングの奥、高級感あふれるソファの前に――二人の絶世の美女が静かにたたずんでいた。
一人は、頭部に角を生やし、滑らかな皮膚に神秘的な鱗を宿した『アウラ』の美女――ルトラ。もう一人は、頭に可憐な猫耳を生やし、しなやかな尻尾を揺らす『ミコッテ』の美女――ミエル。
二人は、静謐だが圧倒的な存在感を放ちながら、まっすぐにエリカを見つめていた。
「おかえりなさいませ、閃様」
「お帰りなさいだにゃ、マスター」
「……っ!?猫耳と、角……!?」
エリカの瞳が大きく見開かれる。
「閃くん……この人たちは……? それに、その姿……今話題になってる『魂の再構築』で蘇生した人たち……!?」
閃は深々と溜息をつき、エリカと向き合った。
「エリカ。今から本当のことを全部話す」
閃はゆっくりと、順を追って真実を明かしていった。自分がこのミスト・ヴィレッジの所有者であること。ネットを騒がせている『名無しの職人』であり、あの第六層で氷獄竜を一撃で粉砕した『光の騎士』の正体であること。そして、目の前にいるルトラとミエルは、自分の絶対的な味方であり、愛する従者であること――。
「――と、いう事なんだ。エリカは前に、俺の隣に立つって言ってくれただろ?…だから
『本当の協力者』としてこれから俺を手伝って欲しくて、今日ここに呼んだんだ」
リビングに、しんと静まり返る沈黙が降りた。世界の常識を根底から覆すような真実の数々。普通の人間なら混乱してもおかしくない情報量だ。だが――エリカは違った。
「……やっぱり」
エリカはぽつりと呟くと、じわっとその瞳に熱い涙を浮かべた。
「やっぱり……私の閃くんは、世界で一番凄くて、世界で一番格好いい人だったのね……っ!!」
「そこ!?」
思わずツッコミを入れる閃。エリカは胸に手を当て、溢れ出る感涙を拭いもせずに一歩踏み出した。
「閃くんがも『名無しの職人』で『光の騎士』だなんて凄すぎる……もちろん協力者になるわ、そのために特訓を頑張ったんだもの…!」
激重すぎる熱意と純粋な崇拝。一切のブレがないエリカの反応に、傍で見守っていたルトラとミエルが、微かに眉を動かした。
「……ふむ」
ルトラが静かに前へ歩み出る。その眼光は鋭く、エリカを射抜いた。
「エリカさん、閃様への深いお気持ちは伝わりました。……ですが、ここからが本題です」
「……?」
エリカが涙を拭い、ルトラと向き合う。
「私たちは、閃様の従者であり、彼の身の回りを世話する者です。そして何より――閃様を一生かけて愛し、支えると誓った存在です」
ルトラは一切の容赦なく、威厳に満ちた声を響かせた。
「あなたが閃様の傍に立つということは、私たちの輪に入り、共に彼を支える覚悟があるということです。……生半可な覚悟で、閃様の手を煩わせるような真似は許されません」
ミエルも猫耳をピンと立て、真剣な表情でエリカを見つめる。
「マスターはね、すごく優しくて、自分のことより周りのことを優先しちゃう人なんだにゃ。だから、マスターを傷つけるような人は、いくらマスターの知り合いでも絶対に許さないにゃ」
二人の美女から放たれる、本気の『圧』。だが、エリカは怯むどころか、その凛とした瞳をまっすぐに見返した。
「――もちろんです」
エリカは自身の胸にそっと手を添え、二人に向かって力強く宣言した。
「私は、閃くんに命を救われ、生きる意味をもらいました。彼の重荷になるつもりは毛頭ありません。彼の背中を守り、彼の休息の場を守るためなら、私はこの命だって惜しくない」
エリカはルトラとミエルの目をまっすぐに見つめた。
「あなたたちが私より先に閃くんを支えてきたこと、心から尊敬します。……だから、お願い。私にも、閃くんを愛し、支える資格があるかどうか……私を試してください!」
その言葉には、虚飾も嘘も、一切混ざっていなかった。ただひたすらにまっすぐで、透明なまでの『激重な愛と覚悟』。
「…………」
「…………」
ルトラとミエルは顔を見合わせた。沈黙が数秒続いた後――。
「ふふっ」
最初に漏れたのは、ルトラの柔らかく、どこか満足気な笑い声だった。
「……合格、ですね」
「うんっ! 合格だにゃー!」
ミエルがぱっと表情を崩し、嬉しそうに尻尾を振った。
「え……?」
呆然とするエリカに、ルトラがそっと歩み寄り、優しくその手を包み込んだ。
「失礼な言い方を試すような真似をして申し訳ありませんでした、エリカさん。あなたの覚悟、しかと見届けさせていただきました」
「エリカのマスターへの愛、本物だにゃ! 完璧な激重っぷりだにゃー!」
「げ、激重……!?」
赤面するエリカに、閃は苦笑いを浮かべながら歩み寄った。
「言ったろ? この二人には敵わないって。……まあ、そういうわけだ、エリカ。これからはここも、お前の家だ」
「閃くん……! ルトラさん、ミエルさん……!」
エリカの瞳から、今度は歓喜の涙がこぼれ落ちた。
「はいっ……! よろしくお願いします……! 私、閃くんと二人のために、もっともっと強くなります!!」
エリカは両手を胸に当てて握り締め、力強く宣言した。
「その意気にゃ! 明日からさっそく第七層の奥に遠征に行くにゃー!」
ミエルのテンションの高い叫びが、ミスト・ヴィレッジの静かな居間に響き渡った。
「え、遠征……!? 明日ですか!?」
合格をもらった嬉しさで涙ぐんでいたエリカが、思わず目を丸くする。
「当たり前だにゃ! まずは今の最前線なんて軽々と置き去りにするくらいの強さが要るにゃ!」
「ミエルの言う通りです、エリカ様」
ルトラも真面目な顔で頷いた。
「現在の攻略チームは、第七層の入口付近で怯えながら牛歩の歩みを進めている段階。ですが、閃様の拠点から繋がる世界を自由に歩むには、第七層の最奥の敵と対等以上に渡り合えなければお話になりません」
「な、なるほど……! 閃くんの足引っ張りたくないし、私、頑張るわ!」
二人の従者のスパルタ教育宣言に、エリカは燃えるような瞳で力強く頷いた。
「いや待て待て、二人とも急すぎるだろ……」
ソファで呆れ顔の閃が突っ込みを入れる。
「甘いです、閃様」
ルトラがビシッと指を突きつける。
「閃様の従者たる者、半端な力量で止まっているようでは困ります、閃様が平日に学校へ通われている間、第七層の深部でレベリングを行います!目標は三日でレベル60です!!」
「どんなハードスケジュールだよ……」
閃は苦笑しつつも、二人の提案の合理性には納得せざるを得なかった。
「……分かったよ。じゃあ二人に任せる。エリカ、無理だけはするなよ?」
「うんっ! お二人とも、お世話になるね!」
こうして、エリカの異次元すぎるレベリング遠征が幕を開けた。
◆
そして翌日の【第一日目】。
「ただいまー」
自宅からミスト・ヴィレッジへと転移で帰宅した閃は、ジャージの袖を捲くりながらリビングのドアを開けた。リビングのソファには、疲れ気味ながらも満足気にハーブティーを飲むエリカと、涼しい顔をしたルトラ・ミエルの姿があった。
「おかえりなさい、閃くん!」
「おかえりなさいませ、閃様。私たちも先ほど戻って来ました」
ルトラがすっと指し示したシステムウィンドウには、第七層『大霊峰』の最奥エリアに位置する未知のエーテライト交感完了の通知が踊っていた。
「マジで最奥まで行ってきたのか……。攻略チームにはバレなかったか?」
「にゃ! 攻略チームが入口付近で『チョコボかわいい〜!』とか言いながらモタモタしてる頭上を、私たちが影を潜めて爆速で通り抜けたにゃ!」
「エリカさんも、忍び足と気配遮断のセンスが抜群でした」
「ふふ、閃くんの隣に立つためだもの!」
胸を張るエリカだったが、その背後に漂うレベルの数値を見て、閃は思わず目を疑った。
(……え? 朝までレベル50だったよな……?)
『エリカ:レベル54』
「……一日でレベル4上がってる件について」
「だって、最奥のモンスターの経験値が凄くおいしくて……! ルトラさんとミエルさんがサポートしてくれたから、サクサク倒せたの!」
◆
【第二日目】
学校から帰り、速攻でジャージに着替えてミスト・ヴィレッジへと移動した閃。
「ただいまー。今日はどれくらい――」
『エリカ:レベル58』
「上がりすぎだろ!!?」
リビングに入った瞬間、閃の叫びが響いた。
「閃くん、見て! 新しい技覚えたの!」
得意気にレイピアを構え、クリスタルの魔法触媒をくるくる回すエリカ。彼女が身に纏う雰囲気は、たった二日前とは比べものにならないほど研ぎ澄まされ、一流の剣士としての覇気が漲っていた。
「昨日、最奥のエーテライトのさらに先にある『霊峰の龍巣』エリアを発見しまして」
ルトラが澄ました顔で解説する。
「そこに生息している高位のドラゴン族や巨獣を、閃様が学校に行かれている間にエリカさんが片っ端から狩り尽くしました。連携も完璧です」
「エリカ、技の飲み込みが早すぎて教え甲斐があるにゃー!」
「いや、二人ともスパルタすぎないか……? 普通はレベル50を超えたら、1上げるのに数ヶ月かかるのがこの世界の常識なんだが……」
「閃くんがくれたこのイヤリングのおかげよ!」
エリカが両耳のイヤリングを嬉しそうに触れた。
(あ、俺が渡したやつか……忘れてた……)
◆
【第三日目】
そして、遠征開始から三日目の夕方。学校での授業を終え、いつものようにジャージ姿でミスト・ヴィレッジへ帰還した閃を迎えたのは――神々しいまでのオーラを全身から放つエリカだった。すっと立ち上がったエリカのステータスウィンドウが、光輝いている。
『エリカ:レベル60』
「…………」
閃は言葉を失った。
レベル60。
それは、現在の地球上の全探索者が誰一人として到達していない、未踏の領域。トップレベルの探索者たちですら、やっとレベル51になったばかりである、エリカはたったの三日で現在のレベルキャップへと上り詰めてしまったのだ。
「閃くん……! 私、レベル60になったわ!!」
パーッと表情を華やがせ、エリカが閃に向かって抱きついてくる。ジャージ姿の閃を受け止めるエリカの体躯からは、以前とは比べものにならないほど重厚で、かつ洗練された圧倒的な魔力が溢れ出していた。
「あ、ああ……すごいなエリカ。本当に三日で達成するなんて……」
「ふふっ、これで私も、少しは閃くんの『光の騎士』の隣に立っても恥ずかしくない強さになれたかしら?」
上目遣いで尋ねてくるエリカの瞳は、純粋な歓喜と閃への愛で満ち満ちている。
「恥ずかしくないどころか、世界最強になっちゃってるよ……」
閃が苦笑いを浮かべると、横からルトラとミエルが誇らしげに胸を張った。
「見事な集中力と執念でした。これでエリカさんも、名実共に閃様をお支えする従者として文句なしです」
「そうにゃ! これでマスターとエリカ、それに私たちで無双し放題だにゃー!」
「無双し放題って……最前線の攻略チームの立つ瀬がないだろ……」
呆れつつも、閃は自分のために血の滲むようなレベリングを駆け抜けたエリカの頭を、ぽんぽんと優しく撫でた。
「お疲れ様、エリカ。……本当に、よく頑張ったな」
「――っ!!」
閃の手の温もりに、エリカの顔が一瞬で真っ赤に染まる。
「ううん……! 閃くんのためなら、レベル100だって目指しちゃうんだから……っ!!」
「いや、それはまだ無理だって…」
ジャージ姿の無自覚最強高校生と、彼を愛するが故に世界最強へと爆速で駆け上がってしまった激重美人。ミスト・ヴィレッジの夕暮れの中、三人になった従者の次元違いすぎる無双の日々は、さらなる加速を始めていくのだった。