FF14で現代ダンジョン 作:黒蓮
現代の探索者たちが「死の領域」と呼んで恐れる、未踏破エリアである第五層の最奥付近。
カビと獣の体臭が入り混じる薄暗い回廊を、閃は安物のジャージ姿で歩いていた。周囲には現代のSランク探索者ですら命がけになる凶悪な魔物たちが徘徊しているが、閃の姿は彼らの眼に映らない。ギャザラーの不可視スキル『スニーク』によって、閃の気配は完全に世界から切り離されていた。
しばらく歩くと、安全な開けた空間に出た。そこにはエーテライトがあり、これがある場所は安全地帯であると認識されている。閃は、虚空を指で弾き、自分にしか見えないシステムウィンドウを展開する。
操作するのは『パーティ招待』。宛先は先ほどまでミスト・ヴィレッジの自宅で留守番をしていた二人だ。
数秒後、空間が黄金色のエーテルに歪み、二つの影が転移してきた。
「お呼びでしょうか、閃様」
澄んだ声と共に膝をついたのは、アウラ・ゼラのルトラだった。黒い鱗と優美な角を持つ彼女は、身の丈ほどある竜槍を手に、騎士のように傅く。
「マスター! 外のダンジョンにゃー! 空気は悪いけど、マスターとお出かけ最高!」
もう一人、ミコッテ・サンシーカーのミエルが閃の背中に飛びついてきた。猫の耳をピコピコと揺らし、聖杖を背負ったまま頬をすり寄せてくる。
「こらこら、ミエル。検証の手伝いを頼んだんだから、少しは真面目にしてくれ。ルトラも、そんな畏まらなくていいよ」
「いえ。閃様の御前ですので」
真面目な顔で立ち上がるルトラの尻尾が、嬉しそうにパタパタと揺れているのを閃は見逃さなかった。
閃は苦笑しながらインベントリから『ギサールの野菜』を取り出し、放り投げた。
軽快な笛の音がダンジョン内に響き渡る。
「クエッ!」
桃色の羽を散らしながら現れたのは、マイチョコボの『ラヴィアンローズ』だ。閃の顔を見るなり、嬉しそうにクチバシを擦り付けてくる。これから探索を開始しようとした時、地鳴りのような足音が回廊を揺らした。
奥の闇から現れたのは、筋骨隆々の巨体を持つミノタウロス型の魔物。現在の探索者のレベルでは太刀打ち出来ない化け物だ。閃たちの気配に気づき、血走った眼で咆哮を上げる。
「マスター、やっちゃっていいにゃ?」
ミエルが目を細め、杖の先端に純白のエーテルを収束させる。
「ああ。俺は一発殴ると消し飛んじゃうから、手加減の検証にならない。お前たちに任せる」
「承知いたしました。一瞬で終わらせます」
閃が背中のガンブレードを抜かず、腕を組んだまま頷いた瞬間――蹂躙が始まった。
「ローズ、突撃!」
「クエェェェッ!」
桃色の弾丸と化したチョコボがミノタウロスに肉薄し、強烈なチョコボキックを巨体の鳩尾に叩き込む。魔物が怯んだ隙を、竜騎士は見逃さない。
「蒼の竜血――ッ!」
ルトラが跳躍した。現代物理学を無視した跳躍力で数十メートルの天井付近まで達すると、流星のごとき速度で急降下する。
『ジャンプ』――竜の気を纏った槍の一撃が、ミノタウロスの堅牢な肩の装甲を紙のように貫き、粉砕した。
「グォオオォォッ!?」
痛みに狂う魔物が巨大な斧を振り回そうとするが、それより早く、白魔道士の祈りが完成していた。
「マスターに近づくなにゃ。――『ホーリー』!」
爆発的な閃光。
神聖魔法の暴力的な光がダンジョンを真昼のように照らし出し、ミノタウロスは断末魔を上げる間もなくそのまま光の粒子となって霧散した。
時間にしてわずか数秒。人類の脅威は、桃色の鳥と二人の美少女によって跡形もなく消し去られた。
「お疲れ。流石だな、お前たち」
閃が声をかけると、ルトラは涼しい顔で槍をしまい、ミエルは「えへへー」とVサインを作った。
閃の視線は、魔物が消えた後に残された『ドロップ品』へと向けられる。
「さて、本題の検証といくか。……やっぱりな」
虚空に浮かぶシステムメッセージが、閃の眼前に表示されていた。
『ミノタウロスの角を手に入れた』
『魔物の血を手に入れた』
『火のクリスタル×5 を手に入れた』
「ううん?『エオルゼアの素材』っぽいけど、ミノタウロスの角なんてあったかな?…やっぱりかなり差異があるな」
低層にはスライムがいる時点でゲームとは違うなと思っていたが、FF14の知識も完全には活かせないみたいだ。アイテムは物理的に持ち運ぶ必要がなく、閃の所持品枠へと自動でスタックされていく。
「閃様。これは、この世界の市場に流すのですか?」
ルトラが尋ねる。閃は首を横に振った。
「いや、ダメだ。このミノタウロスの角なんて俺が持ってたら怪しまれる、『火のクリスタル』でも俺のランクでは難しいものだしな」
閃はインベントリに収まった素材のアイコンを見つめ、少しだけ悪戯っぽく笑った。
「……俺の『錬金術』で、現代の素材と混ぜて少しだけ質のいいポーションやナイフに加工してから売ろう。それなら、絶対に足はつかない」
現代の常識を覆す素材と、それを自在に操るクラフターの力。
自分が世界経済の裏側を完全に支配できる確証を得た閃は、満足げに伸びをした。
「よし、検証終わり。このダンジョンの奥はまた今度にしよう」
「もう帰るにゃ? 私、マスターともっと戦いたい!」
「帰って飯にしよう。ローズにもおやつあげるからさ」
「クエッ!」
甘えるミエルの頭を撫でながら、閃は『テレポ』の詠唱を開始する。
青白いエーテルの帯が、四人を優しく包み込んだ。
現代の探索者たちが命をすり減らして足掻くこの地獄の底から、彼らは一瞬にして、潮騒の香る絶対安全の我が家へと帰還していった。
◆
翌日
第四時限目、「数学」の授業中。
日下部閃は、黒板に向かって熱弁を振るう教師の声をBGMに、窓の外をぼんやりと眺めていた。
「――いいかお前たち! スライムの酸は鉄の剣を錆びさせる。だからこそ、事前の『研磨』と、スペアの武器を持ち込むことが命を分けるんだ!」
(……いや、『ダークマター』で自己修理すれば一瞬だし、そもそもスライム相手なら武器を抜かなくても素手で倒せるんだけどな、てか授業しろ)
閃は頬杖をつきながら、内心でひっそりとツッコミを入れていた。
この世界のダンジョン理論も、前世で全ジョブを極めた閃からすれば、非効率的で的外れなものばかりだ。しかし、それを指摘して目立つ気など毛頭ない。
彼の意識はすでに、今日の放課後の予定――というより、ダンジョンの入り口にある『開かずの扉』の向こう側へと飛んでいた。
(昨日、ルトラとミエルに手伝ってもらった検証でドロップ品の法則はわかった。あの『ミノタウロスの角』、そのままじゃ売れないから、今夜は錬金術の作業台で……いや、その前にミエルのリクエストでハンバーグを作らなきゃな)
美しい竜騎士と白魔道士、そしてピンク色のチョコボが待つ秘密の楽園。
その光景を思い出し、閃の口元が自然と緩む。
キーンコーンカーンコーン。
昼休みのチャイムが鳴り、教室が一気に騒がしくなった。
「おっす、閃! お前、また昨日も一人でダンジョン行ってたんだって?」
閃の机にドカッと腰を下ろしたのは、クラスメイトの健吾だ。彼は最近、学生探索者としては優秀な『Cランク』に昇格したばかりで、やたらと自信に満ち溢れている。
「ああ、うん。ちょっとね」
閃が適当に相槌を打つと、健吾はニヤニヤと笑いながら閃の肩を叩いた。
「お前さぁ、いつまでDランクで『草むしり』やってるつもりだよ? 安全第一なのはわかるけどさ、男ならもっとこう、モンスターとバチバチにやり合って強くなろうぜ! ほら見ろよ、これ」
健吾が自慢げに見せてきたスマホの画面には、彼がパーティメンバーと共にゴブリンの死体の上で勝ち誇っている写真が映っていた。
「昨日、第2層でゴブリンウォーリアーを仕留めたんだ。俺の剣撃で致命傷を与えたんだぜ! マジで死ぬかと思ったけど、これぞ探索者のロマンってやつだよな!」
「へえ、すごいじゃん。Cランクの魔物でしょ? 健吾、才能あるんじゃない?」
閃は、教科書通りの完璧な愛想笑いで拍手を送った。
(ゴブリンウォーリアー……。第二層の中でもかなり序盤、入り口付近のザコだな。)
内心の落差に少しだけ罪悪感を覚えつつも、閃は決して本音を顔には出さない。
「おうよ! だからお前もさ、万年ジャージなんか着てないで、ちゃんとした革鎧くらい買えよ。今度、俺たちのパーティが浅い層に行くとき、後ろから見学させてやってもいいぜ?」
「いやぁ、俺は戦闘の才能ないからさ。壁の鉱石をピッケルで叩いたり、薬草を集めたりする方が性に合ってるんだよ。健吾たちみたいな最前線のエースには敵わないって」
閃が下から持ち上げると、健吾は「まあ、適材適所ってやつか!」と気をよくして自分の席へと戻っていった。
その背中を見送りながら、閃は小さく息を吐く。
(最前線、か)
閃のアーマリーチェストの中には、世界を滅ぼせるレベルの最新装備が腐るほど眠っている。今着ている安物のジャージでさえ、『ミラージュプリズム』で見た目を偽装しているだけで、中身は神話級の装甲だ。 しかし、そんな力を見せびらかして、国家や軍に目をつけられるような面倒な人生は御免だった。
「日下部くん」
不意に、隣の席の女子生徒が声をかけてきた。彼女は健吾の自慢話を少し呆れた顔で聞いていたようだ。
「あまり健吾くんの言うこと気にしないでね。安全にダンジョンから帰ってくるのが一番なんだから」
「ありがとう。俺もそう思うよ」
閃はニコッと笑い返した。
「俺は、安全なところで自分のペースでやるのが好きだから。……それに、待っててくれる奴らもいるしね」
「え? 誰か一緒に探索してるの? いっつもソロだって聞いてたけど」
「んー、まあ、秘密のパーティメンバーってとこかな」
首を傾げるクラスメイトを誤魔化すように、閃は立ち上がった。
「じゃ、俺は購買でパン買って来るよ」
――表の世界では、冴えない万年Dランクの高校生でいい。
誰も自分のことなど気にも留めない、このモブキャラのような立ち位置が、閃にとっては最高に居心地が良かった。
(さて、今日の放課後は……。あいつらと一緒に、深層の新しいエリアでも散歩しに行くか)
誰にも知られない圧倒的な力と、愛すべき相棒たち。
廊下を歩く閃の足取りは、これから向かう放課後のダンジョン探索――もとい、無双のピクニックへの期待で、とても軽やかだった。